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【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ

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【ザナドゥ魔戦記】盛衰決着、戦記最後の1ページ
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リアクション



●『暴食』の塔

 至福の時間だった。
 そこにいれば、美味しい料理は目白押し。食べたいものがあるならば、頭の中で思い描けばそれで良い。
 どんな料理だって出してくれる魔法のテーブルに、好きな飲み物が飲みたいと思ったそのときにはなみなみと注がれている魔法のグラス。どことなく緑色の肌をした、小太りな主人のもとで、契約者たちは自分たちの好みの食べ物をむさぼり食っていた。
「いや〜幸せ〜」
 のほほんとした顔で、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が言う。
 これまた高級そうな椅子にぐでんともたれこんで、満腹になってきたお腹をさすっていた。
「お腹いっぱいになってきたっていうのに、それでもまだ入りそうだわ〜」
「ふふっ、詩穂様ったら、そんなにゆるゆるな顔で…………あ、わたくし、ステーキいただけますか?」
 詩穂に対してクスクスと笑いかけるのは、彼女のパートナーのセルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)である。
 ちゃっかりと注文をするセルフィーナに、小太りな主人は『ドゥフフ』と笑って、汗をたっぷり垂らしたお腹をポンと叩いた。
「もちろんOKでふよ〜。今宵のディナーは皆様方のために用意されたものでふ。存分にめしあがってもらいたいでふ〜」
 そう言いながら、主人は自分自身も骨付き肉をむしゃむしゃと食べていた。
「ふふ……私、こんなにお腹いっぱいになるまで食べたの、とっても久しぶりかも」
 主人の言葉に甘えて、雪住 六花(ゆきすみ・ろっか)も食事を進める。さらに、宙にボンッと新たな料理が現れた。
 これまた不思議なもので、満腹感はあるものの、どれだけ食べてもつらくはならないのだ。
「美食でもありますしね。まるで、どこかの高級ホテルが作った料理のようです」
 普段は別に大食いというわけではない六花のパートナー、ウィラル・ランカスター(うぃらる・らんかすたー)も、今回ばかりはずっと料理に手をつけてばかりだった。
「えへへ〜……ほんとに美味しいなぁ! ね、ヴェルさん!」
「ああ……」
 ただ一人。
 こんがりと焼けたパンをはむはむと食べながら、幸せそうに笑う八日市 あうら(ようかいち・あうら)の隣で、ヴェル・ガーディアナ(う゛ぇる・がーでぃあな)だけは何とも言えなさそうな釈然としない顔をしていた。
(なんでだ……?)
 ただ一人、目の前の料理に手もつけず、むしろ気持ち悪そうにそれを見下ろしながら、ヴェルは考えた。
(どうして…………みんな何もおかしいと思わないんっ!?)
 小太りの主人は、どこをどう見ても――モンスターだった。
 緑色の焼けついたガサガサの肌に、醜悪な顔とボンと飛び出たお腹。肥満からくるものかどうかは分からないが、終始、顔や腹には汗が光っている。
 オーガ。
 すなわち、この塔を守る人型の怪物であった。
 ヴェルにだけは分かっていることだったが、目の前の料理も全て幻である。
 あうらも詩穂も六花も、何もない皿の上をフォークでつついたりすくったりして、空気を食べながら幸せそうな顔をしていた。
(…………)
 ヴェルは呆れも含んで、げんなりとなる。
 おそらく、誰も気づかなかったなら、このままこうして時間が過ぎ去るのを待つばかりだっただろう。
 あのホテルのオーナー気取り(あるいは、詩穂たちにはそう見えているのかもしれない)のオーガの奥に飾られている封印の壺も、このまま誰も気づかずに放置されるばかりだったのかもしれない。
 そう考えると、馬鹿馬鹿しいが確かに恐ろしい罠だった。
(オレが正気なのは…………《イナンナの加護》のおかげか)
 自分の周りにほんのかすかに見える神聖な光の輝きを見て、ヴェルはイナンナさまさまだと感謝した。
 となれば――
「おい、みんな目を覚ませ!」
 ヴェルの周りを包んでいた《イナンナの加護》は、詩穂たちを包み込むほどに広がった。
 すると、ボケッとしていたあうらが、生気を取り戻した瞳になって、きょろきょろとあたりを見回す。
