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魔術書探しと謎の影

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魔術書探しと謎の影

リアクション

 城山 鬨(じょうやま・とき)は校長室に向かっている。彼は「状況報告を兼ねて、校長にも紅茶を差し入れしてくる」と言って、お茶会を抜け出してきたのだ。
「ふう、平静を装って、と」
 鬨は校長室の前までやってくると、大きく深呼吸をしてドアをノックする。
「誰ですかぁ?」
「今回校長のご依頼を受けさせていただいている、城山 鬨です」
「入るですぅ」
「失礼します」
「何の用ですぅ? 本は見つかったのですかぁ?」
「それが、生徒一同懸命に探しているのですが、まだでして。お待たせしている校長先生にお茶でも、と」
「早くするですぅ。待ちくたびれました。お茶はいただきましょう」
「かしこまりました」
 鬨はエリザベートに紅茶を差し出す。ただし、その中には睡眠薬が入っていた。
「ふむ、悪くない味ですぅ。ふあ。あれ……? なんか、眠くなって……きた……で……す」
 紅茶を飲んだエリザベートは、すぐにすやすやと眠り始める。
(俺に会ったのが災難だったねぇ〜)
 鬨は待ってましたとばかりにマーカーを取り出すと、エリザベートの顔に落書きをしていく。それが終わるとエリザベートに手錠をかけた。
(ぷぷ、間抜けな顔。さて、後は図書館に戻っておしゃべりでもして、適当に他の奴らを邪魔していればいいだろう。いつまでも本が届かなくて痺れを切らす校長、校長の顔を見て驚く生徒たち。くくく、今から楽しみだぜ)
 鬨はポケットに手錠の鍵を忍ばせ、校長室を出ようとする。しかし、ドアに手を触れようとしたところで、その背中に不気味な声が投げかけられた。
「ど〜こに行くですかぁ」
 鬨は凍り付く。冷や汗を流しながら恐る恐る振り返ると、そこには確かに座椅子に座って眠り、手錠をかけられたエリザベートがいた。だがその脇に立つ者がもう一人――エリザベートだった。
「な、なんで校長が二人……」
「ふふ、わけが分からないという顔ですねぇ。いいでしょう。かわいそうなあなたに教えてあげます」
 立っているほうのエリザベートは不気味に笑い、座っているほうのエリザベートの頭の上に手を置いて話し始めた。
「これはねぇ、私が魔法で作り出した分身なのですよぉ。分身に何か異変があると、私に伝わるのです。私は隣の部屋で寝ていましたけど、あなたが分身に紅茶を飲ませた時点で気がつきました。何をするのかと見守っていたのですが、随分楽しそうなことをしていましたねぇ」
 鬨の顔から完全に血の気が引く。
「さあ、どうしますぅ? 残りの人生をカエルとして過ごしますかぁ? それとも、絶対に消えない本当の落書きというものを、その顔に刻み込んであげましょうかぁ」
「はは、いやだなあ、校長。冗談ですって。勿論俺も分身と分かっててやったんですよ」
「そうですかぁ。それじゃあ、くだらない好奇心で私の安眠を妨げたんですねぇ」
「……ご、ごめんなさい!」
「待ちなさいですぅ!」
 逃げる鬨を追ってエリザベートも廊下に出る。するとそこに、ちょうど鳴海 士(なるみ・つかさ)が通りかかった。彼は図書館で借りた本を返却しにきた帰りだった。もう図書館の業務は終了している時間だったが、イルミンスールの生徒が返却の代行に応じてくれたので、無駄足にはならなかった。
「あ、また会えたね、エリザベートさん。アーデルハイトさんとは仲直りできたみたいだね」
「あっ! お前はこの間の! あの時はよくも子ども扱いしてくれましたねぇ」
 二人は魔法学園夏休み騒動の際に会ったことがあるのだが、そのときは士の不器用さが災いしてエリザベートを怒らせてしまったのだ。
「うん。子供だからね。君も……僕も」
「一度ならず、二度までも……そんな減らず口をたたくやつはぁ、私の権力で一生家来にしてやるですぅ!」
 顔を真っ赤にしたエリザベートの耳元に、士はそっと囁いた。
「家来でいいよ。君の髪、蒼空みたいに綺麗だから……ね?」
「な、なにキザなこと言ってるですかぁ。ほら、お前のせいであいつを逃がしてしまったですぅ!」
「鳴海士。僕の名前だよ。またね」
 士はそう言って、蒼空学園へと帰っていく。自分でキザなことを言っておきながら、士は恥ずかしかった。なぜなら、士の気持ちに偽りはなくても、さっきの台詞は士が返却した恋愛小説に出てくる台詞だったからだ。

