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魔女のお宅のハロウィン

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第2章 イノセンス・アンド・パッションズ!


 ログハウスのキッチンを借りて、セレンス・ウェスト(せれんす・うぇすと)はミニサンドイッチを作っていた。
 お菓子作りのほうは、ウッド・ストーク(うっど・すとーく)アスパー・グローブ(あすぱー・ぐろーぶ)に任せてある。
 アスパーの想いを知ってから何かと協力してきたセレンスは、今日はウッドとお菓子作りという場を作って応援している。
 とんがり帽子に黒いローブを纏い魔女に仮装したセレンスは、帽子のつばの端から二人の様子を覗いつつ、うまくいくようにと願った。
 獣人であるアスパーは、人のかたちでいる時は『ブランチェ』と名乗っていた。
 そしてウッドはずっと、獣人のアスパーと人のブランチェを別人と認識していた。
 それもようやく終わりを迎えた頃、アスパーのほうには恋心が生まれていたのだ。
 今日の彼女は、人間の姿の時のブランチェだ。
 二人はパンプキンクッキーの生地を手のひらで丸めてかぼちゃの形を作る作業をしていた。
 しかし、セレンスがせっかく場を作ったにも関わらず、二人の間に会話らしい会話はない。
 アスパーは変に緊張してしまい、話しかけようとしても言葉になる前に喉の奥で霧散していた。
 ウッドも何か言いたいことがあるようだが、どう切り出そうか迷っているのか言いかけてはやめてを繰り返している。
 セレンスはそんな二人をじれったく見守っていた。けれど、口を挟む気はない。
 ぎこちない空気を破ったのはウッドだった。
「なぁ、この際だからはっきりさせておきたいんだが……」
 顔をあげたアスパーの瞳は、不安のほうが多くを占めていた。
 ウッドは、彼女を見ずに作業を続けながら言う。
「俺はお前がアスパーの時も『ブランチェ』って呼ぶことにしたぜ」
 アスパーの瞳から不安が消えていき、代わりに喜びの色が増えていく。
「別々に呼ぶと、どうにもしっくり来なくてよ。どっちで呼ぶか決めかねてたんだが……」
「……私も、そっちで呼ばれるほうが嬉しいかも。一緒にいた時間はこっちのほうが長いからかな? アスパーとして一緒に冒険した時も楽しかったけど」
 はにかんだ笑顔でアスパーが答えると、ウッドはようやく彼女に顔を向けた。
「そうか。俺は、今のお前の姿を見て思ったんだ。──やっぱりお前は妹として大事にしたいってな」
 ウッドらしい裏表のない笑顔に、アスパーは何とも言えない気持ちになった。
 こう言い切られてしまっては、彼への気持ちを口にするのが怖くなってしまう。
 あたしの態度から、少しは察してよね!
 そう八つ当たりをしたくもなるが、アスパーはそれを淡い笑みで隠した。
 時間はまだたっぷりあるのだから、ゆっくり攻略すればいいと前向きに考えることにする。
 とはいえ、今ここで何もせずにいるのはちょっと悔しい。
「……ねぇ、私も『ウッド』って呼んでいい? そう呼びたいの……。それとも、もう『お兄ちゃん』って呼ばれなくなるのは嫌?」
 かまわないよ、というウッドの返事に、アスパーは嬉しそうに微笑んだ。


「トリック・オア・トリート!」
 と、元気に叫んで若葉分校生達に両手を差し出すのは、五歳ほどの年齢に変身した綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)だ。
 その時若葉分校生は、ウッドとアスパーが作ったパンプキンクッキーを食べようと、口を大きく開けているところだった。
