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失われた光を求めて(第2回/全2回)

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失われた光を求めて(第2回/全2回)

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●第1章 サティナの思惑

「ふはははは!! この風にお主たち皆、吹き飛んでしまうがいい!!」
 上空に佇む、濃緑のローブを身に纏い、外れたフードにより覗くショートヘアをなびかせた女性、サティナが高らかに宣言する。瞬間、全てを吹き飛ばさんばかりに突風が、調査隊『アインスト』の一行を襲う。
「おー、これは凄い風だねぇ〜。力入れないと吹き飛ばされるねぇ〜」
 言葉とは裏腹にどこかのんびりとした口調の黒雅岬 嘉応(くろがさき・かおう)が、突風に足を取られて吹き飛ばされかける。
「まったく、言ってる傍から吹き飛ばされてどうする!」
 それを、アンカティミナス・クトゥールク(あんかてぃみなす・くとぅーるく)が、間一髪のところで引き戻す。
「彼奴が親玉なのか? 彼奴を討ち取れば後顧の憂いを絶てる……往くぞ、嘉応」
 サティナを目の前にして血気盛んなアンカティナミスに対して、嘉応はどこかやる気のない素振りを見せる。
「いや、ちょいと気になることがあってさ。どうしてサティナがこの場に現れたのかな〜って」
「? どういうことだ、嘉応?」
「つまりね、サティナだっけ? 彼女の言っていることはどこまで本当のことなのかな〜って思ったわけ。もし彼女がコボルドを支配しているのなら、わざわざ他の魔物を呼ぶ必要はないし? それがちょ〜っと気になったんだよね」
 嘉応の推測に、アンカティナミスは考える仕草を見せる。
「確かにそうだが……だがそれも、彼奴を倒せば分かることだ。我とそなたがここで彼奴と戦うことで、他の者たちの任務を助けることができるのだ」
「ま、それもそうか。乗り気はしないけど……じゃあ往きますか」
「ああ。そなたのことは我が護ってやるぞ」
 微笑むアンカティナミスに頷いて、嘉応も武器を携える。

「皆さんは先に行ってください。ここはオレ達で食い止めます……ミア、いくぜぇ!!」
「承知した! セト、わらわとの連携で悉く敵を打ち払おうぞ!」
 ワンドを構えたエレミア・ファフニール(えれみあ・ふぁふにーる)を背後に、羽瀬川 セト(はせがわ・せと)の突き出したランスが魔物の一体を貫く。奇怪な鳴き声をあげる魔物だが、まだその命は尽きてはいない。
(くっ、一撃じゃ無理か……炎でも射掛ければ効果的だろうけど、迂闊に放てば森にも被害が及ぶ……)
 蜘蛛の姿をした魔物からの反撃を避けながら、セトは方策を考える。やがて閃いた策を実行に移すため、背後で援護に徹していたエレミアへ声を飛ばす。
「ミア、オレを乗せて敵の上空へ飛んでくれ!」
「セト、一体何をするつもりじゃ?」
「上手くいけば魔物たちを一網打尽にできるかもしれない! 協力してくれ、ミア!」
「……うむ、承知した。その策、セトに託すぞ」
 頷いたエレミアが跨った箒にセトも飛び乗り、瞬く間に敵の上空へと到達する。セトの視界に、魔物たちが最も集結しているポイントが映った。
「あそこだ! ミア、あそこに最大級の火弾を落としてくれ!」
