空京

校長室

【十二星華SP】決戦! マ・メール・ロア!!

リアクション公開中!

【十二星華SP】決戦! マ・メール・ロア!!
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リアクション


chapter3.十三人目・後編



 部屋の中にけたたましい警報が鳴り響く。
 剥がれた壁が天井からパラパラと降り注いだ。大きな揺れが収まったあと、尚も断続的に細かな振動が要塞を襲っている。あの音は間違いなく爆発音だった。それも小さな爆弾が炸裂したのとはレベルが違う。何か巨大なものが爆発した音だ。
 シャムシエルが壁のモニターに目を向けると、『緊急事態』の文字が並んでいた。
 彼女が呆然と立ちすくんでいる脇を、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)とそのパートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が足早に通り抜けた。ブラックコートにベルフラマント、さらに隠れ身を使用して気配を立って、管制室へと走った。
 滑り込むように座席に座り、ルカルカはマ・メール・ロアの内部状況に関する項目を開く。
 画面に要塞の全体図が表示された。キノコのような形状をした要塞、その頂点にあるカサの部分がこの中枢、そしてその下に第一から第三層までのフロアが広がって、一番下は光条砲となっている。画面で言うと、第二層が赤く光っていた。
「ええと、これってどういう……?」
 また、爆発が起こった。
 その瞬間、赤い光が第二階層から、他のフロアに規模を広げたのに気が付いた。
「状況からして、たぶんこの赤いのは爆発が起こってるところよね……って、機関部じゃん!」
 第二階層にある『機関部』の文字に、気配を立っているのも忘れて、ルカルカは思わず声を上げた。
「これは急がないとマズイかも……、ええと、制御系は……」
 モニターに新たな画面が開く、マ・メール・ロアの操縦に関する項目だ。目的地はツァンダに設定され自動操縦になっている。ルカルカは地図を呼び出すと、しばらく悩んだ結果、シャンバラ大荒野に行き先を変更した。
「マメロア号、発進っ☆」
 そう言って、ボタンを押すと『承認』の文字が浮かび、進路変更が受理された。
 横で内部データを参照していたダリルは、間の抜けたネーミングセンスに顔をしかめた。
「……なんだその呼称は?」
「可愛いでしょ?」
「……コメントは控えさせてもらおう。それより、データの回収作業を急がねば」
 彼らは『鋼鉄の獅子・制圧班』だ。
 ツァンダ攻めを妨害するのも目的の一つだが、彼らにはもう一つ目的があった。この要塞に残された情報の回収である。科学力は国力と直結する、というのがダリルの考え方で、それは彼らの所属するシャンバラ教導団がもっとも有用に扱えると信じていた。
「まずは内部通信の遮断と。そして、隔壁を下ろす、と。これでしばらくは爆発から持ちこたえられるとは思うが……」
 慣れた手つきでダリルは命令を打ち込んでいく。それから、携帯HDDを接続し内部データのコピーを試みる。
「ええと要解析のデータは……って、どんどんデータが消えてるじゃねぇか!」
 爆発の影響だろうか、要塞が揺れるたびにデータがどんどん吹っ飛んでいく。
 とその時だ。ダリルの座っていた席の計器の上を、還襲斬星刀がもがくようにのたうち回った。慌ててその場から離れると、計器はパチパチと火花を上げて燃え始めた。ダリルは舌打ちをして、シャムシエルのほうに振り返った。
「……仕事熱心なのは結構だが、もう少し計器は丁寧に扱ったほうがいい」
「火事場ドロボウに持ってかれるよりはマシだよ。まったく油断も隙もないんだから……」
 困った顔で言うと、シャムシエルは右手を閃かせた。
「だ……、ダリル、伏せて!」
 ルカルカが叫んだ時には、還襲斬星刀はダリルの心臓を食らおうと牙を剥いていた。彼の反応を超えて死線を描く刃だったが、血を浴びる前に刃は動きを止められた。鋭い金属音が鳴り響く中、還襲斬星刀はダリルの鼻先で止まっていた。