 さゆみはにこにこと無邪気な笑顔を見せているが、少し離れたところで見ていたアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は知っている。
 さゆみは、その瞬間を狙っていったのだということを。
 若葉分校生達は、ゴスロリドレス姿のさゆみにたちまち目尻を下げる。
 そして、皿から何枚かクッキーを取り分けてティッシュに包んだ。
 さゆみがさらに腕を伸ばし、小さな手のひらにクッキーの包みが渡され──なかった。
 若葉分校生は意地悪い笑みを浮かべて、包みをひょいと頭上にあげてしまう。
「へへっ。欲しいならここまで飛んでみな」
 若葉分校生にしてみれば、ちょっとからかってみただけだった。
 そしてさゆみは、それをさらに超えて彼をからかった。
「とりゃー」
 と、かけ声と共に放ったのはねずみ花火。
 足元で火花を散らしてくるくると回る花火に、若葉分校生は驚きの声をあげて飛び跳ねた。
「おわっ。なんつーことを! ……フッ、やるなさゆみちゃん。それならこっちも……待った! 何だよ、その大量のねずみ花火は!」
「こんなこともあろうかと!」
「わぁぁっ! 降参、降参だ! ほら、お菓子」
「ありがとー。仲直りの握手しよう」
 お菓子の包みをもらってほくほく笑顔のさゆみに、若葉分校生は苦笑して手を差し出した。
 さゆみがその手を握り返した瞬間、若葉分校生の顔が引きつる。
「あははははっ!」
 笑いながら駆け去って行くさゆみ。
 残された若葉分校生の手のひらには、ガムがべったりくっついていた。
 それを見ていた周りの若葉分校生達が指さして笑う。
「ひでぇよ、さゆみちゃん……この礼は次のコンサートで返させてもらうぜ! サイン色紙百枚書いてもらうからなー!」
 彼の叫びは、さゆみにはまったく届いていなかった。
 暴君のようにはしゃぐ恋人を、アデリーヌは困ったように眺めていた。
 いつか仕返しをされるのではという心配ではない。
 夢中になって遊び回っているうちに、森のほうへ飛び出してしまい迷子になるのではという心配だ。
 何故ならさゆみはアデリーヌには理解不能なほど方向音痴だからだ。
「わたくしが傍にいればいいのですわ……」
 そのことに気づいたアデリーヌがさゆみのほうに歩き出した時、親しげに呼ぶ声に引き止められた。
 若葉分校生達だ。
 彼らは全員お菓子の包みを持っていた。
「アデリーヌちゃん、まだお菓子もらってねーだろ。あげるぜ」
 本当はアデリーヌから来るのを待っていたのだが、いつまでたっても来てくれないためしびれを切らせてやって来たのだ。
 アデリーヌも五歳くらいになり、ゴシックパンクでまとめていた。
 子供の彼女も、現在を裏切らない美しさだ。
 さゆみなどはその美少女ぶりに、
「負けた……」
 と肩を落としていたほどだ。
「ほれ、いっぱい食えよー」
 若葉分校生達により、アデリーヌの両腕いっぱいにお菓子の山ができた。
「あ、ありがとうございます……あら、さゆみは?」
 心配した通り、少し目を離した隙にさゆみの姿は掻き消えていた。
 その後、若葉分校生達を引き連れて捜索隊が組まれたのだった。

 過激な悪戯はあちこちで行われていた。
 空降 冷花(そらふり・れいか)もその実行者の一人だ。
 まだ何もしていないが、その目はすでに獲物を見定めている。
 狙う先にいるのは魔女の仮装をしたマリリン・フリート(まりりん・ふりーと)だ。
 氷精や雪女の仮装をした人と友達になりたいと言った冷花のために、さっそく雪女を見つけて話しかけていた。
 その子は幼児化の薬で五歳くらいになったパラ実生の女子だった。
「おらおらァ、おかしよこせよぅ!」
