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リアクション
◆ 特殊講堂 6 ◆
「いってぇ……」
少女の霊の不思議な力によって壁に叩きつけられた武尊は、頭を押さえながら起き上がろうとした。
「無理しないで! どこか打ってるかもしれないよ!?」
シーリルの言葉に、武尊は舌打ちする。
「ちっきしょ」
「これ……一体……うわぁ、大丈夫ですかぁ?」
倒れている武尊に気付いて、慌ててメイベルが駆け寄ってくる。
「何が起こっているの?」
「あらあら、大変ですわ。お姉さん、困っちゃうわ」
セシリアは慌てながら、フィリッパはいやに落ち着いた感じで尋ねてきた。
フィリッパ──堂に入っている。
「どうしてまた出てきたの? 天界に行けばお母さんに会えるんだよ? 一人で寂しくない?」
メイベルの言葉にも怒り狂っていて、耳を貸そうとしない。
「何が気に入らなくて再び現われたんだよ!?」
武尊の叫びに、少女の眉がつり上がった。
『……お前が私の大事な鞠を蹴ったからだろうが!!!!!!』
物が飛び交う。
満夜は少女の霊を発見したら、霊が望んでいることを聞き出そうと思っていたが……
そんな状況じゃない!
「に、ににに、逃げなきゃです!」
満夜はイルミンスールの生徒らしく魔女の格好で武装?して臨んだ。
しかしそれだけでは恐怖をあおると思い、照明器具に「ハロウィンのノリ」で「かぼちゃランタン」を使用したのだが、すれ違った数人から……逆に暗闇に浮かぶお化けと勘違いされてしまった。
やっぱり、人間の恐怖心から生み出されるものは怖い。
しかし今はもっと怖い!
「たすけて……!」
「早くこちらへ!!」
柚子が手招きする。
特殊講堂で、消えたはずの少女の霊と親睦を結び友好な関係を築こうと思っていたのに、既にこの有様。
一体何が起こったの!?
仏教と違って神道に成仏という概念はないから、神の末席に加えてしまおう。
「あなたの名前は!? ──あなたの名前を教えておくなんなまし!」
飛んでくるものをよけながら、柚子は必死に叫び続ける。
「もし名前が無いのなら、思い出せへんのなら、私があなたに──」
『あるわぃ!』
「…………え?」
『名前くらいあるわっ!』
「あ、そうどすかぁ…」
少し残念そうに、柚子が首をうな垂れた。呪をかけるとは、モノのあり方を縛るという事でもあり、人名も呪となったのに……
「じゃあ名前を──!」
『うっさいわっ』
「──これで天界への門が開くよ」
エースが、持ってきたマドンナ・リリー(白い百合)を少女に向かって投げた。
花は弧を描いて、少女の手の中へと落ちていく。
少女の動きが、止まった。
「…き、綺麗……」
小さな小さな呟きが聞えてきた。
もしかして……希望の光が見えた!?
「クマラ……!」
緊張の糸から解き放たれたかのように、協力を求めてクマラを見ると。
「少女? そんなのイナイヨ。ナンニモナカツタヨ。──あ、だから雷術で四散するンダヨ、イヤダヨイヤダヨ」
言うが早いか術発動!
しかし霊には聞かなかった。
「……あ、あれぇ? ナンニモナカッタ。んじゃそーいう事でっ!」
クマラは、そそくさと逃げだした。
『がああああああぁぁああああぁああああ!!!!』
また怒らせてしまった。
「潮時ですね」
ハーレックは呟いた。
「もう手に負えなくなっているんじゃないないでしょうか」
ふっと息を吐くと、前を見据えて言った。
「歌います!」
「ちょ〜〜〜ちょっと待った! わしが代わりに、代わりにやるから!」
シルヴェスターはハーレックを押しやると、お経のような呪文を歌うように唱え始めた。
「○△×■○△×■……」
『…! お、お、お、お、ぉ、お……』
「きいてるよ!」
悠希は入り口から叫んだ。
「頑張って!」
シルヴェスターは大きく頷く。
「怒ってるのは何故か分からないけど……少女の霊はまた何か無くしたのかもしれない。鞠……鞠を探して渡してあげれば落ち着くかもしれない!」
悠希は目を四方に光らせた。
どこ!? どこにある!??