「うむ! ……わらわの魔力、思い知るがいい!」
 エレミアの掌に浮かび上がった火の弾が、唸り声をあげながらセトの指示したポイントへ落下していく。
「いっけええぇぇ!!」
 そこへ、セトが手にしていたランスを渾身の力で振り投げる。ランスは火弾を貫き、その身を煌々と燃やしながら地面を抉ったかと思うと、次の瞬間強力な爆風を発生させる。巻き込まれた魔物たちは身体を炎に包まれ、断末魔の叫びを上げて地に伏せる。
「よっしゃ、上手くいったぜ!」
 ガッツポーズを見せるセトを、普段は頼りないと思っていたエレミアも、頼もしげな視線を向けていた。

 四方八方に伸ばされた蔦が、唸りをあげながら身体を縛り上げんと迫るのを、緋桜 ケイ(ひおう・けい)がすんでのところで回避する。
「うおっ! こいつは厄介だな、後方にいても攻撃されちまう」
 ナイトやセイバーの者たちが前衛で敵を食い止めていても、蔦による攻撃はそれらを軽く無視してくる。このままでは後方の、直接攻撃に弱いウィザードやプリーストの者たちが甚大な被害を負ってしまうであろう。
「ケイ、ここは氷の魔法を使うのじゃ。植物は低温下では成長が止まる。植物を根源に持つこやつらならば、その動きを鈍らせることができるやもしれんぞ」
 傍にやってきた悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が、ケイにアドバイスを寄越す。
「分かった、試してみるぜ!」
 カナタの指示を受けて、ケイのかざしたワンドに魔力が込められ、それは氷のつぶてとなって具現化する。
「これでも喰らえ!」
 解き放たれた氷のつぶては、蔦を操る魔物の本体に突き刺さり、急速に熱を奪っていく。すると目に見えて魔物の動きが鈍くなり、振り上げられた蔦もどこか萎びて元気がないように見えた。
「ふむ、やはり効果的なようじゃな。このまま冷気で包み込めば、戦闘を優位に進められるはずじゃ――」
 効果的なことを確認し、次の魔法を放とうとしていたケイとカナタを、急激に熱せられた風が襲う。あまりの熱さに息をすることもできない状態の中、何とか耐え抜いた2人が次に見たものは、すっかり元気を取り戻した魔物の姿であった。
「ちくしょう、せっかく動きを鈍らせることができたってのに、あいつがいる限り元通りにされちまう」
 呟いて、悔しげに見上げるケイの視線の先には、次々と風を見舞うサティナの姿があった。
「サティナを止めねば、この戦いに勝ちはない。魔物を押さえ込みつつ、サティナを少しずつでもけん制せねばな」
「ああ、そうだな。まだまだ先は長そうだぜ」
 迫り来る魔物たちに対して、険しい視線を向けたケイとカナタが、武器を構えた。

「これでどうや!」
 渡辺 鋼(わたなべ・こう)の放った火弾が、森に飛び移ることなく絶妙な加減で地面に火柱を作る。魔物たちは突然の事態に動転し、身動きが取れなくなる。
「鋼、ナイス足止め! この機会は無駄にしないよ!」
 炎が消え、魔物が混乱から回復するより早く、セイ・ラウダ(せい・らうだ)が懐に飛び込み決死の一撃を撃ち込む。悲鳴をあげることなく崩れ落ちる魔物からランスを引き抜き、次の獲物へ視線を飛ばす。
「鋼、次はあいつに頼む!」
「オッケー任しとき!」
 セイの要請に応えるように、鋼の構えたワンドへ魔力が蓄えられていく。
(ここで魔物を見逃せば、森が荒らされ、村が襲われてまう……そうならんためにも、ここで食い止めたる!)