 小さな雪女は、ブリザードのつもりなのか白いボンボンを振ってマリリンに精一杯凄んでいる。
 威勢の良い女の子にママリンはニッと笑うと、
「おー、怖い怖い! これで勘弁してくれよー」
 と、おどけてチョコレートやアメを包んだものを雪女の手のひらに乗せた。
「そうだ、あんたに紹介したいヤツがいるんだ。同じ雪女だよ」
「どこにいるの?」
「ここじゃ」
 冷花はマリリンのすぐ後ろにいた。
 これにはマリリンも小さな雪女も驚いた。まったく気づかなかったからだ。
「な、何だよ……いるならいるって言えよ」
「よいではないか。ところで、ふと思ったんだがな……ちとかがめ」
 冷花の手招きに応じ、マリリンは視線を合わせるように腰を落とした。
 直後、マリリンの口に小瓶が突っ込まれる。
 小さな雪女も飲んだ、幼児化する薬の小瓶だ。
「何をするっ!?」
 と、慌てている間にも、マリリンの体はみるみる子供になっていき、最終的には小さな雪女と同じくらいの年齢になってしまった。
 縮んだ自身の両手を呆然と見つめるマリリン。
 長身の彼女が着ていた服は今の体には大きすぎるため、半ば以上ずり落ちたズボンからは熊さんアップリケパンツが覗いている。
 マリリンは、呆れたような諦めたようなため息を吐いた。
「冷花……もっと普通にできなかったのか? 気管に入るところだったぞ」
「何もなかったのじゃ。良かったではないか。──しかし、こう並んでおると……」
 冷花は、小さな魔女となったマリリンと雪女を交互に見て満足そうに頷く。
「何とも可愛いものじゃ。どれ、撫でさせておくれ」
 まるで孫をかわいがるようにマリリンを撫でる冷花。
 小さな雪女も微笑ましい気持ちになった時、それは起こった。
「ほれ、氷漬けにして、ずっとこのままにしておこうかのう♪」
 マリリンが抵抗する間もなく、冷花の氷術によって宣言通り氷漬けにされた。
 そして、ごろごろと転がしてどこかへ行ってしまった。
 間近でこれを見ていた雪女は、次の標的にされてはたまらんと、薄情にもマリリンを見捨てて逃走した。
 冷花は適当なところに氷漬けのマリリンを放置すると、次なる獲物を探しに出た。
 景気よくお菓子をばら撒いている色っぽい魔女を見つけ、氷菓子でもねだりに行こうとした時、はしゃいで周りが見えなくなっている幼児化したパラ実生のグループに巻き込まれた。
 一人が振り回した手に持っていた小瓶が冷花の口に突っ込まれ、反射的にそれを飲んでしまう。
 あっ、と思った時にはもう、冷花は大人になっていた。
 本人もパラ実生達も時が止まったように固まった。
 やがて、冷花の一番近くにいたパラ実生の男子が、見上げる頬を赤く染めて呟いた。
「はいてない……」
 一拍おいて意味を理解したパラ実生達は大騒ぎをして冷花に押し寄せ、彼女は背が伸びたことで丈の短くなった着物の裾を押さえながら後ずさった。
「お、おぬしら、ただで見るつもりか!」
「後ろががら空きだぜ〜」
「永久氷結の刑に処してやる!」
 羞恥と悪ガキ達への怒りで顔を赤くした冷花の氷術により、パラ実生達の足元が凍らされる。
「う、動けねぇ〜。これやべぇって!」
「でも着物の中がどうなってるのか気になるんだー!」
「めくれー! ど根性ぉぉぉぉ!」
 冷花は素早くブレスオブアイシクルを噛むと、氷の息吹を万遍なく吹きかけてパラ実生達を震え上がらせたのだった。
 そして放置されたマリリンだが。
 発見したパラ実生にじっくり鑑賞された後、熱湯で氷を溶かされて無事に救出されたという。

 冷花によって氷漬けにされているパラ実生達を見ながらも、皆川 陽(みなかわ・よう)は止めるべきかどうか迷っていた。
 止めるにしてもどちらを?