 他の生徒たちがティータイムを楽しんでいる頃、茅野 菫(ちの・すみれ)とパートナーのパビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)は図書館の外で待機していた。
 菫は、何か被害があったわけでもないのに怪しい影を捕獲するのはおかしいと考え、影を捕まえずに事情を聞くつもりだ。
 そのため、昼間のうちにパビェーダと共に怪しい影の目撃情報を聞き込み、一番多く目撃されている場所を特定。そこから少し離れたところで待ち伏せをすることにした。
 辺りは暗いので、直視したら目が眩むような強力な懐中電灯を持ってきているが、影が来るまでは使わない。吸血鬼がパートナーである菫も一応吸血鬼の要素をもっており、普通の人よりは夜目が効くからだ。懐中電灯はあくまで怪しい影の目を眩ませ、落ち着いて話をしてくれるよう頼むためのものである。
 パビェーダは菫とは反対側で、吸血鬼としての能力をフルに使って待ち伏せをしている。影が現れたら飛び出し、菫と挟み撃ちにする作戦だ。菫が強力な懐中電灯を使うはずなので、対策としてサングラスを用意している。菫は被害がないからと安心しているようだが、バビェーダはいざというときに菫を守れるよう、心の準備をしていた。
「くそう、優雅にお茶会なんぞしやがって……」
 長時間野外で待機をするのは堪える。愚痴の一つも言いたくなるのは当然だ。だが、菫が舌打ちをした瞬間、草木の揺れる音がする。一気に緊張が走った。
 草木の間から姿を現した何かは、周りをきょろきょろと見回しながらそろりそろりと図書館に向かってゆく。明らかに挙動不審なその影に、パビェーダも気がついているようだ。二人は合図をして一斉に飛び出す。
「お願い、話を聞いて!」
「!」
 菫は影に話しかけながら懐中電灯の明かりをつけたが、影はそれまでの動きが嘘だったかのような機敏さでその場を離れ、図書館に近づいていく。
「待って、捕まえる気はないの! 今日は図書館に行かないほうがいいわ!」
 菫の叫びもむなしく、影はあっという間に姿を消す。後には静寂だけが残った。
「逃げられちゃったわね……それにしても何? 今の。とてもすばしっこくて、姿が確認できなかったわ」
 パビェーダはサングラスをはずしながら、怪訝そうな顔をする。
「あたしもだ。何かに乗っていたような気はするんだが……」

 謎の影は半ばパニックに陥っていた。自分の姿を見られたかもしれない。それに、夢中で図書館に逃げ込んだが、様子がおかしい。いつもならこの時間は真っ暗なはずなのに電気がついているし、人の気配もする。外に出ようにも先ほどの人たちに出くわすかもしれない。影はとりあえず入り口から図書館の中を覗き込んだ。
 そうしてみて影はますます狼狽する。予想以上の人数がいる。一体何が起こったというのだろうか。しかし、人々は一カ所に集まってなにやら飲み食いしている。これは不幸中の幸いだった。
 影はどうしたものかとしばらくその場に立ち尽くしていたが、もたもたしているとさっき待ち伏せしていた者たちが追ってくるかもしれない。それに今はチャンスだ。影は覚悟を決めてこっそり図書館の中へと入った。
 影は慎重に人々の死角になるところを進んでいく。皆おしゃべりに夢中で、こちらに気がつく様子はない。もう少しで目的の場所につく。目標を達成したらあとは逃げるだけだ。影が少しだけほっとしたとき、遠くから何かが聞こえてきた。

