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学生たちの休日

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学生たちの休日

リアクション

 
 
    ☆    ☆    ☆
 
「うーん、なかなかいい文章は浮かんでこないですねえ」
 イルミンスール魔法学校の図書室にこもったソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)は、届いた手紙と書きかけの便箋を前に、軽く頭をかかえていた。
「おや、御主人。こんなところで会うなんて珍しいな。何してるんだ」
 『誰でも投げられる初歩の火炎瓶』という本をかかえた雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が、そばを通りかかって声をかけてきた。思わず、反射的にソア・ウェンボリスは手紙を隠した。
「今、何隠したんだ。俺にも見せてくれよ」
「だ、だめ」
 好奇心に駆られた雪国ベアが、ソア・ウェンボリスの手を払いのけた。
「手紙? 誰からだ?」
「お父さんからです」
「げっ」
 諦めたソア・ウェンボリスから手紙を奪い取った雪国ベアが絶句した。彼は、ソア・ウェンボリスの父であるディーグ・ウェンボリスが大の苦手だ。
「御主人、不幸の手紙でも送り返してやろうぜ」
「あ、手紙に『ベアへ。不幸の手紙とか発想が貧困過ぎだぞ』って書いてあります」
「あんの親父ぃ……!」
 いつかシメる。いや、そんなことができたらの話だがと、雪国ベアが悔しがった。
「とにかく返事は書くんだろ。何書くんだよ」
 変なことは書くなよと、軽く目で脅しながら雪国ベアが聞いた。
「それが、これまでの学生生活を報告しようと思うんだけど、まとまらなくて」
「じゃあ、学校の中をいろいろ歩いてみようぜ。ここは、いろいろなネタの宝庫だろ。そういや、ここで魔術書探しなんてのもやったよなあ」
 そう言うと、雪国ベアはソア・ウェンボリスを図書室の外に引っ張り出した。
 
「はあ。なかなか調べ物というのは大変なのよねえ」
 積みあげた本の山に半ば埋もれるようにしてナナ・ノルデン(なな・のるでん)はため息をついた。
 オプシディアンの使っていた魔導球に着目してレポートを仕上げようとしているのだが、なかなかはかどらない。
「フールと名乗って、道化師の姿をしていたのだから、何か道化師とつながりがあると思ったのだけど。ほら、道化師って、よく玉乗りしていたり、ジャグリングでお手玉とかしているイメージがあるでしょ」
「えーと、そうなの?」
 同意を求められて、ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)がちょっと困惑した表情を浮かべた。
「道化師って、王様のそばにいて、言っちゃいけないことを代わりに言っちゃう人じゃないの?」
 この二人の認識の違いは、まさに時代の差ということなのだろう。現代人のナナ・ノルデンと、長らく封印されていたズィーベン・ズューデンでは、同じ単語でも時に違った意味を持つことがある。
「そうかあ。道化師、玉、魔導球っていう連想はいいところをついていると思っていたのだけれど……」
「それよりも、名前は魔導球なのに、魔法で動いていたように見えなかったのが不思議なんだよね」
 残念がるナナ・ノルデンに、ズィーベン・ズューデンが言った。
「そうなの? そのへんの違いは今ひとつよく分からないのだけれど」
「ボクだって、魔法っぽくないというところまでしか、分かんないんだけどねっ。壊れた魔導球の中身が細かい機械だったとか、機晶石が入っていたとかって噂もあるらしいんだよ」
「もしかすると、魔導球っていうのは、機晶姫さんの親類なのかしら。古い本とかには名前が出てくると聞いていたんだけれど、なかなかそういう本がないのよね。もしかして、ものすごいレアアイテムだったりするのかも」
「うーん、昔のシャンバラでは、見かけた記憶はないんだよね」
 封印前の記憶を必死にたどりながら、ズィーベン・ズューデンが答えた。
「そんなレアアイテムだとしたら、私たちって、ずいぶんと壊しちゃったでしょ。敵のことながら、大丈夫なのかしら」
「そうだよね。そんなに簡単に作れる物とは思えないから、きっと、補充に行くよね」
「だとしたら、補充ルートは限られると思うのだけれど。でも、それがどこかが問題なのよねえ」
 いいところまで推測できたかと思った瞬間に、また新しい謎が表面化する。次にオプシディアンがとるであろう行動を推理できたのに、それを確かめるすべがないのだ。
「とにかく、後々のために、ちゃんとレポートにまとめておきましょう」
 そう言うと、ナナ・ノルデンはぐるりと周囲を見回した。
 ちょうど図書室を出て行こうとしていたソア・ウェンボリスが、彼女に気づいて手を振る。ナナ・ノルデンも手を振り返すと、にっこりと笑った。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「校内も、ずいぶんと変わったよなあ。まったく、『月刊世界樹内部案内図』なんて雑誌まであるんだぜ」
 ここ最近の世界樹の急成長を思って、雪国ベアが悪態をついた。まったく、世界樹内部は、いつもダンジョンその物だ。これで、よく迷子が出ないものである。いや、実際には、相当数出ているという噂だ。そのため、専用の救出道案内部隊もいるという話もある。
「そうですよね。あら、この廊下は、修練場行きですって」
 真新しい案内板を見て、ソア・ウェンボリスは言った。
「また、道変わりやがったのかよ」
 ズンと、壁を殴りながら雪国ベアが言った。
 
