空京

校長室

【十二星華SP】決戦! マ・メール・ロア!!

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【十二星華SP】決戦! マ・メール・ロア!!
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リアクション


第3部 中枢に待つもの

chapter1.邂逅



 重厚な扉を押し明けると、吸い込まれそうなほどの暗闇が広がっていた。
 この度の動乱に決着をつけるため集結した各校の生徒たち、その先頭に立つのはミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)だ。その傍らには、要塞内の案内役を買って出た十二星華の一人、セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)もいる。一行はそれぞれの思惑を抱え、一歩一歩確かめるように中へ入っていく。闇の中に響く無数の足音には、緊張の色がどこか透けて見えた。
 ここがマ・メール・ロアの中枢。響き渡る足音から空間が広がっている事がわかる。
 全感覚を鋭敏に働かせ歩を進めると、その瞬間、唐突に明かりが灯った。
「皆さん、気をつけてくださいっ!」
 ミルザムに促されるまでもなく、生徒たちは周囲に目を光らせた。
 空間が幻想的な緑色の光で満たされ、自分達が幅の広い通路に立っている事に気付いた。そこは球状にくり抜かれた広大な空間のようだ。通路の行く末に目を運ばせると、円形の舞台に行き止まるのが見えた。円の外周に沿うように、様々な機械の類いと座席が外向きに配置されている。座席には誰もいなかったが、ここが空中要塞の制御を司る場所なのだろう。機械が淡々と作業を行う音だけが響き、映画館を思わせる巨大なモニターが、正面の壁に三つ並んでいる。空戦を繰り広げるルミナスヴァルキリーの姿、キメラ達と死闘……のようなものを繰り広げているヨサークたちの姿が映し出されていた。
 それから、部屋の中央には筒状の透明なカプセルが置かれている。中身は何もない、ただ緑色の液体が満たされている。
 カプセルはこの一つだけではなく、通路や管制室を取り囲むように無数に並べられていた。段々畑のように規則正しく屹立するカプセルはどこか墓標を思わせ、あるものには闘技場で戦う奴隷を見物する自由市民を彷彿とさせた。冷たく無機質な人間味のない感じない光景だった。そして注意深くカプセルを観察すると、液体の中に得体の知れないものが浮かんでいるのに気付いた。
「あれはまさか……、人間……、なのですか……?」
 思わず発したミルザムの言葉に、生徒たちから声が上がった。
 人間もしくは人間のかたちをとったものが、筒の中でゆらゆらと揺れている。胎児のような形状をしたもの、内蔵が剥き出しとなったもの、手足の数が合わない異形のもの。生徒は嫌悪を露にし、中には怒りに震える者の姿もあった。
「クローンの培養槽よ。まあ、ほとんどが失敗作だけどね」
 忌々しそうに眼下を見つめ、セイニィは吐き捨てるように言った。
 その時、不意に入口の扉がガシャンと閉ざされた。
「招待状も出していませんのに……、こんなところまでいらっしゃるなんて、随分と不躾なお客様ですわ」
 振り返る一同の顔に緊張が走るのを見て、要塞の主人はうやうやしくお辞儀をした。
 純白のドレスを翻し流麗な微笑を携え、十二星華の一人、ティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)がそこに立っていた。
「ティセラ……」
 放たれる敵意を全身に感じながら、セイニィは彼女に伝える言葉を探す。
「セイニィ、あなたが彼らに与するなんて、わたくしはとても残念です」
「ち、違う、あたしはあんたに……」
「……過ぎた事をとやかく言うつもりはありません。もうじきツァンダに到着いたします、わたくしの元にお戻りなさい。あなたの裏切りは水に流しますわ。そこにいる女王候補さんとその取り巻きの方々にしかるべき報いを与えてあげましょう」
「やめてっ!」
 ティセラの声を振り払うように、セイニィは激しく頭を振った。
「ティセラは……、ティセラはそんな事するやつじゃない! アムリアナの事……、あんなに好きだったじゃない!」
「わたくしがアムリアナを……?」
 記憶の糸を紡ぐように目を細め、そして、憎悪に満ちた笑みを浮かべた。
「冗談にしては笑えませんわ。力尽きたわたくし達の亡骸を野ざらしにした所行……、あなただって覚えているでしょう。あの女が完全に力を取り戻す前に、わたくしが女王に即位せねばなりません。もはや一刻の猶予もないのですわ」
「……あんたはそんな事望んでない! エリュシオンに洗脳されているだけなのよ! 元に戻ってよ!」
 らしくもなく感情を露にした。しかし、それでも閉ざされた心は開かない。
「洗脳などと……、一体どなたの入れ知恵なのかしら……?」
 ティセラの視線に射すくめられ、ミルザムは身体が凍り付くのを感じた。
 頬を伝う冷たい汗を拭って、眼光の呪縛を打ち払う。迷い無き瞳でティセラに視線を返した。
「ティセラ、あなたは言いましたね。力ある強大な国家を作るのだと」
「ええ、力なき国家など水泡に等しいもの。パラミタの列強に立ち向かうためには、軍事力は必要不可欠、そしてなにより民草には戦う意志が必要なのですわ。民のひとりひとりが力ある戦士……、これこそがわたくしの目指すシャンバラ王国ですわ」
「……あなたは間違っています」
 ミルザムははっきりと言った。
「力を持った人間だけが国を形作るのではありません、強い人弱い人、さまざまな人達がこの国を形作っているのです。あなたの理想は力のない人を切り捨てる……、そんなのは間違っていると思います。色々な人がいたっていい、強い人も弱い人も笑顔で毎日を過ごせる国をこの地に作りたい、私はそう思っています。ティセラ、あなたの思い描く世界は笑顔で溢れていますか……?」
 くだらない、そう呟き、ティセラは目を閉じた。
「力のない者ほど、平等な社会とやらを語るものですわね。あなたの理想は多くの愚民を生む事でしょう。人間は生まれながらに平等ではございません、しかし、底から這い上がろうとする者をわたくしは賞賛します。己を高める事を忘れ、いざとなったら力あるものに擦り寄る、そのような堕落した民衆などわたくしの国には不要。選別こそが力ある国家を生み出すのです」
「どのような人でも民です! 例え王でも民を選ぶ権利などありません!」
 五獣の女王器の一つ、【朱雀鉞(すざくえつ)】をティセラに突きつける。
「……もうよろしいでしょうか、ミルザム・ツァンダ」ため息を吐き「わたくし達はもう議論を重ねる時期を過ぎましたわ」
「……どうしても戦うしかないのですか?」
「ここまで乗り込んできておいて、随分とお上品な振る舞いをされますのね」
 胸にそっと手を当て、【星剣・ビックディッパー】を重々しく引き抜いた。
「結局、わたくしとあなたは交わる事のない線……、でしたら最後は力によって答えを導くしかないでしょう」