 羽瀬川 セト(はせがわ・せと)エレミア・ファフニール(えれみあ・ふぁふにーる)はみんながお茶を楽しんでいることに気がついていなかった。
 セトははじめのうちこそ面倒くさがりながらも黙々と作業をこなしていたが、次第にそれにも飽きてくる。
「もう退屈になってきましたよー。ねえエレミア、あなた『詳説魔術体系』を呼んだことがあるんでしょう? どうにかしてくださいよ」
「それはそうじゃが、わらわはここで借りたわけじゃないからの。無理を言わんでくれ」
「そうはいったって、どんな本かを知っていれば探しようもあるでしょう」
「わらわもそう思ったんじゃが、この図書館は混沌としすぎていて、一筋縄ではいかないのじゃよ」
「はあー」
 セトが大きくため息をつく。再び黙々と作業を続ける二人。ところが、セトはふと「そういえば、ここに来る前にクロセルが面白いことを言っていましたねえ。作業にも飽きたし、オレもやってみましょう」と呟くと、静かにどこかへ行ってしまった。
「ふう、セト。ここらで一休憩……ん?」
 セトが姿を消してしばらく。エレミアはようやくセトがいないことに気がつく。しかし、彼女は「どうせどこぞで居眠りでもしてサボっているのだろう」と大して気にもとめず、一休みすると再び一人で作業を続けた。
「やれやれ、この辺はこれで終わりかのお。次はあっちを見てみるか。……おや、あれはセトではないか。あんなところで何をしておるんじゃ?」
 エレミアは偶然セトの後ろ姿を発見する。そして次の瞬間驚愕した。セトはとても一人でやったとは思えないほど大量の本を並べ、図書館の一画に巨大なドミノ倒しを完成させていたのだ。彼はその前で満足げにうなずき、まさにドミノの一冊目に指を触れようとしていた。
「サボり方にも程度ってもんがあるじゃろうがぁぁぁ」
 エレミアは火の玉のごとく走り出し、セトの背中目がけて渾身の魔女キックを繰り出す。
「ぶっ」
 エレミアの魔女キックをまともに食らったセトは、ピンポン球のように吹き飛び、猛烈な勢いで本棚に激突した。するとその本棚が倒れて次の本棚にぶつかり、その本棚も倒れて次の本棚にぶつかる。そしてその本棚も倒れ……
「あ……やってしもうた……」
「なイす・・・…キっく。エレ……みア……みゴトな……ドみノらおし……らねえ……」
 セトは目を回しながら、感心したようにそう言った。

