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リアクション
chapter3.通路と機関部
第三階層へと進んでいたヨサークたちは、その途中大きな揺れと何かが崩れる音を聞いていた。自分たちが来た道から、それは聞こえてくる。
「……なんだ? 上で何が起こってんだ?」
一瞬上の階層を気にしたヨサークだったが、すぐに気持ちを前へと切り替え先を急ぐことにした。階段を降りていくと、やがて小さな踊り場に着いた。そこから階段は二股に分かれている。ヨサークは僅かな逡巡の後、持っていた大根を地面に落とす。その先端部分が右側に倒れたのを見て、勢い良く告げる。
「おめえら、こっちだ!」
生徒たちと共に階段を駆けるヨサーク。と、最後尾にいた佐野 亮司(さの・りょうじ)とパートナーのジュバル・シックルズ(じゅばる・しっくるず)がその足を止めた。
「おい、どうした? 関節痛か、あぁ?」
「ヨサーク、みんな、先に行ってろ」
亮司が真剣な表情で言う。
「だから、どうしたって……」
「いいから早く行け! なに、すぐ追いつく」
そう言い残すと、亮司とジュバルは踵を返し、階段を上がりだした。
「……」
何かを言いかけたヨサークだったが、小さくなっていく彼らの背中を見送ると前へ向き直り、そのまま階段を降りていった。
ヨサークたちの気配が遠ざかったことを確認し、亮司は髪をぽりぽりと軽くかいた。
「亮司、損な役回りだな」
「こういう場所でひとり残った方がやりやすいってだけだ」
光学迷彩を発動させながら声をかけるジュバルに、亮司は前を向いたまま言葉を返した。その視線の先から、一匹のブタトロールが現れる。先ほどの崩壊から運良く脱出したキメラだ。どうやら最後尾にいた彼らはこのキメラの足音を耳にし、食い止めるためここに残ったようである。
「ブヒオォン!」
咆哮を上げながら突進してくるブタトロール。亮司はそれを迎え撃とうとする……が、予想以上にブタトロールの突進速度が速い。止むを得ず両腕を広げ、正面から体で受け止める。勢いに押され、何段か足元を踏み外す亮司。滑らせた右足が崩れ、強かにすねを階段に打ちつける。
「……!!」
声にならない声を上げる彼に、とどめを刺すべくブタトロールは数歩分後退し、勢いをつけ再度突進をしかけようとした。しかし、その後ずさった瞬間を光学迷彩で潜んでいたジュバルは見逃さなかった。
パン、と銃声が鳴る。見ると、ブタトロールの頭が銃弾に打ち抜かれていた。そのままブタトロールは横たわり、動かなくなった。
「大丈夫か? 亮司」
迷彩を解き、スナイパーライフルを下ろしながらジュバルが声をかける。
「ああ、問題ない……」
「そうか、ならば我らも先へ進もう」
くるりと向きを変えたジュバルだったが、その背中に声がかかる。
「ちょっと待て」
「……? どうした?」
もう一度亮司の方に目をやったジュバルが見たのは、ぷるぷる小刻みに体を震わせて、すねを押さえている亮司だった。
「ああ、やっぱりさっきの痛かったのか……」
◇
マ・メール・ロア機関室。
その部屋は、第三階層と同じフロアに位置していた。先ほどヨサークは分かれ道で右側の道へと進んだ。が、実はあの分岐点でヨサークはひとつミスを犯していた。そう、機関室はあの分かれ道を左に進んだ先にあったのだ。
そしてその機関室では、一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)がパートナーのリリ マル(りり・まる)を連れてそこらにある機械をべたべた触っていた。
「老朽化は進んでいるみたいですが、これはこれで素晴らしいですね。この錆びた部分の何ともいえない匂いと感触……」
「アリーセ殿、自分たちはここでこんなことをしていて良いのでありましょうか……」
機械に夢中なアリーセに、リリが不安そうな口調で尋ねる。
「何言ってるんですか。万が一にもこの要塞が人の住んでいるところに落下しないよう、点検や見張りを行う者も必要でしょう」
「そ、そうは言ってもこんな大きな要塞ならそう簡単には撃墜されたりなどしないのでは……そもそも撃墜しようとする人がいるかどうかも」
リリが言いかけた時、機関室の扉がバタンと開いた。
「機関室はここね? このあたしの手にかかれば、このくらいの要塞を撃墜させるのはわけないわね」
「ええっ、い、いたーーー!」
声を張りながらズカズカと入り込んできた星宮 梓(ほしみや・あずさ)に、リリは驚きのあまりつっこんだ。突然現れた侵入者に、アリーセは冷静に対応する。
「……どうしてこの要塞を落とそうと?」
「え? いや、どうして、って言われても」
特に強い理由もなかった梓は、適当に答えた。
「浮遊要塞って言ったら、落ちるものなのかなって。こう、動力部を暴走させて……みたいな」
