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夜をこじらせた機晶姫

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夜をこじらせた機晶姫

リアクション


chapter.1 放射線 


 月のない夜のような暗がりが広がる部屋。
 うっすらと見える輪郭線の数々で、そこが何かを研究している場所だと分かる。齢80は超えているであろう男性が、手を伸ばしてくる。同時に声も届いた。
「ヴィネ、お前の記憶装置を初期化する」
 そこで音と映像は途切れた。
 メモリ作成日時:2016/11/25



 高く伸びた秋空には太陽が浮かんでいて、その光は何にも遮られることなく地上に降っている。
 空京にある大きな広場、そこには今回の依頼主、機晶姫のヴィネがいた。周りには様々な学校から集まった生徒たちもいる。生徒たちのうち何人かは、映像データやヴィネ本人を写真に収めたり音声を録音したりと捜索の下準備をしていた。また、携帯番号を交換し、情報を共有出来るようにしている生徒もちらほら見受けられた。
「あなたが所持しているデータはこれ以外にありますか?」
 エレーネ・クーペリア(えれーね・くーぺりあ)が空間に映し出された映像を見終えた後、ヴィネに尋ねた。
「他にもメモリはいくつかあります……が、私自身に関するメモリはこれだけで、あとのメモリは私が自分で記録した風景や人物データばかりなので、手がかりにはならないと思います」
「……分かりました。まずは、この映像に映っている人物があなたの親と関わっているかどうかを確かめなければいけませんね。もしこの人物が機晶姫にとって危険な研究をしている人物なら、探し当てたところで会わせるわけにはいきませんから」
 機晶姫なのはエレーネも同じであり、機晶姫にとって危険ならばエレーネが老人に関わることも同じく危険なことである。本来であればリスクを負ってまでヴィネに尽くす必要は彼女にはない。
 しかし、エレーネは放っておくことが出来なかった。それは同じ種族としての仲間意識からか、梅琳の言葉をただ忠実に守ったに過ぎないのか、はたまた「親」という存在に対する興味か。何に理由を求めたかは分からない。が、とにかく彼女は機晶都市とも呼ばれる自らのホーム、ヒラニプラに向かうことにした。
「あそこならば、映像にある場所を割り出すことも可能だと思われます」
 そしてエレーネは、その場にいた生徒たちの一部と共に空京を出た。

 黒崎 天音(くろさき・あまね)はヴィネの映像を携帯で写し、画像を保存するとパタンと携帯を閉じた。そして天音は、ヴィネの下を離れ、エレーネの後を追うようにヒラニプラ方面へと歩き出す。
「天音、情報を集めるのではないのか? なぜわざわざヴィネという少女から離れる?」
 不思議そうな顔をして天音の後ろから追いかけてきたのは、パートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)だった。
「彼女のメモリにも興味はそそられるけど、他にも少し気になることがあってね」
「気になること?」
「彼女――ヴィネのメモリから読み取れるのは、老人が彼女の記憶を消した、ただそれだけなんだ。にも関わらず、ヴィネはそのメモリと親という存在をどこかで関連付けている節がある」
「単に、自分に関係のありそうなメモリがアレしかなかったのだろう? 老人を親とはっきり認識していたわけでもないだろう」
 ブルーズは、また天音の変な癖が出た、と思った。彼は、一旦考えを巡らせ始めるとどこまでも思考を続けてしまう。
「そんなに色々と気になるのなら、老人を見つけて全て聞き出せばいいだろう。それが1番早くて確実だ」
「ふふ、ブルーズ、君は分かりやすくていいね。けど、真実は簡単に手に入るとは限らない」
「……老人が質問に応じないこともある、ということか?」
「そういうこともあるだろうね。まずは老人とコンタクトを取る第一段階として、ヒラニプラで情報集めでもしようか」
「ならば、さっきエレーネたちと一緒に行けば良かったのではないか?」
 天音は、すぐ短い道を進もうとするブルーズのそんな言葉を聞くと、ほんの少し口元を緩ませて言った。
「言っただろう? 真実は簡単に手に入るとは限らない。彼らとは違う方向からのアプローチも必要だということだよ」
 天音の曖昧な言い回しに少し呆れながらも、ブルーズは彼の数歩後ろを黙ってついていった。

 同じく、エレーネたちとは別行動でヒラニプラへと向かっていた生徒がいた。
 黒霧 悠(くろぎり・ゆう)とパートナーの瑞月 メイ(みずき・めい)だ。彼らはふたりで機晶石の専門家を尋ね、ヴィネの機晶石を修理する方法がないか聞いて回ろうとしていた。
「……えと、悠、あのおじいさんのところに行って話聞かなくて、いいのかな」
 おどおどとした口調で悠に確認するメイ。悠はそんなメイの頭にぽんと手を置くと、黄金色の瞳を輝かせ答えた。
「他の生徒たちはきっとあの老人のところに行って何かを聞き出そうとするだろうけど、より多くの視点から物事を見た方が、きっと良い結果が待ってる。だから、俺たちは俺たちにしか出来ないことをやろう」
 老人はヴィネの親か、それとも機晶姫を悪用する研究者なのか。記憶を初期化したのはなぜか。ヴィネの機晶石は修復出来ないものなのか。
 確かめたいことは山ほどある。しかし、悠が思うことはひとつだった。
 どうか、幸せな結末が待っていますように。
「……ん、私も、頑張る」
 光のないところで動けない機晶姫。メイは、そんな彼女に夜の良さを教えたかった。静かで落ち着ける夜、暗い夜だからこそ見ることの出来る綺麗な景色。彼女がもし夜も動けるようになったら、そんな楽しい夜を彼女と一緒に過ごそう。
 悠とメイはそんな思いを胸に、機晶都市へと続く道を進み続けた。