 地鳴りのような音が図書館中に鳴り響く。迫り来る本棚の波を見て、謎の影は目標達成を目前にしてその場から逃げ出す。
「きゃー! 何あれ!?」
「わ、本棚が倒れてくるぞ!」
「逃げろ!」
 のどかなティータイムを楽しんでいた生徒たちも一変、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。ようやくドミノ倒しが収まったときには、辺りは滅茶苦茶になっていた。
「ああ、大変! 逃げなくては! リリさん、大丈夫ですか!」
 ユリはまだ慌てふためいていた。
「落ち着くのだユリ、もう収まったのだよ」
 しかしリリの言葉も耳に届かず、ユリは辺りを走り回る。するとまたしても彼女が何かにぶつかった。
「わっ」
「い、今の感触は人!? ご、ごめんなさい。お詫びにこれを……」
 ユリは携帯しているポットの日本茶を相手に勧める。
「あ、これはご丁寧にどうも……ふうー。おいしいです」
 相手はお茶を一口飲むとコップを置く。そこでリリが口を開いた。
「君、誰だ?」
「は」
 ユリがぶつかった相手は、我に返ったかのように声を上げる。その右手には一冊の分厚い本。そして左手には、箒。
「今回集まった生徒じゃないね? 一度も顔を見ていない。ということは……君が謎の影の正体ということになるのかな」
「あ……あ……」
「うん? ちょっと、その手に持ってる本を見せてもらおう。む、『詳説魔術体系』と書いてあるではないか! 中身は……おお! これは本物であろうな」
 リリは本を取り上げて言う。
「何、今度はどうした?」
「なんか本が見つかったみたいよ」
「謎の影も見つかったって」
「まじで?」
 生徒たちがどんどん集まってくる。この絶望的な状況に、謎の影はとうとう泣き出してしまった。
「うわあああああん。ごめんなさいいいいい。悪気はなかったんですううううう」
 何のことはない、謎の影の正体は小さな小さな魔女だった。
「あ、いや、別に責めているわけではないのだが」
 念のため謎の影の写メを撮っていたリリは、突然のことにいささか動揺する。他の生徒たちもどうしたらいいか分からなかった。
「すみません、通してください」
「ちょっと失礼します」
 生徒の山をかき分けて、樹とエリスが謎の影の前に歩み出る。
 樹が謎の影に話しかける。
「怖がらなくていいんですよ。あなたをどうしようというわけではありませんから。まずはお名前を聞いてもいいかな?」
「う……ひっく……フェ……イン……フェインって……言います……」
 今度はエリスがフェインに尋ねた。
「フェインちゃん、一体何をしていたのか教えてくれるかしら? 怒ったりしませんから」
「ぐす……本を、返しに」
「あの『詳説魔術体系』のことね」
 フェインはこくりと頷く。
「どうして『詳説魔術体系』を読みたかったのかな?」
「私、魔女なのに魔法を使うのが苦手で。ぐす……みんなに馬鹿にされるんです。でもあるとき、この図書館にすごくためになる本があるって聞いて」
「それで借りにきたのね」
「はい。私はここの生徒じゃないので、夜中にこっそりと」
「どうやって図書館の中に入ったのかしら。鍵がかかっていたはずだけど」
 再び樹が尋ねる。
「あの、一カ所だけ鍵がかかってない窓を見つけて。そこから入りました」
「なるほどね」
「この図書館とっても広くて、毎日毎日探してようやくあの本を見つけたんです。でも読んでみたら全然分からなくって……それで今日返しにきたんです」
 フェインはようやく泣き止み、涙を拭う。謎の影探索チームの樹とエリスだったが、この哀れな少女を前にして、敵対心はすっかり失せていた。
 後ろのほうからは、「魔女って何千年も生きてるんだろ? あんな子供みたいなやつもいるんだなー」という声も聞こえてくる。
「まあ目的の本は見つかったし、謎の影の正体もこんなにかわいい魔女さんだったわけだ。図書館は滅茶苦茶になってしまったが、ひとまず校長のもとへ行こうではないか」
 生徒たちとフェインは、リリに先導されて図書館を後にした。
 
「潮時ですね」
 図書館内の誰もがフェインに注目していたとき、ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)は一足先に帰る準備をしていた。
 ガートルードの今回の目的は、本探しに紛れ込んで高価な魔術書を手に入れることだった。
 彼女は波羅蜜多実業高等学校の生徒であることがばれないよう、スーツ姿で空京の本問屋の営業OLを装い、最新の地球図書の売込みに見せかけてイルミンスール魔法学校へとやってきたのだ。そこからは噂の司書を誰も見たことがないというのを利用して、彼女を探して挨拶をしたいという名目で他の生徒たちに便乗し、図書館に侵入。隙を見てスキル『トレジャーセンス』でお宝本を探し、盗んでいたのだ。
「今回はまずまずでした」
 大量の本を隠し持つと怪しまれるので、盗んだ本は厳選した数冊。ガートルードの力ではそれほど奥までは進入できなかったが、それなりに価値のありそうなものが手に入った。彼女は満足そうな笑みを浮かべて図書館を後にした。