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リアクション
chapter3.十三人目・前編
その剣の名は【星剣・還襲斬星刀】という。
蛇腹剣、鞭剣と呼ばれるその武器は、剣と鞭の二つの形状を合わせ持つ。特に鞭状態による攻撃が現在進行形で、セイニィや生徒たちを苦しめていた。変幻自在の動きでとめどなく振られる一撃は、容易に間合いを読み取らせなかった。なによりの問題で一同にとっての不幸だったのは、シャムシエルがティセラを凌ぐほどの実力者だったという事である。
「あっはっはっ! どーしたの、少しは抵抗してくれないとつまんないよ!」
幾筋も走る還襲斬星刀の軌跡は、隙間なく空をなぞっていく。
両手に光る【星双剣・グレートキャッツ】を構え、セイニィはわずかな隙間を駆け抜けた。
「調子に乗るんじゃないわよ、蛇女ッ!」
超反応による紙一重の回避を見せ、彼女は左右から嵐のような爪撃を繰り出した。
「あんた、ティセラに一体なにをしたのよっ!」
「ボクはおまじないをかけただけだよ、友達になれるおまじないをね」
不敵に笑うシャムシエルの様子は、セイニィの怒りに火を注ぐには充分だった。
「ふざけんなっ!」
おもむろに身体を螺旋の軌跡で回転させ、シャムシエルの顔面にあびせ蹴りを叩き込む。グレートキャッツに意識が向いていた彼女は不意打ちのような蹴りに対応出来なかった。弾かれたように身を仰け反らせて、背中から床に倒れ込んだ。
「あんたを殺してティセラを元に戻す……!」
グレートキャッツの青い光が、怒りに燃えるセイニィの顔を浮かび上がらせる。
シャムシエルは身体をゆっくりと起こし、血のにじむ唇をそっと指で拭った。
「……痛いなぁ。そんなに怒らなくてもいいじゃない。キミにもちゃんとおまじないをかけてあげたんだから」
「……え?」
追い討ちをかけようとしたセイニィは凍り付いた。
その隙を逃すほどこの蛇は甘くはない。ニィッと口元を歪め、還襲斬星刀を一直線に伸ばして突きを放つ。
「きゃあああっ!!」
高速の突きが肩を貫くと同時に、血飛沫が高く舞い上がった。
「あれあれ、どーしたの、ぼんやりしちゃって? ボク、何か気に障るような事言っちゃった?」
苦痛に身をよじらせながら、セイニィは不安の入り交じった目を向けた。
「ど……、どういうことよ!?」
「だって、誰かに指摘されるまで、キミはちっとも疑問に思わなかったんでしょ、ティセラが変わっちゃった事にさぁ」
「ま、まさか……」
「ティセラの変貌に違和感を抱かないっていうおまじないをかけておいたんだ。もっとも、もう解けかかってるみたいだけどね、まったく地球から来たキミのお友達は余計な事をしてくれるよ。余計な仕事を増やしてくれちゃってさぁ……」
還襲斬星刀を引き戻し、再度突きの構えを取った。切っ先を下にずらし、心臓に狙いを定める。
立ち上る死の気配に誰よりも早く気付いたのは、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)だった。
「危ねえ!!」
叫ぶと同時に駆け出していた。
大柄な体格からは想像もできない俊敏な身のこなしで、発射された剣の腹に拳を叩き込み、強引に軌道をそらす。
ナックル型光条兵器が装着された拳は、きゅるきゅると刀身を伸ばす還襲斬星刀との間で、火花を散らしている。
「おい、大丈夫か、嬢ちゃん!」
「……どこのおっちゃん?」
「おっちゃんじゃねぇ! 俺はまだ花も恥じらう二十歳だっつぅの!」
むっとして言い返したものの、心ないセイニィの一言におっちゃんは少し傷ついた。
なにやらもにょもにょと愚痴のようなものを零しつつ、パートナーのソフィア・エルスティール(そふぃあ・えるすてぃーる)を呼んだ。彼女はとてとてとセイニィに近寄ると、肩の傷の上に手をかざしヒールで治療を始めた。
「お怪我を治しますね、少しじっとしててください」
流石に短時間で全快させるのは無理だが、出血は止まり幾分セイニィの苦痛は和らいだようだ。
それから、ソフィアは眼差しをシャムシエルに向けた。
「シャムシエルさん、お願いです。もうティセラさん達を解放してください」
「えー、何の話ー? シャム子よくわかんなーい! あー、超お腹減ったしっ!」
すっとぼける彼女に、ラルクは舌打ちした。
