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七不思議 怪奇、這い寄る紫の湖

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七不思議 怪奇、這い寄る紫の湖

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第4章 赤き波は猛り
 
 
「そーれそれそれそれ。んのやろー……積年の恨み、思い知れやぁ! 全部まとめて蒸発させたるわー!!」
 空飛ぶ箒に乗ったウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)は、発見した赤いスライムを西から回り込んで、追いたてるようにして攻撃していった。もっとも、スライム自体は東にむかっているので、進行方向そのものを左右していたわけではないのだが。
 それにしても、スライム自体は、学生たちの予想を遙かに超えて巨大なコロニーとしてイルミンスールの森を移動していた。七不思議の池のような物と聞いていたので、地上を水たまりのような感じで流れて移動していると思っていた者が多かったようだが、よく考えてみれば、森の大地には池や湖のような深さがあるわけではない。スライムは、里芋の葉の上を転がる大粒の水滴のような形にまとまり、イルミンスールの森の高木を遙かに飲み込みながら移動していたのだった。十メートル近くも盛り上がったその姿は、地上から見れば津波のような壁そのものであり、うかつに歩いて近づいた者は、容赦なく呑み込まれていくのだった。
「煌け閃光! 貫け稲妻! いっけぇ、サンダーブラストッ!!」
 ほとんど攻撃を避けようともしないスライムは、ウィルネスト・アーカイヴスは鬱憤を晴らす格好の的だったが、ある意味、彼の攻撃程度で数百匹のスライムが死んだとしても、全体としては薄皮を一枚剥がした程度の痛みしか感じていないということの表れだった。
「うーん、無駄とは言わないけど、役にたっているようには見えないですよ」
 後方援護としてついてきているシルヴィット・ソレスター(しるう゛ぃっと・それすたー)が、時々思い出したようにウィルネスト・アーカイヴスに飛びかかってくるスライムの偽足を火術で撃破しながらつぶやいた。
「まあ、がんばって歌菜たちの方へ追いたててもらわなければ困るからのう」
 シルヴィット・ソレスターの横を箒で飛ぶファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)が、スライムの動きに注意しながら言った。彼女の後ろには、ファム・プティシュクレ(ふぁむ・ぷてぃしゅくれ)が乗っている。もう1人のパートナーであるジェーン・ドゥ(じぇーん・どぅ)は、毛布をかかえたまま地上を走ってついてきていた。ファタ・オルガナとジェーン・ドゥは以前スライムに手痛い目に遭っているので、充分に距離をとることを怠ってはいない。
「あんまり離れていると、戻ってくるのが大変じゃないか」
 ウィルネスト・アーカイヴスが、ファタ・オルガナたちのところに戻ってきて言った。
「はあはあ、SP尽きた。回復を頼む」
「うん、おにいちゃん、こっち来て。うーん(はあと)」
 魔力の補充を頼むウィルネスト・アーカイヴスに、ファム・プティシュクレがちいっちゃな唇を突き出してアリスキッスの準備をした。
「我が人生に一片の悔いなーし!!」
 いそいそと唇を突き出して、ウィルネスト・アーカイヴスが近づいていく。
「SPリチャージ……」
 間一髪、彼らの高さまでジャンプしたジェーン・ドゥが二人の間に入り、突き出した片手をウィルネスト・アーカイヴスの頭にあてて唱えた。淡い光が、ジェーン・ドゥの身体から腕を伝ってウィルネスト・アーカイヴスの身体に染み渡っていった。
「あーん、邪魔するー」
