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展覧会の絵 『彼女と猫の四季』(第1回/全2回)

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展覧会の絵 『彼女と猫の四季』(第1回/全2回)

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第一章 騒々しい朝

「わはははははは、さぁ、諸君、楽しませてくれよっ!」
 痩せがたの長身。白髪混じりの髪をオールバックにし、口許にはちょび髭。
 広大なマーチン邸の庭に集った生徒達を前に、上等なスーツに身を包んだマーチン氏はその右手を振るって宣言した。
 途端、広大なマーチン邸の庭に、巨大なウッドゴーレムが立ち上がる。
「ほー…こいつがウッドゴーレムか」
 ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)は、豪奢なマーチン屋敷の高さをゆうに超すゴーレムをゆっくりと見上げた。
 「うぉぉぉぉぉ!」と、まるで咆哮でもあげるかのようにゴーレムはまさに大木の両手を振りかぶる。
 攻撃の気配を察知、ラルクが身構えたのと同時に、ゴーレムの腕が振り下ろされた。
 最小限にだけ跳んで攻撃を避けるラルク。
 振動が地表を叩き、土埃が舞った。
「飼い主共々、どうにもせっかちなんだな、この家は」 
 口笛でも吹き出しそうな雰囲気のラルクの声を追って、さらに二度、三度とゴーレムの腕が追撃していく。
 決して速くはないが、肌を撫でる重量感。
 恐怖にも似たビリビリとしたスリルが、同時にラルフの中の闘争心を呼び覚ましてもいく。
 再び追撃。
 続いたのは衝撃音。
 予想していた風圧はやってこない。
 代わりに、重量と重量が真正面からぶつかる派手な音が散った。
「前は私にお任せを。全力で防いで見せましょう」
 グレートソードを構えた巨体。
 ゴーレムの攻撃を受け流したオウガ・クローディス(おうが・くろーでぃす)だった。
「主は射撃に専念してください」
 あまりに頼もしすぎるパートナーの背中を眺めて、ラルクは太い笑みを浮かべた。
 すぐに銃を構えて掃射。
「おうよっ! そうそう思い通りに動かれたんじゃ、たまんねぇからなっ!」
 弾幕援護による無数の銃弾が跳ぶ。
「そんじゃあ、ま、ミッションスタートといくか」

「フフフ」
「ヌフフ」
「これは一大事」
 出現したゴーレムを不敵な笑みを浮かべて見つめやるメニエス・レイン(めにえす・れいん)
「一大事だよね!」
 隣ではセリフの内容の割に、明らかに楽しそうなロザリアス・レミーナ(ろざりあす・れみーな)が同じような笑みを浮かべている。
「メニエス、ここは空京のど真ん中だよ『ぜったい』派手な魔法なんか使ったらダメだよ?」
「フフフ、そうよね、いくら庭がだだっ広いって言ってもね。いくら街中でゴーレム召還する輩が非常識だからって言っても『ぜったい』ダメよね」
「そうだよ、絶好のチャンスだなんて『ぜったい』思ってないよね?」
「まさか、こんなことでもなければ空京のど真ん中で魔法なんて撃ちまくれないなんて『ぜったい』思ってもないわ」
「フフフ」
「ヌフフ」
 二つの哄笑が辺りに満ちていく。
 と――。
「おおっと! 手が滑ったっ!」
 魔法発動の準備動作をこれ以上ないくらい美しく、全て完璧にやってのけたメニエスの手から、あまりに高威力そうで、ど派手な氷術が発生、一瞬でゴーレムに突き刺さり、氷の欠片をまき散らした。
「こっちも手が滑ったぁっ!」
 バットを構えてこちらは勢いよく突進していくロザリアス。
「吹き飛べーっ!」
 ゴーレムのすねに向かって思い切り振りかぶったロザリアスだったが、これはあっさりと阻止された。
 ひょいっとつまみ上げられ、無造作に放り投げられる。
 ぽーんと、その姿が抜けるような青空に舞った。
「きゃはははは」と笑い声の尾を引きながらロザリアスは小さくなっていった。
「……」
 一応、心配をしてみたメニエスだったが、すぐに頭を切り換える。
 したたかな相棒のことだ。何とかするだろう。
「これで正当防衛ってとこかしら。まぁこの先、何かあっても事故ってことで」
 さらに次の魔法の準備にかかりながら、メニエスは口の端だけをつり上げた。