「人間はなぁ、てめぇのおもちゃじゃねぇって言ってんだッ!」
「……うるさいおっちゃんだなぁ。おもちゃで何が悪いのよ、ボクに遊んでもらえて嬉しいでしょ?」
その一言で感情の糸がプツリと切れた。ドラゴンアーツを纏った剛拳を振りかざして飛びかかる。
「シャムシエル! てめぇだけはぶったおす!!」
だが、その拳はシャムシエルに届く事はなく、不意に割り込んできたマッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)によって防がれてしまった。目の前に現れた幼さも残る少年に、ラルクは一瞬動揺を見せたがすぐに思い直した。ただの子どもにしては血の匂いがしすぎる。マッシュの放つアボミネーションも手伝って、ラルクはこの少年をただ者ならざる敵だと認識した。
「俺がすこし目を離した隙に、随分と楽しい真似してくれるじゃないの、おっちゃん」
「だーかーら、俺はおっちゃんじゃねぇ!」
ラルクの戦闘スタイルを『剛』とするなら、マッシュは『柔』と呼ぶのがしっくりくるだろう。
正拳から繰り出される疾風突きをひらりひらりと避け、さざれ石の短刀を伸びた左腕に突き立てた。短刀にこもった石化の呪いが傷口から広がっていくのを感じる。それと同時に彼は冷静に状況を判断していた。このタイプの呪いは一時的なもの、特に何をせずとも時が経てたば、この呪いは薄まるはず。しかしその間、片腕で狂気を宿すこの少年の相手はなかなかに厳しい。
「おっちゃんは趣味じゃないけど……、大丈夫、仲間はずれにはしないよ。みんな石像にして飾ってあげるからね」
「ガキのくせに……、余計な事に気を使うんじゃねぇ!」
ヒロイックアサルトの『剛鬼』で、鬼の力をその身に宿らせると、疾風突きをマッシュの顔面に叩き込んだ。
小さな身体が床を跳ねて転がった。普通の子どもなら気絶しているところだが、マッシュはむくりと起き上がった。
「……子どもを殴るなんて酷いおっちゃんだなぁ」
流れ落ちる鼻血を服の袖でゴシゴシと拭い、マッシュはラルクを見つめた。
肉体にダメージこそあるものの、痛みを知らぬ身体が、彼に与える苦痛をだいぶ和らげているようだった。
「ふん、俺の拳を受けて立ち上がるような奴は悪ガキだ。教育的指導ってもんを教えてやるぜ」
「うちの子に余計な指導は控えてもらおうか」
マッシュの主であるシャノン・マレフィキウム(しゃのん・まれふぃきうむ)が、不意に声をかけた。
地獄の天使による影の翼を背負い、悠然と降り立つ。シャムシエルとは顔見知りらしく、二人は顔を見合わせ微笑を浮かべた。
「君の遊び仲間に私たちを加えてもらえないかな」
シャノンが言うと、シャムシエルは親指をおっ立てた。
「オッケー、ボクも一人で退屈してたところなんだよね」
彼女の傍にマッシュも駆け寄り、ニヤリと顔を歪める。ある種のシンパシーを彼女に感じている様子だ。
「ねぇねぇ、良ければシャムって呼んでもいい? そのサディストな性格、俺と気が合いそうだねー」
「んー、好きに呼べばいいよ。でも、サディストだなんて失礼しちゃうなぁ、ボクは皆と遊んであげてるだけなのにぃ」
三人のやり取りを見ていたセイニィが、危険な目つきで前に出た。
「ちょっと、あんた! なんでそっち側についてんのよ、この裏切り者!」
しばらく前のタシガン空峡で起こった騒動では、シャノン達はセイニィに協力的な立ち位置を取っていたのである。セイニィも彼女たちの事は憎からず思っていたのだが、よりによって宿敵であるシャムシエルの側に付こうとは。思いがけない事だった。
「友情ごっこもここまでと言う事だ」
影の翼を翻し、シャノンはセイニィを見据える。
「盟友から最後の助言をさせてもらおう。仮に元に戻したとして、ティセラは犯してきた罪悪に苛まれる。そして、御神楽環菜は彼女を処刑しようと動くだろう。それでも彼女を背徳の夢から目覚めさせたいのか?」
「はぁ? そんな事言い出したら、あのデコッパチをぶっ殺してやるわよ!」
さも当然とばかりに声を上げる彼女に、シャノンは薄く笑った。
「……フフフ、実に君らしい回答だ。ならば、愛する姫君を私達から奪ってみせろ」
次の瞬間、シャノンは目を見開き、エンドレス・ナイトメアを放った。
こぼれた水が広がっていくように、暗黒の障気が空間を闇で満たしていく。精神を蝕む闇を前に、ラルクやソフィアは後ろに下がった。だが、セイニィは不快さに顔をしかめる程度で、ずんずん闇の中へ入っていった。