 ◇◇◇


「ここは我々が引き受ける! おまえ達はデータの解析を急げ!」
 還襲斬星刀を止めたのは、『鋼鉄の獅子・妨害班』を務めるレオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)だった。
 彼に続き、妨害班の面々がシャムシエルを取り囲むように陣形を整える。
「我々の任務は、マ・メール・ロアの操縦権の制圧、ないしエリュシオンの技術解析・回収である。鋼鉄の獅子、状況開始!」
 レオンハルトの号令が戦闘開始の合図となった。
「やれやれ、今度は団体さんが相手かぁ……、少しは楽しませてくれるといいんだけど」
 ペロリと唇を舐めると、シャムシエルは円を描くように還襲斬星刀を頭上で振り回した。接近を試みた妨害班の足を止め、連携を分断させる。敵は一人づつ踏みつぶす。彼女の最初のターゲットとなったのは、先ほど還襲斬星刀を止めたレオンハルトだ。
 殺気に満ちた死線を浴びて、レオンハルトは不敵に笑った。
「なるほど……、さっきの仕返しと言うわけか。随分と子どもじみた真似をする奴だ」
「なんか偉そうな事言ってるけど……、ボクはそういう奴の鼻っ柱をへし折るのが大好きなんだよね」
 彼女が手首を返すと還襲斬星刀は波打ちながら向かってきた。レオンハルトは強化型光条兵器の片手長剣を構え、食らいつく刃をそっと受け流した。剣を伝う手応えは予想以上に重く、腕がビリビリと痺れるのを感じた。
 剥がれた床が雨のように降り注ぐ中、彼はシャムシエルの姿を見返す。
「蛇使い座……、ね。ふん、如何にも取ってつけた名だな。貴様、本当は誰なのだね?」
「……おかしな事を言うね、キミ」
 レオンハルトは目だけで仲間の位置を確認すると、声を上げた。
「イリーナは俺と共に前に出ろ、直接攻撃でこいつを押さえ込む! 月島は後方からの支援を頼む!」
 その指示を受け、真っ先に動いたのは何故か花嫁衣装を着込んだ月島 悠(つきしま・ゆう)だった。
「了解だ、レオンさん。私のガトリング砲に巻き込まれるなよ!」
 光条兵器のガトリングガンをシャムシエルに向けると、光弾をバラ撒いて弾幕を張った。シャムシエルは面倒くさそうに飛び交う弾丸を見つめ、軽やかな動きで回避を行った。還襲斬星刀で周囲のカプセルを切り倒し、弾丸から身を守る壁を作った。
「おまえの敵は月島だけではないぞ!」
 弾幕の途切れるタイミングに合わせ、レオンハルトは乱撃ソニックブレードで追撃をかける。
「なかなかしつこい奴だね、キミも。そんなんじゃ女の子に嫌われちゃうよー」
「フ……、蛇にしつこさでは敵わんよ」
 シャムシエルは降り注ぐ斬撃の嵐を斬り払い、レオンハルトに還襲斬星刀を繰り出した。
「下がれ、レオン!」
 レオンハルトの襟首を掴んで無理矢理下がらせ、イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)が代わりにディフェンスシフトで攻撃を受ける。前に構えた紋章の盾をガリガリと削り、軌道がそれた還襲斬星刀は空中で弧を描いた。
 そして、そこに悠のガトリング砲が掃射される。
 入れ替わり立ち替わり三人は攻防を繰り返す、三人の連携はシャムシエルに休ませる隙を与えなかった。
「……ふん、それで勝ったつもりなのかな?」
 シャムシエルは周囲を見回し、レオンハルトのパートナー、剣の花嫁のシルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)を見つけた。
 男なのに純白のドレスを着て、花嫁のような姿をしているのはシャムシエルの首を捻らせたが、どんな格好をしていても大した問題じゃない。その人物が『剣の花嫁』でさえあれば、女装癖ぐらいは些細な事なのである。
 シルヴァがまずいと思った時には、彼の心はシャムシエルに捕われてしまっていた。
「みんな、僕から離れてください!」
 言葉とは裏腹に身体は勝手に動いた。胸から光条兵器の片手長剣を引き抜くと、一番近くにいたイリーナに斬りつけた。
 不意を突かれたため、彼女は腕に一太刀浴びてしまった。服の上からなので傷の程度はわからないが、じわじわと服に血がにじみ始める。しかし、傷は浅いようだ。彼女はシルヴァを心配させないよう、なるべく平静を装った。
「大丈夫、この程度なら怪我のうちにも入らない。気にするな」
「ご……、ごめんなさい」
 とは言え、シルヴァは操られている。剣を向けるべきではないと思うが、背を向けるべきでもない。
 対処法をイリーナが考えていると、相棒のチューリップ型ゆる族、トゥルペ・ロット(とぅるぺ・ろっと)がやって来た。
「ここはワタシに任せるのであります。こんな事もあろうかと、操られた花嫁対策はしているのでありますよ」
 トゥルペはそう言って、シルヴァに鬼眼を放った。威圧して身動きを取れなくさせる作戦だ。
 ところが、ものすごく睨みつけているにも関わらず、シルヴァはポリポリと頬を掻いている。
「……あの、怖くないでありますか?」
「う、うーん、ごめんなさい。ちょっと怖くないです。むしろカワイイぐらいです」
「そ、そんなぁ……」
 情けない顔になった彼女だが、気を取り直して秘密兵器の離偉漸屠を装着した。
「これでどうでありますか、曰く付きのコワアイテムでありますよーっ!」
「……ごめんなさい、全然怖くないです」
 うなだれるトゥルペ。
 スイカに塩をかけるとむしろ甘さが際立つように、カワイイ生き物が悪ぶるとむしろ可愛さが際立ってしまうものだ。
「ちょっとそこの変な生き物ー。邪魔だから消えてよねー」
 一直線に風を斬り裂いた還襲斬星刀がトゥルペを直撃、彼女は悲鳴を上げて転がっていった。


