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七不思議 怪奇、這い寄る紫の湖

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七不思議 怪奇、這い寄る紫の湖

リアクション

 
    ☆    ☆    ☆
 
「うーん、七不思議大百科には、たいしたことは載ってないのう」
 分厚い大型の本を閉じて羽入 綾香(はにゅう・あやか)が言った。
「まあ、紫の湖の正体が、でっかいマジックスライムでしたなんて、つまらなすぎて載せないよね。だって、ロマンのかけらもないんだもの。ああ、退治されたモンスターの怨念が渦巻いているとかなら、素敵に学校の怪談だったのに」
「そんなホラーな展開よりも、私は魔女の秘密実験だと聞いてわくわくしておったのに。まこと残念じゃ」
 鷹野 栗(たかの・まろん)に同意しながらも、羽入綾香の興味は別の方向にあるらしかった。
「いずれにしても、二色のスライムをあわせると爆発的に増殖するらしいから、そうならないように監視しなきゃだよ。それに、この機に乗じて、スライム以外の敵が襲ってくるかもしれないよね」
「だったら、やはり世界樹のてっぺんにある展望台がよさそうじゃのう。あそこなら、遠くまで見とおせよう」
「そうだね。よし、行こう、羽入」
 パートナーを促すと、三笠のぞみは世界樹の外へむかった。さすがに、階段を上って世界樹のてっぺんまで行くのは大変な道のりだ。枝の間を縫って飛ぶのはちょっと大変だが、空飛ぶ箒で一気に上っていくのがイルミン生らしくていいではないか。
 世界樹の外では、多くの生徒たちがせわしなく動き回っていた。
 さすがに、断片的に入ってくる情報だけでも、突然北に現れた湖が巨大なマジックスライムの集合体であることは誰の目にも明らかだった。まして、ここしばらく、マジックスライムは、イルミンスール魔法学校の生徒に対する生物兵器として使われている。この状況では、生徒が一丸となって迎撃態勢をとらない方が不思議であった。
「ううっ。少し飽きてきたのじゃ」
 ぺたぺたと粘土を両手でこねながら、ビュリ・ピュリティア(びゅり・ぴゅりてぃあ)が唸った。
 小さな両手をせわしなく動かして、粘土から人型らしき物を次々に作り続けている。完成した粘土人形は、ビュリが魔力を込めて押し出すと、独りでに歩き出していくのだった。そのまま近くにある魔法陣の中央まで歩いていくと、粘土人形はドーンと巨大化してクレイゴーレムになる。
「まあまあ、そんなことは言わないでがんばってください」
 コアとなる魔石を埋め込んだ粘土の固まりを手渡しながら、大神 御嶽(おおがみ・うたき)はビュリをなだめた。
「ほーい。錬金術科から粘土と魔石の追加ですら〜」
 猫車に乗せて運んできた粘土と魔石を、キネコ・マネー(きねこ・まねー)が御嶽の横にどさどさと積み上げた。
「まだ、そんなに作るのか〜」
 粘土の山を見て、ビュリが悲鳴をあげた。
「一〇一匹ゴーレムちゃん大行進が生徒たちの希望のようですから、がんばってください。後でバイト代が出ますから」
「ひーん」
 御嶽に言われて、ビュリがぺたぺたと粘土をこね始めた。
「はいはい。できあがったクレイゴーレムはこっちに整列して。そこ、列を乱さない」
 天城 紗理華(あまぎ・さりか)が、完成したクレイゴーレムを整列させて管理している。
「貸し出し希望の方は、こちらで手続きをお願いいたします」
 クレイゴーレムを利用したい生徒の方は、アリアス・ジェイリル(ありあす・じぇいりる)が案内していた。
「いや、我は、御嶽殿に話があるのだが……」
「あちらにおられますよ」
 アリアスに指示されて、ガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)が御嶽の許にやってきた。
「先日は世話になった」
 律儀者らしく、ガイアス・ミスファーンが一礼する。
「いえいえ。まだ、すべては終わっていませんから」
 のほほんと御嶽が答えた。
「それなのだが、もし何かアドバイスがあれば……」
 そうガイアスが言ったとき、彼らの頭上で何かが輝いた。
 見あげると、幾何学的な光の文様が、美しい天井のように広がっていた。彼らから少し離れて俯瞰的に見られたのであれば、それが、世界樹を中心に広がった巨大な魔法陣の一部だということが分かったであろう。地上数メートルほどの高さに、円盤状の光の魔法陣が現れ、ゆっくりと回転を始めたのだ。世界樹全体も淡い光につつまれ、そこには幻想的な光景が現れていた。
「これは……」
 見たこともない光景に、ガイアス・ミスファーンは思わず見とれてつぶやいた。