 ◇◇◇


「その前に……、一つお尋ねしたい、フロイライン・リーブラ」
 緊迫する両者を前にし、エリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)は緑色のマントを翻して間に入った。
 静かに眼鏡を押し上げ、ティセラに話しかける。
「戦いを止めるつもりはない。ただ、血で全てが埋もれてしまう前に確認しておきたい事がある。かねがね疑問だったのだが、アムリアナ女王を憎む君にとって、女王を復活させる、神子は邪魔者のはずだろう。だが、君はこの度の動乱の中、神子に関して何の動きも見せなかった。女王を目指す君が神子を放置すると言うのは、どうにも奇妙な話に思えるのだがな」
 さして興味もなさそうに、ティセラは問いに答えた。
「……わたくしの予想よりも世の流れが早かったというだけですわ。本来の予定では、アムリアナの復活より先に女王に即位する計画だったのですが、随分と計画に修正が必要になりました。ご活躍のようですわね、地球からいらっしゃった戦士の皆さま」
 優雅な振る舞いを崩さないものの、エリオットは彼女の瞳の中に燃えたぎる憤怒を見た。
「なるほど……、あえて神子は無視していたという事か。それは失礼したな、フロイライン」
 考えを巡らせ、彼は推測にほころびが生じたのに気付いた。
「女王候補とは、神子によって復活してくる女王の魂を移す入れ物、と私は推測していたのだが……、君の口ぶりから察するに違うようだな。わざわざアムリアナを復活させるような真似に、君が尽力するとは考えがたい」
「あら、あなた方も大した情報は掴んでいないのかしら?」
 神子とは闇龍を封印して命を落としたアムリアナの魂を封印した存在である。その封印によって、アムリアナはいちヴァルキリーのジークリンデとなった。他のシャンバラ人同様魂だけの存在となり、そして、彼女は蘇ったのだ。余談ではあるが、封印は同時にシャンバラ人全てのアムリアナに関する記憶も封じたと言うのが、最近判明した真実のようだ。
「あの……、二人とも斬姫刀の存在を忘れてない?」
 ティセラとミルザムの顔を比べながら、エリオットのパートナー、メリエル・ウェインレイド(めりえる・うぇいんれいど)が言った。
「ミルザムちゃんにしてもティセラちゃんにしても、女王になったらリコちゃんの剣でぶった斬られちゃうんだよ!?」
「斬姫刀……、ああ、スレイブ・オブ・フォーチュンの事ですわね」
「心配してくれてありがとうございます、メリエルさん。ですが、その心配はありません」
 必死で訴える彼女をなだめ、ミルザムは優しく微笑んだ。
「あの魔剣はその名の通り『姫』を斬るもの、『女王』を斬るものではないのです。スレイブ・オブ・フォーチュンはダークヴァルキリーを斬って封じた剣と聞いています。呪われた武器の一つとされていますが、特別女王に害をなすものではありません」
「……そもそも、もし、そのような力があれば、わたくしがとっくに回収していますわ」
 ティセラはビックディッパーを軽々と振るい構えを取った。
 それがもう話は終わりだと言う合図なのだろう。敵意を剥き出しにする親友を前に、セイニィは表情を強張らせた。
「あ、あたしはあんたと戦いたくない。お願いティセラ、話を聞いて……」
「しつこいなぁー、いい加減あきらめたらぁー?」
 ふと、浴びせられた無邪気な声に、セイニィは触れれば切れそうなほどの殺意を放った。
 橋の先にある管制装置の座席が一つ、その身を軋ませながら、ゆっくりとこちらに回転した。
「ようやく姿を現したわね、エリュシオンの蛇女……ッ!!」
 不敵に笑うこの人物は、蛇遣いの名を冠する十三番目の十二星華、シャムシエル・サビク(しゃむしえる・さびく)だ。
 座席に座ったまま脚を組み替えると、面白そうにセイニィを見つめた。そうして、セイニィは自分がこの女を嫌いだという事を再認識する。何を考えているのかわからない奴だが、自分達は彼女の掌の上で踊らされているのかも、そんな気配を感知した。