「はれ……? えっとぉ……ヴェルさん、何してるの?」
「何してるの? じゃない。ほら、そこの四人も、正気に戻れっての」
「あ、あれ? 私たち……どうしてフォークなんて握ってるの? ……ウィラル、それハンバーグじゃないわよ?」
「わ、分かっています。六花こそ、お皿は空のままですよ」
 まやかしから元の世界に戻ってきた六花とウィラルは、互いに気恥ずかしそうに手に持っていたフォークやナイフを置いた。
「詩穂たち…………騙されてたってわけね」
「正確には、精神に影響を及ぼす魔法が、塔全体に充満していたのですわね。まったく、意地の悪いものです」
 後悔と一緒に、敵へと悪辣をこぼす詩穂とセルフィーナ。
「まったくあんたたちは…………おじさんを働かせるんじゃないよ」
 ヴェルの嘆きにはごまかすような苦笑を返しておくとして。
 すくっと立ち上がった詩穂とセルフィーナが戦闘の構えを取ったことで、六花たちも気を取り直し始めた。
 それぞれに構えを取った契約者たち。その目が見据えるのは、壺を背後にして憤慨するオーガであった。
「ぐぬぬぬぬ……僕ちゃんのすんばらしい魔法を跳ね返すなんて、なんて生意気な奴らなんだでふっ!」
 ゲシゲシと床を踏みつけながら、巨体を揺らすオーガ。
 その手に握る骨付き肉をいまだに離そうとしない食い意地の張りっぷりは、ある意味、感嘆に値した。
「この程度の魔法で詩穂たちを引っかけようなんて、甘いんだもんね! ちょちょいのちょいで退治してやるわっ!」
(…………見事な引っかかりっぷりだったけどな)
 ビシィッ! とオーガに指を突きつけた詩穂に、ヴェルが心の中で一言を付け加える。
 だが、今はそれどころではないのは確かだった。オーガが苛立ちをむき出しにしたそのとき、部屋の空気が一気に変わる。
「僕ちゃんを甘く見るなよおおおぉ! バルバトス様から《暴食の塔》を任されしガーディアンの力っ! とくと見せつけてやるもんねえええぇ!」
 途端――オーガはその巨体に似合わない驚異のスピードで契約者たちとの距離を詰めた。
「!?」
 とっさの判断で飛び退く契約者たち。
 オーガが自分の背中から振り抜いた棍棒は、そのまま魔法のテーブルごと床に叩きつけられた。圧倒的なパワーが、床にクレーターのような穴を穿つ。オーガは醜悪な顔をゆがめながら、骨付き肉をガツガツと食った。
(確かに、甘く見てたらやられちゃう……)
 詩穂がそう思ったとき、仲間たちも同じことを悟っていたようだ。
 互いの視線が交わり合う。これはチームだ。戦いの勝利は一人で得るものではない。
 瞬間。
 いち早くオーガに向かって飛び出したのは、およそ戦場にいるとは思えない柔和な雰囲気を持った契約者だった。
「天のいかづち!」
 六花は、素早い動きで敵を翻弄すると、その頭上に跳んで電撃の魔法を放った。
 閃光とともに落下したいかづちはオーガを叩く。だが、その肉の塊のような巨体には、致命傷とはならぬようだ。焦げ臭い煙と匂いは漂わせるが、たいしたダメージは負っていない。
 オーガは、猪のごとき勢いで六花へ突進してきた。
「わわっ……ウィ、ウィラル!」
「分かっています。任せてください」
 六花の背中から、彼女の影になっていたウィラルが飛び出した。
「……ッ!!」
 まるで二つの腕が伸びたように、刀身1メートルほどの大剣《クレイモア》がオーガに二方向からの斬撃を加える。その勢いに吹き飛ばされ、壁に叩きつけられるオーガ。すかさず、ウィラルは六花の手を引いて距離を取った。
 崩れた瓦礫の中から、オーガは立ち上がった。
「ぐぬぅぅ……ぼ、ぼぼ、僕ちゃんはキレイ好きなんだぞぉ。こんなに汚くしやがってえぇ……!!」
「その成りでそんなこと言われたくはないわねっ!」
「な、なにいぃ!」
 もっともな意見を言われたオーガが振り向くと、真っ正面にふんぞり返るようにして詩穂が立っていた。
 いかにも小馬鹿にしたフフンという顔に、オーガはさらに顔を赤くする。
「僕ちゃんを…………バカにするなあああぁぁ!」
 緑の巨体、突進。――だが。
「そういうところがバカだってのよっ! あうらちゃん、やっちゃいましょう!」
「う、うんっ!」
 巨体が迫ったそのとき、飛び退いた詩穂の後ろから、隠れていたあうらが姿を現した。
 瞬間。
「い、いっちゃえええぇ!」
 彼女の掲げたクレセントアックスの先端から、ドラゴンの息吹のようなうねりのある炎が放たれた。
 武器から爆発的な炎を放つ剣士の技の一つ――《爆炎波》である。炎は猛々しく燃えて、オーガを押し込もうとした。
 が――
「グヌヌウウウウゥゥ!!」
 オーガは、自らの巨体を壁にするようにして、無理矢理それを受け止めていた。
(こ、このままじゃ……負けちゃう……っ!)
