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リアクション
──鞠を戻そうと、先頭切って走っていた雫は、座敷部屋の前で危うく腰を抜かしそうになった。
いきなり障子戸を突き破って沢山の手が出てきたのだ。
お化け屋敷さながら、誰だって卒倒しそうになる。
しかも部屋の中から聞こえてくる声はすべて何かで妨害されて、うめき声に聞こえた。
「……ひ、ひ、ひひひひゃああ〜〜〜〜〜!!!」
雫は逃げ出した。
手が! 手が出た、手が!!
「あ、待て!」
アルルが慌てて追いかけてくる。
「誰かさっさと解決してください〜〜〜もう帰りたいです〜〜〜〜!」
「だったら逃げちゃ駄目だよ〜!」
「いやです〜〜〜」
こういう話は大の苦手で、変なことに巻き込まれる前に早く帰りたいと思っていたのに!
早く帰れると思ったから座敷部屋に急いで行こうとしたのに!
手が…手が、手が手が出た!!!
──必死の形相で自分に近づいてくる雫に怖くなり、朱宮 満夜(あけみや・まよ)は、駆け出した。
「いや〜こっち来ないで下さい〜〜〜!」
「まって〜待って待って〜〜〜置いてかないで〜」
「来るな〜来ないで下さいよ〜〜〜〜!」
特殊講堂内で、リレーが始まった。
グロいのも怪奇現象も全然平気のはずなんだけど、生きてる人間の恐怖だけは勘弁してほしい!
満夜が振り返るたびに、顔を恐怖に引きつらせた雫が、まるで自分に襲いかかってくるかのように近づいてくる。
怖い!!!
「雫、ストーップ! 止まれ止まれ」
アルルは雫を取り押さえて落ち着かせた。
「あ、アルル…?」
満夜は、雫が追いかけてこなくなったことに安堵し、荒い息を吐きながら立ち止まった。
二人の様子を伺う。
「な、なんですか?」
「雫〜! リアル怪奇現象だよ、生ホラーだよ、こんなレア体験めったに無いよ」
「い〜〜〜〜〜〜や〜〜〜〜〜〜だ〜〜〜〜〜〜!!!」
アルルは悪魔の笑みを浮かべながら、雫を引きずるようにして座敷部屋へと向かった。
「こわ……」
満夜は離れていく二人の背中を見ながら、自分の身体を抱き締めた。
外からは、何故か簡単に障子戸を開けることが出来た。
だが目の前に広がっている阿鼻叫喚の状況を見て、ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)は愕然とした。
まさに地獄絵図──とまではいかない不思議な光景。
「何、これ?」
「一体どうずればこうなるんですか……」
パートナーのシェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)も、困惑の色を浮かべる。
座布団に乗っている奴は楽しそうに笑っているし、取り憑かれているいるはずの人の中には、何故か怪しい笑みを浮かべる者もいたりする。
……楽しんでる?
ミレイユはハッとして、舞台となっている先頭上座へと向かった。
そうだ、のんびりしている場合じゃない。
舞台上にはマイク、椅子、座布団、そして……あった、あれだ!
「どうしたのっ!?」
中に入ってきたミレイユ達に気付いて、綺人とクリスが声をかける。
「全部、ピアスさんが原因だったんだよ! あの人が勝手に──」
「ええ?」
「どういうことですか!?」
「今は説明している暇はありません、良ければ一緒に!」
「分かった!」
綺人は大きく頷いた。
「──ピアスさん! 鞠を一体どのようにして持ってきたんですか!? これが諸悪の……って、まだ取り憑かれていますね……」
百合園のお姉様同士で、まるで取っ組み合いの喧嘩だ。
しょうがない。
ミレイユは、鞠を掴もうとした。
が。
ビリっと、わずかばかりだが、まるで電流でも流れているかのような痛みが生じて手を引っ込める。
「いったぁ〜」
「大丈夫ですかっ!?」
シェイドが心配そうな声を上げる。
(間違いない、これだ!)