「……あんたが、あんたがティセラに何かしたんでしょ!!」
 今すぐにでも喉元に噛み付きそうな気迫に、シャムシエルは薄く笑って光景と向かい合った。
「ボクがティセラにそんな事するわけないじゃん。だってボクたち友達なんだから。セイニィも恐い顔を浮かべてないで、こっちに戻ってきたほうがいいんじゃないかな。今ならお仕置きはナシにしといてあげる。前みたいに仲良くしようよ」
「うるさいっ! あんたと仲良くした事なんてないっ!」
「そうだっけ?」彼女は口元に手を当て「……じゃあ、今度は『仲が良い』って記憶をちゃんとプレゼントするねぇ」
「記憶……って、やっぱりあんた、ティセラに……ッ!」
「俺のために争うのはやめるんだ!」
 セイニィとシャムシエルは同時に「は?」と声を上げた、いや、その場にいた全員が言っていたかもしれない。
 真剣な面持ちで両者の間に立ったのは、下半身に脳を持つ男鈴木 周(すずき・しゅう)だ。
 きっとTPOと言う言葉を地平線の彼方に置き忘れてきたのだろう。固まった一同を見回すと、余計な事を口にし始めた。
「あー、皆まで言わなくていいんだぜ。こんなケンカするんだ、誰が俺の正妻になるかの勝負なんだろ?」
 一点の迷いなく彼は戯言を口にした。もう少し迷ったらいいと思う。
「全員俺が幸せにするからやめようぜ。そうと決まれば、仲良く並んで顔を上に向けて目を閉じるんだ」
 超上から目線でキッスをプレゼントしたら、パートナーのレミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)が露骨に嘆いた。
「前からバカだとは思ってたけど、ここまでだなんて……」
 空間を圧壊せんばかりの空気がそこにあったが、周は信じがたい水準のスルースキルで全てを無効化していた。
「……って、ボーっとしてる場合じゃないよ!」
 このままこの馬鹿を野ざらしにしては世間様に顔向けが出来ない。そればかりか、このシナリオが何かおかしな方向に向かってしまう。いや、チンパンコとか出てきた時点でおかしな方向に爆進中なのだが、せめて最後くらいちゃんとしないと何かいろいろとマズイ気がする。梅村的にはいいのだが、グラシナ的な意味ではかなりマズイ気がするのは気のせいではない。
「周くん止めないと、あたし、前代未聞の大バカのパートナーになっちゃう!」
 人間誰しも我が身は大事である。
 二度深呼吸をして、未来の大バカのパートナーは転経杖を握りしめツカツカと歩み寄る。
「濃厚なちゅーをプレゼント……、はっ、殺気!?」
「ていうか、ちゅーとかどこまで調子に乗るのよーっ!」
 唇を長ーく伸ばしていたバカにフルスイング一閃、強烈なスマッシュが後頭部を破壊し、周は勢い良く床にぶっ倒れた。
 たぶん脳の何割りかはイッてると思うが、もしかしたら逆に賢くなるかもしれない。ほら、古いテレビとか叩くと直るし。
「あ、あの……、皆さんごめんなさい!」
 突き刺さるような視線を避けながら、レミはすまなさそうに言葉を紡ぐ。
「『これ』と契約しちゃったあたしに同情してくれるなら、生暖かくスルーしてもらえませんか!?」
 へこへこ謝りつつ、最終決戦の最初の犠牲者となった相棒を引きずり、部屋の隅っこの邪魔にならないところにはけた。
 周がこの表舞台から姿を決したあとも、ミルザムとティセラは次の発言を行うのに言葉を彷徨わせた。
「……ええと、何の話をしてましたかしら?」
「残念なことに、どこか忘却の彼方に吹き飛んでしまいました……」
 混乱しつつティセラが問うと、ミルザムも同じステータス異常を抱えているらしく、唸った。
「結局、戦うしかないって話でしょうが!」
 イライラしつつ一喝したのはセイニィだった。それから、シャムシエルに暗い眼差しを叩き付けた。
「……あたしはあの蛇女を殺す。ミルザム、ティセラは任せたわよ」
「あーらら、ご指名なのね。じゃあ、ちょっと遊んであげるわ、野良猫ちゃん」
 前方に立ちはだかるはシャムシエル、後方を押さえるのはティセラ、挟み撃ちをされるかたちから戦いは始まった。