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第三章 思い出は綺麗

 そのころ、桜井 静香にも指名が入っていた。
「ご指名ありがとう。
 あぁ、たしか……『白百合団』の笹原 乃羽(ささはら・のわ)さんだね……」
 白百合団は百合園女学院における生徒会執行部であり、静香もメンバーの顔くらいは見た記憶があった。
「おお、校長! とりあえず“ヴァイシャリーの果実ジュース”を頼もうかのぉ〜」

 藍澤 黎(あいざわ・れい)がグラスをふたつ運んでくる。乾杯。

 乃羽はジュースを飲みながら静香に話しかける。
「私に任せとけばトップは確実じゃけんのぉ〜。ちゃんと学習してきたけん」
「そうなんだ、嬉しいよ」
と応えつつも、微妙に不安げな校長。

 百合園での昨今の情勢――たとえば怪盗舞士グライエールの件であるとか――を話しつつ、ふたりでジュースを飲む。
 そのうち、乃羽の挙動が怪しくなってきた。
「校長はいつもかわいいのぉ〜」
といいながら静香の手をとってなでさする。
(ど、どうしよう……学習してきたって、一体何を教材にしたんだろう……)

 日本のキャバクラ漫画である。

 静香が困っているところに、黒服の文月 唯(ふみづき・ゆい)がやってきた。九条院 京のパートナーにあたる守護天使だ。
(京のやつ、自分で何でもやるとかいいながら、結局面倒な仕事は俺の仕事かよ……)
「あー、お客様、そろそろお時間でございますが」
「んあー? そうかぁ、それじゃ校長、また学校でのぉ〜」
 そういっておぼつかない足取りで出て行った。


静香の売り上げ:600G


 一息つく暇もなく、次の指名が入る。本人が考えていたよりも、遥かに人気があったのだ。
 次に指名した相手は真口 悠希(まぐち・ゆき)だった。新入生歓迎会のとき、悠希はあこがれの校長に声をかけてダンスを踊った。そのときから悠希の心は静香のもとにある。

「……ぁあ、悠希さんか。ごきげんよぅ……とりあえず飲み物を選んでょ……」
 静香の頬は心なしか紅く染まっていて、そして……眠そうだった。

 心配しつつも果実ジュースを注文する悠希。乾杯。

「あ、あの、静香さま……もう過ぎてしまいましたけれど、お誕生日おめでとうございます!」
 8月29日が静香の誕生日だった。静香はぼんやりとその時期のことを振り返る。花火大会の準備が忙しくて、誕生日のことなどすっかり忘れていたのだった。
「たしかに、ちゃんとした誕生日パーティーはしなかったかな」
「それで……ボクからのプレゼント忘れてました。手作りのお守りです……静香さまの幸せを願って……」
 悠希は緊張した面持ちでそれを手渡した。人に自慢できるほど器用ではない悠希が、それでも丹念に一針づつ縫ったものだった。
「ありがと。大事にするよ」
 その一言で悠希の緊張は極限に達した。ジュースを飲み干すと、
「ボクっ……静香さまが好……すぅ、すぅ……」
 そこまで言うと、疲労のためか倒れるようにして眠ってしまった。

 文月 唯が悠希を抱きかかえ、別室に連れて行く。


静香の売り上げ:+400G(計1000G)


第四章 計算でツンツンしたり、そうじゃなくてデレデレしたり

 御神楽 環菜(みかぐら・かんな)が退屈していると、樹月 刀真(きづき・とうま)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)からの指名が入った。

「あら、来たの」
 そっけない環菜の挨拶に、ふたりは声を揃えてこう答えた。
「カンナ様のパシリですから」
 これではどちらが客かわからない。
「ふぅん、まあいいわ、とりあえず何か頼みなさいよ」

 刀真は葡萄が好物なので、“ヴァイシャリーの果実ジュース”と“アイスクリームのブルーベリーソースがけ”を注文する。月夜も物珍しさから“果実ジュース”。環菜は勝手にコーヒーを頼んだ。

「果実ジュースにアイスクリーム、それにコーヒーなのだわー!」
 ボーイの九条院 京(くじょういん・みやこ)がトレイを運んできた。今度は環菜の様子をチラ見。意外と会った記憶がない。