 というわけだ。
 女性の衣服の中を覗こうというのはけしからん行為であるが、覗かれようとしたからといって氷漬けはやり過ぎのような気がする。
「参ったな……。こういう時、大人はどうするんだろう」
 陽は大人化の薬を飲んで本来よりも年齢を増していたが、期待していたような成果は今のところは発揮されていない。
 困り果てて同じく大人化したユウ・アルタヴィスタ(ゆう・あるたう゛ぃすた)を見やると、彼は氷の惨劇など見向きもせずに子供化した者達にお菓子を配っていた。
「見て見ぬふり……なるほど……?」
「おーい、この状態でどうしたらそんな呑気な言葉がでるかな!?」
 陽の呟きが耳に入ったユウから、助けてくれーという心の声が聞こえてくる。
 いまやユウは子供達に押し潰されそうになっていた。
「わわっ。ほら、みんな! こっちにもお菓子あるから、ユウの上からどいてあげて!」
 陽の声に、子供達は今度は彼に群がってくる。
 陽はバスケットの中に詰めておいたお菓子の包みを、手際よく配っていった。
 目的のものを手に入れて満足した子供達は、陽にお礼を言うと次のターゲットへと走っていく。
 中には、
「もっとよこせー。よこさないと……必殺三年殺しを食らわせるぞー!」
 などと脅してくる子もいたが、そんな時はこう言った。
「いつまでもここにいると、次のところのお菓子がなくなっちゃうよ」
 欲張りな子達がいなくなったところでユウを見ると、いつの間に戻ってきていたのかテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)が彼の膝の上に収まっていた。
 お菓子巡りの成果はすでに二人の周りに散らばっているものから判断できる。
 テディはカップケーキをおいしそうに食べているが、ユウの膝にはケーキのクズがぽろぽろとこぼれている。
 しかし、ユウは怒ることなくテディの頭を撫でていた。
「おいしい?」
「うまいぞ!」
「鼻の頭にクリームついてるよ」
 ユウがくすくす笑うと、陽もつられて小さく吹き出した。
 よく見れば、口の周りにもクリームがついている。
 カップケーキに乗っていたクリームだろう。
 よくわかっていないのはテディだけだ。
 拭いてあげようと陽がハンカチを手にかがんだ時、不意にテディが陽を見上げた。
 そして、ぬっと突き出される大きなペロペロキャンディ。
「やる! ……へへっ、どうだ。えらいか?」
「僕に? ありがとね、嬉しいよ」
 陽はペロペロキャンディを少しだけ舐めた。
 思った通りとても甘い。
「うまいか?」
「おいしいよ。テディはいっぱいお菓子もらってきたんだね」
「僕のみりょくに、おとなはメロメロなのさ〜。何なら、ちゅーしてくれてもいいんだよ」
「絶好調だね」
 陽は、調子に乗るテディの額をちょんとつつく。
 ユウは二人の楽しげなやり取りを、あたたかい眼差しで見守っていた。

 そんなほのぼのした空気の中に、突如飛び込んでくる子供の元気な声。
「おかし、ちょーだーい!」
 ビタッと陽の背に貼りついたのは、魔女っ娘に仮装した水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)
 ペロペロキャンディをなめていた陽は、はずみでキャンディに顔面から突っ込んでしまった。
 テディとユウに笑われながら、陽は背中のゆかりへ振り向いた。
「元気な子だね……お菓子だね? これ以上いたずらされる前にあげなくちゃね」
「えー、今のはいたずらじゃないですよー」
「そうなの? とてもびっくりしたんだよ」
 ゆかりは大きなカボチャマフィンをもらった。
「ふふふっ。お兄ちゃんはお菓子くれたから、いたずらはナシですね!」
「いちおう聞いておくけど、もしあげなかったら僕は何されてたのかな?」
「耳元で、わっ、てやってた」
 くすくす笑うゆかりは、元の年齢からは想像もつかないくらい本物の子供のようだった。
 陽は降参とばかりに両手をあげる。
「お菓子持っててよかった」
「うん、そうですね! じゃあ、私は次に行きますね。ありがとー!」
 ゆかりは手を振って、次の獲物を求めて駆けだした。
 その頃、マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)は憧れの体型を手に入れて、存分に周囲に見せつけていた。
 見た目の幼さから、主に胸囲において何度も挫折を味わってきた彼女。
 幼児化して遊ぼうというゆかりの誘いを蹴って大人化の薬を手にしたのは無理もない。
 そして今、見事なプロポーションのマリエッタの周りには野郎共が群がり歓声を上げてもてはやしていた。
(悪くないわね! もっと褒め称えてもいいのよ)
 露出度の高いセクシー魔女の仮装をしたマリエッタがお色気ポーズをとると、ケータイやスマホにその妖艶な姿を収めておこうとする者まで現れる。