「そんな軽いノリでこのオモチャ……いえ、要塞を壊させるわけにはいきませんね」
すっくとアリーセが立ち上がる。それを見て戦闘の気配を感じたのか、梓のパートナー大樽 エンジン(おおたる・えんじん)は梓の前に立ち手でガードする姿勢を見せる。
「うほっ、うほうほ、うほっ」
外見が完璧に猿だからか、猿語でエンジンが話しかける。たぶん「梓に怪我はさせないよ」というようなことを言っているものと思われる。
「ア、アリーセ殿、強そうであります……!」
リリが怯むのも無理はない。エンジンは何しろ5メートル近い身長の持ち主だ。
「まいりましたね……」
「で、でしょう? どうするでありますか?」
「動物相手では、うかつに手を出せません」
「そっち!? そういう意味でまいっていたでありますか!?」
アリーセは、動物の相手をするのが好きだったためエンジンに対し攻撃する意欲があまり湧かなかったのだ。余談だが奇遇にもアリーセは「エンジンマニア」の称号を持つ者である。とは言え、アリーセにとって最も大事なのは機械――この要塞を出来る限り破損させないで残すこと。その障害となるならば、戦うことも辞さない覚悟だった。
一触即発といった感じのアリーセと梓たち。とそこに、またもや部屋の扉が開き入室してくる者がいた。
「ここが機関部だね。どれ、早速墜落させる準備を……」
「また!? 何でありますか、要塞落とすのが流行ってるでありますか!?」
部屋へと入ってきたブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)とパートナーのステゴマ・イケーニエ(すてごま・いけーにえ)に、またもやリリはつっこまずにはいられなかった。
「……あなたたちもここを壊しにきたんですか?」
視線を梓とエンジンからずらしつつ、アリーセがブルタに向かって言う。
「だとしたら、そうさせるわけには……うわっ」
ブルタを視界に入れた瞬間、アリーセは思わず驚きの声をあげ2、3歩後ずさった。
「え、ちょっと何あたしたち無視して……って、うわっ」
アリーセのリアクションを不審に思った梓が後ろを振り向きブルタを見ると、彼女も同じようなリアクションをとった。それほどまでに、ブルタの外見は生理的に厳しいものがあったらしい。
「ああ、やっぱりそういう反応なんだ。まあ、もう慣れてるけどね。どうせ気持ち悪いとか思ってるんだろう?」
「憎まれ口はそのへんにして、早く準備にとりかかるよ」
ひいているふたりを見て引きつった笑みを浮かべているブルタに、ステゴマが行動を急かす。
「そうそう、なんとしてもこの要塞は破壊しなきゃね。もしこれが残ったまま蒼空学園なんかの手に渡ったら、ろくなことにならないだろうし。それならいっそ完全に破壊しちゃった方がいいに決まってる。シャムシェルに直接忠告してあげたかったけど見つからなかったし、仕方ないよね。きっとあの子なら、このボクの名案に二つ返事で賛同してくれるはずだよ。ぐふ、ぐっふふ……」
目的や思想は違えど、要塞を墜落させるという行動が一致した梓、エンジン、ブルタ、ステゴマは四方に散らばり、手当たり次第機械に攻撃を加え始めた。それを止めようとするアリーセだったが、さすがにこの人数相手にひとりではどうすることも出来ない。アリーセはせめてものあがきとばかりに機晶技術を持ったリリに落下地点の調整を行わせようと試みた。都市部へ落下するのは避けたい。出来ることなら海上か荒野へ……そう考えたリリだったが、ここでアリーセとリリは重大なことに気付く。ずっと機関室に閉じこもっていたふたりは、この要塞が今どのあたりを飛んでいるのか把握しきれていなかったのだ。
「ア、アリーセ殿がずっと夢中で機械をいじっていたからでありますよ!」
「ちょっと、人のせいにしないでほしいですね」
ふたりが言い争っている間も、機関室の破壊は続く。そして。
「ウホ」
「あら、やっと壊れてくれたみたいね」
4人が周辺を滅茶苦茶に壊し続けた結果、部屋のあちこちからプスプスと煙が生じ始めた。同時にスピーカーからビー、っと危険を知らせる甲高い音が鳴る。
「どうだい、ボクだってやれば出来るんだよシャムシェル。蒼空学園なんかに要塞は渡さないからね……」
「ほら、ぼさっとしてないで、まだまだ徹底的に壊すよ!」
警報が鳴り響く機関室で、リリが出来ることは祈ることだけだった。
「どうか落下地点が開けた場所であってほしいでございます……!」
その横では、アリーセが欠損部分を眺めてはどうにか修理出来ないものかと口惜しそうな顔をしながら思い悩んでいる。
煙は容赦なく部屋中に広がり、密度を高めていた。
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