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リアクション
chapter6.エメネア
「あら、みんなやられちゃいましたねー。やっぱりティセラさんをお守り出来るのは私しかいないってことですねー」
しゅるしゅると鞭を地に這わせながら、エメネアが自分の周りに立っている生徒たちを見て言う。そのエメネアに最初に話しかけたのは、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)だった。亜璃珠はエメネア同様に鞭を構え、ペットに囲まれながら不敵な笑みを浮かべてエメネアと向かい合っている。
「たくさんいたキメラを、その場しのぎの兵力として使ってしまったあなたのミスじゃないの?」
「な、なんですかいきなり! ここのキメラをどうしようと私の勝手じゃないですかー!」
少しずつエメネアに近付いていく亜璃珠。対するエメネアは警戒を解かずに一定の距離を保つため数歩下がった。
「どこかの研究所に預けて、技術協力でもしておけばバーゲンの費用だって稼げたかもしれないのに。ほんとおバカさんね」
「バカって言わないでください!」
ピシ、とエメネアが床を鞭で叩く。その拍子で、亜璃珠が引き連れていた虎や狼、毒蛇などのペットたちは一瞬怯み前進を止めた。
「ねえ、私ならもっとこのキメラたちを有効に使えるのは確かよ。だから、ここにいるキメラたち……譲ってくれない?」
「だ、駄目ですー! そもそもこの第一階層から第三階層にキメラを密集させたのも、機関室まで行かせないためだったんですから! その意味がなくなってしまったとはいえ、ティセラさんのお役に立つかもしれないキメラたちをあげることは出来ません!」
「……ふうん、キメラがやたら多かったのはそういうこと。語るに落ちるなんてやっぱりおバカさんね」
亜璃珠が再びその言葉を口にすると、エメネアは堪忍袋の緒が切れたとばかりに腕を高々と振り上げた。
「誰がバカですかーーっ!!」
鋭く風を切る音と共に、鞭が蛇行しながら亜璃珠に襲いかかる。
「あらあら……やっぱり力尽くで貰うしかないみたいね」
亜璃珠が合図をすると、後ろに控えていたパートナーの崩城 理紗(くずしろ・りさ)がパワーブレスをかける。
「おねーさま、頑張って!」
力を増幅させた亜璃珠は、ペットたちと共に無軌道で襲い来る鞭に応戦した。ふたりの間で時折鞭同士がこすれ合い、弾く音が響く。確かに彼女は強化した力で応戦したが、エメネアとて女王の血を持っている者。星槍は壊れていてもその力自体を一生徒が抑えきることは困難だった。理沙もヒールをかけサポートをするが、徐々に劣勢に立たされていく亜璃珠。と、彼女らが鞭を振るい合っているスペースに見かねた滝沢 彼方(たきざわ・かなた)とパートナーのリベル・イウラタス(りべる・いうらたす)が割って入る。
「なっ、何よいきなり」
「邪魔ですー!」
前後から飛んでくる鞭を避けることもせず、彼方はエメネアの方へ、リベルは亜璃珠の方へと近寄っていく。当然、その肌は飛び交う鞭に痛めつけられ、あざを増やしていった。しかしそれを物ともせず、彼方はエメネアへ呼びかける。
「駄目だ、エメネア!」
「あなたもティセラさんの邪魔をするんですか? 私にとってはそっちの方が駄目ですー!」
ビシ、と彼方の頬を鞭が打つ。彼方は口いっぱいに広がった血の味を飲み込み、代わりに内にたぎる言葉を吐き出す。
「洗脳なんかに……負けちゃ駄目だ、エメネア」
その真っ直ぐな瞳に一瞬怯むエメネアだったが、攻撃の手を止めることはなかった。鞭に打たれ続ける彼方の後ろでは、リベルがこの争いを止めさせようと亜璃珠や理沙、エメネアに呼びかけている。既に彼女らの鞭で何度か弾き飛ばされたのか、着ている衣服はひどく汚れてしまっていた。
「おやめ下さい、ボクたちがこれ以上互いに傷つけあうなんてこと、誰が望んでいるというのですか?」
「ちょっと、こっちに言わないであっちに言ってくれない? 私は最初ちゃんと手じゃなくて口を出したんだから」
「ティセラさんのいる要塞に勝手に入って来て何言ってるんですかー!」
依然止まりそうにないエメネアの鞭。リベルはその赤い瞳を滲ませ、もう一度声を震わせる。
「ミルザム様は……いいえ、ティセラ様も、こんなことがしたかったわけではないはずです。だから、どうか……」