「さすがに、校長がちょびっとだけ本気モードに入ったようですね」
 同じように頭上の魔法陣を見あげて、御嶽が言った。
「というと?」
「学校の中央広場に先生たちを集めておられたようですから、サークルを囲んで儀式を行っているのでしょう。私も見たことはありませんが、世界樹の力を借りた攻撃魔法なら、ザンスカールの町の一つぐらい、一瞬で塵にできるでしょうね。もちろん、それなりの準備が必要なのでしょうが」
 そうでなければ、とうに片はついていたかもしれない。
「だが、それでは……」
「ええ。そんな力を使ってしまったら、イルミンスールの森もただではすまないでしょう。そうなれば、学校は守れたとしても、結果は私たちの負けです。それに、校長の手を煩わせたとあれば、ここにいる私たちが役たたずということになってしまいますから。それでは、私たちの存在意義がなくなってしまいます」
「それだけは、なんとしても避けなければいけないというわけであるな」
「ええ、そういうことです。試されているのですよ、私たちは、敵からも味方からも」
 御嶽が、ガイアス・ミスファーンにうなずいた。
「よく分かった。人に頼るなど、我もまだ未熟であった」
 改めて、ガイアス・ミスファーンが一礼を返す。
「いたいた。さあ、知っていることを全部話してください」
 そこへやってきたナナ・ノルデン(なな・のるでん)が、いきなり御嶽に詰め寄った。
「いきなりなんですか?」
 さすがに、御嶽も面食らう。
「オプシディアンという男のことです。なぜあの男はイルミンスールを狙うのです? きっと、何かの因縁があるはずです。あなたは、それを知っているのではないでしょうか」
 ナナ・ノルデンが、まくしたてた。
 オプシディアンがらみの事件では、学生たちは何度か御嶽に助けられている。逆に、オプシディアンにとって御嶽の存在は邪魔であるはずなので、彼の存在自体が攻撃の目的ではないのかという推論をたてたのだった。
「いや、残念ですが、それは見当違いですね。私は、敵に出会えたことすらありませんから。ただ、人よりも多少臆病で疑り深いだけですよ。バイヤーのときも、皆さんがあまりに簡単に相手をやっつける気満々でしたので、心配して少しだけ保険をかけただけですし。空京での事件も、敵の逃げた方角から、そちらで何か事件が起きるのではないかと風紀委員たちと一緒に調査している最中のことでしたから。ぎりぎりで、飲食物に不審点が見つかったので解毒用の解呪符をなんとか皆さんに渡せたという程度ですし」
「本当に、敵のことは知らないのですか?」
 まだ何か隠しているのではないかと少し疑って、ナナ・ノルデンは問いただした。
「ええ。見当もつきません。もう少し情報があれば、今回のような事態になる前に手を打てたはずなのですが。残念です」
「もしかして、これもまた陽動である可能性も……」
「さすがにそれはないと思いたいですが。これだけ圧倒的な戦力を持ってきているのですから、単純な力業でも充分に勝算があるのでしょう。現に、私たちは、ほとんど総出で迎撃しなければならない状態にまで追い込まれているのですから」
 そう言って御嶽たちが顔を上げると、魔法陣に大きな変化が現れていた。
 ゆっくりと時計回りに回転する巨大な魔法陣の数メートル上に、もう一つ別の色の光の魔法陣が現れたのである。反時計回りに回転する二つ目の魔法陣にも、ルーンや古代パラミタ文字と呼べるようなサインがびっしりと浮かびあがっている。やがて、二つの魔法陣をつなぐかのように、色とりどりの細い光の帯がいくつも現れ始めた。その一つ一つが、様々な文字(サイン)による呪文(スペル)の連鎖(チェーン)によるものだ。
「立体魔法陣ですね。どうやら、校長は本当に本気のようです。さあ、私たちも急がなければ」
「うむ、負けてはおられないのじゃ」
 御嶽に粘土を渡されて、ビュリが張り切った。
「いいでしょう。直接オプシディアンをつかまえて、厳しく問いただすとします」
「では、失礼する」
 また得心したわけではないというナナ・ノルデンをつれて、ガイアス・ミスファーンもその場を離れた。
「いたいた。おおーい、何か便利アイテムくれー」
 ガイアス・ミスファーンたちの正面から、御嶽とビュリの姿を見つけた雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が走ってきた。半分ラリアートを食らわすような形で、ガイアス・ミスファーンが雪国ベアを止める。
「うっ、何しやがる」
「行っても無駄であるぞ。我らも、断られたところだ」
 怒りかける雪国ベアに、ガイアス・ミスファーンが納得しやすい形でやんわりと諭した。
「チッ。しかたねえな。時間が惜しい。だったら購買だ。灯油をただでもらって、火炎瓶作るぜ」