 鋼の強い意思が込められたかのように、地面を走る炎は魔物たちの動きを分断し、孤立した毛虫をそのまま大きくした姿の魔物が、上空から舞い降りたセイの一撃を脳天に喰らって永久の眠りへとつかされる。
(俺と鋼の連携はピカイチだぜ! さてと、炎で魔物が混乱している間に次の標的を――)
 体勢を整えたセイがさらに次の獲物を屠るがべく行動を開始しかけたその瞬間、突風が吹き荒れ炎がかき消される。
「その程度の炎、我の風の前には無力も同然じゃ! 行けぃ、我が僕ども!」
 上空に佇んだサティナが声を振るえば、勢いを取り戻した魔物たちが冒険者たちを蹂躙すべっく行動を開始する。
「あちゃー、魔物には有効やったけど、やっぱアイツには直ぐ消されてまうかー。セイ、こっからは雷の魔法メインで行くで! 直撃を喰らわんよう気ぃつけてや!」
「俺がそんなヘマすると思うかい? 構わずばーんとやっちゃっていいよー!」
 冗談を返すようににっこりと微笑んで、セイが魔物の集団へ突っ込んでいく。それを援護するように鋼が呪文を唱えれば、大気を震わせんばかりに雷が走り、それは魔物の群れを貫いて一時的に行動の自由を奪っていった。

「ほう、雑魚の寄せ集めと思うていたが、なかなかやるではないか。……じゃが、我が僕相手に少々有利程度では、我に立ち向かうことなど到底――むっ!?」
 空中に佇み、微笑を浮かべながら戦闘の推移を見つめていたサティナが、向けられた敵意に身を翻らせて回避する。
「……蒼空学園のクルード・フォルスマイヤーだ……」
 抜いた日本刀を鞘に納め、サティナに向き直るクルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)。銀髪そして黒のロングコートを風になびかせ、器用に小型飛空挺を操って空中を翔ける様は、彼がただの一般生徒ではないことの証明でもあった。
「クルード、彼女は強敵だわ。油断は即、命の危機に繋がる」
 彼の背後には、ユニ・ウェスペルタティア(ゆに・うぇすぺるたてぃあ)が険しい視線をサティナへ向けている。
「……なるほど、我が眠りについている間に、この世界も随分と様変わりしたものよのう。……面白い、5000年の時間差がどれほどのものか、我自ら確かめてくれるわ!」
 サティナの顔が笑顔、否、狂気に歪み、翻したローブから突き出した右の掌に風が集まっていく。
「行くぞ……ユニは今は下がっていろ……」
「分かったわ、クルード。……気をつけてね」
 クルードの言葉に頷いたユニが、祝福の力をクルードに施し、離れた位置に下がる。全身を包む暖かな光を感じながら、クルードは姿勢を低く、腰に提げた一振りの刀、その鞘に手をかける。
(俺に力を貸してくれ……月閃華!)
 周りの喧騒が一瞬静かになったような錯覚の後、唐突に戦闘が開始される。サティナが解き放った風の力を上方に飛んで避け、滑り降りるようにクルードが迫る。
「正面からとは、その心意気だけは認めてやろう。だがその行為がお主の命を縮めること、とくと知れ――」
「おっと、何も正面からとは限らないんだぜ!?」
 その声はサティナの真下から響いてきた。村雨 焔(むらさめ・ほむら)がまるで見えない壁を翔け上がるように飛びながら、手にした得物をきらめかせて迫る。それに対してサティナは動ずることもなく、隠していた左手から突風を放ってクルードを吹き飛ばすと、焔の突撃をすんでのところで避ける。焔は、得物がローブを切り裂く感触は得たものの、飛空挺を止めることができず翔け抜けてしまう。
「ちいっ! クルードに気を惹かせて俺の一撃で仕留める作戦、完璧だと思ったんだがなあ!」
 悔しそうに声を漏らす焔がサティナに向き直ろうと旋回を始めた矢先、上空から風が地面に叩きつけんと襲い掛かる。
「うおああぁぁ!?」
 ダウンバーストを彷彿とさせる風の勢いに、焔は為すすべもなく巻き込まれる。辛うじて地面との濃厚なキスだけは回避するが、飛空挺は使い物にならなくなっていた。