指先で、何度かつついているうちに電気は消えた。
もしかして静電気の一種だったのかもしれない。
「持った! よし、急ごう!!」
「あ……戸が開いてる……」
歩がそう呟いたと同時に、義徳が脱兎のごとく飛び出した。
「早いね……」
「うん」
悠希と歩がのんびりした動きで歩き出す。
外に出てみると、縮まった義徳が壁にもたれてじっとしていた。
「あの、平気? 大丈夫、ボク達も付いていますから……それに、すすり泣きの女の子はもっと怖がっているかもしれないし、頑張りましょうっ」
悠希は苦笑しながら手を差し出した。
この励ましの台詞は、本当なら女の人に使っているはずだったのに、どうしてこうなってしまったのか……
「立てる?」
「あ、あ、あ、あありがとう〜〜〜この恩は一生忘れない〜〜」
「だっ、抱きつかなくていいから」
悠希は義徳を押しやった。
「さてと! 道も拓けたことだしっ、女の子のもとへ急がなくちゃ!」
歩がにっこりと笑う。
「……え? 本当に行くの?」
途端に、義徳の腰が重くなる。
歩と悠希は同時に溜息をつき、義徳の腕を肩にかけると引きずるようにして無理やり連行した。
「これで用具室に行ける!」
ちあきは小躍りでもしそうな足取りで部屋から出ようとした。
が、しかし。
「うわっ」
思い切り足を何かに掴まれてひっくり返ってしまった。
「何すん……百合園のお姉様……!」
「あ〜あ〜あ〜」
もともと倒れていたのか、這いつくばった状態で、ちあきの足をかなりの力で掴んでいた。
どうしようかな……
取り押さえるという名目で抱きつくことも出来るけど。
涎垂れ流し状態の顔は、ひどく萎える。
「カチェ、カチェー」
「はいはい、なぁに〜……って、え!?」
お姉様の存在に気付いていなかったカーチェは、目の前で起こっているちあきの惨状に固まる。
「これ、離すの手伝って」
「……やだ」
逃げようとするカーチェの首根っこを引っつかんで、跪かせると、女生徒の顔に近づける。
「ひ、ひぃ〜〜〜〜!」
「やってくれるよね」
「はい……」
涙を流しながら、ちあきの言うことに従った。
「おらっ! キリキリ歩け!」
正義は、愛に向かって叱咤する。
「おやっさん〜…」
「もう少しの辛抱だ」
苦笑しながら源次郎が愛を励ます。
誰もいない暗い通路。暗所恐怖症も手伝って、歩くのもやっとだ。
座敷部屋からは未だにラップ音や座布団のぶつかり合う激しい音が聞えてくる。
もう泣きたい。
「さっき、何人かが部屋に入ってきたようだが……あの子達が来てくれたおかげで、戸が開いたんだろうか?」
「俺達を閉じ込めようとするなんて──…幽霊めっ、やってくれるぜ!」
いちいち決めポーズをしながら言葉を吐く正義。
いつでも、どんな時でも、この人は変わることはないだろう。
「──おぉ! 人が大勢いるぞ! 愛、用具室に着いたみたいだぞ」
源次郎がそう言ったと同時に、愛はその場にへたり込んだ。
「もういや、もう無理、もう絶対無理! 限界です。一歩も動けません……」
「だらしないぞっ! よし、分かったっ。俺が幽霊をとっ捕まえて、大神の前まで連れてきてやる!」
「へっ?」
「待ってろ!!」
言うが早いか、人ごみの中へ正義は飛び込んで行った。
「本気……みたいだな」
源次郎の言葉に。
「に、逃げなきゃ……!」
四つんばいになって、必死に今来た道を戻ろうとする愛だった。
用具室まで戻ったミレイユ達が鞠を手渡すと──少女はそれをじっと黙って見つめていた。
「良かったね、ちゃんと戻ってきて」
真希がほうきを後ろに隠しながら微笑んだ。
これで一件落着。ほうきの出番は全く無かったね。
「……ん、で」
「へ?」
「なんで、わたしの物……取ったの?」
「あぁ〜いやぁ、ちょっと分からないけど、少しの間だけ借りるつもりだったんじゃないかなぁ?」
北都がのんびりした口調で、頭をかきながら答えた。
「……少しって…どれくらい?」
「どうかなぁ? 一日? 二日? あれ? 練習っていつから始めてたんだろう? その間も使ってたのかなぁ。だったら結構長く?」
「わたしのなのに……わたしの…なのに……」
れれれ? なんだか雲行きが怪しくなってきている。
「わ…たしの…物な……のに……!」
やばい、この子、融通がきかない子だ! 頭に血が上ってる!!