 逆に押し込まれそうになってくる炎に、必死に歯止めをつけるあうら。
 と、炎の勢いが生む風圧に、制服の上から身につけていたマントがなびいた。そのマントを留めているのは、南カナン領主シャムス・ニヌアのマント留めのレプリカ。重厚なデザインを施されたそれが、あうらの視界に映った。
(…………シャムス……さん……)
 こんな――ただ、平穏を望む女子生徒で、ちっぽけな契約者に過ぎない自分が、こうしてこの場所に来たのは、何のためだったのか。
 やらなければならないことがあったから、ここに来た。やりたいことがあったから、ここにいる。
 それは、他ならない友のためだ。
 かけがえのない友。ずっと、ずっと、黒い仮面の下で寂しい表情を隠していた、友のため。
 そして、そんな友と一緒に、みんなで手を繋いで帰るために……。
「うああああああああぁぁぁ!!」
 あうらは、渾身の力を振り絞って炎を押し込んだ。
 すると、ゴッ!――と勢いを増した爆炎波は、オーガの身体を飲みこんで壁に激突した。
(あうらのやつ……無茶しやがって……)
 全力を出し尽くした爆炎波だったのだろう。
 バタリと倒れたあうらを、ヴェルが微笑ましげな目で見下ろしていた。
「ヴェルさん…………やったよぉ〜…………」
「ああ……そうだな。後の処理は、あいつらに任せておこう」
 と、言って、ヴェルが見やった先で。
「ふふふふ。詩穂たちに恥ずかしい真似をさせてくれたお礼、たっぷりとしちゃうんだからね〜」
 詩穂が、カシャンカシャンとフォークとナイフをすり鳴らしながら、焦げついたオーガに近づいていった。
 そして、オーガの目の前にやってきた直後。
 それこそ魔法のように、詩穂は目にも止まらぬ速さで食事の準備を進めた。
 広げられたテーブルの上に並ぶには、美味しそうな香り立つ美食の数々。デザートからオーガの好みであろう骨付き肉まで、大量の料理が用意された。料理をテーブルに運んでくるのは、いつの間にか給仕のように振る舞っているセラフィーナだった。
「はーい、まだまだありますよー」
 爆炎波でやられた影響か、意識がもうろうとしているオーガは『僕ちゃんのご飯だー』などと言いつつ、バクバクと食事をむさぼり食った。
 ミイラ取りがミイラとは、まさにこのことである。
 そして――
「詩穂様、そろそろです」
「あ、そうなの? うーん、もう終わっちゃうのかー、残念だなー」
「ほで?」
 料理に夢中になっていたオーガが、最後のデザートを食べきったところで。
 詩穂は、カシャッと手の中にすべり落ちてきた猟銃を構えた。次の瞬間、猟銃が火を噴く。食べ過ぎで風船のように膨らんでいたオーガは、まるで風船がしぼむようにして、その場に崩れ落ちた。
 そして、オーガの身体がみるみるうちに水分を失っていくと、砂だけになったそれは、どこからか吹いた風にまかれ、消えてしまう。
「最後の晩餐に鉛球はいかがでしたか?」
 ニコッと笑ったセラフィーナを見て、
(……こいつらには、逆らわないほうが良さそうだな)
 と、ヴェルは思った。

 《暴食の塔》のガーディアンを倒してしまえば、あとは壺を手に入れるのみである。
 だが、その前に――
「ちょっと、サイコメトリで見てみるね」
 詩穂が進み出て、壺に触れた。
 すると、次の瞬間。
 彼女の脳裏に走馬燈のごとく、過去の残照が走った。それは、バルバトスがこの塔に壺を置こうとしている場面である。妖艶な笑みを浮かべた、天使のような魔族が、壺を置くと、そこに魔法を施す。それは、闇の瘴気に満ちた魔法だ。それが終わると、今度は先ほどのオーガをその場に召喚する。
 まるで、何かを期待するような視線を壺に残して、バルバトスはその場を後にした。
「―――さんっ! 詩穂さん!」
「あっ……。え、えっと……」
 詩穂の肩を揺らしていたのは六花だった。
 バルバトスの魔力にやられたのか、詩穂がどこか不安定な色を瞳に浮かべ始めたので、いち早く止めたのだった。仲間たちが、心配そうな目でそれを見守っていた。
「ひどく、震えてたわ。何が見えたの?」
「実は…………」
 詩穂は先ほど《サイコメトリ》で見えた光景を仲間たちに話し始めた。
 全てを聞き終えて、仲間の契約者たちはどうしたものかと思考する。おそらく、その光景を元に推測すれば、バルバトスが壺に何らかの罠を仕掛けているのだろう。壺の封印を解いてしまえば、それが発動する可能性は非常に高かった。
 と――そのとき。
「あら、なんでしょうか?」
 セラフィーナの《銃型HC》から、共有情報更新の通信音が鳴った。
「これは……」
 それを確認したセラフィーナは驚きに目を見開く。
 いぶかしげに首をかしげた仲間たちに、彼女は銃型HCの通信ディスプレイを見せた。そこに載っていたのは、他の3つの塔へ向かった仲間たちからの情報で――。