 ファム・プティシュクレは、不満だと言いたげにファタ・オルガナの背中をぽかぽか叩いた。
「まあ、当然ですよ」
「ぶええ……」
 シルヴィット・ソレスターの言葉に、なぜかウィルネスト・アーカイヴスが泣きそうな顔になる。
「んーもー仕方ないですね、次はシルヴィットがウィルにキスしてあげるですよ」
「おまえじゃ、吸精幻夜になって、逆効果だろうが!」
 吸われてたまるかと、ウィルネスト・アーカイヴスが言い返した。その手を取って、ファタ・オルガナが軽くアリスキッスをする。
「今はこれで充分じゃろう。さあ、お楽しみは後にとっておいて、行ってくるのじゃ、わしらの浮遊砲台よ!」
 完全にアイテム扱いすると、ファタ・オルガナは補給のすんだウィルネスト・アーカイヴスをスライムの方へ再び送り出した。
 
    ☆    ☆    ☆
 
 赤いスライムの進行方向では、着々と迎撃の準備が整いつつあった。
「よいしょっと。高分子ポリマーはここにありますから、どんどん使ってくださいね」
 高分子ポリマーを山積みにしたリヤカーの前で、エーファ・フトゥヌシエルが言った。彼女以外にも、クレイゴーレムたちが運んできた高分子ポリマーが集められている。
「そーれ、ポリマーと土を混ぜて作った土嚢をどんどん積み上げるのじゃ。急ぐのじゃー」
 クレイゴーレムを指揮しながら、成田 甲斐姫(なりた・かいひめ)が叫んだ。その命令を受けて、黙々とクレイゴーレムたちが働く。
「そう、そっちに防塁を広げていってよね。スライムは、絶対に合体させちゃダメなんだもん」
 遠野 歌菜(とおの・かな)が、全体の指揮を執りながら叫んでいる。
「ようし。木をうまく使って、強度を増すんだ。どんどん積み上げろよ」
 高月 芳樹(たかつき・よしき)が、クレイゴーレムに命じて防塁の幅をどんどん広げていった。
「こっちは任せてね」
 反対側では、アメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)が同様に防塁を造っていく。
「ぱらぱらぱら……です」
 ロージー・テレジア(ろーじー・てれじあ)は、防塁の手前に高分子ポリマーをばらまいていた。こうしておけば、スライムの動きが少しは鈍くなるだろう。
「準備はほぼ整ったみたいであるな。おお、来たか」
 雷光に追いたてられるようにして、赤い巨大なスライムの固まりが移動してくる。それを確認すると、ブレイズ・カーマイクル(ぶれいず・かーまいくる)は、慎重にスライムの中央付近まで空飛ぶ箒で飛んでいった。
「黒幕め、見ていろ……そして思い知るのだ。このパラミタの大地は、すでにお前たちだけのものではないということをな!」
 最大出力で、サンダーブラストを放つ。同心円状に広がっていった雷光のサークルが、スライムの表面を赤黒い炭に変えていった。その閃光の中に一瞬浮かびあがる球体の影があったが、今は気づくものはいなかった。
「うわっと。こら、俺まで巻き込むな!」
 うかつに近づきすぎて一緒に黒こげにされそうになったウィルネスト・アーカイヴスが叫んだ。
「漂える腐朽の迷霧よ、その悪しき腕(かいな)もて、我が敵に死の抱擁を与えよ! アシッドミスト!」
 お返しにとばかりに、ウィルネスト・アーカイヴスがアシッドミストでスライムを追いたてる。
「あっ、SP切れた。ファムちゃーん」
 いそいそとウィルネスト・アーカイヴスが戻っていく間にも、ブレイズ・カーマイクルはSPの続く限りサンダーブラストを放って少しでもスライムの総量を減らしてから防塁の方へと戻っていった。
「スライムは正面から迎え撃つ! 僕たちの後ろには一匹たりとも通すな!」
 空中から叫ぶブレイズ・カーマイクルの声に、防衛線を引いた全員が緊張して身構えた。