「焔! 大丈夫!?」
 焔の元に、アリシア・ノース(ありしあ・のーす)が翔け寄ってくる。
「ああ、大丈夫だ。……これは、マジでやらねえといけねえかな。アリシア、漆喰を頼む」
「うん、分かったよ!」
 焔の前でアリシアがためらいもなく胸元をはだけさせれば、そこから光が放たれ、刀とおぼしき鞘が顔をのぞかせる。焔がそれを掴み一息に引き抜けば、『漆喰』と名付けられた得物が姿を現す。
「アリシア、飛空挺を借りる。ここは危険だから、仲間たちの下へ合流するんだ」
「怪我しないでね、焔。いつでも私がついてるからね!」
 アリシアが癒しの力を焔に施し、仲間たちの下へ駆けていく。焔は一瞬だけその後ろ姿を見遣り、上空のサティナへ険しい視線を向ける。
「ここからが本番だ! 行くぜ!」
 飛空挺に飛び乗った焔が、得物を構えてサティナへ迫る。

「おいおい、随分派手にやってんなあ。……ま、いつもメンドクセェと呟いてるオレだけど、今回はちったぁ熱く行かせて貰うか。オレを知るいい機会ってヤツだしな」
 上空で交わされる戦いを見遣って、デゼル・レイナード(でぜる・れいなーど)が真剣な表情を作って立ち向かう。
「任せろ、化け物の相手はオレがする」
 塞がる魔物を前に、ルケト・ツーレ(るけと・つーれ)がデゼルの前に立ち、一気呵成に飛び込んでいく。向けられる蜘蛛の糸や木々の蔦を切り払い薙ぎ払い、デゼルのために道を作っていく。
(……そうか、サティナは自ら接近しての攻撃は仕掛けてこない……なら、こっちから接近してやれば一撃を見舞えるチャンスはある……問題はどうやってあの位置まで飛び上がるかだが……ま、とりあえず真下まで行けば、どうにかなるだろ)
 サティナの動きを観察していたデゼルを、熱を孕んだ風が撫でる。振り向けばルケトの放った爆炎が魔物を焼き焦がし、そして一筋の道が出来上がっていた。
「デゼル!ここからはお前の出番だろ!」
「おう! サティナ、俺と遊んでもらおうか!」
 ルケトの呼びかけに応えるように、デゼルが魔物の群れの中を駆けていく。途中吹き荒れる風に足を取られそうになりつつも、戦闘が行われている地点に向かっていく。瞬間、見上げたデゼルの目には、サティナが地面に引かれるように落ちていくのが映った。
(よっしゃ! 何だかしらねえが、チャンスだぜ!)
 空中から地上に場所を切り替えようとしたサティナは、自分のすぐ傍に新たな相手が迫っていることに気付いていない。そしてその距離はどんどんと縮まっていく。
「これでも喰らええぇぇ!」
 咆哮をあげながら、自らの身体ごとぶつかっていくように、デゼルが一撃を繰り出す。

「サティナがみんなを襲っているよ! 何とかして止めなくちゃ!」
 他の仲間たちがサティナと戦闘を繰り広げているのを目撃したクラーク 波音(くらーく・はのん)が声をあげる。
「おそらくサティナには、普通の魔法では効果が薄いわ。ここはありったけの魔力を溜めた一撃にかけるのはどうかしら?」
 隣に控えていたアンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)が波音へ応え、ローブの中から液体の納められた瓶を取り出す。
「うっ、それあんまりおいしくないんだよね。……ううん、今はそんなこと言ってられない!」
 波音がアンナから瓶を受け取り、口をつける。決して美味しいとは言えないその液体が身体に取り込まれていくと同時に、奥から湧き上がる魔力の鼓動が、波音に一時の勇気を与える。
(火を風で飛ばされちゃうかもしれないから、雷のほうがいいよね。雷、雷をイメージ……)
 目を閉じた波音を背後にアンナが、森を食い荒らさんばかりに暴れ回る魔物たちから波音を護らんと意思を強く持つ。
(この状態は波音は無防備……波音の邪魔は、私が絶対にさせない!)
