|
|
リアクション
戴冠式
「大丈夫だ、アイシャ」
やや緊張気味のアイシャに、リア・レオニス(りあ・れおにす)は笑顔を向けた。
彼はロイヤルガードではなかったが、アイシャと特に親しい者として、護衛役に認められていた。
祭壇へは先にネフェルティティが上っていた。
まだ少し時間がかかる。
(リア、今のうちに……)
レムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)は善からぬ空想を思い描いたが、頭を振った。
一時前を思い返す。
「貴方自身も、普通の幸せは望めなくなりますが、よいのですね」
レムテネルの問いに、リアは真摯に頷いたのだ。
「この想い報われなくとも……無償の愛で支え、同じ未来を共に歩んでいきたいのさ……」
と。
(ならば、私は見守ることしかできません)
彼の目の前で、リアはアイシャと何事か語り合っている。
「アイシャさん、こちらへ」
祭壇の上から、ネフェルティティがアイシャを手招きする。
「これで、君は晴れて『国家神』という訳だ……」
「ええ、リア」
アイシャは不思議そうに笑う。
リアの悲しげな様子が、不可解なようだ。
(言わなくちゃ、伝わらないかな?)
「では、リア。私はこれで……」
アイシャは祭壇目指して、階段を上がろうとする。
リアの手からすり抜けてゆく、アイシャの白く細い手。
「駄目だ! アイシャ!
君さえ、望んでくれたなら!!」
ぎゅっと握りしめる。
次の瞬間、我知らず抱き寄せた。
「神でもなんでもいい。
君が好きだ!
愛している……愛しているっ!」
「そ……んなこと、今言われても……」
アイシャは動揺して、しばらくリアを見つめ返していたが。
「ごめんなさい、リア。
あなたの事は大事だけど、今は……」
「そう、だな。アイシャ……」
手に込めた力を緩める。
サッと上げた顔は、いつものリアだった。
「でも、この想いは本当。
だから、君はいつだって、孤独じゃないから……さ」
ネフェルティティが呼ぶ。
アイシャは一礼すると、頬を赤らめて階段を駆け上がって行った。
「戴冠式」が始まる――。
■
「お、武。戴冠式が始まるぞ!」
わくわくと身を乗り出したのは、セレスティアーナ。
「セレス、俺の傍から離れんじゃねェぞ!」
グイッと手をひっぱって、テレまくったのは五条武。
東シャンバラ・ロイヤルガード正装のコートをひるがえしつつ。
「……と、のわっ!
べ、べべべべべ別に、おまえのことを心配してんじゃねェぞ!
ロイヤルガードだからに決まってんだろ!」
「誰もそんなことは聞いちゃいませんよ、武」
イビー・ニューロ(いびー・にゅーろ)はきっちりと突っ込んで、さり気なくセレスティアーナの傍に寄る。
「武の武装は鉄甲のみです。
いざという時は、私も【ディフェンスシフト】でセレスの盾とならなければならないでしょうから」
「んな、アイリスは動けねェんだ!
有事なんざ、あってたまるかよっ!」
アイリス達の仲間の大方は既に捕えられている。
多勢に無勢という奴だ。
心配事は何もないはず……なのだが。
「そうさ、すべてはイビー。
おまえの杞憂だぜ!」
傍目からは明らかにウキウキとして、武はセレスティアーナの警護に当たった
。
■
だが、有事の時は来る。
ネフェルティティが「戴冠式」をはじめた直後だった。
「ネフェルティティさん、覚悟!」
魔鎧のラズンを纏ったアルコリアが現れた。
【ベルフラマント】で気配消していたために、捕らわれなかったのだ。
【地獄の天使】で飛行してきたようだ。
「射線確保もしていますしね。
【神速】もラズンのお陰で手に入りましたし。
手遅れですよ!」
狂ったような笑い声が、「玉座の間」に木霊す。
ラズンのもののようだ。
「ラズンの力と、リジェネレーションで!