 ◇◇◇


「さーて、ボクのお人形さんも出来たし、どうしてやろうかなぁ……」
 楽しそうにシャムシエルは言う。
 だが、仲間に攻撃を仕掛けるシルヴァを見つめるその目に違和感があった。カプセルの林に撤退する鋼鉄の獅子たちを追いかけるシルヴァなのだが、ちらほらと妙なタイミングでカプセルの間から顔を覗かせている。
 その時、カプセルが幾つも薙ぎ倒される音が鳴り響いて、慌ててシルヴァが退却してきた。
 いや、厳密に言えばシルヴァではなく、それはシルヴァと同じ衣装を着た悠だ。全ては最初から仕組まれていた、剣の花嫁の誰かが操られるのは想定内、ならばそれを利用するだけだ、シルヴァと悠が同じ花嫁衣装を着ていた理由が今明らかとなる。
「な……、なにするんだよ!」
 シャムシエルが違和感の正体に気付く寸前に、おもむろに悠は飛びかかり羽交い締めにした。
 隠れていた悠のパートナーの麻上 翼(まがみ・つばさ)もそれに加わり、シャムシエルにしがみつく。
「早く! 今のうちに!」
「ちょっと……、いい加減に放さないと、ボクも本気で怒っちゃうよ?」
 しがみつかれてはいるが、還襲斬星刀を握る右手は自由だった。手首を返すだけで、剣は弧を描いて彼女の元へ戻ってきた。そのまま刃は悠の背中に突き刺さった。一気にではなくゆっくりと、拷問にかけるように肉を裂いていく。
「うう……、ああ……っ!!」
 悠の纏った純白のドレスに真っ赤な染みが広がっていく。
 堪え難い苦痛が全身を伝う。しかし、悠は決して放そうとはしなかった。翼も悠の気持ちを察し、唇を噛み締めて耐える。
 そんな二人の姿を目の当たりにして、シャムシエルはなんだか愉快な気持ちになった。
「ふーん、随分と頑張るんだね。偉いね。でも、いつまで続くのかなぁ、もうすぐ切っ先が肺に達しちゃうよー?」
 還襲斬星刀を握る手に力を込めたその時、イリーナがなだれ込んで来た。
 高周波ブレードを弓を引き絞るように後ろに引き、全力のランスバレストをシャムシエルの脇腹に叩き込む。
「待たせたな、悠。しかし、おかげで鋼鉄の獅子の牙が毒蛇を捕らえたぞ」
「う……、あ……」
 見舞った突きは深く彼女の身体を貫いていた。剣を引き抜くとドロドロとした血液がとめどなく溢れ出す。
 今までの余裕の表情はもうない。シャムシエルの顔に初めて苦痛が刻み込まれた。
「う……、うう……、は、放せよぉぉぉぉぉおおおおおおおおッ!!」
 シャムシエルは目を見開き、還襲斬星刀を直剣の形状に戻すと、拘束していた二人を力づくで薙ぎ払った。
「ぼ……、ボクに……! ち、血が……、血がいっぱい出てるじゃないかッ!!」
 嫌な汗が頬を伝う。次第に熱を帯びていく傷口は恐怖だった。自分の身体が自分の身体ではないように感じる。傷口に手を当ててみる、ベットリと血液が掌に付着した。なんだこれは、と彼女は思った。なんでこんなものが自分から流れているんだ。
「ふん……、あれだけ人を斬っておいて、いざ自分がやられればこの取り乱しよう……、大した蛇遣い様だ」
「ううう、うるさいっ!」
 振り回す還襲斬星刀をイリーナは受ける、先ほどまでのキレはそこにはない。
「なるほど、ここが貴様の潮時のようだな……。悪いが……、ここで沈んでもらう!」
 静かに呟き、レオンハルトに声をかける。シャムシエルを挟み討つ位置につき、レオンハルトは光条兵器を構えた。イリーナとレオンハルトは視線を交わし頷きあう。そして、呼吸を合わせ、錯乱する蛇遣いに渾身の二撃を繰り出した。
「はあああああああっ!! 雪月花ッ!!!」
 二本の剣が描く死線は、シャムシエルを天高く吹き飛ばした。
 花びらのごとく舞い散る鮮血は、ややあって血の雨となる。くるくると空に斬り上げられた彼女は、二人の頭上をゆっくりと通過し、立ち並ぶカプセルの中に突っ込んだ。カプセルの割れる音が、やけに乾いて辺りに響き渡った。
 硝子の棺の中に奇妙な格好で横たわると、シャムシエルは動かなくなった。床に広がった緑色の液体が段差を下って、鋼鉄の獅子達の元まで流れ出してきた。初めは人工的な緑色だったが、しばらくするとそこに赤い色が混じり始める。
 一同は静まり返る空間に、決着が着いたのを確信する。
 とそこに、少し遅れて落ちてきた、シャムシエルの左腕がドサリと床に叩き付けられた。