 魔物の接近を察知したアンナが、その方向に火弾を放つ。今まさに飛び掛らんとしていた巨大な昆虫がその直撃を受け、腹部を焦がして地面をのた打ち回る。硬い甲羅を持つ魔物も、脆い腹部に攻撃を受ければ無事では済まない。
(この調子で、しばらくの間波音を護れれば――)
 そう思ったアンナの直感が、両方向からの魔物の襲来を告げる。一方は先程の昆虫、もう一方は羽虫の姿をした魔物だった。
(くっ! これでは、護り切れない――)
 咄嗟に放った火弾が昆虫を退けるものの、羽虫が羽根を羽ばたかせながら波音の元へ迫る。
「やあっ!!」
 瞬間、間に飛び込んだ影の声が響いたかと思うと、羽虫の身体が上下に分かれ、地面に落ちて最期の震えを見せていた。
「大丈夫ですか!」
 振り返ったアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)が、アンナへ声をかける。
「ええ、助かったわ、ありがとう」
「サティナはお任せします。私は魔物から森と皆を護ります!」
 言ってアリアが駆け出し、魔物の群れへ単身突っ込んでいく。
「ここから先へは行かせはしない!」
 振るった剣が蔦や毛の生えた足を切り落とし、魔物の戦闘力を奪っていく。その傍では、本来は彼女のパートナーであるはずのネヴィル・テイラー(ねう゛ぃる・ていらー)が、まるで他人のふりをするかのように振る舞いながら、迫り来る魔物に弾丸を撃ち込んでいる。
「背中は預けます!共に森と皆を守りましょう!」
「ああ、承知した、任せてくれ」
 アリアの声に応えるネヴィルが、信頼しきって後方を省みないアリアへどこか加虐性を滲ませた表情を浮かべると、光学迷彩で自らの姿を消す。匂いや音までは隠し切れないので思ったほどではないものの、それでもアリアは後方を脅かされ、徐々に窮地に陥っていく。
「はぁ、はぁ……こんなところで、負ける、わけには……いかない」
 疲労で思うように動かない身体を、それでも奮い立たせるようにアリアが剣を構える。
「待っていろ! 今助け……ええい、邪魔をするな!」
 そんな様子をさぞ待ち侘びていたかのように、ネヴィルが助けるふりをしながらも内心では愉悦に浸っていた。
(あたしのためにみんなが頑張ってくれてる……お願い、あたしにありったけの力を!)
 聞こえてくる声に思いを馳せ、波音が強く願えば、一際強い鼓動が身体を通じて伝わってくる。
「いっけーーー!!」
 目を見開いた波音が魔力を解放すれば、上空から太いものと細いもの、2本の雷撃が呼び出され、それはサティナと何故かネヴィルを貫いて地面に吸収されていった。
「いいわ、波音! 今のは流石のサティナも効いたはずよ!」
「はぁ、はぁ……えへへ、あたし、頑張ったよ」
 息を荒げる波音をアンナが抱き寄せる一方、雷に貫かれたネヴィルは愉悦の表情を浮かべたまま、ぴくぴくと身体を震わせ地面に伏せっていた。

「今の雷はなかなかいいものじゃったぞ。直撃を受けていれば我でさえも危なかったやもしれんのう」
 ふわり、と地面に足を着けたサティナが、あれほどの集中攻撃を受けてなお、言葉の端に余裕を滲ませて佇む。既に彼女の配下として動いていた魔物はその数を減らしており、戦況は冒険者に有利に動いているものの、サティナ1人の脅威というものが未だ重くのしかかっていた。
「サティナ……この私が一方的に攻撃されて気絶されられた、その借りは今ここで絶対に返す!」
「うわ〜、いつもは冷静なエリオットくんが珍しい〜。うん、あたしも協力するよ!」
 自らに屈辱を与えた相手を目の前にして、エリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)が静かな怒りに身を震わせる。そんなエリオットを珍しい目で見つつ、メリエル・ウェインレイド(めりえる・うぇいんれいど)が彼の言葉に応える。
