空京

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重層世界のフェアリーテイル

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第7章 24時間調査できますか? ――裏路地編――

 入り組んだ建物の万年影に覆われた暗い路地裏。
 その道端には酒瓶や得体の知れないゴミが転がっており、路地裏全体には、つぅと鼻をつく湿ったカビの匂いがしていた。
 そして、あちこちには、そういった日陰で悪さを働こうという男たちがたむろっている。
「ふふふ……」
 秋葉 つかさ(あきば・つかさ)は、魔鎧蝕装帯 バイアセート(しょくそうたい・ばいあせーと)によって、よりいやらしく自身の体を強調した格好で路地裏を歩んでいた。
 彼女の狙いは一つ。このようにして誘きだした悪漢たちを、愉しませながら彼らを仕切る者が居るのか探ることだった。
「おいおい、女が一人こんな所を歩いてちゃあ危ないぜ? ねえちゃん」
 つかさの狙い通り、下卑た物言いの男が数人、路地の暗がりから現れ、つかさの前へ立ちふさがった。
 つかさは、妖しく笑みを浮かべながら舌舐めずりをした。
「良いのですよ誰でも……さあ、私を襲って下さいませ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……どうしました?」
 何やら無言で俯いてしまった男たちを見やり、つかさは首を傾げた。
 と、一人の男が呟く。
「……違う」
「違う?」
「違うんだよ!! 俺が襲いてぇのは、あんたみてぇな痴女じゃねえんだ!!」
 そう一人の男が心の底から叫ぶように言ったのに続いて、残りの男たちも次々と自身の感情を爆発させた。
「そうなんだよ! やっぱり女は恥じらいだよ! というか実は経験浅いから痴女とかちょっと怖いんだよ俺ァ!!」
「なにより、せっかく悪党やってんだから俺は金品目当てとはいえど、純粋無垢な女の子を追い回してぇんだよ!!」
「そうだよな! そうだよな! やっぱ俺だけじゃなかったよな、そういうの!!」
 がっし、と男たちが友情を確かめるようにスクラムを組み、その後、無意味にハイタッチし合うまでの一部始終を眺めた後。
「……ほっとけ、つかさ。こいつら、ただの馬鹿だ」
 バイアセートが呆れたように言ったのだった。

 つかさが男たちに見逃されてから、しばらくの後。
「へっへ、やっぱり、俺たちみてぇな悪党はこういう女を襲ってナンボだよな」
 路地裏での聞き込みを行なっていた朱濱 ゆうこ(あけはま・ゆうこ)は、男たちに絡まれていた。
「……こちらの問いに答える気がないのでしたら、そこをどいて下さい」
 男たちに囲まれ、行く手を阻まれたゆうこは、わずかに眉根を寄せながら言った。
 が、返って来たのは耳障りな笑い声だった。
「だからよぉ、色々と話を聞きてぇなら身に付けてるもんを全部こっちによこしなって。そしたら、ベッドの上ででも話してやるからよぉ」
「ですから……私はまだ結婚する気はないと言っているではないですか」
「……いや、それは初耳だが。つか、結婚……?」
 唐突に話を飛躍させたゆうこに男が戸惑いを見せる。
 他の男が「いいから、とにかくどっかに連れ込んじまおうぜ」とヤジを飛ばし。
「って、それもそうか。何でもいいから一緒に来いよ、ねえちゃん」
「…………」
 男が伸ばしてきた手を睨みながら、ゆうこは、すぅっと大きく息を吸った。
 そして、彼女は恐れの歌を歌った。
「な、なんだ? 妙な感じが……」
 歌が与える奇妙な恐怖感に男たちが戸惑いを見せた隙を見逃さず、ゆうこはバーストダッシュで男たちの間をすり抜けた。
「ッ、待ちやがれ!!」
「――きゃっ!?」
 後方から放たれた火弾がゆうこを掠め、驚いたゆうこはバランスを失って道に転がった。
「へっへっへ、よぉしよし、いい子だ」
 男たちが迫ってくる気配。
 と――振り返った先で。
「ゆうこに触れるな!」
 上空から声が降り、小さな羽と体のラウラ・フゼア(らうら・ふぜあ)がグレートソードを振り下ろしながら男へと落下していった。
 ゆうこを見守っていたらしいラウラが爆炎波を男へと叩きこんでいく。
 しかし、炎を帯びたその切っ先は、突如虚空に現れた光の文字列によって弾かれ、あらぬ方向へと滑った。
 それは、どうやら自動発動の防御術式のようだった。
 本人の意志とは関係なく発動し、物理的な攻撃を弾く魔法だ。
 そのため、剣が纏っていた炎だけは、術式を超えて男の肌を舐め、彼を「ぐっ」と呻かせた。
 ラウラが空中で、くるん、と一回転してから、ゆうこと男たちの間に立って小さく舌打ちする。
「……さすが魔法の世界。剣士には面倒な場所だね」
「びびらせやがって、魔法も満足に使えないクソガキが。痛い目に遭いたくなかったら、さっさとそこを退きな」
 そんな言葉はスルーしながら、ラウラがゆうこの方へ言う。
「ここは僕が何とかするから、ゆうこは逃げて」
「そんな……ラウラさんを犠牲にしてまで、私は13人の孫に囲まれて幸せに暮らしたくなどありません……!」
「うん、また話が飛んでる。50年くらい。というか、孫の数が具体的なのはこの際どうでもいいんだよね、きっと」
 ラウラが、はぁとため息をついたその時――
 どぅっっ、と男たちをサンダーブラストの雷嵐が襲った。
「ぎゃぁあああ!?」
「ふははははは、爽快だなぁ! この世界に来て明らかに魔法の威力が増加しておる!!」
 男たちの悲鳴と共に哄笑が響き渡り、カイラ・リファウド(かいら・りふぁうど)ハリック・マクベニー(はりっく・まくべにー)を引き連れて姿を現す。
 カイラは、ぐぅっと胸を張りながら、道の上でぴくぴくと痙攣している男たちを見下ろした。
「愚民が!! 虫が!! クズ虫が!! 我を恐れよ! 我に跪け! 我が名はカイラ・リファウド! 魔皇のリファウドの末裔よ!!」
「な、なんなんだ……この偉そうな女は――はぅ!?」
 足を震わせながら立ち上がろうとしていた男の頭を、カイラの氷術がコケンッと打ち弾いて彼を昏倒させる。
 カイラは、ハッと笑い捨ててから、ゆうこたちの方へ向き直った。
「無事なようだな」
「……ありがとうございます」
 頭を下げて礼を言ったゆうこから、ほんの少し照れたように顔をそらしたカイラがハリックを親指で差し示す。
「本来ならば、この男のバイクで街をツーリングでもしようと考えていたのが、道幅の狭い場所が多くて断念していてな。その憂さを晴らすのに連中はちょうど良かっただけだ。気にするな」
「なるほど……それであの方はツルツルなのですね」
 ゆうこは、ハリックの頭部を見つめながら言った。
「…………は?」
 ゆうこの放った妙な言葉に面食らったらしいカイラへ。
「気にしないでいいよ。ゆうこの発言は、大体『爆発』してるから」
 ラウラが軽く首を振りながら言ってやっていた。

