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リアクション
●その夜を人は、ハロウィンと呼ぶ
天鵞絨(びろーど)を敷いたような夜空に、縫い針で穴を開けたような光がちらちらと灯っている。
星の光だ。
決して数は多くない。空が曇っているためだろう。
暗い空だった。けれどそれだけにむしろ、ぴったりだと言っていいのではないか……この夜には。
ハロウィンの夜には。
空の暗さとは対称的に、蒼空学園の敷地は、セロファン越しに光を通したようなやわらかなオレンジの光に包まれていた。
灯はカボチャをくり抜いて作ったランタンの内側から洩れている。
光源は主としてキャンドルだ。もちろん電灯もあるが控えめにされている。
参加者の頭上には紫と薄青の三角旗が交互に吊されたロープが渡され、ほぼ無風だがときおり、はたはたと前後に揺れていた。
光に照らされる参加者たちは、彼らであって彼らではない。普段とはまるで違う服装に身を包んでいるためだ。
古典的なモンスターに扮した少年、
半仮面をつけた青年、
古典的モンスターに化けた少女、
あるいは、すっぽり着ぐるみをかぶって正体不明になっている謎の人……。
不思議な夢の話ではない。ここは仮装パーティの会場なのだから。
賑やかな音楽はメヌエット、仮面の奥から笑い声、こっそり扮装のマスクだけ脱いで、料理つまむもいとおかし。
ワイングラスや料理、お菓子が並ぶテーブルのうちいくつかは、簡易の料理台となっていた。パーティを楽しみながら即席のリクエストにも応じつつ、クッキングを楽しもうという意図だ。ストールがクロスの上に敷かれ、コンロや鍋、調理器具が用意されている。
そのうちのひとつ、鍋から甘く、空腹をくすぐる香りが漂っていた。ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)がカボチャのバター煮を作っているのだ。
ジーナの仮装は竜、といっても禍々しき龍というよりは、可愛らしいドラゴン娘といったところだろう。ちょこんと生やした角、背中の翼も小さいながら特徴的なアクセントとなっている。
「ドルイド学科特製のスパイスとバターで皆さんが驚くほどの美味に……仕上がるとよいのですけれど」
特製スパイスを小瓶からふりかけつつジーナは言った。彼女のかたわらには作られたばかりのカボチャランタンがあり、そのコミカルな顔からあかあかと光を投げかけている。
ジーナは少々引っ込み思案なところがあり、今日も少し、緊張しているのだが、そんなジーナのこわばりをほぐすように、
「いい香り……きっと美味しいと思いますわ」
と、魔女の仮装をした冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は微笑んだ。小夜子はちょうどこの場所に足を止め、ジーナとその鍋に興味をもって話しかけたのだ。
それにしても――小夜子のコスプレはなんとも目のやり場に困りそうな出来映えだ。
黒基調でとんがり帽子、肩にマント、そこまではいい。肢体を包むはドレスだが、そのドレスがタイトなデザインで、体の線がぴちぴちくっきりなのだけでもけしからんところに加え、胸元が縦にするりと開き、魅惑の谷間がふたつ、食べ頃ですよと顔をのぞかせている様がたいそう挑発的なのである。
小夜子はいま、片方の手を自身のうなじに当ててくすくすと笑っている。その手を下ろせば拍子に、胸の先端が露出してしまいそうだった。
同性ではあるがジーナもなんだか照れてしまって、小夜子の衣装を意識しないようにしつつ鍋をかき混ぜる。やはり料理はいい。手を動かしていると落ち着く。
ちらと上目づかいでジーナは唇を開いた。
「ランタン用のカボチャはお料理にはあまり向いてないので、柔らかく煮ることができるか少し心配です」