「ならばメリエル、サティナの周りに跋扈する魔物共をこれで薙ぎ払って来い!」
 言ってエリオットが、メリエルの手にしていた剣に火術をかけ、炎を迸らせる。
「わ〜い! じゃあ行ってくるねエリオットくん!」
 どこか無邪気に楽しむような口調で、しかし動きは機敏そのものに、メリエルがまだ数を残す魔物を打ち払っていく。
「ブースト全開! 行っくよ〜、メリエル式奥義〜! ゲージの続く限り斬っちゃうよ〜! 体力満タンでも燃やしちゃうよ〜!」
 謎の言葉を口走りながら、メリエルがサティナまでの道をまさに『斬り開いて』いく。
「いつぞやの借りを、ここで返させてもらうぞ! ファイエル!」
 そしてエリオットが、渾身の魔力を込めたことで直線状に構成された火弾をサティナに向けて放つ。
「まだまだ熱さが足りんのう! ふんっ!」
 それに対してサティナは真っ向から、凝縮させることでやはり直線状に構成した風をぶつけて相殺する。
「おーおー、えらいあっつい戦いになっとるなー。ま、セリシアの目的っちゅーのを果たすには、ここで決着つけんとあかんな」
「セリシアちゃんには手出しさせませぇ〜ん!」
 日下部 社(くさかべ・やしろ)望月 寺美(もちづき・てらみ)のペアも、彼らを援護するように戦闘に参加する。寺美がそのゆるい姿からは想像もつかない動きを見せて魔物を撃ち抜けば、社は寺美の邪魔となりそうな魔物の蔦や枝を次々と火術で焼き払っていく。
「おお〜、社、上手い上手い〜。これでボクも気兼ねなく動けるってもんだよ〜」
「べっ、別に寺美のためにやってるんじゃないんだからね! ちょっと邪魔だから燃やしてみただけなんだからね!」
「あはは〜、面白くないから後でボディーブローね〜♪」
「その前にここで燃やしたるわこのドアホゥ!」
 ツッコミとボケが混じった何とも言えない、ただ本人たちだけはえらく楽しそうな会話を交わしながら、社が道を開き、寺美がその中を進んでいく。
「これでも喰らいなさぁ〜い♪」
 サティナを照準に捉えた寺美が、無数の弾丸を発射する。
「それはさぞ不思議な道具じゃのう! じゃが、他愛もない!」
 言ったサティナの僅か数センチのところで、爆発のエネルギーを受け取って放たれた弾は全て逸らされ、遺跡の壁を穿つに留まる。
「ならば、これでどうだ! フロイライン・望月、私の前に立って武器を発射するんだ」
「えーっと〜、こうですかぁ〜?」
 距離を詰めたエリオットが寺美を自らの前に立たせる。
「少し痺れるかもしれないが我慢しろ! ファイエル!」
「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!! す、少しどころではないですぅぅぅ〜〜!!」
 寺美が武器の引き金を引くと同時に、エリオットの掌から雷が放出される。爆発のエネルギーに電撃が作り出す力場のエネルギーを受けた弾丸は、もはや人の目では捉えられぬ速さに加速されてサティナを撃ち抜く。
「むぅ……お主たちがここまでやるとは、我も流石に予想外じゃったぞ。……これなら、お主たちに話してもよいであろうな……」
 纏ったローブをボロボロにされ、最低限の部位のみを隠している布と、あちこちに滲む紅い血を露にして、サティナはそっと呟き、地面に膝を落とした。

 遺跡の入り口から出てくる魔物は、もういないようであった。森と、森の向こうに点在する集落の安全は、ひとまず確保されたようである。
「貴殿がサティナ……何故自分たちを襲うような真似を?」
 とりあえず着る物を与えられ、大人しく捕縛されたサティナへ、比島 真紀(ひしま・まき)が銃を構えながら尋ねる。
「何故、と尋ねるか。そうじゃのう……お主たちを試したかった、とでも答えておこうかのう」
「おまえ、俺たちを舐めてんじゃねえ――」