「──呪文も時間の問題ですね。少女の霊をどうにかしたほうがいいです」
壹與比売の言葉に、エリスは深々と頭を下げた。
「壱与様、お願いしますぇ! 幽霊はんをどないかして上げられへんやおか!?」
「分かりました……手伝ってくださいませ」
「はいどすぇ!」
壹與比売に言われるままに『至れり尽くせり』に儀式の準備を手伝う。
周囲は理解しがたい古代の鬼道式の鎮魂の儀式。
動物の骨とか派手な篝火が怖いけど、お供え物の食べ物が美味しそう。
つまみ食いしようとすれば何故か幽霊でも怒られるらしい。
「ほ、ほんま効き目、ありますん?」
エリスは壹與比売に軽く睨まれた。
「これは……骨ぇ? 骨を使うんどすかぁ? こっちの方が怖いどす」
「さぁ! これで怒りをしずめるんでございます!」
「……」
その時。
「──うひゃ! ななななななんどすか、急に!」
ティアがエリスの耳に息を吹きかけた。
「ふふんっ、背筋が一瞬ゾクゾクしたのはきっと幽霊が原因じゃない? 怖いと思いましたわね? 知っておられるでしょうか? 怖いと思った時、既にもう取り憑かれているのですわよ。フフッほら」
いきなり後ろからエリスの首筋をやんわりと撫であげ、ぺろっと舐める。
「っ!? もう! 突然、何をするんどすかぁ〜!? 壱与様のお手伝いしなきゃあきまへんのに〜」
涙目になりながら逃げ惑うエリスは、ティアにとって絶好の獲物だ。
「──お名前、教えてください!」
ヴァーナーが叫んだ。
まずは仲よくなるために一生懸命話しかる!
「やりたいコトがあるならボクとパートナーになって自分でやってみないですか? それが出来ないならボクが替わりにしてあげます! 何をしたいんですか?」」
「…………」
「ご自分でやりたいんですね……それだったらボクの体を貸してあげるです」
ちょっとびくびくしながら、ヴァーナーは言った。
『……なぜだ? なぜそこまで出来る?』
少女は無表情のまま聞いてきた。
「オ、オバケはコワイからオバケじゃなくなってほしいからです! それに一人はさびしいです…」
しゅんとなったヴァーナーを見ながら少女は不適な笑みを浮かべると、目にも止まらぬ速さで、飛び掛っていった。
「え?」
そして。
のり移られてしまった。
「うわぁあああぁああ! とりつかれたであります!」
「おおお、落ち着け! 落ち着くんだ!」
真紀とサイモンは大騒ぎをして、取り乱す。
そんな二人に、ヴァーナーのイッちゃった目が向けられた。
「あ……」
まさか。
二人はじりじり後ずさりするが、既に壁。
ヴァーナーを殴るわけにも攻撃するわけにもいかず、やられることを前提に目をきつく瞑った。
来る!