「……流石は勇敢なる獅子座の十二星華、と言ったところか。ならば、これならどうだ?」
闇をはねつけるセイニィの前に、シャノンは無数のアンデッド:レイスを召還した。
「こんなポンコツの傀儡に……、あたしを止められるとでも思ってんの!?」
死臭を巻き散らす亡霊たちに、やれやれとため息を吐くと、セイニィは疾風のように腕を振るった。紺碧の爪に引き裂かれたレイスは紙くずのように散っていく。無理矢理に道を切り開き、影の翼で後退しようとするシャノンに一撃を振り下ろした。
「あたしを裏切ったツケは払ってもらうわよっ!」
「……無論、この程度の代償は想定しているつもりだ」
肩から胸にかけて斬り裂かれる刹那、不敵な微笑みと共にセイニィの腕を掴んだ。
飛び散る鮮血が雨のように辺りに降り注ぐ、それはセイニィの腕に装着されたグレートキャッツをしとどに濡らした。真っ赤に染まる星剣からパチパチと火花が上がった。それまで彼女を抱擁していた万能感がふっと消え失せる。
「あんた……!」
「これで君の星剣は使えなくなった……、これでようやく五分と言ったところかな……?」
己の鮮血に染まった盟友の姿に、シャノンはどこか満足そうな表情を浮かべた。
「……やはり君は血にまみれているほうがよく似合うな」
◇◇◇
「俺たちも戦闘に加わるぞ、ソニア……」
様子を窺っていたグレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)は、武器を構えシャムシエルの元に駆け出した。
その後を追うのは機晶姫の相棒、ソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)だ。
「シャムシエル……、何人もの十二星華の心を操り、弄んだその罪……、その身で贖ってもらう……!」
「恐い顔しちゃって……、キミも遊んで欲しいのかい?」
呆れた顔で肩をすくめ、シャムシエルは還襲斬星刀を振るう。波打ちながら床の上を滑る切っ先を大きく間合いを取って避けた。射程を読みづらいこの武器相手に紙一重の回避は危険すぎる。還襲斬星刀が脇を通り抜ける際のごうっと風を切る音が、グレンに直撃したら命はない、と確信めいた予感を与えた。今更死など恐れはしないが、自分にはまだするべき事が残っている。
先の先を取り、還襲斬星刀が刃を返すよりも早く、左腕に構えた紋章の盾をフリスビーのように放り投げた。
「そんなので不意をついたつもりなのかな?」
シャムシエルは眉を上げ、引き戻した刃で盾を両断する。
「その言葉が……、俺たちの奇襲が成功した証だ……」
誰に言うでもなくグレンが呟き、後方に陣取っているソニアに目配せする。
投げた盾が両断されるまでのわずかな時間、そこに生まれた死角をソニアは見逃さない。掌に収束させた光の粒子を解放し、光術によるまばゆい閃光で視界を奪う。光が走ったのを合図に、グレンはティセラフレーバーをシャムシエルの鼻先に投げつけた。
「奪われる側の思いを知るんだな……!」
遠当てを繰り出し、フレーバーを炸裂させる。空気中に飛び散った香水から、鼻を突き刺す濃厚な芳香が広がった。
「な……、なにこれ、くっさい!?」
「まず、嗅覚を奪った……、次は……! ソニア……!」
「了解です、グレン」
装備した六連ミサイルポッドの安全装置を解除し、全弾シャムシエルに目がけて発射する。
「ティセラさんは必ず助けます! だからシャムシエル……、貴女なんかに十二星華の皆さんの心を、絆を壊させはしません!」
獲物に襲いかかる大蛇の如き動きで還襲斬星刀がミサイルを食い破っていったが、補食しそこねた数発がシャムシエルの周囲に着弾した。外したわけではない。あえて、だ。あえてミサイルは目標たる蛇からわずかに狙いを外していた。爆発音によって、聴覚を削ぎ落とそうと言う算段なのである。そして、その目論見は成功し、シャムシエルの鼓膜を爆発の旋律が繰り返し揺らした。
嗅覚、聴覚とくれば次に奪うのは、視覚と相場が決まっている。
ソニアは煙幕ファンデーションを巻き散らし、シャムシエルの周囲を黒鉛で包み込んだ。
「己のしてきた事の報いをうけろ……」
流れるようなコンビネーションで全ては上手くいくはずだった。