アルコリアはラズンが守るからね!」
「ありがとう、ラズン。
とても心強いですね」
アルコリアは大魔弾『コキュートス』と魔道銃乱射で、周りごとネフェルティティを消し去ろうとする。
仕上げに【サンダーブラスト】!
「これで終わりです! 何もかも。
アイリス! あなたも、私の愛する学校も!
私がこの手で守って見せます!」
「そうはさせません!」
「何?」
突然、アルコリアの視界が閉ざされる。
志方 綾乃(しかた・あやの)が【弾幕援護】を仕掛けたのだ。
「こんなこともあろうかと、ひそかに待機していたのですよ!」
【カモフラージュ】で隠していた姿が露わになる。
手に妖精の弓。【スナイプ】で息継ぐ間もなく狙い打った。
アルコリアの足が止まる。
「ああ、何てことです!
こうなったらっ!!」
だが綾乃に向けられた銃撃は、袁紹 本初(えんしょう・ほんしょ)によって止められる。
「【庇護者】を使っておったからのう……」
憐みを込めて、本初は呟いた。
ドォオオオオオオ――ンッ!
射線を誤ったアルコリアの攻撃は、祭壇の天井を半壊させ、
自身は壁に叩きつけられて、力尽きる。
駆けつけた拓海達【西シャンバラ・ロイヤルガード】の面々により、まもなくアルコリア達は取り押さえられた。
■
詠唱を終えたネフェルティティは、両手を祭壇上のアイシャに向けた。
ネフェルティティの両手から放たれた夥しい光線は、アイシャの中心にして魔法陣を形成する。
「アイシャさん! さあ!」
ネフェルティティの呼び声と共に、アイシャはゆっくりと両目を開く。
夥しい量の聖なる光が、アイシャの内側からゆっくりと広がっていく。
それは大きく、ネフェルティティさえも包み込んで行き……。
「姉さん!」
ハッとして、ネフェルティティは声を上げた。
「そう、ですか。姉さんは、そこまでお考えで……」
光の玉はネフェルティティを包みこみ、言葉さえも飲み込んで……やがて周囲に弾けて、場は静まった。
「国家神」の誕生である――。
だが、かの「神秘の技」はそれだけに留まらなかった。
「え……お、おい! 理子! 大変だぞ!」
「う、うん。
あんたの言いたいことは分かってるって!」
理子とセレスティアーナは互いの顔を見合わせて、信じられないとばかりに呟く。
「ひょっとするとだな……私達また……」
「そうだよ、セレスティアーナ!
2人して、アイシャのパートナーになっちゃったかも?」
2人は真偽を確かめるべく、アイシャに近づこうとする。
だが、アイシャはいち早く【東シャンバラ・ロイヤルガード】にして、いまは護衛の早川 呼雪(はやかわ・こゆき)に支えられていた。
「大丈夫か? アイシャ」
「え、ええ、呼雪」
「? 何の異変もないのか?」
「少し、疲れたかしら?
この間みたいなことはないわ、大丈夫」
「本当に大丈夫かな?」
ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は心配そうに眺めたが、頭を振った。
「何だか大丈夫そうだね。
今は、だけど……」
「アイリス……」
アイシャを背にかばう。
術がようやく解けたのだろう、アイリスが祭壇に向かってくる。
「俺がロイヤルガードの誘いを受けたのは、シャンバラの人々と共に生きる為だった。だから、アイシャを支える」
アイシャも、と振り返って。
「シャンバラの民を正しく導いていく意思があるそうだ」
「……立派な心がけだね」
アイリスは眩しそうに目を細めた。
「自分の意思、か。羨ましいよ、君」
「アイリス?」
「アイリス、止まりなさい!」
アイシャは気遣う人々を下がらせ、彼女の前に立つ。
「今の傷ついたあなたでは私にはかなわないわ!
もう、気付いているはず」
「そうみたいだね。
パワーが桁外れだよ、アイシャ」
声に抑揚はない。
だが、とアイリスは一瞬の隙をついて、拓海達に捕らわれた仲間達を解放する。
「この子達に罪はない。
それは分かっているだろう? 君も」
はじめての敗北に戸惑っているのだろうか?