 サティナの態度に、隣に控えていたサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)が掴みかかろうとするのを、真紀が手で制する。
「自分たちは貴殿と、その理由は不確定ながらも戦い勝利した。貴殿の生死は自分たちに委ねられている、この認識はよろしいか?」
「ああ、構わん。一思いに首を掻っ切るなり、心の臓を貫くなり、あるいは慰み者にでも贄にでも、お主たちの好きにするがよい」
 言葉にサティナが頷いたのを確認して、真紀が皆の方を振り返る。
「ここで彼女の命を絶てば、後顧の憂いなく遺跡調査を行うことができるだろう。もし連れて行くというのなら、再び彼女が裏切ることも考慮せねばならない。……これは我々だけの問題ではない、調査隊さらには学園に所属する者たち全てに関わる問題でもあることを念頭に置いた上で、結論を出して欲しい」
 真紀の言葉に、沈黙が辺りを支配する。その沈黙を断ち切るように静かに手を挙げたのは、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)であった。
「あの、サティナさんにいくつか質問、してもいいですか?」
「ああ、いいだろう。サイモン、見張りを怠るな」
「言われなくたって、何かおかしい真似したら蜂の巣にしてやるぜ」
 未だに不服そうなサイモンと真紀が見張る中、ソアとそのパートナー、雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)がサティナの前へ歩み寄る。
「おお、可愛らしい嬢ちゃんじゃのう。どれどれ、我が答えられることなら何でも答えてみせようぞ」
「おまえ、さっきと全然態度が違わないか?」
「そんなことはないぞ。お主も黙っていれば可愛らしいのに、口を開くと可愛くないのう」
「なっ!? いい度胸だコノヤロウ、今からその口を二度と塞がらないようにしてやる――」
「ベア、止めなさい。今は私に任せて、ね?」
「……むむむ、ご主人がそう言うなら、しゃーねーか。くそっ、命拾いしたな!」
 吐き捨てて後ろに下がるベアを見遣って、ソアが口を開く。
「サティナさん、サティナさんはどういうお方なのですか?」
「ほほう、そう来たか。……我の口から答えるのもおかしな話じゃが、我は風の精霊じゃ」
「あら、我は我々に同行してきたセリシアと同じかと思いましたけど、違いましたのね」
 サティナの回答に、狭山 珠樹(さやま・たまき)が頷いて答える。
「セリシアとは、まあ、浅からぬ縁といったところじゃ。セリシアも風の精霊じゃから、同じといえば同じであるし、違うといえば違うのう。くくく、複雑な話じゃのう」
 微笑むサティナにソアが頷いて、再び口を開く。
「2つ目の質問は、セリシアさんとの関係をお聞きしたかったのですけれど、サティナさんがお先に答えてくださったので割愛します。最後ですけど……サティナさんは、シルフィーリングの力を得てどうするつもりなのですか?」
「それは我も不思議に思いますわね。我々を圧倒する力を持つ君が、それ以上の力を得る必要性は薄いですわ。……我個人としましては、遺跡に近づけたくない理由がある、もしくは近づけない何かがある、と踏んでいるのですが?」
 珠樹の言葉に、サティナが感心するような視線を送る。
「ほう、お主なかなか鋭い読みをするのう。ならば1つ答えてやろう。……コボルド共を狂わせた風が、我の吹かせたものではないと言えば、お主たちは何を思うかのう?」
 サティナの言葉に、動揺が走る。
「まさか……セリシアさん?」
「どちらが、とまでは答えずとも分かるじゃろう。さて、我の記憶では、先に遺跡に向かった者が随分と居るようじゃが?」
「……そうね、遺跡に先行した部隊はもしかすれば、本当のセリシアの元へ辿り着いているかもしれないわね。つまり、ここでもたもたしていると取り返しのつかないことになる、そう言いたいのかしら?」