 撒かれた高分子ポリマーにスライムの義足が触れる。水分を吸い取った高分子ポリマーが、発泡剤のように勢いよく盛り上がった。逆に、水分を吸い取られたスライムが急激に縮み、周囲のスライムが盛り上がった高分子ポリマーをつつみ込むようにして呑み込んでいく。奪われた水分を再び吸い取ろうとするが、それによって体組織が高分子ポリマーを取り込んでしまい、変化自在なジェル状から固いゼラチン状となって動きが鈍くなった。だが、全体から見れば、まだまだ微々たる量だ。
「行くよ、エーファ」
「はい、ケイ」
 峰谷 恵(みねたに・けい)に言われて、エーファ・フトゥヌシエルが彼女の前に立つ。その右の太股に、ガーターベルト型のホルスターに入った光条兵器が現れた。それを素早く引き抜くと、峰谷恵はグリップの底から引き出したケーブルを携帯電話に接続した。
「こちらは任せたわ」
 言うなり、空飛ぶ箒にまたがって峰谷恵は飛びあがった。
 ブレイズ・カーマイクルと入れ違うようにしてスライムの前に立ちはだかると、袖をまくりあげた右腕をかかげた。その肌に、硫黄色の幾何学模様が浮かびあがっている。
「コンセントレイテッド・サルファリック・アシッドミスト……」
 つぶやきとともに、腕の文様が消え、同じ文様が一瞬スライムの上に浮かびあがる。直後に、濃硫酸の雨がスライムに降り注いだ。化学反応によって直接脱水されて、スライムの表面が大きくしぼむ。とはいえ、全体を脱水するほどの威力があるわけではない。
「結局、力業なんだよね!」
 峰谷恵は光条兵器での射撃に攻撃を変えて、スライムに光弾を撃ち込んでいった。
 同様に、防塁の上にのぼった者たちが、火術でスライムに一斉攻撃を開始した。
「万物の源たるマナよ、彼の者に紅蓮の鉄槌を!! ファイヤー・ボルト」
 スライムには経験も恨みもある本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が、躊躇なく火球をスライムに撃ち込んでいく。
「攻撃するのはいいですが、きりがありませんよ、これ」
 同様に火術で攻撃をしながら、カディス・ダイシング(かでぃす・だいしんぐ)が言った。
 確かに、ここまでの攻撃を受けても、スライムの量は全体的に少し小さくなったかなという程度である。実際には、相当量のスライムが灰にされたり干物にされているのだが、いかんせん全体量が多すぎる。
「ですが、ここが我らの踏ん張りどころでござる。火遁の術の威力でなんとしても防ぐのでござる」
 印を結びながら、ナーシュ・フォレスター(なーしゅ・ふぉれすたー)がスライムの上に次々に火柱を立てていった。
「防塁を越えてくるよ。ゴーレムも投入して、押し返してよね。ここを突破させてはダメなんだもん」
「任せておきなさい」
 遠野歌菜の声に、フリードリッヒ・常磐(ふりーどりっひ・ときわ)が応えた。
 防塁の上に待機させていたクレイゴーレムに、持たせていた大量のアルコールを、越えようとしてきたスライムにむかって盛大にぶちまけさせる。
「こーい、こいこい……」
 スライムを手招きしながら、フリードリッヒ・常磐が手にした箒を大きく振り回した。
「ヒロイックアサルト、鶏図……」
 箒を大筆に見たてた筆跡に、炎の水墨画が中空に描き出される。それは、鳳凰にも似た、炎の鶏の姿だった。
「ファイエル!」
 フリードリッヒ・常磐が、満を持して命令した。炎の鶏が甲高く一声鳴き、翼を広げてアルコールの撒かれた防塁にむかって飛び立った。アルコールに引火した火が、スライムごと防塁の上に炎の壁を作る。
 だが、その炎を避けるようにして、スライムは防壁を乗り越えようとしてきた。
「涼介おにいちゃん、どいて。いっくよー、轟雷閃♪」
 クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)が、大きく盛り上がってきたスライムに対して、轟雷閃を放った。
「うわ、よく見ろ、クレア!」