アイリスの視線は絶えず忙しなく、「玉座の間」の至る所に向けられる。
「アイリスさん、アイリスさんっ!」
エースが小声で耳打ちする。
「ここは、一旦退こう!
貴女はよくやった」
「エース?」
仲間達が、退路を確保している。
目配せする。
いつの間に配置についたのだろう?
メシエが隠し扉と思しき壁の前で手を上げているのが見える。
「アイリス、ボクも、手伝うよ!」
円はオリヴィアに目配せをする。
「【毒虫の群れ】で壁を作る! ボクは、レーザーガトリングで奴らの足を止めるよ。
だから、アイリスはその隙に……アイリス?」
「え? ああ、ありがとう。
少しぼうっとしてしまったね」
アイリスは蒼白な顔で、円の頭を撫でた。
「でも、その気持ちだけでいいよ。
撤退は、君達だけで……」
「アイリス?」
「いや、ああ、そうだな。
僕も……そうか、負けたんだな……これって……」
10人の仲間達は顔を見合わせる。
■
一方で、「戴冠式」を終えたネフェルティティは【龍雷連隊】三郎の指揮の下、フィリッパ・グロスター(ふぃりっぱ・ぐろすたー)により、介抱されていた。
弱った体の枕元に、懐かしい少女達が現れる。
「まあ、開耶! 柚子!」
「深空ちゃん!」
「こないに疲れきって……」
橘 柚子(たちばな・ゆず)と木花 開耶(このはな・さくや)は、ネフェルティティの白い手を取る。
「もう、1人で行くのは無しや!」
「ちびっとはうちらを頼っても……」
2人の言葉にネフェルティティは弱々しい笑顔で応える。
「ようええのよ、しんぼしなくて。
今日はね、迎えに来やはったのよ」
「うちと契約しよ、深空ちゃん」
ネフェルティティは驚いて顔を上げる。
けれど次の瞬間、それは穏やかに笑って。
「嬉しいわ。でも今は出来ないの……」
「なぜ?」
その時、「王座の間」が激しく揺れた。
空爆とは違う。地震のようなもので。
「はじまっちゃったみたい」
ネフェルティティは残念そうに呟く。
「でも、これは終わりじゃない。
だって、私は1人じゃないもの……」
「深空ちゃん、なんで?」
慌てて駆け寄ろうとする開耶に、ネフェルティティは笑った。
その姿は透けかけていて、開耶達の手に捕えることは出来ない。
「宮殿のエネルギーが少ないの。
『戴冠式』を行うことだけで精いっぱいだった……だから……」
「深空ちゃん! 行っちゃあかん!」
「行くのなら、うちらも一緒に……」
ネフェルティティは首を振る。
「それは出来ないの。
でも、今度会う時は、きっと……だから、楽しみにして……」
ネフェルティティの声と姿は、それを最後に宙に消えた。
「深空ちゃんっ!!」
宙を掴んだ。
だがその2人の体も、次の瞬間「玉座の間」からかき消されるように消えていた。
■
「戴冠式」の終了に伴い、旧王都の宮殿はその役割を果たした。
そしてまた、眠りにつく。
宮殿の防衛システムは「冬眠」に備え、外部からの侵入者たちを排除――つまり、外へテレポートさせて行ったのだ。
柚子達もしかり。
アイシャ達もしかり。
そして当然それは、アイリス達にしても、しかり。
■
「宮殿が消えてゆく……だから僕達は邪魔もの、か」
ガタガタと揺れる「玉座の間」で、アイリスは1人佇んでいた。
周囲に人気は無い。
皆既に宮殿の外へ、強制的に移動させられてしまったのだ。
「怪我人まで移動させるとは、ご丁寧な装置だね」
そしてアイリスは誰もいなくなった宮殿の中で、1人タガが外れたように笑い狂うのだった。
「これが敗北なのか……新鮮だ!
とても許し難い気分だよ!」
振動は激しさを増して行った。
狂った麗人の姿は揺らぎはじめ……間もなく、その姿は煙の如く消えうせる。