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第六章 チャレンジャー達の結末

「んっふっふっふっふっふっふっふっふ!」
 こみ上げる笑みが十六夜 泡(いざよい・うたかた)の口からもれる。
 泡は右足を力強く踏み込む。
 代わって負荷のかかりだした左足を、今度はぐいと押すように沈み込ませた。
 体はいつもより数倍重い。
 汗は額ばかりではなく全身から吹き出し、体を伝って流れていく。
「間違いないわね」
 荒い息の間で、泡は確信を込めて呟く。
 右足。左足。右足。左足。右。左。右。左……
 その度に目の前のデジタル表示が変動していく。
 泡の腰には先ほどから金属製アームががっちりと巻き付いている。倉庫内で、次々と生徒を襲った物だ。
 しかし、泡の顔には焦りも不安もない。むしろ愉悦の表情がある。
 ピピ。
 音がして、足下の抵抗が消える。腰を掴んでいたアームも離れた。
「はーはー。さすがに……きついけど……良いじゃない、これ! すごく良い!」
 上下動を繰り返した足は、太ももがパンパンになっている。
 しかし、からだが鍛えられていくその感覚は爽快だった。
 嬉しくなって泡はペシペシと目の前の機械を叩いた。
「面白いわっ! 次はあいつね!」
 目の前の影を目指していく泡。あれを使えば、今度は上半身が鍛えられるに違いない。 ブリュンヒルトのことは、うっかり頭の中から転がり落ちていた。

 薄暗い通路を抜けた先には扉と小さな金属製プレート。
 『女子更衣室』。
 目指していた言葉が書いてあった。
「ああ、よかったぁ〜。やっぱりあったよ。これで決まりだね」
 直前までの心細さを、全て安堵に振り替えて、ばっちり着替え終わり更衣室から出た立川 るる(たちかわ・るる)はホッと胸をなで下ろした。
「ほう。どうやらわしの他にも真相にたどりついた者がいたようじゃな」
 突然地獄の底から声をかけられてような気がして、るるはビクリと硬直した。
 しかし現れたのは小柄なシルエット。
 口調は老人そのものだが、少女のように見える。
 ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)だった。
「ほほう。しかもわしの好物な感じじゃが……おぬし、歳は?」
「へ、へ? じゅ……十七だけど……」
「惜しいのう」
 ファタは本当に残念そうな顔をした。
「まぁよいわ。ところでおぬし、この倉庫の正体に気がついたな?」
「え? う、うん」
 想像していたとおりの物は全部揃っている。
 間違いは――ないだろう。
「着替えなどして、どうするつもりじゃ?」
「へ? ここのマシンは、要するにノルマをこなせば止まるはずだから……みんなを助けに行こうかと……。ついでに、体鍛えられたら……いいなぁ」
 ファタはあまり面白く無さそうな顔をした。
「これから、この施設を止めに、コントロールルームまで行くが……おぬしも来るか。たぶんこっちの方が面白いと思うが」
 るるはしばらく考え込んだ。
「ううん。そっちは大丈夫そうだから、大丈夫じゃ無さそうな方に行く!」
「ふん。そうか。まぁいい。向こうで騒いでいてくれるおかげで、わしは奥に行ける」
「うん。ありがとうっ!」
 るるはそう言って通路を走っていく。
「ふむ、惜しいのう」
ファタはその後ろ姿を見送った。

 倉庫の戦闘は終わりかけていると言って良かった。
 数多のカンテラ、懐中電灯など複数の明かりが確保され、はじめは薄暗かったこの倉庫を今や、いっそ幻想的に包んでいる。
 襲撃者と思われていたマシン達はあちこちで局地戦を繰り返し、残骸と果てたいくつかは床の上に転がり、いくつかは動きを停止している。
 インジケーターを明滅させていた正方形の箱は、あるものは光を失い。
 ぶすぶすと煙を噴いているものすらある。
 ブリュンヒルトが捕まった通路はゴムベルトの姿をさらし、同じようなシステムがそこかしこにあるのが見て取れる。
 いまや、倉庫内の生徒達に、ほぼ予感めいた物は広がりつつある。
 魚住ゆういちは、その予感を確定に変えるため、倉庫の、おそらく中央と思える位置に立った。
 大地が図書館から持って来た資料には、倉庫に運び込んだ機材の数々が明記されていた。ありとあらゆる運動機材がその詳細だ。
「あー。あー」
 実家の家業の魚屋で培った喉の調子を確かめる。
 悪くない。

「みんな聞いてくれ――」


「うわぁ、マスター! 何でありますかここ!?」
「ピコピコ、ピコピコいっぱいだよぉー!」
 無表情ながら、超高速でアホ毛ほ振りまくるジェーン・ドゥ(じぇーん・どぅ)
 キラキラと目を輝かせるファム・プティシュクレ(ふぁむ・ぷてぃしゅくれ)
 それぞれの方法でハイテンションっぷりを主張し、今にも部屋の中の物をいじくりまわしそうな二人のパートナーの首根っこを捕まえ、ファタは部屋の中を見回した。
 更衣室からさらに通路を歩き、ドアにかかっていた鍵は遠慮無く破壊してたどり着いた先。部屋の中には無数のスイッチの類と、コンソールパネルが並んでいた。
「ここがコントロールルームというわけじゃな。なるほど、あのマシンどもを細かく制御しているという訳じゃ。さてと――このスイッチ操作でおだやかーに止めることも出来そうじゃな。だがわしは細かいことまで分からん」
「マスター、どうするでありますか?」
「どうするの〜? どうするの〜?」
 ファタはニヤリと笑った。
「ファム、わしに口づけいっ! ジェーン、SPリチャージじゃっ――」
「了解でありますっ!」
「オッケーだよぉ」
 それぞれすぐに行動に移る。

