蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

爆弾鳥リインカーネーション

リアクション公開中!

爆弾鳥リインカーネーション

リアクション


疾風怒涛! 蒼空学園編


 キャンパス内のあちこちで爆音と悲鳴が聞こえる。
「一体何が……!?」
 爆音を聞きつけて眉を顰めた天城 一輝(あまぎ・いっき)は、音のした方に向かって、足早に校舎の廊下を歩いていた。
 その彼の目に、ある一つの教室から出てくる生徒が見えた。何かを断ち切るように、バシッと叩きつけるように扉を閉めると、逃げるように去っていく。
「おいっ、何が……」
 声をかけたが、足を止める様子はまるでない。
 その様子を訝しげに見たが、取り敢えず一輝は教室の方を確認することにし、扉を開けた。
「ぴいぴいい」
 高い声が聞こえて、一瞬の後。

 ボウゥゥゥゥゥン!!

 籠った、しかし腹の底に響くような爆発音とともに、校舎の一室の窓から爆発の黒煙が上がった。
 一瞬で視界を奪われた一輝は、気が付くと爆風で廊下に転がっていた。
 ごほっ、と咳をすると、煤まみれの息が口から出た。
「……な、何なんだ一体?」
 全身黒焦げで、いきなりの理不尽な仕打ちに抗議するように声を上げるが、それに応えたのは、この爆発に直面してもまだ生きているらしい銃型HCから微かに聞こえた電子音だけ。全校生徒に一斉送信された「緊急メール」の着信を告げていた。

『緊急:【爆弾鳥】に注意!』

「――遅いっつーの!」



「何だろう……何が起きてるんだろう……?」
 爆音と、生徒たちの慌てふためくような騒ぎの声に満ちている様子に、たまたま用事で蒼空学園にやってきている想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)は、心配そうに辺りを見回した。
 何かが起きているのは確かだ。そうすると、夢悠の心配事はひとつ。
(雅羅は大丈夫なんだろうか……!?)
 その災難体質は改めて紹介するまでもないほどに有名な{雅羅・サンダース三世#SNM9998784}のことだ。
 おそらく、何も知らずに普通に登校しているはずである。
(雅羅……どこにいるんだ!?)
 最近、夢悠は雅羅に抱いていた恋に破れ……そこからきちんと、友達関係を始めたばかりだった。
 恋は叶わなくても、大切な友達として、雅羅が災難に遭うのを見たくないし、そんな事態を放ってなどおけない。
「っ!!?」
 校舎の間の通路を歩いていると、またどこからか爆音が聞こえた。空気が震えたのを感じたところから、爆心地はかなり近いようだ。強い突風に、反射的に腕で頭を庇う。
 そして腕を下ろした時、空に何かきらりと光るものが見えた。それは夢悠の方へと落ちてくる。
 危険なものかもしれない、と警戒するより早く、飛んできたそれを夢悠は片手でキャッチしていた。ちょうど掴みやすそうな大きさで、つい受け止めてしまった。
「えっこれ、……卵?」
 どうみても卵にしか見えないそれを、夢悠は不思議そうに眺めた。
 大きさも鶏卵ほど、なんでこんなものが……と思いつつ前を見ると、
「あっ!」
 歩いてくる雅羅が見えた。



「ん?」
 気が付くと、自分の足元にヒヨコがいる。赤銅色のような色味の羽のヒナ鳥だ。
 鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)は、足を止めてそれを見下ろした。貴仁が足を止めるとヒナも止まる。その足に纏わりつくように擦り寄ってきてぴいぴいと鳴く。
「何だこれ。どこから来たんだ?」
 全然離れないので、屈んで手を差し伸べると、なんの警戒心もなく掌に乗ってきた。柔らかい、ふわふわの羽毛の感触に、少しだけ心が緩む。
「ずいぶん人に慣れてるんだなぁ」
 トコトコと足踏みして、小さな嘴で貴仁の指をつつく。どうせ何となくうろうろしていただけで急ぐ用事もないので、しばらくそのままヒナと戯れることにした。
「ニワトリのヒヨコにしてはなんか色が赤っぽいな。親鳥とかその辺にいないのか?」
 頭の上をちょんちょんとつつき、呟きながらふと辺りを見回すと、偶然、同じようなヒナが地面を走っているのが目に入った。
 ――砂埃を立てるような速さだ。
 その先には、さらにそれを上回るスピードで猛烈に走っている蒼空学園生。明らかに、逃げている。
 その1人と1羽のその姿が、貴仁の眼路の遥か先に消え……