「たのもー! イルミンスール魔法学校所属、騎士の遠野歌菜。ウッドゴーレムを倒しに来ました!」
 マーチン邸の大きな門の前。腰に手を当てて大声を張り上げた遠野 歌菜(とおの・かな)
 門は半開きになって、中からは何やら騒音が聞こえてくる。
「もう始まってるのかな」
 中を覗こうとした歌菜の頭上に影。
「ええええっ!」
 振り仰いだ歌菜は思わず悲鳴を挙げた。
「――ゃはははは」
 笑い声の尾を引いたまま、小柄な人影が落下してくる。
 一瞬立ちすくんだものの、すぐに落下地点にダッシュ。人影を受け止めた。
「ち、ちっちゃな子で助かったぁ」
 この上なく楽しそうな顔で気絶しているロザリアスを門柱の脇にもたれさせ、歌菜は門の奥に目を向ける。
「もう確実に、始まってるね、これ」
「あのう……」
「どうしようかな、誰かと合流したかったんだけど……」
 口許に手を当て、歌菜は次の行動を検討する。
「あのう、そこのハルバード様」
 一瞬の沈黙。
「私ぃ!?」
「ご、ごめんなさいっ。その、背中ににょっきり生えてるハルバードがご立派だったものですからつい」
 あわわわと顔の前で手を振ってみせたのはフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)
「生えてないっ。これ別に生えてないからっ」
 背負っていた身の丈を越えるハルバードを外し構えてみせる歌菜。
「ダメだよ、フィリッパちゃん」
 ため息をひとつ、端で見ていたセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が歌菜とフィリッパの間に割って入った。
「いい? このハルバードは、この人のパートナーさんだよっ!」
「ちょっとぉ?」
「あらあら。そうだったのですか! ごめんなさいっ」
「あっさり信じるんだこの子っ!」
 結局、混乱の種が一つ増えただけとあって、歌菜はこめかみを押さえた。
「もう、二人とも、いい加減にするですぅ。生えているだの、パートナーさんだのおバカなこと言ってちゃダメですよぅ。第一、失礼ですよぅ」
 やれやれ、とセシリアとフィリッパを諫めにかかったのはメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)。やっとまとめ役が出てきた様子に、歌菜はホッと胸をなで下ろす。
 しかし、それも次のひと言であっさりひっくり返る。
「そのハルバードに見えるものがそちらの方の本体に決まっているですよぅ?」
「増えたーっ!」
 ほとんど悲鳴じみた歌菜の絶叫。
 メイベル達三人はそのまま、ハルバード論議に突入してますますカオスの様相。
「まさかゴーレムと戦う前につまづくなんて……」
 精神的にどっと疲れた気分で、さっさと単身突入しようかとも思ってはみる歌菜。
 しかし、どうにもお人好しな性格が、一度巻き込まれたことを投げ出すのを許さない。
 そのうち議論はまとまったらしい。
 メイベルがトコトコと歌菜の元にやって来る。
「ハルバードの君」
「……あ、そう言うことになったんだね、うん、まぁいいや」
「作戦を提案したいのですぅ」
「うん。長かった。ここまで長かったね」
「本当は戦いなんて回避できれば一番良かったですが、もう起こってしまった以上仕方がないですぅ。私達が魔法で援護しますから、あなたは前線から切り込んで欲しいですぅ。具体的には……あ、ちょうどあんな感じですぅ」

「フェル」
 イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)がたった一言、パートナーに呼びかける。
「……」
 返答はせず、ドラゴンアーツで己を強化したフェリークス・モルス(ふぇりーくす・もるす)はしかし、全て承知した様子でゴーレムに躍りかかった。
 ガツンガツンと、フェリークスが攻撃を当てる度に、削り取られた木くずが剥がれ飛ぶ。ゴーレムがさほどそれを痛手と感じている様子は無かったが、ただうるさそうに丸太の腕を振るった。
「やれやれ。さすがに、頑丈だな」
 フェリークスの様子を背後から眺めながら、イーオンは魔法を準備。
 ゴーレムの足関節を慎重に狙って、アシッドミストを放った。
 魔法は狙い違わず命中。
 ジョワっという小さな音が聞こえたが、目に見える範囲での変化は起こらない。
「フェルっ! そこから右足関節を狙えるか?」
「……イエス……マイロード」
 轟音と共に振り下ろされた木製の握り拳を避け、ゴーレムを周回するように回り込んだフェリークスが右足関節部に一撃。
 そのまま、蹴りの反撃を警戒して飛び退る。
「効かなかった? 魔法に抵抗でもあるのかこいつは」
「誤認です、イオ」
 イーオンのつぶやきに、フェリークスが声だけで答えた。
「誤認?」
「大きすぎるのです、これは。一回では追いつきません」
 酸による関節部の腐食を狙ったものの、どうやら足りないらしい。
「ふん。なるほどな。まったく、かの校長の遊びは、毎度派手だな」

「ふんふん。要は、私がゴーレムを引きつければいいのね?」
 イーオン達の様子を見ていた歌菜が頷いた。
「そうっ! その間に、僕とメイベルちゃんがアシッドミストかけまくっちゃうからね〜」
 セシリアが元気よく宣言する。
「大丈夫ですかぁ〜? もし足りないならフィリッパちゃんもおとりにつけますけどぉ〜」
「あら、わたくしですか? つとまりますでしょうか?」
 不安そうなメイベルとフィリッパの前で、歌菜は胸を張った。
「まーかせて! このくらいの方が燃えるってもんだよっ――さ、行くよー!」
 その目に気合いを滲ませ、歌菜がハルバードを構えた。