 あっけなく踵(きびす)を返すと、雪国ベアは学校の中に入っていった。直後に、たくさんの毛布をかかえた三人組とすれ違う。
「早くー。急がないと、みんなすっぽんぽんで転がっちゃうよー」
「お待ちくださいまし、唯乃」
 ふよふよと軽く浮かびあがりながら、機晶姫であるフィア・ケレブノア(ふぃあ・けれぶのあ)が、四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)の後を追いかけていく。
「ちょっと、フィア、引きずってますわよ」
 殿(しんがり)を歩くエラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)が、フィア・ケレブノアの引きずる毛布の端を踏まないように気をつけながら叫んだ。
 世界樹の内部は、ひっきりなしに生徒たちが行き交っていてとてもあわただしい。
 そんな中でも、高分子ポリマーが保管されていた倉庫は大繁盛だった。
「こんなこともあろうかと思って、高分子ポリマーを作っておいたのよ。えっへん」
 うずたかく積み上げられた高分子ポリマーの詰められた麻袋の山を前にして、日堂 真宵(にちどう・まよい)は小さな胸を張ってみせた。
 それにしても、以前の魔糸騒ぎの時点に比べて、高分子ポリマーの量が数十倍に増えているような気がする。
「実験に失敗したのが悔しくて、毎日ちびちびと実験を繰り返しているうちに、こーんなに増えてしまったということは内緒でーす。実際、現在納豆貧乏で……」
 アーサー・レイス(あーさー・れいす)が、高分子ポリマーをもらいに来たロージー・テレジア(ろーじー・てれじあ)にぼそりと耳打ちした。
「それでも、カレー味のポリマーが完成しなかったのが最大の失敗――」
「そのようなことはどうでもいいですから、早くSAP(Super Absorbent polymer)をいただけないでしょうか」
 カレーには興味がないと、ロージー・テレジアがアーサー・レイスをせかした。
 魔法使いのように術の応用で大量の水を作り出せる者たちとは違い、魔法の使えない者たちにとっては、高分子ポリマーに水を含ませれば、運んだり防塁に使うのにとても便利になる。合体後のスライムを分離させるための水としては扱いやすいし、合体前であれば吸水作用を利用してスライムの動きを阻害するにも有効だ。もっとも、使い分けを間違えたら逆効果になりかねないが。
「どーぞどーぞ、好きなだけ勝手に持って行ってくださーい」
 アーサー・レイスの言葉に、分配を待っていた生徒たちは、我先にと高分子ポリマーを運び出していった。
「さーてーと。出発前に、これだけはやっておかなければなりませーん。真宵ー」
「何よ、アーサーも、わたくしたちの分の高分子ポリマーを確保するのを手伝いなさい」
 高分子ポリマーの陰に呼び込まれた日堂真宵が、怒ったようにアーサー・レイスに言った。
「待ちなさい! 見られたときに備えてこの可愛らしくも威厳のあるシルクのレースの下着を着用なさーい! ベタな縞パンでは駄目でーす。エレガントでないでーす!」
 そう言って、アーサー・レイスが両手で白いレースのショーツをぴろーんと広げた。魔糸ではない上質の絹糸を使っているようだが、上質ゆえに面積の半分以上がすけすけである。
「なっ……、誰がそんな物穿くって言うのよ!」
 顔を真っ赤にして日堂真宵が叫んだ。
「それはあなたで……はうあ」
「カレーの海にでも沈みなさ……きゃあ」
 すぱこーんときれいに蹴り上げた足でアーサー・レイスを黙らせた日堂真宵ではあったが、もんどり打って倒れたパートナーのせいで周囲の麻袋が崩れ、そのまま一緒に生き埋めになってしまった。
「だずげで……」
 身動きとれずにもがいていると、突然何かが麻袋の山の中につき入れられた。運良く突き刺されはしなかったものの、そのままそれに乗せられて運ばれていく。
「ぷふぁー」
「これは、楽ちんでーす」
 なんとか二人が麻袋の山の中から顔を出すと、そこは大きなリヤカーの上だった。
「さあ、がんばって運ぶのです!」
 元気に言いながら、エーファ・フトゥヌシエル(えーふぁ・ふとぅぬしえる)がリヤカーを引っ張っていた。
「ちょっと、わたくしたちは納豆製品じゃないのよ」
 このままスライムに投げ込まれては大変と、あわてて日堂真宵はアーサー・レイスとともにリヤカーから飛び降りた。
「あれ、何か軽くなったような……。まあ、いいのです」
 突然の変化にエーファ・フトゥヌシエルは一瞬きょとんとしたが、すぐに気を取り直してリヤカーを引いていった。
「まったく、アーサーのせいでひどい目に……、何を探しているのよ」
 何やらきょろきょろしているアーサー・レイスを見て、日堂真宵は訊ねた。
「なくしてしまいましたーあ」