 ちゅどーーーーーーーーん

 閃光、爆音、爆風……宙を舞う、人の形の影。

「え……???」
 ぎくりと、貴仁は、掌の上のヒナを見下ろした。
「ぴい♪」 



「や、やあ雅羅。元気?」
 少し緊張しながら、夢悠は声をかけた。
「あら、夢悠。うち(蒼空学園)に来てたんだ。こっちは元気よ」
 何かあったの?と、雅羅は何の変わりもない様子で近寄ってきた。
「あ、うん。大した用事じゃないんだけど、ちょっとね」
 見たところ、何か異常のある様子でもないし、困っている風もない。ちょっとホッとする。
「それより、なんだか騒がしいけど、何かあったの?」
「あぁ、さっきからのあの爆発音ね。何だかあっちこっちから聞こえてくるけど、何が起こっているのか、私も分かんないのよ」
 さっき音がした方を訝しげに見やる雅羅につられて、夢悠もそちらに目を向けた、その時。
「ん?」
 掌の上にもぞっと動く感触、続いてかさっと小さな音が聞こえ、夢悠は手に持った卵を見た。
 いや、もう卵ではない。その殻を破って出てきた、もこもことした小さな……
(孵化した!?)
「ぴい」
 ぶるぶると頭を振るい、大きな目で夢悠を見上げ、ぴいぴいと鳴いている。
(うわ……可愛い!)
「? どうしたの、夢悠? ――ヒヨコ!?」
 雅羅が気付いて、夢悠の掌の上のヒナに顔をぐっと近付ける。
「可愛い! ちょっと普通のヒヨコとは色が違うみたいだけど……どうしたのこの子」
「さっき、卵がどこかから落っこちてきて……持っていたら、急に孵化したんだ」
 雅羅の位置が近いのでちょっとドキドキしながらも平静を装って答える夢悠の、掌に顔を擦り付けてヒヨコはぴいぴい鳴いている。
「そうなの。ねぇ、この子、夢悠を親だと思ってるんじゃない?」
「えっ!?」
「ほら、鳥って生まれて最初に見たものを親だと思うっていうじゃない」
「そ、そうかな……」
「きっとそうよ」
 雅羅はヒナの頭を軽くつつく。しばらくの間ヒナは雅羅の指を追うように伸びあがって首を伸ばすが、やがてまた元に返るように夢悠の掌に身を擦り寄せる。
「あはは、やっぱり、親だと思ってるのよ。こんなに甘えてるし」
「そ、そうだね」
「可愛いわよね。ヒヨコが親に甘える鳴き声って」
 ヒナ鳥の愛らしさに目を輝かせて話す雅羅を見ながら、夢悠は、雛の可愛さ以上に、こうやって雅羅と普通に話せていることの方が嬉しかった。
 が。
「ん?」
 誰かが……蒼空生のひとりのようだが、遠くからこっちに何か叫んでいるのが聞こえてきた。
 真っ青なひきつった顔で、こちらを指差して……

「……れろ、危険だ……!」
「爆弾鳥……5分で……!」
「孵化したら……爆発する……さっきから、何度も……!」

 遠くから声を張り上げている(こっちに近寄りたくないようだ)その生徒の、言葉はところどころ切れ切れになりながら、そんな風に聞こえてきた。
「爆発する……このヒナが……?」
 切れ切れの言葉を繋げて言いたいことを何とか読み取った夢悠だが、俄かには信じられずヒナを見下ろす。
 でも、そういえば、卵は爆音のした方から飛んできた……
「――5分で……!!」
 再度、その叫びが聞こえて来た時、いきなり夢悠は駆け出した。
「夢悠!?」
 呆然とする雅羅を残して。全力のダッシュで。

(雅羅から遠ざけないと――!)
 背後から呼びかける声がどんどん遠くなっていく。



 一方、校舎のとある一室では。

「フハハハ!我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス!」
 聞いている人がいるといないとに関わらず、事を起こそうという際には名乗りを欠かさない、ある意味律儀なドクター・ハデス(どくたー・はです)の高笑いが響き渡っていた。
「クククク、ついに来るぞ、我が野望実現の時が――!
 このフェニックス怪人の力があれば……!!」
 校舎内で偶然爆弾鳥を手に入れたハデスは、この鳥の性質を知った上で、それを『フェニックス怪人』なるものに改造しようと、この部屋で怪しげな実験をしているのだった。
 何も知らないヒナ鳥は、つぶらな目でハデスを見上げて、すぐ傍でぴいぴい鳴いている。
 鳥には、人の思惑など分からない――
「クックック、何も知らぬ哀れな鳥よ……貴様はこれから、我が手で最強の侵略兵器へと生まれ変わるのだ……!」
「ぴいっ」
 何となく呼応しているように聞こえなくもないタイミングで鳴いたりする。
 最強の侵略兵器を作り出す。ハデスの中では、そのための設計図はすでに出来上がっていた(あくまで彼の頭の中でだけだが)。【先端テクノロジー】【機晶技術】【機晶解放】を駆使することにより、その勝算は大いになると見ている――らしかった。
「見るがいい、我らオリュンポスの科学力!!」
「ぴーっ」
「世界が我らにひれ伏す時も間近……我らの世界征服もあと一歩だな!」
「ぴっぴーっ」
「さぁ、目覚めるがよい、フェニックス怪人よ! さらなる真の姿に進化するのだ!! 【潜在解放】!!」
「ぴいぴっぴーっ!」
「……いや、あのだからもう少し離れてくれないか。5分しかないんだから」
 隙あらば寄ってきて纏わりつくヒナに、たまに動きを邪魔されるハデスであった。