「ハグ〜〜〜ハグ〜〜〜〜!」
「……へ?」
「頬ちゅう〜〜〜!」
拳ではなく、ヴァーナー自身が真紀とサイモン思い切り抱きついてきた。
「え??」
「──皆を…皆を傷つけるなんて、絶対させません!」
『やめろ! 私はこんなことをしたいんじゃない!』
「ハグはとっても素敵なことじゃないですか」
『やめろ!!』
ヴァーナーの口から発せられる二面性の言葉。
皆を守るために、ヴァーナーは自分の中で、必死に戦い続けている。
やがて──
身体から、少女が離れた。
『くそ…なんて奴だ……』
「おい! 母ちゃん待ってるぞ!」
肩で息をしている少女に向かって、椿は言った。
「早く行ってやれよ。そして生まれ変わって戻って来い! お前にも言い分はあるだろうけどさ。いつまでも細けえこと気にしてんじゃねえよ。これ以上みんなを困らせるなら、あたしが母ちゃんの代わりに叱ってやるぞ!」
「……!」
「死んだ奴は生きてる奴にかなわねえよ。死ぬ気でかかることができねえんだからな」
椿は真っ直ぐ少女を見つめる。
「何か探し物があるなら、成仏したいのなら手伝ってやる。そして──あたしの父ちゃんに会ったら、椿は元気でやってるって伝えてくれ」
「え……」
サイモンが驚いた顔を椿に向けた。
真紀が知らず前に出る。
「…そう、でありますか……貴殿も…。自分も貴殿と一緒で、父は…両親は、いません」
真紀が小さく呟く。
そんな真紀を見ながら、サイモンは顔を俯かせた。
「おまえも、あたしと同じ……」
椿は、真紀を不思議そうな目で見た。
「……まだ何かやり残したこととかあったら話してみて」
ミレイユがそっと言った。
「こんな事したってどうにもならないって、この間わからなかったの? もうやめようよ。皆──みんな辛くても乗り越えてきてるんだよ?」
「ミレイユ……」
「うん、シェイド」
今度こそ成仏させたい。今度こそ──
「そうだ、もう苦しまなくていいよ」
芳樹が囁く。
「天界に行けば、きっとこの苦しみから解放される。無に帰れるんだ、きっと……」
同意するかのようにアメリアが頷いた。
「一緒に見守ろう」
「うん」
「──あ、ああ、あ、あ、あ……お前! 除霊してやるからありがたく思え!」
突然、ジョヴァンニイが叫んだ。
少女の霊と遭遇してしまった事によって足はガクガク震えていたが、男のプライドにかけて良い所を見せようと、偉そうにふんぞり返りながら、上から目線で少女に告げる。
『………なんだ、お前は! ふざけるなっ!!!』
諭されて冷静になりつつあった少女は、ジョヴァンニイの態度が気に入らなかったのか、再び激怒し、交渉は玉砕した。
そのあまりの怒り具合に驚いて、ジョヴァンニイは腰を抜かしてしまった。
「じょ、ジョヴァンニイ……」
リリィは爆笑を堪えつつも、そろそろ泣き出しそうなパートナーを見かねて、落ち着くよう霊に声をかけた。
(格好いいよ……リリィ…)
助かった安堵感より、情けなさで、ジョヴァンニイは大きな溜息をもらした。
「……この前は鞠を失くしたみたいだけど、今回はどうしたの?」
アリアは優しく声をかけた。
「オイタはいけませんよ! ──…良い子にしているように、お母さんに言われなかった?」
少女の前で屈み、叱りながらも暖かく包み込む。
目線を合わせて優しくしく微笑み、話を聞いてもらえるよう、アリアは努めた。
「女の子は笑顔でいないとね。泣いたり怒ったりしてたら、お母さんに逢った時、お母さん悲しむよ?」
優しく抱きしめ、アリアは成仏を促そうとした。
『……なんで、みんなしてここに来るんだ?』
「え?」
『私は何もしていない。お前らがここに来るのはなんでだ? 何かあるのか?』
「えっと……それはつまり…」
「こまけぇこたぁいいんだよ!! 南無八幡大菩薩!!」
武尊が言った。
「仏教徒以外が成仏なんて出来る訳ねーだろ。言葉の意味的に考えて」
他の連中は、成仏しろとか言うかも知れないが、オレはそんな事言わないぜ。
「幽霊が納得するまで好きにさせてやれば良いんだよ。居座る場所に拘らないんだったら、オレの下宿に招待してやるぜ」
「え? ──うえぇ!? 聞いてませんよ!」
シーリルは思い切り驚いた顔を武尊に向けたが。
少女の顔を見ると、それもありかなとすぐに思えてしまった。
「……下宿は分かりませんが、頻繁に現れるというのなら、いっそ百合園の名物として残してもいいんじゃないでしょうか」
満夜が言った。
「私も強制的に退去させるのは、どうかと思います」
「──あなたはここにずっといたいどすか?」
柚子の言葉に、少女の目が揺れる。
「もしあなたがここから離れたいと思っているのなら、お手伝いしますぇ?」
少女の瞳からは、既に怒りの色が消えていた。
「上に行きたいなら、アドバイスするぜ?」
エースが自信満々で答える。
クマラが不安そうな表情を向けた。
(そんなこと言っちゃっていいの?)