 ヒラニプラへと発った生徒たちもいれば、空京に残った生徒たちもいた。
 彼らは同じく空京に留まった高原 瀬蓮(たかはら・せれん)と一緒に、ヴィネの親探しを手伝うことにしたようだった。
「きっとヴィネの探し物を見つけてあげるからね」
 普段のふわふわした様子とは少し違った雰囲気の瀬蓮。父と母からあまり多くの愛情を貰ってこなかった彼女にとって、今回の依頼は他人事とは思えなかった。
 お父さんとかお母さんに会いたい。遊んでもらいたい。一緒にご飯を食べたい。悪いことをしたら叱ってほしい。泣いちゃった時は頭を撫でてほしい。
 そんな、おおよその家庭において日常的である光景を、瀬蓮はきちんと思い描けない。だからこそ、目の前のこの少女には、親と会ってほしい。瀬蓮は他に何か手がかりがないかヴィネに尋ねたが、望むような答えは帰ってこなかった。
「いくつか、質問していいか?」
 肩を落とした瀬蓮の後ろから現れたのは、如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)だった。佑也はすっとヴィネの前に出て、問いかけた。
「あのメモリに映っていた老人は、誰か分からないんだよな? もちろん、親かどうかも」
 こくり、とヴィネが頷いた。
「でも、ヴィネさん、君は親に会いたいと思ってる。いつからかは知らないが、少なくともあの映像が原因のひとつだろ?」
 女性に不慣れな佑也は、つい突き放したような口調になってしまう。ヴィネは少し黙っていたが、やがて目の前にひとつの映像を映し出した。それは、さっき生徒たちに見せたメモリとは別の映像だった。

 映っているのは空京。
 よく晴れた日の公園で、小さな子供が泣いている。一組の男女が子供の左手と右手をそれぞれ繋いでおり、その子の親なのだということが容易に想像できた。
 両親と手を繋ぎながらも、子供は泣くことを止めない。両脇にいる親も、困り顔だった。何の変哲もない、ごく普通の家族のありふれたワンシーン。
「おとうさん、だっこ! だっこ!」
 父の顔を見上げ、両手を広げる子供。父はそれを見ると、優しく抱きかかえ、子供を撫でた。すると子供は途端に泣き止み、笑顔になった。
「おー、よしよし、いい子だ」
 映像はそこで終わった。
 メモリ作成日時:2019/06/17

「これは……?」
「……私が、この街に来てから出会った光景です。それまで何となく色々な土地を渡り歩いていただけでしたが、この風景を見て、私の回路がひとつの疑問を頭に流し込んだのです」
「それが……」
「はい、『親』とは何だろう、と。私にも親がいるのならば、一目会ってみたいと思うようになりました」
「それでこの空京で何ヶ月も情報を集めてた、っていうわけだ」
 ヴィネは首を縦に振って佑也の言葉に答える。
「先ほど見てもらったメモリに映っていた方が親かどうかは確かに分かりません。けれど、私の記憶について何か知っている方だと思うのです」
「なるほど……そういうことか」
 それはおそらく憧れにも似た感情なのだろう。「親」というものの輪郭を初めて覗いたヴィネがそれに触れようと、自身に残っていたメモリを僅かな拠り所とするのも頷ける。
「記憶をなくした後、気がついた時には空京にいた……ってわけではなかったってことだな。となると……」
「記憶を消されてから空京に来るまでにヴィネが残してきた足跡を辿っていけば、答えは見えてくるだろうな」
 佑也の言葉の後に続いたのは、閃崎 静麻(せんざき・しずま)だった。
「あんたのメモリを見る限り、ここには数ヶ月前から滞在していると見ていいだろう。問題はその前だ。あんたは一体どこからこの街にやって来た?」
 静麻の問いに、ヴィネはひとつの道を指す。その指先はやや北東に向けられていた。静麻は頭を軽くかき、ヴィネの示した方向へと歩き始めた。
「どこに行くんだ?」
 佑也が静麻の背中に話しかける。
「軌跡を辿りながら、適当に手がかりでも探させてもらうさ」
 後ろを振り返らないまま、静麻はひらひらと手を振ってその場を去っていった。
「北東ってことはやっぱヒラニプラ方面、か……ったく、あいつも変な依頼人に押し付けやがって。しゃあねえ、のんびりじっくりとやってみるか」
 同伴していないパートナーに不平を漏らす静麻。しかしその顔は、言葉ほど不満そうな表情ではなかった。

 その後さらに数名が図書館で資料を探すため蒼空学園へと出発し、最終的にこの空京に残ったのはヴィネと瀬蓮、そして彼女らを手伝おうとする生徒たちだった。
「皆さん……ありがとうございます。こんなに多くの方に手伝ってもらって、私は幸せです」
「ううん、気にしないで。それに……」
 深く頭を下げたままのヴィネに、瀬蓮が明るい声で言った。
「幸せって言葉は、もっとおっきな喜びがヴィネを訪ねてきた時のために、大切にしまっておいてあげて」
 瀬蓮のその言葉は、この先に幸せな結末が待っていると信じて疑わないような、そんな言い方だった。
 散らばった線が収まった時、どんな形を成すかはまだ誰も知らない。もしかしたらそれは、幸せという言葉とは程遠いものかもしれない。しかし少なくとも今ここから放たれた一本の線は、確かな光を伴いながら彼女たちの望みを描こうとしていた。