 一方、別の路地裏にて。
「……光条兵器の威力も上がっているのか」
 葛木 一真(くずき・かずま)は、クシナ・シェード(くしな・しぇーど)を守るように光条兵器を構えながら呟いた。
 眼の前には数人の悪漢がおり、内の一人を光条兵器で片付けたばかりだ。
 そして、ジープ・ケネス(じーぷ・けねす)の放ったファイアストームが残りの男たちを飲み込んだ。
「なるほど」
 息をついたジープがパンパンと手を払って。
「自動発動の防御術式が発達しているために、物理的な攻撃は当てにくく――対して、世界の特性として魔法の威力は上昇している、というところのようだな」
「しかし、街の表と打って変わって、物騒な路地裏だ」
 エドマンド・ブロスナン(えどまんど・ぶろすなん)が仏頂面で言う。
 クシナが長い溜息を零し。
「これじゃ話を聞き出すどころじゃないよ。だから人がたくさん居る噴水の広場に行こうって言ったのに〜」
「……行きたければ一人で行けば良かったじゃないか」
 一真がそう零すと、ジープが「あーあ」というように肩をすくめたのが見えた。
 クシナがぺしぺしと一真の背を叩き出し。
「私は方向音痴なのー! 一人だと絶対に迷子になっちゃうんだからね! 一真君のバカー!」
「……言われてもな」
 返す言葉を見つけられない一真が頬を指先で掻いている間に、ジープは倒れている悪漢の一人の顔をぺぺんっと叩いていた。
「う……」
 意識を取り戻した男へとジープが問いかける。
「何故こうも路地裏が物騒なのか、教えてくれはしまいかね? もう一度嫌な眠りにつくか、傷を癒してもらって自由になるかは答え次第だ。ここは重要な選択どころだよ、キミ」
「何故……と言われても、特に理由はねぇよ。俺たちみてぇなもんが、魔法協会に隠れて比較的好き勝手出来るのがたまたま、こういう場所だったってだけで……」
「つまらんな」
 エドマンドが呟いてから、男の方へ続ける。
「おまえ達を取りまとめる組織やリーダーは居ないのか?」
「俺たちゃ、結社にも入れてもらえねぇハミ出しもんだよ。……って、お前ら、もしかして『あの妙な連中』の事を探ってんのか?」
「妙な連中?」
「最近、ここらへんの路地裏でコソコソと集まってる連中を見かけるんだ。皆して深くフードを被ってて素性も良く分からんし、なにより目的が分からないから不気味でよぉ……」
「なるほど、それは面白い話だな」
 ニィ、と口端を笑ませたジープにエドマンドが問いかける。
「――で、どうするのだ?」
「約束だからな」
 そして、ジープたちは魔法で男たちの傷を癒し、約束通り彼らを逃してやったのだった。