試しにひとつ、ホクホクのカボチャを箸で刺して煮え具合をみた。持ちあげてみる、ひとすじの湯気が上がる。刺した具合からして、どうやら完成したようだ。味はわからないが。
するとそんなジーナの手に、小夜子の白い手が重ねられた。
「不安がらないで……私が味見させていただきますわ」
箸を持ちあげ、色っぽい仕草で小夜子はカボチャを口に含んだ。
甘い甘いカボチャである。表面はほっくり、中はとろり。特製スパイスのおかげかバターの味がよく染みこんでいる。
美味しい、と小夜子は眼を細めた。そして真っ赤な舌で唇を舐めると、ひょいと彼女はバスケットを掲げたのである。たっぷりとクッキーの包みが収められた籠だ。
「お返しに私の特製魔女クッキーを食べてみません? あっ、魔女だからと言って別にクッキーに怪しい薬なんて入ってませんよ?」
熱っぽい視線で、小夜子はジーナに問いかけるのだった。
ジーナがクッキーに手を伸ばしたすぐそばには、仲麗しい恋人たちの姿があった。
手を握り合う二人は渋井 誠治(しぶい・せいじ)とシャーロット・マウザー(しゃーろっと・まうざー)だ。
男女のカップル、それは普段の二人と変わらない。
しかし大きく異なる点が一つ。
それは二人が、性別を逆にした服装でここにいるところ。
つまりシャーロットが吸血鬼として男装し、誠治が女物をまとってドレスの姫君に扮しているのだ。
「スカートって歩きにくいですわね」
淑女然とした口調で誠治が言う。しゃなりしゃなりと歩いているが、それがどうにもオーバーアクションで嘘くさい。ゴスロリ衣装は可愛らしいが、彼は男らしい肩幅をしているのでどうしてもミスマッチだ。
「異性の服でデートだなんて、なんだかとっても新鮮……な気分です」
髪を後ろで束ね、白いリボンで留め、黒いタキシード姿のシャーロットは笑った。マントを揺らし、彼の手を取って歩く。彼女は彼を見上げて、
「誠治も、とっても新鮮……です……!?」
妙に語尾を上げた状態で小首をかしげた。
「あらどうして疑問形? 失礼しちゃうわね」
誠治は頬を膨らます。といってもこの口調と様子から、彼がノリノリなのは言うまでもなかろう。そもそも、男女逆転仮装を提案したのは姫君、つまり誠治なのだ。(彼は女性服にまるきり疎いので、このドレスは先日シャーロットと一緒に、大型ショッピングモールのポートシャングリラで買い求めたものである)
「いえ、決して悪いというわけではないのですよ、本当ですよ!」
言いながら吸血鬼シャーロットは姫君男子の手を取り、じっと彼の目を見つめた。
「それにしてもその……何でしょうか」
「なんだい?」油断したのか彼は口調が戻っている。
「少しお腹がすいてきました………」
きらっ、と銀貨のようにシャーロットの目が光った。
「………うふふ…今の格好は吸血鬼さんなので、別に誠治の血を吸ってもおかしくないですよね……?」
黒々とした笑みがシャーロットの唇から頬にかけて広がった。
通称『黒姫』、空腹になったシャーロットはなにがなんでも食欲優先、記憶は飛ぶわ吸血はするわの本能モードになるのだ。
「きゃー、助けてー」
いささかクサイ芝居だが、ちゃんと『吸血鬼に襲われるお姫様』のフォーマット的台詞を口にしつつ、あたふたと誠治姫は逃げ回る。ただし彼はその道すがら、通りかかる人々に、「あ、お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうわよ☆」などとお菓子をもらったりしている。
無論、すぐに捕まった。二人はいつしか会場の端、柱のもとにたどりついている。
「覚悟するですよー!」
迫る吸血鬼。獲物を柱のきわに追いつめたのだ。
「覚悟はできてるよ」
一方、とうに腹をくくって、男前な口調になっている姫君。
――――そして愛の惨劇(?)。ずびずば。
数十秒後。
「あわわ、何があったか分かりませんが……誠治、だ、大丈夫でしょうか……!」
ぐったりと地面に横たわる誠治を抱き起こし、おろおろとシャーロットは周囲を見回した。