 襲いかかってきたスライムよりも、クレア・ワイズマンの攻撃を避けるために、本郷涼介がバーストダッシュであわてて防塁の上から避難する。
 防塁と学生たちの攻撃にいく手を阻まれたスライムは、左右に広がって防塁その物を迂回するような行動をとり始めた。
「我が守りし御方に、大いなる祝福の御力を……」
 カノン・コート(かのん・こーと)が、光条兵器を手渡した水神 樹(みなかみ・いつき)にパワーブレスをかけて強化を施す。
「私は左を防ぐ。カディスは右を」
「ええっ、走るんですか!?」
 防塁の上で戦っていたカディス・ダイシングが、しんどそうに聞き返した。
「走って!」
 水神樹の返事はゆるぎない。
 防塁の端に回り込むと、クレイゴーレムの隙間から這い出してきたスライムを、水神樹は光条兵器で一薙ぎに消滅させた。ザンスカール市街での戦い時よりも巨大ではあるが、高分子ポリマーのおかげで動きはあのときよりも鈍い。水神樹の運動神経ならば、よほどのへまをしでかさなければ、身体に触れさせることなく切り捨てることができる。
 回り込むスライムを押さえ込んでいるクレイゴーレムたちの間を抜けて出ようとするスライムを、水神樹は素早く切り捨てていった。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「しまったわ。もっと北に出現していると思ったのに。いつの間に移動したのかしら」
 小さな剣の花嫁であるマネット・エェル( ・ )九鳥・メモワール(ことり・めもわぁる)をフードに乗せ、九弓・フゥ・リュィソー(くゅみ・ )は、イルミンスール魔法学校から借り出した空飛ぶ箒に乗って空を急いでいた。訓練用の予備の箒だったのか、いまいち制御が不安定だ。
 遙か南の方では、三カ所で激しい戦いの火花があがっている。おそらく、今左に見えているのが、黒幕を追っていった者たちの戦いだろう。さらに、その左に見えるのは、青いスライムとの戦いのはずだ。そして、今一番近い右側の戦いは、おそらく赤いスライムとのものだ。
「――シリウスにむかって飛べ!」
 九弓・フゥ・リュィソーは、借り物の箒にむかって命じた。魔法の箒がスピードを上げた。
 その頃、まったく逆の方向から立川 るる(たちかわ・るる)が同じ方向へとむかっていた。スライム対策のため、びっちりと服装に凝っていたら遅くなってしまったのだ。出遅れた分、すでにスライムが進んでいるだろうということで、予定よりも少し東よりを目指していた。
 怪我の功名か、少しずれたポイント目指して進んでいた彼女たちは、スライムではない標的を見つけることとなる。
「まあすたぁ、先行させている光の精霊のそばに何か見えますわあ」
 ずっと索敵を担当していたマネット・エェルが、夜の闇の中に目を凝らして言った。
「確認したわよ。いくつかの青い球体だわ」
 九鳥・メモワールが、軽く眼鏡を上下させながら補足した。
「大当たり! きっと、あれが魔糸騒ぎのときに目撃された誘導装置だわ」
 九弓・フゥ・リュィソーがさらに箒のスピードを上げた。そのとき、それまで隊列を組むようにして整然と宙を進んでいた魔導球たちが、不意に乱れて戸惑うようにスピードを落とした。
「マネット」
「はい、ますたぁ」
 九弓・フゥ・リュィソーが右手を肩のあたりにかかげると、マネット・エェルがその薬指に口づけた。そこに、光条兵器である指輪が現れる。
「切り裂けぇ!」
 箒で突っ込む勢いのまま、九弓・フゥ・リュィソーが光につつまれた拳で魔導球を強打した。瞬間魔法円が拳の周囲に浮かびあがり、魔導球を塵の大きさにまで砕き葬る。
「バニッシュ!」
 すれ違いざまに、マネット・エェルが他の魔導球をバニッシュで消滅させる。
「誰か来ますよ」
 九鳥・メモワールが、九弓・フゥ・リュィソーに注意を促した。
 前方から、立川るるが上昇してくる。
 そのとき、残っていた魔導球が突然一斉に破裂した。中に入っていた青いスライムが、空中に飛び散って自由になる。