「……で、何の用かしら?」
(うわぁカンナ様あいかわらず超弩ツンだ……)
 刀真が軽く脅えると同時に得も言われぬ快感に浸っていると、月夜がアイスをひったくってスプーンでひとすくいした。そのままスプーンをもって、環菜の前に差し出す。
「はい、あーん」
「……何の真似?」
「あーん(にっこり)」
 戸惑う環菜に刀真が説明する。
「え〜と、月夜は姉妹いないので憧れているんですよ。付き合ってもらえませんか?」
「仕方ないわね……あ、あーん」
 しぶしぶ口を開く環菜。口の中に冷たい甘みが広がる。
「おいしい?」
「悪くないわ……そんなに気になるなら、自分で食べればいいじゃない」

 それを聞いて刀真の脳裏に電流が走る!
(!! 今あのスプーンでアイスを食べれば、カンナ様との間接キス達成!!)

 しかし環菜はスプーンを手に取ると、あーんして待っている月夜の口にスプーンを差し入れるのだった。

「そろそろ時間よ。こんなところでいいかしら?」
「えーとその、日頃のお返しです」

 言うなり、刀真の右手が環菜の額に伸びる。
 それを払いのける環菜。
 しかしそれはオトリで、本命は胸を狙う左手!

「そういうのはダメ」
 月夜の右ストレートが刀真に食い込むほうが一瞬早かった。


環菜の売り上げ:1000G


「慣れないことはするものではないわね……どうだったかしら?」
「途中のスプーンでアイスを食べるところは悪くなかったですが、もう少しデレるわけにはいきませんか?」
 荒巻 さけ(あらまき・さけ)の感想だ。


 リリーハウスの話が来た直後、環菜には充分な自信があった。しかしルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)からの報告はその自信を揺るがせるものだった。

「環菜さん、言いにくいけれど……アンケートの結果では、今の環菜さんではエリザベートさんには勝てませんわ」

 この結果に対して環菜が行ったことは、専門のプロジェクトチームを作って対処することだった。何をすれば人気がでるのか? 敵の作戦はどんなものなのか? 情報戦になることはわかっていた。
 まず環菜は荒巻 さけとそのパートナーである日野 晶(ひの・あきら)信太の森 葛の葉(しのだのもり・くずのは)を起用し、アドバイザー、スタイリスト、メイクに使うこととした。
 さらに諜報を得意とするらしい黒脛巾 にゃん丸(くろはばき・にゃんまる)をスパイとして使うこととしたのである。


「環菜校長は『ツンツン』なんです。それでは需要は少ないですわ……。今回のリリーハウスでは『ツンデレ』、最悪でも『デレ』を1割弱は欲しいところです!」
というのが、さけの分析結果である。

「校長は普段から『ツン』ですから、お客さんもそのつもりで来るハズです。それを利用して、ここぞというタイミングで『デレ』る。この落差を使うのです」
「どうして私がそんな無駄なことをしなくてはいけないのかしら?
 ……でもわかりやすい説明だったわ、ありがとう」
「だいたいそれで合ってます」



「……それで、どうしてあなたが私を指名しているのかしら?」
 環菜の冷たい視線に晒されているのは、スパイとして雇われたはずのにゃん丸だ。普段は冷静なにゃん丸だが、こういう店に入ったのは初めてな上に、目の前には校長がいるため緊張しきっている。
「あ、あ、あのフルーツ盛り合わせください!
 ヒラニプラ茶ボトルキープで!
 あと1本100Gするポッキーもたくさん……」


環菜の売り上げ:+2100G(計3100G)


「そんなことより、さっさと偵察してきなさいよ!」
 周囲に聞かれるのをはばかって、小声で命令する環菜。にゃん丸は仕方なく、トイレに行くふりをして他のテーブルの様子を見に行く。

(他の女の子優しそう……)
などと思いつつ、偵察を終えて席に戻る。

「調べてきました!
 環菜校長の現在の売り上げは3100Gです!
 エリザベートさんの売り上げは8900Gです!!!」

 校長はおし黙った。ものすごく気まずい沈黙が流れる。
 空気を変えようと必死になったにゃん丸は、秘策を披露することにした。

「ご安心ください! この『女の子くどき方入門』によれば、お酒に目薬を混入することで酔いが回るのが早くなるそうです! これで他のドリームメイデンを泥酔させれば……」
「この馬鹿ッ!
 目薬を混入させて効果があったのはずっと昔の話よ!
 今はもうその成分は含まれてないのよ!」

 それから時間切れになるまで、環菜様のお説教が続くのだった。