 きっちり、SPを満タンにしたファタは右手を振り上げる。

「部屋ごと雷術をぶち込んでくれる!」
 ファタの右手で魔力が膨れあがっていく。

 そして轟音。

 ――と同時に、

「『無限倉庫』正体は――トレーニングジムだー!!!!!!」
 ゆういちの大音声が倉庫内を揺るがした。

 皆の頭の中に浮かびつつあった答えの具現化。
 まったく確定的な終了宣言だった。
 その瞬間、全ての機能が停止した。

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「ということはぁ〜。結局、体を鍛えるところだった訳ですねぇ〜?」
「は、はいっ。私がのしかかられたのも、ベンチプレスマシンだったようで……。ヒルトのをはじめ床はゴムベルトのランニングマシンだらけでした。魔法が効きにくかったのは、運動嫌いの魔法使いに無理矢理運動をさせるためらしく……」
 校長室。
 ケインはエリザベートの前でかしこまっていた。
「『無限倉庫』なんて名前のくせに」
「マシンを大量に搬入したため、何処かで誤解が生じていたようです」
「じゃあ体が重いのも、何かしら負荷をかけるとか、そんな話ですねぇ〜?」
「はい。それは倉庫自体に故障があったせいでもあるようですが……」


 ファタの雷術によりマシンの一切が動きを止めた無限倉庫内。
 『清浄の騎士』『無限に挑む者』『ケイン教諭護衛隊A班』などのグループをはじめ合流を果たした生徒達とケインはそれでも慎重に倉庫の奥へと進み、奥の部屋の扉を開けた。
 ぼんやりとうつろな目で空を眺め、ひたすらに体を動かし続けるブリュンヒルトと、倉庫内で捕まっていった生徒達の姿があった。
 それほど広くない部屋の中、誰もがただ黙々と、自分の向かっているトレーニングマシンの数字を減らすことだけに集中している。
 一瞬、だれもが呆然とする。
 呆然とするのに足る光景だった。

「ケインっ!」
 ケインの姿を認めたブリュンヒルトが、サイクリングバイクから飛び降りる。
 そこではたと気がついてドアの方を眺めた。
 その目に涙が浮かんでいく。
「あっ! ドア締まらない! みんな大丈夫! やめられるよこれ!」
 ブリュンヒルトの声で全員が我に返り
「うわぁ! ケイン先生〜!」
 涙を流して出口へと特攻した。
 どうやら、規定回数トレーニングをこなさないと、中からは扉が開かない仕組みだったらしい。
「しかも誰か入ってくるとまたリセットなんだよ?」
 しばらくみないうちに、ブリュンヒルトは少し筋肉質になったように見えた。


 一方、そのすぐ横の部屋では、一部の生徒達が呆然としていた。
 壁にしつらえた棚に並ぶのはプロテイン。
 プロテイン、プロテイン、サプリを挟んでまたプロテイン。
 ありとあらゆる銘柄の、体を効率よく鍛えるための補助食品がズラリ。
 その全てがとっくに消費期限をオーバーしていた。

 そして壁には、古くなった大きな紙が一枚。
「健全な肉体には、健全な精神が、ひいては健全な魔力も宿る!」
 大変勢いのある毛筆で、デカデカと書かれていた。

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「そう言えば、設立の時にそんなことを言ってた教師がいた気がするですねぇ〜」
 それだけ言うと、エリザベートはもう興味を無くしたようだった。
「校長? それで……あの『無限倉庫』はどうしましょうか?」
「まだ使えるのですかぁ〜?」
「はぁ……まぁ大分修理も必要そうですが」
「では今回関わった生徒に使わせてあげます。ただ建っているのもムダですからねぇ〜」
「わかりました。ありがとうございます」
 ぺこり。
 と、ケインは頭を下げた。
 エリザベートはそれを見て少し意地の悪い笑みを浮かべた。

「ああ、それからケイン? あなたもそこでしっかり鍛えるですよぉ?」

担当マスターより

▼担当マスター

椎名 磁石

▼マスターコメント

 こんにちは、マスターの椎名磁石です。
 今回は「スタミナの代償」に参加していただきましてありがとうございました。
 「正体不明の襲撃者」「薄暗い倉庫」ということだったのですが、「うぉぉ、どう動けば良いんだ!?」ということでは皆さんには苦労をおかけしてしてしまった部分もあるみたいで……マスター不徳のいたすところです。そんな中でも素敵なアクションを沢山いただきましてありがとうございました。
 特に、『無限倉庫』の謎に関しては、「ああ、そういう正体もアリだなぁ」と感させていただきながらリアクションを書きました。
 情報をもっとわかりやすく!
 もっと遊んでいただきやすく!
 と精進させていただきたいと思います。
 それでは。
 いつかまたこの広大なパラミタ大陸のどこかでお会いできました日には、ぜひ懲りずにお付き合いください!