 マリエッタはさらにポーズを変えて見物人の期待に応えた。
 しかし、ここがその手のイベント会場なら客も心得たものだが、周りにいるのは思うままに行動するパラ実生がほとんど。
 興奮した一人がマリエッタに飛びついた。
「マシュマロおっぱいだぁ〜!」
 幼児化してオオカミの着ぐるみを着た、種もみ学院生のカンゾーだった。
 マリエッタは反射的にカンゾーを叩き落とす。
「触っていいなんて言ってないでしょ……!」
「イテテ。鼻打った! こいつゴリ魔女だ!」
「誰がゴリ魔女よ!」
 マリエッタが拳を振り上げると、カンゾーや他のパラ実生がワッと散る。
 カンゾーがおもしろがってさらにからかうと、マリエッタは本格的に追いかけはじめた。中身は子供のままなのだ。
 冷花に氷菓子をもらい氷漬けにされそうになるという危機から脱したゆかりが、それを目撃していた。
「マリー、台無しですよ……」
 呆れたようにゆかりが苦笑した直後、マリエッタのグラビティコントロールがカンゾー達を押し潰した。

「アイちゃん、はろうぃんするのはじめてー♪」
 と、妖狐の仮装ではしゃぐ鬼龍 愛(きりゅう・あい)
 目の前でパラ実生の群が潰されたカエルのように這いつくばっていても、楽しそうな光景にしか見えていない。
 鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)もあえて触れなかった。
「愛ちゃんも、お菓子をもらってきたらどうです? おいしいお菓子、たくさん食べれますよ」
「うん! おかしもらいにいくー!」
「愛ちゃん、どっちが多くもらえるか競争しよ!」
 猫耳と二股に分かれた尻尾をつけて猫又の仮装をした美常 雪乃(みじょう・ゆきの)が愛を誘う。彼女は子供化している。
 ちなみに貴仁は、いつも羽織っているネクロマントを使い吸血鬼に仮装していた。
「ゆきのおねぇちゃん、まってー!」
 先に走って行ってしまった雪乃を、愛は転びそうになりながら追いかけていった。
 姉妹のような二人の小さな後ろ姿を微笑ましく見送った貴仁は、もう一人の連れのほうへと顔を向ける。
「房内さんは……あれ、いない」
 座敷童の格好をして傍らにいたはずの医心方 房内(いしんぼう・ぼうない)は、いつの間にか姿を消していた。
「何事もなければいいですけど」
 何かとエロいあの魔道書に一抹の不安を覚えた時、貴仁に体当たりしてくる子供がいた。
 下を見ると、対照的な美少女が二人いた。さゆみアデリーヌだ。
「吸血鬼さん、おかしをくれないといたずらしちゃうぞ〜!」
「おとなしく差し出したほうが身のためですわ」
 元気な笑顔と控えめな微笑で迫られる貴仁。
「これは逆らったら怖そうですねぇ。お菓子をあげますので許してくださいね」
 と、チョコレートを使ったスナック菓子を二人分渡した。
 さゆみがニシシッと笑って、あるものを見せた。
「お菓子持ってきてて良かったね。手ぶらだったらコレが炸裂してたわよ」
 若葉分校生を慌てふためかせたねずみ花火だ。
 貴仁の頬が引きつる。
「なんて過激な……」
「んじゃ、またねー」
 二人は手を繋いで走っていった。
 その後も貴仁のところに入れ代わり立ち代わり、数人であるいは群れを成して子供達がお菓子をもらいにやって来た。
 中にはお菓子をあげてもいたずらしてくる子もいたが、そんな子にはくすぐりの刑でさんざん笑わせてやったのだった。
 そしてすっかり忘れてしまっていた房内のことだが……。
 彼女は、二人のセクシー魔女を前にどちらからいたずらしに行こうかと、爛々と目を輝かせていた。
「生きのいいほうからじゃ」
 狙いを定めて向かったのは、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)のところ。
 とんがり帽子とマントの下は、際どいレースに飾られたハイレグビキニだ。
 彼女はお菓子がたっぷり詰まった袋を脇に抱え、
「ほーら、持ってけー!」
 と、景気よくばら撒いている。
 房内はその内の一つをキャッチした。
「ふっふっふ……とりっくおあとりっく! お菓子をくれてもくれなくても、いたずらするのじゃー!」
 房内はセレンフィリティの形の良い胸に飛び込んだ。
 やわらかなその感触を夢想した直後、セレンフィリティがくるりと向きを変えたため、房内はお菓子袋に抱き着く形になった。
「ご、ごわごわじゃ……」
 どうやら動きが読まれていたようだ。
 それならば、と標的をおとなしそうなセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)に変更する。
 そっとセレアナの背後に回り込んだ房内の頭は、いけない欲望でピンク色に染まっている。
 マントの中に潜り込み、引き締まったふくらはぎを、白い太ももを、魅力的なお尻を、この手で……!
