First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last
リアクション
●日光:戦場ヶ原
『戦場ヶ原』は、日光市の国が制定した公園内にある高層湿原である。
『戦場ヶ原』という地名は、山の神がこの湿原を舞台に争いを繰り広げたという伝説に由来している。
そして、今この湿原を舞台として、シャンバラ教導団の実地訓練が行われる……はずだった。
「えー、金団長。今回の戦場ヶ原における演習の中止を申し入れたいと思います」
実戦形式の訓練を行う旨の指示を飛ばした金 鋭峰(じん・るいふぉん)の下へ、林田 樹(はやしだ・いつき)のパートナーである緒方 章(おがた・あきら)が意見具申を行う。
これがヒラニプラであればそうそう聞き入れられなかったであろうが、今回は事情が異なるということもあり、鋭峰は無愛想な表情ながら話を聞く姿勢を取る。
「理由は、この戦場ヶ原に於ける生物学的希少性にあります。
ラムサール条約に登録された湿地内で演習を行うのは、金鋭峰団長個人はもとより、教導団全体の権威失墜に繋がる恐れがあります。
ただでさえパラミタ問題が深刻化しているこの状況で、団長自らがそのような事をなさるのですか?」
章の言葉は尤もであった。『上』からの許可は出ている(どういうルートを使ったかは定かでない)が、眼前に広がる自然の宝庫を踏み躙ったと扱われれば、いくら正当性を主張したところで良い印象を持たれないだろう。
『正しいこと』をしているからといって認められるかどうかはまた別問題というわけである。
「去年の修学旅行は、奈良で戦役でした。……今年こそ、普通に修学旅行を楽しめると思ったのにっ……。
どうして訓練なんですかーーーっ!
抗議しますっ、断固抗議します!
修学旅行続行を掲げてクーデターですーーーっ!」
横では、水渡 雫(みなと・しずく)がクーデターと称してその場に座り込む。本人の行動はさておき、教導団員の中にも正直、「またかよ……」という思いは蔓延していた。口には出さないまでも、士気は低下するであろう。
しかし、一度言い出した手前、このまま何もせずに帰るというのは、それはそれで問題である。一軍を動かしたからには、何らかの体裁はつけねばならない。
「……樹ちゃん、後は任せた!」
「うえっ!?」
その雰囲気を察した章にいきなり話を振られて、樹が予想外とばかりの声をあげる。雫もローランド・セーレーン(ろーらんど・せーれーん)も、そして団長の鋭峰も、樹の言葉を待つように視線を向けてくる。
樹は樹で、毎度ながらどうしてこうなるという思いを馳せつつ、辺りを見回し、存在を確認した後代案を口にする。
「えー、つきましては湿原の植物を保護するため、鹿及び特定外来生物であるオオハンゴンソウの駆除を、実地訓練の名目で行うことを希望する。
湿地帯での作業により、足腰の鍛錬にも寄与すると思われる」
非常に棒読みな意見具申だったが、そんなことはいちいち鋭峰は気にしない。様々な事情を勘案した後、鋭峰が決定を下す。
「よし、ではその案で計画を変更する。……他には?」
「はいはいはーーい! やっぱり訓練であることに変わりがありませーん!」
まだまだ座り込みを続ける雫と、彼女を見守るローランド、そこにどこかから戻って来たと思しきクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)とハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)がさらなる代案を口にする。
「清掃活動のボランティアを引き受ける対価として、温泉宿の手配を済ませておきました。作業を完了した後はそちらで好きに過ごしていただくというのはいかがでしょう」
「団員には、青軍と赤軍でより成果をあげた方のみの報酬、と説明しておけば、士気も保てる上に面子も保てるでしょう」
実際は、教導団員全員が泊まれる分を確保してあるのだが、それでは訓練の効果が薄まる。団長の口から、より多くの成果をあげた側に報酬が出ると伝えれば、少なくともやる気は出るだろう。
「では、わたくしと瑠璃とで作戦区域内を巡回し、行き過ぎた行為を行おうとしている団員を取り締まりましょう。こういう場合、必ずそういうことをする者がいるはずですわ」
「なるほど。そういうことなら、鈴の意向に従うわ」
話を耳にした沙 鈴(しゃ・りん)と綺羅 瑠璃(きら・るー)が、今回の作戦における審判役を買って出る。せっかくの『清掃活動』が『破壊行為』に変わっては元も子もない。そういう意味では非常に重要な役回りであった。