リベルの言葉を遮ったのは、誰かが地面に倒れた音だった。振り向くと、彼方がエメネアの鞭にやられ体を床に預けている。それでも彼方は力を振り絞って起き上がり、バーストダッシュでエメネアへ近付こうとする。が、最早その体から望むようなスピードは出ず、むしろスキルに無理矢理引っ張られるように足が動いている感じだ。
かろうじてその意志のみで気を保っている彼方とリベル、そして全身に疲労が染み始めた亜璃珠と理沙。そんな彼らを見て、エメネアはゆっくりと距離を縮める。とどめを刺すつもりなのだろうか、その肉体からは寒気を感じるほどのオーラが放たれていた。頭につけたアクセサリーが、呼応するように赤黒く光っている。
「……何をしているの?」
そこに、声がかかった。凛としつつも、どこか悲しそうな声色。エメネアが足を止め横を向くと、神代 明日香(かみしろ・あすか)が試作型の星槍を持って立っているのが見えた。その矛先は、確かにエメネアに向けられている。
「こんなところまで来るんですねー」
「だって、エメネアちゃんの教育係だから」
彼女たちはどうやら、昨日今日会ったばかりの関係ではないようだった。
「ありがたいですねー。でも、今日は帰ってもらえますかー? じゃないと、ティセラさんにご迷惑ですよ?」
しゅるしゅる、と鞭を巻き打ちつける準備をするエメネアに、明日香は静かに語りかける。
「……バーゲンには、今日は行かなくていいの?」
「行きたいですねー。ここにいる、ティセラさんの邪魔をする人たちを全員やっつけた後で」
ああ、もう彼女は完全に洗脳されてしまっているんだ。明日香はそう確信し、目を細めた。差し向けた武器に怯む様子も、降伏の予兆も見せないエメネアを数秒ほど見つめると、彼女はすっと目を閉じ、再び開けるとエメネアへと駆け出した。
「この鞭をすり抜けるなんて、できっこないですー!」
腕を後方に引き、反動をつけて鞭を打ちつけようとするエメネア。が、寸前で明日香のパートナー、ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)が明日香の背後から光術を放つ。
「わっ、な、なんですかー?」
瞬間、眩い光がエメネアの視界を塞ぐ。当然動きも止まり硬直状態になった彼女が光の奥に見たのは、武器を放り投げ真っ直ぐ向かってくる明日香だった。そのまま明日香はエメネアに体当たりし、彼女を下に組み敷いた。
「ノルンちゃん、今!」
明日香の声とほぼ同時に、ノルニルがサンダーブラストを放つ。その標的はエメネアだが、当然密接している明日香にもその雷撃は伝わってしまう。
「……っ!」
明日香はエンデュアによって耐性は強めていたものの、ダメージをまったく受けないというわけではない。エメネアもろともその体に雷を落とされた彼女は、必死で漏れそうになる声を押しとどめていた。
洗脳される前の、あの明るいエメネアに戻ってほしい。どうにかして、救いたい。その思いは強くても、方法が分からない。女王器である玄武甲なら洗脳を解除出来るかもしれないけれど、今それはここにない。ならば。
せめて、気を失わせて保護しよう。今じゃなくても良い、誰の後でも良い、いつかエメネアが元に戻ってさえくれれば。
痺れる脳で、彼女はそれだけを祈っていた。
「明日香さん、すいませんっ、すいませんです……でもこれが明日香さんの望むことなら……」
契約者にダメージを与えているノルニルも、心を裂かれそうなこの現状に耐えながら雷を放ち続けている。
「エメネアちゃん」
明日香が自分の体の真下にいるエメネアに話しかける。その右手にはさらなる電力が、左手には温かな光が。
「ごめんね」
明日香は、身動きの取れないエメネアに雷術を放った。かなりの雷撃を受けていたエメネアは、彼女の一撃に思わず悲鳴を上げる……かと思われたが、同時にヒールがかけられたことで、その攻撃は中和されていた。雷の余波を受け明日香が倒れ、重しのとれたエメネアは手をつき、腰を上げる。
彼女が立ち上がろうとした時、その額にある飾りがピキ、とひび割れる音がした。
「う……うー……」
心なしか瞳の色が柔らかくなったエメネアは、衝撃の影響か頭を押さえていた。そこに、緋桜 ケイ(ひおう・けい)とパートナーの悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が歩み寄ってくる。
「エメネア……」
ケイが、その名を噛み締めるように口にした。エメネア。女王からその力を与えられた、星槍の巫女。
「エメネア、あんたの心は、そんな洗脳くらいで簡単に傾いてしまうような脆いもんじゃなかったはずだ」