 房内はタイミングを見計らい、セレアナのマントに手を伸ばした。
 その時。
「こら、セレン! 子供相手になにムキになってるのよ!」
 何か無茶をやらかした恋人を止めるため、セレアナが駆けだす。
 地を蹴った踵が、今まさにマントの中に潜り込もうとしていた房内の顎を蹴り上げた。
 セレアナはまったく気づいていない。
 房内は脳天まで突き上げた痛みを抱えてのた打ち回るのだった。
 それとは正反対に、愛と雪乃はとても純粋に楽しんでいた。
「とりっく・おあ・とりーと!」
 と、大人の周りをぐるぐる回れば、目を回すふりをしながらお菓子をくれたり、
「あれ、もうない……!」
 と、慌てる大人に会えば、かがんでもらって髪をくしゃくしゃにしたりした。
 そして、両手いっぱいに戦利品を抱えて貴仁のもとに戻り、自慢した。
「アイちゃん、いたずらもしたよ! くつをぬがして、ひっくりかえしちゃった!」
「それは困ったでしょうねぇ」
「困ったなあっていってたー!」
「お菓子、持ってなかったんだからしょーがないよねー」
「ねー」
 同じ角度に体を曲げて声をそろえる愛と雪乃。
「二人のお菓子は俺がここで守ってますから、またもらいに行ってきたらどうです?」
「いく! ゆきのおねぇちゃん、もっともーっともらってこよう!」
「わわっ。愛ちゃん、待って待ってー!」
 急いでミニカップケーキを口に詰め込み、今度は雪乃が愛を追いかけて走っていった。
 一方、先ほど悪ガキ共を追いかけていたセレンフィリティは、今度は男の子を誘惑していた。
 モヒカンだからパラ実生と思われるが、ずい分と純情な子だった。
 肩に回されたセレンフィリティの細くやわらかな手や、間近から覗き込んでくる綺麗な顔立ちに、耳まで真っ赤になっている。
 セレンフィリティは艶っぽい声で耳元で囁いた。
「うふふ……ねぇ、もっとほしい? ほしいなら、上手におねだりしなきゃダメよ……?」
「う、あ……えっと、お、お、お菓子くれなきゃ、い、いたずらするぞ……!」
「あら、いたずら? どんないたずらかしら……ちょっとくらいなら、いたずらしてもいいのよ」
 傍ではセレアナが呆れ顔でそれを見ている。
 一つ、ため息を吐くと調子に乗るセレンフィリティを呼んだ。
「からかうのもそれくらいにしたら? 倒れそうじゃない」
「……やきもち?」
 挑発的に見上げられ、言葉に詰まるセレアナ。
 だが、次の瞬間には気持ちを切り替えていた。
 たまには、セレンフィリティを振り回してみたい。
 セレアナは恋人の横に膝を着くと、頬のラインを誘うように指先でなぞった。
「そうね……そんなに私にやきもちを焼かせたいなんて、いけない人ね……。お仕置きが必要かしら」
 言いながら少しずつ顔を近づけていく。
 突然始まったラブシーンにパラ実生の子は、全身真っ赤になって顔を両手で覆った。しかし、指の隙間からしっかり肝心のシーンは見ていた。
 ところでお仕置きする側だったセレアナだが、いつの間にかセレンフィリティに押さえ込まれ、息も絶え絶えになったところでやっと解放されたのだった。