「星よ、たなびく天の川よ。お願い、力を貸してっ!」
 九弓・フゥ・リュィソーが反転するよりも早く、立川るるがアシッドミストでスライムたちを溶かし去った。
「片付いたようですね」
 九鳥・メモワールが、飛び交う光の精霊の輝きの中にもう魔導球もスライムもいないことを確認して言った。
「なんで急にスライムが玉から飛び出したの?」
「呆れた、分からないで攻撃したの?」
 立川るるの言葉に、九鳥・メモワールが呆れた。
「でも、おかげで全部壊せたわ。これで、赤いスライムは目的地をなくしたはずよね」
 
    ☆    ☆    ☆
 
 九弓・フゥ・リュィソーの言葉どおり、赤いスライムには変化が現れていた。今まではどうしても東に行こうとしていたのだが、突然行き場をなくしたかのように一カ所にとどまって波打ち始めたのだ。
「どうしたんだ。だが、今がやっつけるチャンスじゃないのか」
 スライムの変化を見て、高月芳樹が叫んだ。
「ようし、一斉攻撃だ」
 ウィルネスト・アーカイヴスが調子に乗って叫ぶ。単純に好機と思った、ナーシュ・フォレスターやブレイズ・カーマイクルらがそれに同調する。
 複数の火球を受けたとたん、スライムがそれまでと違って、大きくはじけ飛んだ。
「お約束は、嫌だぁ!」
 叫ぶ間もあらばこそ、ウィルネスト・アーカイヴスを初めとする何人かが飛び散ったスライムの直撃を受けて撃沈する。
「さあ、ついに私たちの出番ですよ」
 それまでおとなしく待機していた四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)が、目を輝かせて叫んだ。
 飛び散ったスライムはさほど大きな固まりではなく、犠牲者を呑み込んだままにするではなく、気絶した生徒を吐き出して逃げるようにして移動していく。
「フィア、私がスライムをやっつけますから、その隙に救助ですわ」
 エラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)が、犠牲者の周りのスライムを焼き払いながら言った。
「分かりましたです」
 素早くウィルネスト・アーカイヴスの足をつかんだフィア・ケレブノア(ふぃあ・けれぶのあ)が、安全なところまでずるずると引きずっていく。
「あっちゃー、やっぱりそーなりますかー」
 シルヴィット・ソレスターは、予想の範囲内だと言いたげにウィルネスト・アーカイヴスを受け取った。
「ぽい」
 同様に、ブレイズ・カーマイクルを引きずってきたロージー・テレジアが、成田甲斐姫の前にパートナーを投げ出した。
「いや、ぽいされても困るのじゃが」
「SPリチャージ……後は、頼みます」
 ブレイズ・カーマイクルの意識を取り戻させると、ロージー・テレジアはスライムの方へと戻っていった。
「抜かったあ、思いっきりスライムの手のひらの上で転がされたわ!」
「いや、スライムに手はないはずなのじゃが。それよりも、早く下を穿くのじゃ、下を……。ああ、そこの人、毛布をくださらんか」
 悔しがるブレイズ・カーマイクルは、チェインメイルだけで下はすっぽんぽんの姿だ。それを前にして目の遣り場に困っていた成田甲斐姫だったが、毛布をかかえたジェーン・ドゥ(じぇーん・どぅ)を見つけて、なんとか見苦しい物を視界から隠した。
「どうやら、スライムたちはばらばらに逃げ出したようだわ」
 四方天唯乃が、今や数匹単位にまで分離したスライムたちを見て言った。
 ここぞとばかりに追撃に入っている者が多いが、生き残ったスライムの大半は地中に逃げてしまったようである。すでに魔力は充分に吸っている状態だったらしく、運悪く直撃を食らった者以外は、襲われることはなかった。
「来年がまた大変にならなければいいんだけれど。青い方はどうなったのかしら」
 遠野歌菜は、そう言ってほっと一息ついた。