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第五章 プレイヤー達の到着

「シエルちゃん、私をたたいて」
 これ以上無いくらい真剣顔をしてシェーラ・ノルグランド(しぇーら・のるぐらんど)シエル・テスタメント(しえる・てすためんと)に言った。
「……何言ってるデスか?」
「目いっぱい叩いて。もう気絶するくらい。ううん。気絶させて」
「……」
「よしよし。そうだな、疲れたな、シェーラ」
 アルステーデ・バイルシュミット(あるすてーで・ばいるしゅみっと)はポンポンとシェーラの頭を叩いた。シェーラはワシっとばかりにアルステーデにしがみつく。
「体お〜も〜い〜し、く〜ら〜い〜! 私気絶する〜! そしたら外に出れるんだもん〜!」
「こ、こら、泣かない。音に反応するかも知れないだろう?」
 しかしアルステーデも疲労を感じているのは確かだ。
 大分奥まできたせいで、この辺りはまだ暗いのも不安に拍車をかけている。
「シエル、付近は安全かい?」
「今のところ敵対反応はないようデス。他の生徒さんが大分潰してくれたのでしょうか」
 周辺を見渡したシエルがアルステーデに反応を返す。
「それならいいけどね。とりあえず一回休憩を取ろう。さすがに体が重い。少しだけ周囲を確認しておこう。マッピングしなければね」
「そうデスね……。しかしおかしな具合ですアルス様?」
「どうした?」
「外から見た大きさと、シエル達の歩いてきた距離がまったく釣り合わないのデス」
 シエルがここまでのマップを広げる。幾重にも折りたたんだ紙がデロデロデロと広がって長方形になった。その紙にずっと一本道。
「あり得ないデス」
「確かにな……まるで、同じところを延々歩かされたような気分だよ」
 アルステーデは立ち上がって、辺りの様子を窺う。
「あまり離れると危険デス、アルス様」
「ああ、分かって……」
 アルステーデの声が止まる。
「アルス様?」
「これ、壁だ」
「どうやら……少なくとも倉庫を横断したようデスね」

「床が動いているぞ、気をつけろ!」
 人数が多いということは戦力差で圧倒できるということだが、その分もちろんパーティーの物理的な大きさは広くなり――ひいては襲撃者のテリトリーに引っかかりやすくなるということだ。
「次が来る! みんな、伏せていろ!」
 倉庫内すでに何回目の襲撃だろう。
 イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)は『清浄の騎士』のメンバーに注意を促し、銃弾をばらまいた。体は重いが、正確に射出された弾丸に翳りはない。襲撃者の体を捕らえた銃弾は、甲高い音をまき散らす。
「トゥルペ、確実に足止めしろ」
「了解であります」
 赤いチューリップのゆる族トゥルペ・ロット(とぅるぺ・ろっと)が、イリーナの声に応えて銃弾をばらまいた。
 金属アームを、破壊することが出来たわけではないが、一瞬、動きは止まる。
「よしっ、ここは私が引き受ける! みんな、ヒルトを助けに行け!」
 その声に、『清浄の騎士』の面々は全員がダッシュ。
 再び動き出したアームを、イリーナの銃が足止めした。
 おそらくもうかなりブリュンヒルトに近づいている。
 救助の瞬間まで付いていきたかったが、まぁ仕方ないだろう。
 イリーナはひとつ、息を吐く。
「残念。まずは私の銃撃をかいくぐることだな」
「はぅぅ。もっと遠野さんや愛沢さんとお話ししたかったでありますよ」
 イリーナの横に並んだトゥルペは名残惜しそうな声を出した。
「そうか」
「もうっ、イリーナは何でそんなに愛想がないですか!?」
 その声に、イリーナは口許にごくごく小さな笑みを浮かべた。
「話したらいいさ。無事に戻ればいくらでも出来る」 