「なんでなんでこんなことするんだぁあああぁぁあ!!!!!」
「うわああ、怒ったぞ〜〜〜!!!」
皆が慌てて逃げ惑う。
「はわわわっ!? みみみミルフィ〜」
足を取られて神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)がすっ転ぼうとした時、両手を振り回した際にパートナーミルフィ・ガレット(みるふぃ・がれっと)のおっきな胸を「むにっ☆」と掴んでしまった。
「あんっ、そこですわ、お嬢様!」
「!? ごごごごめんなさいミルフィっっ、わざとじゃないです〜」
耳まで真っ赤っ赤になりながら、有栖は平謝りする。
「そんな乱暴になさらなくても、わたくしはいつでも……お優しくして下さいませ。うふふっ♪」
むしろ大歓迎ですわ。
「みみみミルフィっっそんな事言ってる場合じゃないです〜っっ、ふえええっ!」
突然、少女の口から大きな怒声が発せられた。
「っ!!!!」
有栖は思わずミルフィに飛びついてしまった。
「あらあら……そんな場合じゃなかったんじゃないですか?」
ミルフィは有栖の頭を撫でながら、優しく抱擁する。
「もう〜〜〜〜! 空気作ってる場合じゃないでしょう〜〜〜!」
竜花が呆れながら声をかけた瞬間。
突然、上の棚からたくさんの書籍が雪崩落ちてきた。
「あぶないっ、竜花ちゃん!」
月里は咄嗟に竜花に覆い被さり、盾となった。
「……」
「…いっ、たたた……」
「月里! だ、大丈夫?」
竜花は慌てて起き上がった。
「へ、平気です、これくらい……」
「血が出てるよ!?」
「え? あ、本当だ。でも大丈夫ですよ、これくらい。額だから出血が酷いように思われますが……」
「でも……!」
「──…泣かないで下さい。竜花ちゃんを守れて、良かったって思ってるんですから……」
「月里……」
竜花は、月里の手を、固く握り締めた。
「降ってきますぅ! 何か分からない物がやってきてますぅ!!」
棚の中の物が飛び出し宙に舞う。自分の元へと向かって飛んでくる。
「大丈夫っ、メイベル!?」
ガラスの割れる音、物が崩れる音。
「ちょっと大丈夫じゃないかもですぅ〜!」
「待ってて、今、僕もそっちに行くから」
「駄目ですぅ! セシリアはそこから動かないで下さい、まだそこにいた方が安全です!」
「だけど……!」
派手なポルターガイスト現象が、用具室を全体を襲う。
「いったん部屋から出た方が良いかも!」
「駄目ですわ!」
セシリアの提案をフィリッパが、切なそうな顔をして掻き消す。
「危険なのは分かりますが──ここで逃げてしまっては、解決の糸口が見えなくなってしまいますわ」
「じゃあどうすれば……!?」
少女は負のオーラを全身から溢れ出させ、怒りの形相が崩れる気配がない。
どうにかしなきゃ!
本当にどうにかしなきゃ、このままじゃっ!!!
「──お、おい!」
皆の視線が、一斉に声のした方へ向けられる。
「こ、これを見なさい!」
「それは……!」
見ると、一晶がいつの間に奪ったのか少女の鞠を手に持ち、高く掲げて睨みを効かせていた。
眼光は鋭かったが、その膝が震えているのは、誰の目から見ても分かるほどだった。
「何をする気!?」
「刺します!」
「──へ?」
皆の目が点になった。
一晶の手には、先の尖った鉛筆が握られている。
……あ、ああ、そっか。この場を治めるにはそれしか方法がない。
「やめて! それだけは」
「じゃあ大人しくして下さい。こっちは、君にも鞠にも危害を加えようなんて、これっぽっちも思っていないんです!」
や、やっちゃうぞ!
「刺されたくなかったら、怒りを静めてください」
さらに憤怒するかと思ったが、傷つけられるのを余程恐れているのか、急に大人しくなっていった。
「返して、母さまの返して……」
弱々しい声を出しながら、大粒の涙を目からこぼし始めた少女の姿を見ていると、どっちが悪役か分からなくなってくる。
皆の視線が、一晶に注がれる。
「え? あ、え? 何みんなその目! ちょ……や、やだな、返す、返すってば。泣かないで下さいよ」
一晶は慌てて鞠を手渡した。
少女はそれをしっかりと抱きしめる。
泣き顔と怒り顔して見ていなかった少女が、初めて見せた本当に嬉しそうな笑顔。
なんだか胸が痛くなった。
「えっと、ほんまにごめんね。借りた人、本当に悪気はなかったと思うんどす」
柚子が申し訳なさそうに答える。
後ろから開耶と晴明が顔を覗かせた。
「盗んだ奴に、きつ〜く言うておくから」
「後でちゃんと謝らせる」
「だから……許してくれはりますか?」
柚子の言葉に、少女は唇を尖らせたまま、とりあえずこくりと頭を下げてくれた。
「あ、あのお兄さんも、皆を助けるために仕方なくやってしまったんどすぇ」
少女の瞳が一晶に向けられ、これまたこくんと頷いた。
一同がほっと息をつく。
やがて。
少女は闇の中へと、消えていった。
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