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リアクション
【3】族長の行方
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)とザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は、共に生い茂る木々の間をかき分けながら森の奥へと進んでいた。
「普段大人しい動物が殺気立つなんてワケがある筈よ」
ルカルカのその一言で探索を開始した二人だったが、原因を究明したいという気持ちはザカコも同様で、何とかしてこの騒動を解決したいと思っているのだった。
当初、二人は動物たちの後をつけることで核心に近づけるのではないかと考えた。しかし狂暴化した獣は皆獲物を襲うことのみを盲目的に繰り返しているだけで、とても何らかの意思を持って行動しているようには見えなかった。
「またですかっ……」
光学迷彩で身を隠しながら進むザカコが、いささか不満げに呟く。
次の瞬間、背後から一頭のはぐれ狼が彼の右腿を咬み千切ろうと跳びかかって来た。
振り向きざまに峰打ちを食らわせたザカコは、気絶した狼を見下ろして溜息を吐く。姿を隠していても獣の嗅覚は騙せないらしい。森の奥に踏み込んでから、すでに随分と動物たちの襲撃にあっている。
ふと自分の足先に視線を落とすと、握りこぶし大ほどもある薄茶色の蟻が、集団で牙を打ち鳴らしながら辺りに群がって来ていた。
「うわ……」
気味悪さに怯んだザカコの身体がふいに浮き上がったかと思うと、どんどん上空へと引き上げられていく。彼を持ちあげたままルカルカは、樹上目指してカリスマウイングを羽ばたかせた。
下を見ると今まで自分たちが居た場所には黒く折り重なった蟻が蠢いており、またそのすぐ先では数頭の狼が目をギラギラさせているのに気づいて、思わず鳥肌が立つ。
数歩進もうとすれば虫も獣も牙を剥く――まるで森自体の怒りが具現化したような、そんな狂気を感じる光景だった。
「ねぇザカコ、あれを見て」
巨大な樫の木を見下ろせる位まで高度を上げてから、ルカルカが何かに気付いたように言った。
「明らかに異常事態っぽいわよね」
広大な森に食い込むように隆起した山の南側が、ここから丁度数百メートル先で崖となって迫っている。その崖のふもとに数人の人の姿が確認できたが、一人の人間を複数で取り押さえているような、何やら不穏な雰囲気だった。
「うん、そうか。やっぱりここを通ったんだね」
ありがとう、と誰にともなく礼を述べてから、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は彼のパートナーの方を振り向いて口を開いた。
「女の子が無理やりこの先に連れて行かれたのを、植物たちが目撃したってさ」
「ああ。こっちもほら、もう一枚拾ったところだ」
メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は大きな鷲の羽を指先でくるくると回している。
その羽が伝えてくるのは、巨大鷲が理性を無くす直前に見た光景だった。
山から森に向かって滑空していた鷲の目に映ったのは、灰色のフードを被った4,5人の人間。彼らの前では背中にナイフを突き付けられた少女が、岩壁に向かって何やら詠唱を続けている。しかし次の瞬間、少女の眼前の岩が音を立てて動き始めたのと同時に、鷲の意識は途切れていた。
メシエが巨大鷲の記憶を辿っている傍で、エースは自身の籠手型HCを操作している。
「ルカルカさんから通信だ。崖の所に怪しい人影が多数。奴らまだ居るらしいな。急ごうメシエ。すぐそこだ」
そう言うと、エースはメシエの返答を待つ間もなく駆け出した。
「どなたか来て下さると良いのですが……」
御神楽 陽太(みかぐら・ようた)のパートナー、御神楽 舞花(みかぐら・まいか)は籠手型HCに手をやりながら、低木の影に身を潜めていた。
目の前の集団は彼女の存在に気付いてはいないが、舞花からは灰色のフード付きポンチョに身を包んだ5人の男達と、彼らに両手を拘束された少女の姿を確認することができた。
随所に花や木目調のボタンをあしらった若草色のワンピース。左右に垂らした三つ編みのせいで幼く見えるその精霊こそ、集落の妖精たちが族長と慕うハーヴィ・ローニに間違いなかった。
誘拐犯たちは何かを待っているらしく、先刻から大した動きが見られない。時折近くの崖の上に目をやったりしながら、互いに一言二言言葉を交わすばかりだった。
舞花はすぐにでもハーヴィを助け出すべきか迷っていた。
光学モザイクはすでに目立たないよう舞花の全身を覆っていたし、幸いにもこの場に身を隠してから動物の襲撃には合っていない。また敵の数もさほど多いとは言えない――が、人質がいる。単騎で突っ込んで、ぐったりした様子のハーヴィを護りながら5人の攻撃を捌き切れるだろうか。
森を嗅ぎまわっているという「不審者」の話を聞いてからずっと、舞花は関係のありそうな裏社会の情報を思い出そうとしていた。しかし残念ながら思い当たる節はなく、相手の実力が如何ほどのものなのか掴めずにいる。
「おら、しっかり立て」
舞花が思案に暮れていると、唐突に男たちはハーヴィを責っ立いて空を見上げるよう言い始めた。
上空には小型の飛空挺が二機、男たちの合図でこちらに近づいて来ていた。
――タイムリミットだ。
舞花は手にしたガンブレードを構えると、一番手前にいた男の足を狙い撃った。
銃声と悲鳴に驚いた他の誘拐犯が、こちらを振り向いて発砲する。それを寸での所でかわしつつ、舞花は銃剣を変形させて男たちの中に斬り込んでいく。
ハーヴィを後ろ手に取り押さえていた男は、舞花の姿に気付くと人質の喉元にナイフを突き付けた。
「こいつが死んでもいいのか!」
しかし、そう叫んだ男の脚が何故か動かない。見ると、足元の草が急に伸び出して男の脚を絡め取り、ぐいぐいと生長を続けてその動きを封じていた。男の両手から解放されたハーヴィは、地面に倒れ込もうとして舞花に抱きとめられる。
「頭、お頭ぁあああ!!!」
がんじがらめにされながら天を仰いだ男の頭部が、首が、両腕が、色を失って固まっていく。見る見るうちに硬直した男の全身は纏っていたポンチョと同じ灰色に変わり、恐怖の表情を浮かべたまま等身大の石像と化した。
舞花がはっとして見上げると、ホバリングを続けていた飛空挺から白衣の男が身を乗り出している。
「余計なことを洩らされたら、せっかくの計画が台無しなんですよ」
そう言うと、白衣の男は杖の先端から下に向けて青白い光を放つ。
光を照射された誘拐犯は一人残らず順番に、先程の男と同じように石化してしまう。あっという間に5人全員の身体が石と化し、呆気に取られている舞花たちを残して飛空挺は北に旋回を始めた。
現場に到達したルカルカが翼をはためかせて追おうとしたときにはもう、飛空挺は雲の中に行方を眩ませていた。