『……どうすればいいんだ』
お? 乗り気になった?
「上だ! 意識を上に持っていくんだ!」
言ったが早いか、少女は急上昇していった。
「あれ? もう行った、のか?」
案外あっけなかったな。
しかし、急に目の前に少女の姿が!
「うわっ!」
「なんだ、一体!?」
『……お前ら、私がいない間に、これを盗むつもりだろう?』
少女は鞠を背中で隠すと、片手でしっしっ! と、人払いをする真似をする。
『危うく騙されるところだった』
「ははは……」
かたくなに拒む少女。
「あのぉ、座敷わらしになったらどうですかぁ?」
メイベルが言った。
「あぁ、それいいかも」
「座敷わらしなら、結構良い印象つくんじゃないでしょうか」
セシリアとフィリッパが明るい声を出す。
「噂を流せば、除霊しようなんて考える人もいなくなるんじゃないか」
椿が言った。
「自分もそれが良いと思うであります!」
「思うでありますって……変な言い方だよ?」
サイモンの言葉を無視して、真紀は椿の手を取った。
「ナイスアイデアです!」
『──…ここにいても……いいのか?』
少女が恐る恐る尋ねてくる。
ヴァーナーが、ハグ・チュ〜をかました。
「おともだちです!(にこにこ☆)」
触れることにも驚きだが、みんなヴァーナーの行動に、一番面食らっていた。
「なんだかこれで……解決どすか?」
エリスの問いに。
「もうちょっと何か起こっても良かったんですけど」
ティアが恐ろしいことを呟いた。
「無事解決でございます!」
壹與比売が穏やかな表情を皆に向ける。
「無事に解決出来たってことは、もうこの話を他の人にしても大丈夫ですよね? なら大好きな静香さまにしてしまっても平気という事に…ああボクったら何てイケナイっ! でもしてみたい…」
悠希が葛藤に苦しむ。
「もうオイタしちゃ駄目よ? 皆と仲良くできたら、ずっと楽しくいられるからね」
アリアの言葉に、少女はこくんと頷いた。
「じゃあこの部屋、ちょっと片付けましょうか」
ガートルードが辺りを見回しながら言った。シルヴェスターも続ける。
「これからここに、ずっと住み続けるんじゃけんのう。綺麗にせねばならんな」
「たまには遊びにきてやるから、顔出せよ?」
「そのときは、何かお菓子でも持ってくるわ」
芳樹とアメリアが微笑んだ。
「浄霊のための道具を持ってきたんだけど、必要なくなっちゃったね。でも……」
ミレイユはお供えとして花や清水を、再度飾る。
「一見落着、ですね」
シェイドが安堵の溜息をついた。
「いやぁ〜オレが色々手伝ったから、早く終わったんだよね〜」
「そんなわけないじゃん」
お灸をすえてやろうと、リリィはジョヴァンニィを軽く脅かしてやった。……が。
泡をふいて、すぐに倒れてしまった。
「…しょうもない男……!」
リリィは笑いながら、倒れたジョヴァンニィを足で踏みつけて満足気に微笑んだ。
そんな二人を周囲は苦笑しながら見つめていた。
──少女は、用具室にずっと居ることになった。
呼べば現れる、座敷わらしだ──
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