「ご主人、これ、予想外にでっかいな」
 【空京防衛隊】メンバーとして銃弾をばら撒き、ゴーレムの動きを阻害しながら、大きな白クマのゆる族雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が呟いた。
「そうですね……以前の小型ゴーレムの時と同じように足下を氷術で固めてしまえばと思ったのですが……このままではせいぜい足止めですね」
 ベアの背中越しに氷術を放っていたソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)は、眉根を寄せて思案顔を作った。
「なぁ、ご主人。俺様思ったんだけど、要するにゴーレムを倒せばいいんだよな?」
「? だから今、倒そうとしてますよ?」
 チッチッチ、とベアは指を振った。
「ご主人が言ってるのはゴーレムを破壊するってことだろ? 俺様が言ってるのは転ばせるってことだぜ」
「ははあ」
 やっと納得のいった様子のソア。
「マーチンさんは、納得してくれますでしょうか?」
 ベアは額に手を当てた。
「かーっ! 優しいなぁ、ご主人。だーいじょうぶ、その時は俺様が説得してやるよ『確かに俺様達は、ゴーレムを「倒した」ぜ! 文句があるならそっちの説明不足が悪いだろ!』ってなっ!」
 グイッとベアはその胸を反らせてみせた。
「ベア、それは半分恐喝です。それに、その作戦だとアタッカーさんをどこかから見つけてこなければですよ? 【空京防衛隊】には、いませんから」
「うっ」
「まぁ悪くないと思うぜ」
 ポンポンとベアの肩を――叩きたかったのかも知れないけれど、身長差の関係で結局腰の辺りを叩いたのは【空京防衛隊】のメンバー緋桜 ケイ(ひおう・けい)
「でも大丈夫、もっとてっとり早い方法があるぜ? 知っての通りゴーレムは操り人形。ってことは――はい、ソア」
「術者がいますね」
「ご名答。ってことで、術者を黙らせれば俺たちの勝ちって訳だっ! カナタ、そっちはどう?」
「ふむ」
 空飛ぶ箒にまたがった悠久ノ カナタ(とわの・かなた)がフワフワと近づいてくる。その整った顔には不機嫌そうな色が浮かんでいた。
「わらわはきちんと避難するよう伝えたぞ。にもかかわらずあの野次馬どもと来たら一向に避難しようとせぬ」
 カナタの見やる先、マーチン邸の庭を囲む柵の辺りには、野次馬の人だかりが出来ていた。
「あげく、こんな騒ぎは日常茶飯事とぬかしおったわ。物見高いにも程がある。『ゴーレムを珍しがっておらぬ者』が術者と思うたが、これではあやつら全員揃って術者よな」
「そうすると……やっぱりマーチン本人が術者って訳だな。オッケー。んじゃ、俺ちょっと行ってくるぜ」
「うむ」
「はい」
「おう」
 三人に見送られ、箒にまたがったケイは一気に加速。館のバルコニーで見物を決め込むマーチン氏の元へ肉薄した。
「な、なんだ君は。ほれ、挑戦者ならさっさとゴーレムのところへ戻れ戻れ」
 急に現れたケイに、ギョッとした様子のマーチン氏。
「一応聞いいとくんだけど、あのゴーレムの術者は、あんただよな?」
 それには答えず、ケイは質問を突きつけた。
「む? もちろんだ。あれはマーチン家第三の秘奥。そう易々他の魔法使いが――フガっ!」
 したたかに横っ面を張り飛ばされて、マーチン氏のセリフが途切れる。
「まぁゴーレムを黙らせるのはムリでも、おっさん一人ぶっ飛ばすぐらいなら俺でもどうにかなるもんなっ! よっし、みんな、今回は俺たち【空京防衛隊】が幕を引い――あれ?」
 マーチン邸の中庭ではいまだ元気よくゴーレムが暴れ回っている。
 いや、それはどこか首輪を解き放たれた猛獣のようで、さっきよりもむしろ勢いを増しているように見えた。
「あ、あれ? おっさん? おっさん?」
 床でのびかかっているマーチン氏を助け起こしてみるケイ。
「フフフ……甘いな……マーチン家の秘奥が術者を倒したくらいで簡単に破られるものか……」
「え、ちょっと? それは困るぜ?」
「フフフ、ガクっ」
「ガクっ? ちょっ、ちょっと待て、おっさんっ! いや、マーチンさん? むしろマーチン卿?」
 いくら揺さぶってみたところで、マーチン氏は完全に気を失っていた。
「これ、ちょっとシリアスにやばいんじゃないか?」
 嫌な汗を滲ませるケイの前方に、高らかに両腕を振り仰ぐゴーレムの姿が見えた。