 アーサー・レイスが叫ぶ。その手からは、レースのショーツがなくなっていた。
「探さなくてもいいわよ。早くゴーレムで高分子ポリマーを運びましょ」
 成田 甲斐姫(なりた・かいひめ)が先導していくクレイゴーレムを見て、日堂真宵が言った。ロージー・テレジアの用意した高分子ポリマーを、次々に運び出していく。
 このまま高分子ポリマーがなくなってしまっては大変だ。
 日堂真宵とアーサー・レイスも急いでゴーレムを借りてくると、高分子ポリマーを運び出していった。だが、そのまま運ぶのではなく、高分子ポリマーにたっぷりと水を吸わせてからゴーレムの体に塗り込めるようにして運んでいく。合体したスライムよろしく数十倍にふくれあがった高分子ポリマーを、まるで肉襦袢のように身体にまとわりつかせたクレイゴーレムは、まるで関取型のクラゲのようにぶよぶよして見えた。
「出発!」
 一番大きなクレイゴーレムの上に乗った日堂真宵が号令をかけるが、思い切り重量過多のクレイゴーレムたちの歩みは遅い。
「お先にー」
 マウンテンバイク型の自転車に高分子ポリマーを山積みにした沢渡 真言(さわたり・まこと)が、軽快にゴーレムたちを追い越していった。
「これ、後先考えずに突進しないでくれよ、頼むから」
「待ってー」
 突っ走る沢渡真言の後を、空飛ぶ箒に乗ったマーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)ユーリエンテ・レヴィ(ゆーりえんて・れう゛ぃ)が追いかけていった。
「やれやれ、騒がしい奴らだぜ。なんだか同じ方向に行くみたいだが、見なかったことにしておくか」
 即席火炎瓶の入ったビールケースをぶら下げた空飛ぶ箒に乗った雪国ベアが、呆れたように言った。
「ベアが言うと、なんだかすごく馬鹿にされたみたいに聞こえますね」
 空飛ぶ箒で横を飛ぶソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)が、間違った方向に感心しながら言った。
「どちらにしろ、頭数が多い方が戦いには有利なはずだ。腐ってもイルミン生。スライムごとき敵じゃないさ」
「オレは腐っちゃないぜ」
 箒で同行する緋桜 ケイ(ひおう・けい)の言葉に、雪国ベアが勘違いして言い返した。
「まあ、同窓の徒ほど心強い者もおらぬであろうに。見てみよ、防御の方も着々と準備が進んでおる」
 悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が眼下を指し示した。
 そこでは、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の指導の下、防衛線が着々と構築されていた。こういった作業は、シャンバラ教導団からやってきた彼らにとってはお手の物だ。学ぶ場所は違うとはいえど、互いの窮地に助力を惜しむ理由はない。
 スライムの侵攻を妨げるように築かれた防塁は、細長い楕円を弓なりに曲げたような形をしており、その内側は深く掘り下げられていた。
「そろそろ、ゴーレムをどかせてくれ。水を入れるぜ」
 夏侯 淵(かこう・えん)が、ダリル・ガイザックに言った。
「了解した。フェーズを進めるぞ。待避、急がせろ!」
 ダリル・ガイザックが、細長い溜め池の中にいる者たちに声をかけた。
「やばっ、水でゴーレムが溶ける前に外に出るよ、ペルディータ」
「分かったわ」
 七尾 蒼也(ななお・そうや)に言われて、ペルディータ・マイナ(ぺるでぃーた・まいな)がゴーレムを防塁の外へと移動させる。
「準備いいようだな」
「では、水を入れますかな」
 夏侯淵が確認すると、ジゼル・フォスター(じぜる・ふぉすたー)が給水施設から引っ張ってきた太いホースのバルブを開いた。ホースの先から、音をたてて勢いよく水がほとばしる。
「補強は、ちゃんとできているみたいだね」
 無事にたまっていく水を見つめて、城定 英希(じょうじょう・えいき)が言った。
「それはもう、しっかりと作りましたから」
 シェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)が、ぽんぽんと防塁を叩きながら言った。
「もう少し水を出したまえ、今の勢いでは、水がたまるまでに時間がかかりすぎてしまうのだ」
 防塁の上にのぼってホースの様子を見ていたゆる族のデューイ・ホプキンス(でゅーい・ほぷきんす)が、ジゼル・フォスターに言った。本物のウサギのように左右に軽く跳びながら素早く下におりてくると、黒いスーツについた土を払って身支度を調える。
「まあ、この努力も無駄になって、防塁も使わないですめばよりいいのだがな」
 整う準備に満足しながらも、夏侯淵はそうつぶやかずにはいられなかった。