しかし、グレンがその身を蝕む妄執を放とうと伸ばした手が、突然あらぬ方向へ引っ張られた。
そのわずかな隙が命取りとなった、身を翻して迫る還襲斬星刀がグレンの胸をこじ開けるように斬り裂く。
「がはっ!!」
軍服にみるみる赤い染みが広がるも、グレンは気を保ち、後ろへ跳んで間合いを調整する。
幸い急所は外れていた、と言うより、外す事が出来たと言ったほうが正確か。彼が軍服の下に装着していた耐光防護装甲が、還襲斬星刀の一撃をわずかに押し戻し、深手となるのを防いでくれたようだ。
こちらへ駆け寄ろうとするソニアを制し、奈落の鉄鎖で横やりを入れた裏切り者に目を向ける。
「き……、貴様……、なんの真似だ?」
「申し訳ありません、グレンさん。私の計算によれば、今回はこちら側についたほうが『得』との試算が得られましてね」
敵意の矢表に晒されつつも、東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)は平然と受け答えた。
「ふざけた事を……、そいつはエリュシオンが送り込んで来た先兵なんだぞ……?」
「だからこそ、ここでお近付きになりませんとね」
エリュシオンの持つ英知は雄軒にとって魅惑的な代物だ。知識を得るためならば、如何なる犠牲をも致し方ない。
その時、どこからか声が響いた。
「そう言う事なら、手加減はいりませんね……」
光学迷彩で身を隠していたザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)が姿を現した。
雄軒のすぐ傍、一歩で刃の届く距離にザカコは出現した。そして、すかさず炎を纏ったカタールで雄軒を斬りつける。予想だにしなかった伏兵に顔を強張らせつつも、さざれ石の短刀を鞘から引き抜き、アルティマ・トゥーレで一太刀を受ける。火術によって火炎の太刀と化したカタール、かたやアルティマ・トゥーレによる冷気を纏った短刀、どちらも譲らぬ鍔迫り合いが続く。
「……シャムシエル様もつくづく人望のないお方だ。あなたは何が気に入らないんです?」
「なに、大した理由じゃありません。蛇使い座が入るとテレビの星座占いが局によって変わるのが気に入らないだけです」
「……あの、それ完全に逆恨みじゃありませんか?」
「細かい事はいいんです」
二度三度と斬り結び、ザカコはいきなり声を張り上げた。
それに呼応して、光学迷彩を解除した相棒の強盗 ヘル(ごうとう・へる)が出現し、ショットガンで雄軒の手を狙う。
「まずはおまえだ! とっとと片付けて蛇女を叩くぞ、ザカコ!」
「……また伏兵ですか。ですが、戦力を温存しているのはそちらだけではありませんよ」
鉄の巨人にして、雄軒の忠実なるしもべバルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)に合図を送る。
バルトの片手が閃くと同時に閃光が辺りを包んだ。
先ほどソニアがしてみせたように、光術による目くらましでザカコとヘルの視界を奪った。そして、閃光がおさまる寸前に六連ミサイルポッドを全弾射出した。直撃を受けたヘルは爆発に焦げ付きながら吹き飛ばされていった。
「うぎゃああああああっ!!」
ゆる族の皮(?)についた火を消そうと床に転がったヘルに、バルトはさらなる追い討ちを行う。
「……我の意志で戦場に立つのは久しぶりだ。今日は存分に剣を振るわせてもらうぞ」
加速ブースターを全開にしてヘルに接近し、乱撃ソニックブレードで追い立てる。
「うわああ! あ、危ねぇじゃねぇか!!」
斬撃を必死で避けながらショットガンで応戦するが、しかし、全身鉄の塊のようなバルトはものともせず追いかけてくる。
「そんなもので我を撃ち倒そうなど笑止千万!」
「く、来るんじゃねぇ!!」
逃げ惑うヘルを横目で見つつ、ザカコは立ちはだかる雄軒を前にして唇を噛み締めた。
「援護に行くべきしょうか……、いや、彼を放置して動くのはなおの事危険ですね。しかし、この状況では……」
数こそ劣るものの戦況はシャムシエル側が押しているように見えた。
「この戦い、ボクたちがもらったね。あーあ、もう少し楽しませてくれると思ったんだけどなぁ……」
シャムシエルが呟いたその時、轟音と共に要塞が激しく震撼した。
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