「他に意見はないな? では、そのようにしたまえ」
はっ、と敬礼を交わし合い、それぞれが新たに決まった目的のために行動を開始する。
(……さて、私はどうしたものか)
指示を出し終えた鋭峰は、これからの身の振る舞いを決めかねていた。ここまで団員に指示を振ってしまった以上、わざわざ自らが作戦区域に出ていくのも憚られる。
先に宿に向かい、今後の方針でも練っていようか、そう考えた所に、大岡 永谷(おおおか・とと)が姿を見せる。
「……どうした? 既に新たな指示は伝えてある、貴官はそれに従って――」
「あの、俺……じゃなかった、私とデートしませんか?」
「……何?」
突然の申し出に、しばしの間思考を巡らせた鋭峰は――。
『各隊、順調に作業を進めておりますわ。このまま問題あるまで所定の作業を続行いたします』
青軍の大将として指揮を執る松平 岩造(まつだいら・がんぞう)の下に、フェイト・シュタール(ふぇいと・しゅたーる)からの通信が届く。
本来ならば彼女が率いる部隊は塹壕を掘り、伏兵として赤軍の部隊を迎え撃つ予定だったのだが、作戦変更の旨を受け、塹壕を掘るためではなく特定外来生物の駆除のためにスコップを振るい、敵兵の確認ではなく鹿の所在を確認し、周囲への影響を小さくしつつ駆除を行っていた。
(多少の変更はあったが、やることの基本に変わりはない。俺が皆に指示を出し、皆は指示に従い所定の作業を行う。その結果、赤軍よりも成果をあげることが出来れば、本作戦は成功だ)
そう思い至る岩造の下に、別の部隊からの報告と追加の指示を求める旨の通信が届く。
「よし、ではそこからさらに勢力を広げるのだ。赤軍よりも青軍が優れていることを知らしめるのだ!」
指示を告げ、岩造が眼下に広がる湿地に目を向ける――。
「雄大な自然の中での実戦訓練。やはり、教導団の修学旅行はこうでなくてはな!」
一方、赤軍の大将にはクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)が就き、戦場ヶ原の雄大な景色と美しい自然環境の中訓練が行えることに至上の喜びを噛み締めつつ、指揮に当たっていた。
「パリポリ……まぁ、景色は綺麗だし自然は豊かだし? 作戦も多少変わったみたいだけど……バリバリ……やっぱり、何かが根本的に違ってる気がするのよね……モグモグ』
こちらもやる気満々といった様子のクレーメックに対し、その隣で煎餅を咥えながら、島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)がどうも何かが違うといった様子で首をかしげていた。
「何を言うんだ君は? これこそ、教導団ならではの素晴らしい修学旅行じゃないか?」
「まぁ、らしいと言えばらしいんだけどね……この後温泉もあるみたいだし、そうね、少しはやる気出してみましょうか」
もしかしたらクレーメックと混浴でも、と淡い思いを抱きつつ、ヴァルナが煎餅を食べ終えて作業に取りかかる。
「い、いやだ! オレはあのままアキバに居たかった! 何が悲しゅうて、修学旅行に来てまで訓練しなくちゃならんの!?」
「つべこべ言わずに付いて来い! おまえがサボったおかげでこっちは押されてんだ、遅れた分は取り返してもらうからな!」
ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)に首根っこを掴まれ、ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)がズルズルと引き摺られていく。
赤軍として所属が決まった後直ぐにハインリヒは脱走を試み、それは一度は成就するのだが、秋葉原でのパートナーの振る舞いを危惧した天津 亜衣(あまつ・あい)の密告により、秋葉原にて同様に脱走を図った者たちを連行する心積もりだったジェイコブとフィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)に捕らえられたのであった。
ちなみにジェイコブたちは他の教導団員も引っ捕らえるつもりだったのだが、秋葉原のデンパ飛び交うカオスな環境と、何故か不思議と発揮される団結心により、さしたる成果はあげられなかった。そしてその分のとばっちりが、ハインリヒに来たと言えよう。
「ううっ、せっかく土産に色々買っておいたのに……」
「当たり前です! 全くもって嘆かわしい、このような教導団の品位を減ずる物……」
「全部が全部そうじゃねぇ! ったく、無知なヤツはバカみてぇに全部ダメって言いやがる――」
「いいからさっさと来い!」
二人に引き摺られていくハインリヒを、亜衣が不思議そうに首をかしげる。