ケイは思い返す。彼女、エメネアが以前依頼によって、生徒たちと共に大きな危機に立ち向かった時のことを。あの時、エメネアは「友達」が出来たと喜んでいた。そんなエメネアを見て、自分たちも嬉しくなった。
「うー……だって、だって、ティセラさんは私の友達でっ、友達は大事でっ、だから、私はティセラさんを信じてっ……」
気がつけば、エメネアの目には涙が溜まっていた。エメネアの脳裏には、いつかティセラに言われた言葉がぐるぐるぐるぐると巡っては意識を埋め、それが途絶えることのない星となっていた。
それは、生徒たちの誰も知らない夢のような記憶。
「エメネアさん、何を落ち込んでいますの?」
「あう……私、なんだかいっつも周りとずれてるみたいで、しょっちゅうおつむが弱いってからかわれるし……私、本当に十二星華で良いんでしょうか……?」
しょんぼりと肩を落とす彼女に、ティセラが告げる。
「確かに、ちょっとほんわかしているところはあるかもしれませんわね」
けれど、と言葉を付け足して、ティセラはエメネアの頭を撫でる。
「そうやって場を和ませることが出来るのも、才能ですわ。それはわたくしに出来ないことですもの」
「で、でも色んな人がバカって……」
「あら、じゃあこれからは、そう言われたらこうお返事してはいかが?」
「え……?」
「知ってますよー、おバカさんですよー。褒めてくれてありがとう、って」
「あー、何ですかそれー、やっぱりティセラさんもバカにしてるんじゃないですかー!」
「ふふふ、冗談ですわよ、冗談。でも褒めているのは、本当ですわよ」
「……ネア! エメネア!」
頭を抱え、周りの音が耳に入っていない様子のエメネアをケイが何度も声をかけて呼び戻そうとする。「あ……」と小さく声を漏らし、エメネアはケイとカナタの方を見た。
「あんたは、己を犠牲にしてまで使命を果たそうとしてた。その時の強い心、そして俺たちを友達って言ってくれた時のこと。思い出してくれよ!」
「うー、うー……!」
再びエメネアが頭を押さえる。そこに飾られている赤い機晶石のようなものが、悲鳴を上げているかのように点滅を繰り返している。それを見たカナタが、意を決したように持っていた杖を振りかぶる。
「カ、カナタ……?」
「確証がなくとも、これがエメネアを苦しめているとしたらわらわは放っておくことは出来ぬ。エメネア、そのひびは導きだと信じるぞ」
斜めに振り下ろされたカナタの杖が、エメネアの額飾りを打ち砕いた。ガラスが割れるような音と共に、破片が辺りに散らばった。地面に落ちた破片に続くように、エメネアもふらりと頭から地面に落ちていく。
それを、彼方とリベル、明日香とノルニル、ケイが一斉に受け止めた。
彼らに抱きかかえられ、エメネアはゆっくりと目を開ける。
「み、みなさん……」
その瞳はもう、今までのように邪な色を帯びてはいなかった。カナタの予想通り、額にある機晶石が洗脳の媒介となっていたようである。「ティセラのみを妄信する」というその洗脳が解かれたエメネアは、周りを見てあたふたする。その姿には、確かに以前生徒たちと仲良くなった時のような愛くるしさが漂っていた。
「みなさんあのっ、そのっ……」
洗脳が解けても記憶がリセットさせるわけではない。エメネアはこれまで自分がしてきたことが一気にフラッシュバックし、何から謝っていいかも分からず言葉を詰まらせながらただ頭を下げ続けた。
「まったく……お騒がせなおバカさんね」
亜璃珠がそっぽを向きながら言うと、明日香も口元を緩ませながらペシ、と軽くエメネアの頬に触れた。
「本当に、これはもう一度教育し直さないといけませんねー、おバカさん」
今まで自分がしてきたことが、そう簡単に全部許してもらえるとは思わない。けれど、目の前の生徒たちは笑って自分を迎えてくれている。エメネアにはそれがどうしようもなく嬉しかった。喜ぶ前に、謝らなくちゃ。そう思ってはいても、エメネアは自然とこぼれる涙に、勝手に緩む頬に抗えない。涙声のまま、彼女は途切れ途切れに言葉を返した。
「うー……ぐすっ、しっ……ぐす、知ってますよー、ひぐっ、おバカさんですようっ。褒めっ、褒めてくれて……」
謝ろう。謝ろう。悪いことしてごめんなさい。迷惑かけてごめんなさい。バカでごめんなさい。言おうと思っているのに、エメネアの口はどうしても、反対の言葉を告げてしまう。
「ありがとう、ありがとうございますっ……!」
それでもその言葉を咎める者は、誰ひとりとしていなかった。
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