「もーあかんっ! なんやこれ、パワーブレスなんぞちっとも効かんやないか!」
 イリーナの銃声に見送られて駆け足になりながら、フィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)は叫んで頭をかきむしった。
 美少年然とした風貌が、色々な要因から台無しになっている。
「SPがなんぼあっても足らへんわ!」
 確かに一瞬、パワーブレスは効果を現すのだが、すぐにまた元に戻ってしまう。
 どうやら、身体能力を強化する事が出来なくなっているらしい。
「フィルラント、君はあまりしゃべらない方がいいな」
 同じように『清浄の騎士』メンバーにパワーブレスをかけて回っていたブラッドレイ・チェンバース(ぶらっどれい・ちぇんばーす)はその精悍な顔立ちに困惑げな表情を浮かべて言った。
「えらいすんまへんな。ところで、この倉庫な。キミんとこの歌菜さんも、ウチの黎も洗濯機やゆーてんけど、これ、遠心力や何ぞをつこうた訓練施設なんちゃうやろか?」
「……かもしれん」
「あんま気になってないみたいやな」
「最終的にあのチビ――ヒルトが見つかればそれで構わん。歌菜もそう思ってるだろうしな。ああだから、救助が送れるという意味で予想が外れているのは困るな」
 感心したような表情がフィルラントの顔に広がる。
「顔に似合わず、優しいんやな、キミ」
「……なんだ? 俺の顔はやっぱり怖いのか?」

「何点!? こいつは何点!?」
「やるね。校長っ!」
 倉庫入り口からはちょうど一直線。
 倉庫の最奥部。
 重量感たっぷりの音を響かせ、もはやその姿は良く見える。
 明らかに巨大なバーベルを振るうマシンを前に、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)八坂 トメ(やさか・とめ)ははしゃいだ声を挙げた。
「あたしがもらったよ、お姉ちゃん」
 ニヤリと笑って、トメはランスを構える。
「うう〜なんで魔法が使えないのさ〜! ズルいよこんなルール〜!」
 悔しそうにジタバタするカレン。
「じゃ、いっただきぃ――うげっ!」
 トメの突進は、潰れた呻き声と一緒に遮られた。
「命が惜しくないのか、二人とも?」
 ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)が、トメの襟首を捕まえたままで呆れ声を絞り出す。
「い、いのち? そんなパラメーターあるの!? 聞いてないよ!?」
「だ、騙されるなお姉ちゃん! ジュレちゃん! 得点独り占めするつもりだね!?」
「そして奥に行って記念品ゲットするつもりなんだ!?」
 ぶーぶーとわめき立てるカレンとトメ。
 「奥?」と気になってみれば、バーベルマシンの背後には何処かへ繋がっているであろう扉が見えていた。ジュレールにはどうでも良かったけれど。
「ジュレちゃんのズルっ子ー」
「ズルっ子ー」
 ジュレはこめかみを押さえた。
「ええいっ! いいかげんにせいっ! ここはアトラクションではないわっ!」
 一喝。
 カレンとトメはポカンと動きを止める。
「え……、校長の作った面白アトラクションじゃ……無いの?」
 コクリ。カレンの言葉にジュレールは頷く。
「いのちって……これ?」
 トメが自分の左胸の辺りを指して見せる。
 コクコク。
『ぎゃーっ!』
 一瞬で、二人の姿が消え失せる。ジュレールは、深いため息をついてから二人の後を追った。
 
 途中、二つの疾風とすれ違った。

「うぉぉぉぉぉぉ! よっしゃ! 見えたぜマナっ! たぶんあの先だっ」
 さすがに色濃く疲労の色を滲ませ、それでも一刻も早くヒルトの元へと足取りは緩めず、ベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)はバーベルのマシンの前に立った。
「ちょ、ちょっと待ってよベア! さすがに限界ってのがあるんだからっ」
 乱れた息を整えながら、マナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)はベアの横に並んだ。
 まるで、新たな獲物を見つけ喜ぶかのように、バーベルマシンが鉄の腕を打ち鳴らす。
「どうするの? ベア」
 絶望はしない。しかし厳しい表情は浮かべ、マナが聞いた。
「これまでと同じっ! 目標はヒルトだっ! すり抜けるぜ!」 
「大丈夫!? へっとへとだよ!?」
 ベアは白い歯を見せて笑った。
「お前なら大丈夫、信じてる!」
「もぉ! この脳筋っ!」
 二人は駆ける。
 疲労も手伝って、究極に重くなる体に鞭を振り、ここが最後だと足を踏み込む。
 物騒な音を立てて振り抜かれるバーベルを何とかやり過ごし、ベアとマナはマシンの背後の扉に転がり込んだ。
 扉の先にごく短い一本道の通路で、その先にもう一枚だけ扉。
 ベアとマナは、最後の扉を開けた。

 その瞬間――

「来ちゃダメっ!」

 ブリュンヒルトの悲鳴が響き渡った。