 この教室に近付く影があった。
「そこまでです、ドクターハデス!
 今日こそは、あなたの悪事を阻止してみせます!」
 かつてはオリュンポスに属していながら婚約を機に悪の秘密結社から足を洗い、正義の騎士となったアルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)が現れたのだった。
 そうでなくとも学園内が不穏な空気……を通り越してあちらこちらで起こる爆発でのパニックに包まれている今、ハデスが何か事を起こさぬわけがないと見ていたのだろう。その予測は当たっていたのだが。
「ふ……っ、倒せるかな? 我らが技術力の粋を集めて作り上げた、この怪人を……」
 扉の向こうから声がした。ハデスの声だが、姿を見せる気はないらしい。
 彼が言う怪人とやらの気配も感じない。罠の匂いが一瞬掠めたが、アルテミスは意を決し、部屋の扉を開けた。

「この正義の騎士アルテミスが、悪の怪人を倒してみせます!

 ……って、あ、あれ?」

 開け放たれた教室の中は、どうやらカーテンを閉め切っているらしく、暗くて奥まで見通せない。
 足元に気配を感じ、見ると、どこから湧いてきたのかそこには大量のヒヨコ――爆弾鳥のヒナたち、すなわちハデスが言うところのフェニックス怪人。
「こ、これが怪人……!?
 うう…、こんな可愛い怪人には剣を向けられません……ひ、卑怯な……!」
 『魔剣ディルヴィング』を構えたまま、しかし、わらわらと足元に寄ってくるヒヨコにただ、じりじりと後ずさるアルテミス。
 つぶらな目を見上げてぴいぴいとさえずりながら寄ってくる、それらは、ハデスが次々と孵化させた「侵略怪人」……(どう見てもヒヨコだが)
「ううぅ……どいてください、進まなくてはならないけど危害を加えたくはありません……」
 しょうがないので剣をぶんぶん振って横に避けるよう、通じないので全く無駄な指示を送っていると、
「それ以上ヒヨコをいじめるのは許しません!」
 高らかに言い放って、ペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)が飛び出してきた。
 ――ハデスの言うことを真に受ける、残念な……ではなかった、純粋な心を持ったペルセポネは、「怪人を守って攻撃者を撃退」するよう言われて何の疑問もなく「分かりましたっ」と請け負って、アルテミスと対峙するために出てきたのだった。
 しかも、足元に群がるヒヨコの方に剣の切っ先を向けてぶんぶん振っている(「どいてどいてっ」なのだが)アルテミスは、傍目には小さな可愛いヒヨコをいじめているようにしか見えない。
「この可愛いヒナたちをいじめようとする人は、例えアルテミスお姉ちゃんでも許せませんっ!」
 その権幕と攻撃の意志を確認したアルテミスが反射的に飛び退って距離を取ると、ペルセポネはヒヨコたちを庇うようにその間に立った。
「――機晶変身っ!!」
 その言葉とともに、ペルセポネの制服が光の粒子となって消え、代わりにその身を包むのは『パワードスーツ』。
 対峙の空気など全く読むことなく(当たり前)ぴいぴいぴよぴよと、足元に群がるヒヨコの内の何羽かを抱き上げ、力強く宣言する。
「ヒヨコさんは私が守りますっ!」

 ボゥン!
 ボッボボボボボボボウゥン!!!!!


 一羽が爆発したのはその言葉の直後。
 それから、孵化した時間の僅差に従って連鎖的に爆発。

「――っ!!」
 複数の爆心からの風がぶつかり合いで周囲の気流が狂ったのか、一瞬息が詰まるような、空気が遠のいた感じに襲われ、悲鳴も出せなかった。
 そしてその矢継ぎ早の空気の暴力にも似た、連続爆発が収まると……
「……っ!! こ、これは……」
「ぃ……いや〜〜〜〜っ!!」

 何故か2人とも、爆風に吹き飛んだのは鎧&パワードスーツと衣服だけだった。