(……秋葉原のデンパに毒されたのかしら? アイツがあんなこと言うなんて……)
「おや、亜衣じゃないかい。どうしたのかい?」
そこへ、天津 幻舟(あまつ・げんしゅう)が姿を見せる。背後にはゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)が、マシンガンや手榴弾の代わりにゴミ袋とトングを持ち、湿原のゴミ拾いをしていた。
(ハァ……どうして教導団の修学旅行は、戦闘とか訓練とかになっちゃうんだろう? そりゃ、勝った方には温泉とか、まだマシだけど……もっとこう、普通の修学旅行を楽しみたいよ)
深い溜息をつきながら、それでも報酬の温泉に一抹の望みを託すように、ゴットリープが作業に没頭する。
「あ、おばあちゃん。ううん、ちょっとアイツを連れ戻してただけ。あたしはこれからどうしよっかなー」
幻舟に頷いて、亜衣が呟く。ハインリヒは赤軍所属だが、どうも一緒に作業をする気が起きない。
「一緒に作業をするかえ? ほれ、ここにお土産屋で買ったしそ巻とうがらしもあるぞい」
「あ、じゃあそうしようかな。あたしもさっきわさび漬け買ってきたの。食べながら作業するくらい、問題ないわよね?」
「お茶も持ってくるんじゃったのう。喉が渇いていかんわい」
「そうよねえ……近くに自販機……はあるわけないし、ま、誰かが水を汲みに行ってるでしょ」
そんなことを話しながら、一行は清掃活動に従事する。
「この期に及んで作戦変更なんて、日本政府から圧力でもかかったのかしらね。ま、指示が下ったからにはその通りに行動しないとね。……えっと、ゴミを拾って、指定のあった草を刈って……っと」
赤軍所属の神矢 美悠(かみや・みゆう)が、お土産屋で買ったらしい猿を模した形のクッキーを頬張りつつ、指示のあった通りに作業を行っていく。
「ちったあ手違いがあったみてぇだが、何にしろ、こんな自然の豊かな場所で実戦訓練なんて最高じゃないか! こんな厚意を無駄にしちゃ、罰が当たっちまうぜ!」
その隣では、ゴミ袋を何個も抱えたケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)が、今でも今日の訓練は日本政府が特別に場所を提供してくれたものと思い込んでいた。実際は大分異なるのだが、ともかくやる気に溢れているのは決して悪いことではない。普段の訓練で鍛え上げられた肉体は、長時間の作業の中では優れた要素となれば、彼の仕事振りは赤軍にとって益をもたらすことに繋がる。
ただ、一つ難を言えば、美悠が随分とお行儀悪くクッキーを頬張っていたため、食べかすがあちらこちらに散らばってしまったことである。それはここにいつの間にか数多く生息する鹿の格好の餌となってしまうのだが、今回ばかりはそれがいい方向に働いた。
「……健勝、いたわ。見つけられた?」
「はい、こちらでも確認したであります」
青軍に属する、レジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)が察知した鹿を、金住 健勝(かなずみ・けんしょう)もライフルに取り付けたスコープで確認する。ディテクトエビルで鹿を察知できた理由は、鹿が人間をナメているからとでもしていただきたい。
ともあれ、スコープを覗いたまま、健勝が鹿の動きが止まるのをじっと待つ。やがて鹿は、先程通り過ぎていった教導団員がいた辺りで足を止め、草むらに首を突っ込んで何かを食べ始める。
「……!」
すかさず健勝が、ライフルの引き金を引く。訓練で身に付けたスナイプ技術の賜物か、放たれた弾丸は見事鹿の頭部を撃ち貫き、胴体が湿原に沈む。動物愛護を信条とする方からは苦情が来そうだが、これも適度に行われる間は『動物愛護』なのだということをご了承願いたい。
生物愛護はそれだけを言うなら正しいが、増え過ぎた個体を野ざらしにすると、ろくなことにならないのはどの生物も同じである。
「……付近にそれらしい姿は見えないでありますね。移動するであります」
言って健勝が、匍匐前進……は流石に必要ないだろうとのレジーナの言葉を受け、姿勢を低くして次の狙撃ポイントに移動する。
(せっかく地球に来たことですし、早く終わらせて色々楽しみたいですものね)
匍匐前進で移動では、この数百ヘクタールに渡る湿原を網羅出来ないし、何より汚れる。
(肌の手入れも大変ですからね……)
健勝のパートナーでありつつ、女性としての思いも抱きながら、レジーナが健勝の後に続く。
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last