一体何があったのやら。
「いただこう」
手を伸ばして北欧神テュールが、ジーナからカボチャのバター煮を受け取った。
無論、ここは北欧の神が闊歩するアスガルドでムジョルニアでマイティな場所ではないので、これはハロウィン用の仮装である。
神に扮しているのはアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)、彼はジーナから二皿もらっている。ひとつは自分に、もう一つは、愛娘たるミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)に。
「まだ熱いようだ。冷ましてから食べよう」
白い小皿をミーミルに手渡した。白い湯気が立っている。
アルツールは教壇にあるとき同様、厳めしい顔つきではあるものの、その口元には隠せぬ微笑があった。堅物たる師も、娘の前では父親に戻る。そもそも、凝った扮装をしていること自体、娘を喜ばせたいという彼の情熱の現れであろう。
「本当はヴィオラとネラも連れてきてやりたかったが……来れなかったものは仕方がない。だから、沢山見聞きして写真を撮り、お菓子をもらって二人へのお土産にしてあげなさい」
「はい」
うなずくミーミルといえば、なんとこれが普段のアルツールそのものの扮装だったりする。スーツ姿の上にイルミンスールの制服を羽織り、なんとなく眉間にしわを寄せていたりした。仰々しく咳払いしたりするのも父の模写なのだろう。最初これを見たとき、さしものアルツールも腰を抜かしたとか抜かさなかったとか。
(「ハロウィン用に魔法少女ドレスを着せてやろうかと思ったが、ミーミルも楽しそうだしよしとするか」)
父はそう思う。ミーミルが自分を意識してくれていること、それがなんとも、受け取ったカボチャ同様に心を温かくしてくれる。
「気に入った仮装の人がいれば撮影するといい。ただし、撮る前にちゃんと本人の許可を得るように」
アルツールからデジカメを受け取り、そのアルツールに扮したミーミルは、「えーっと」と会場を見回した。怪物あり男装の麗人あり、ロボットのような人もいて、いずれも魅力的だ。
「あ、じゃあ、あの人に頼んでみます」
「私を撮りたい?」
振り返った姿はサキュバスだった。
「はい。とてもよくできた衣装ですしお似合いですので。できれば一緒に」
サキュバスに変身中なのは、明け方の陽差しのようなブロンドの少女、刹那・アシュノッド(せつな・あしゅのっど)だった。
「一緒に記念撮影したいほどの格好かな……?」
と言いながらも刹那は内心、相棒に作ってもらった服装が褒められたので照れくさいようなくすぐったいような気持ちだ。
刹那の露出は多め、赤がアクセントのワンピースビキニのタイプの衣装であり、足には黒いニーハイソックスを、腕にはオープンフィンガーのロンググローブを着用していた。頭にはコウモリの羽のカチューシャ、背中にはコウモリの羽飾りが取り付けられている。夢魔は淫魔ゆえ、と説かれて渋々着たこの衣装だが、火照った肌に涼しく快適なのは事実だった。
「じゃあお父さん、シャッターを」
ミーミルがいそいそと刹那にならび、正面にアルツールが回り込む。
「よし、『1たす1は』?」
「ZWEI」
思わず真顔で刹那が言った。
「いや、日本語で、日本語で頼む」
「『に』」
かくて笑顔で、刹那とミーミルは写真に収まった。
あとで写真を送る、という二人に、恥ずかしいからと手を振ったところで、刹那はパーティ会場に友人の顔を見出していた。
「二人も来てたのね」
額に手を当て、サクラ・アーヴィング(さくら・あーう゛ぃんぐ)と山葉 聡(やまは・さとし)の姿を確認する。
「この格好見たら二人ともなんていうかな……?」
緊張半分、楽しみなのも半分、といった様子で、刹那は二人に声をかけようと決めた。
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