 珠樹の問いにサティナは含み笑いを浮かべるばかりで、口を開こうとはしない。
「早急に判断せねばならないようだな。皆、どちらにせよ、決断は迅速に願う」
「私は、サティナさんも遺跡へ連れて行った方がいいと思います。もし遺跡の奥で何かあった時には、サティナさんが必要だと思いますから」
「我もそうした方がいいと思いますわ。この謎、彼女が大きく絡んでいることは間違いなさそうですもの」
 ソアと珠樹の意見に、皆からは2つ3つ意見が飛ぶものの、やがてそれらが解消されると意見に賛成する雰囲気が満ちてくる。
「ほう? 1度はお主たちを襲った我を、信用すると?」
「サティナさんは嘘は吐きますけど、騙すようなことはしないと思いますから」
「事実を知ることは、これからの参考になると思いますわ」
 ソアと珠樹の言葉に、サティナは肩を震わせて微笑んだ。

「いやー、さっきまで戦っていたのと一緒に行くことになるなんて、何が起きるか分からないな」
「……そうですね。ロイは大して活躍していないように見えましたが」
「なっ!? お、俺だってやればできるんだ! 見てろよ、遺跡の中では魔物を次々と燃やして、大活躍してやるからな!」
 遺跡内部への進行準備が急ピッチで進められる中、ロイ・エルテクス(ろい・えるてくす)とそのパートナー、ミリア・イオテール(みりあ・いおてーる)の会話が聞こえてくる。
「大丈夫ですか? 肩、貸しましょうか?」
 縄を解かれてゆっくりと立ち上がるサティナへ、ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)が声をかける。
「いや、我は平気じゃ。それよりも他の者に手を貸してやるとよい。お主が介抱すれば大抵の男共は元気付くじゃろ。まだ若いのにいい武器を持っているのう」
「え? 何故私の年齢を――」
「さあてな、女のカン、ということにしておいてどうじゃろ? 我は精霊ゆえ人の常識が適用されるかは分からぬがな」
 冗談めかして笑うサティナを、呆れつつも微笑ましげに見遣ってガートルードが他の者たちを見舞うべく駆け去る。
「なあ、ミリア」
「何ですか。怖気づいたのなら帰ってもいいんですよ?」
「怖気づいてなんかねえよ! ……ただ、俺たちの知っている世界ってのは、あまりに小さいなって思ってさ。何かこう、すげえおっきな何かに、俺たちは振り回されているだけなんじゃないかって、そんな気がしたんだ」
「…………悔しいですが、私もロイと同意見です」
「悔しいって何だよ! ったく、初対面の人とかには愛想よくすんのに、どうして俺だけこんな――」
「…………ロイだから、言うんですよ」
「ああ? 何か言ったか?」
「いいえ何も。さっさと準備しないと置いていきますよ」
「おい、待て、待てったら!」
 すたすたと先に進んでいくミリアを、ロイが慌てて追いかける。
「くくく……これも時の流れが生んだものかのう?」
「いえ……それは、単に個人個人の問題ではないかと思いますが。では、私たちは準備ができましたので、サティナも――」
 ご一緒にどうぞ、と呟きかけたガートルード、それに一行は、遺跡の奥から吹いてくる風を感じる。それはどこか物悲しさを、そして例えようのない不快感を与える風だった。
「どうやら始まったようじゃな。思ったより早かったのは、お主たちの仲間が優秀じゃった証拠かのう。その調子で、しばらく持ち堪えててくれると助かるんじゃが」
「おいおい、悠長なこと言ってないで早く向かった方がいいんじゃないのか?」
「ロイが言わなくとも皆分かっていることです。さあ、行きましょう」
「ええ。真実をこの目で見届けましょう!」
 準備を終えた一行、それを率いる形で先頭に立ったサティナが、遺跡の奥へと歩みを進めていく――。