 ズンと、鈍い音を立てて氷塊が落下して砕ける。
「今度は、弱かったのか」
 悔しそうに、緋桜 ケイ(ひおう・けい)は言った。
 パートナーの悠久ノ カナタ(とわの・かなた)とともに、現在、応用魔法の研究中である。
 魔法という物は、実に奥が深くて興味深い。
 無数にある魔法は、火術、氷術、雷術、光術、それに酸を扱う魔法、さらには闇に属する物などに大別される。
 これらは、基本的な部分はまったく同じだ。術者の精神力をそれぞれの現象にエネルギー変換するのである。そのため、精神力を魔力と呼ぶことも多い。
 発動条件は様々ではあるが、原則として術者が術を明確にイメージし、それにむかって己の精神力を集中し高めるというシークエンスによって結果が具現化する。
 そのため、精神集中の方法は、人の数だけあるとも言われているのだった。
 だが、それすら、パターンという物はあり、また、パターン化された物の方がイメージしやすいという利点がある。そのため、呪文という物が生まれ、儀式という物が生まれ、魔法陣という物が生まれたらしい。
 現在は研究によってパラミタ発祥とされているこれら魔法は、厳密にはそのようなシークエンスなどは必要としないはずである。だが、地球において体系化されることによって、呪文などが独自の発展を遂げたのだ。それらは、西洋系、東洋系などに大別され、前者がイルミンスール魔法学校、後者が蒼空学園において主に研究されている。
「――というふうに、この魔法大辞典には書いてあるのだがな」
 無意味と思えるほどに分厚い本を床において悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が言った。さすがに、この本を手に持って立っているのはつらい。
「でも、その本信じられるんだろうなあ」
 ちょっと不信気に緋桜ケイは聞いた。
「まあ、何しろ波羅蜜多ビジネス新書だからのう」
 新書なのに版型からして違っている時点から、はっきり言って眉唾ではある。
「とにかく、魔法に関しては、応用範囲がすごく広いということだけは確かじゃ。実際には、試してみてそれが発動するかどうかその場にならなければ分からぬがな。当然、時と場所によっては、発動したり失敗したりということがあるじゃろう。成功判定は、神の気まぐれ次第と言うところかのう」
 曖昧に悠久ノカナタが言った。
「取り合えず、初歩っぽい火と氷から水を作るぐらいは常時できないとなあ」
 氷術の基本が冷気と氷である以上、単純な水はなかなか作りにくい。もちろん、できないことはないはずだが、最初から高圧水流などを生み出せるのはまれだ。不確実性は、致命傷ともなりかねない。
「水を作り出すだけであれば、これは簡単じゃ。まず鍋の上にでも氷を生み出し、その近くに火柱を立てて時間をかけて溶かせばよい。旅の飲料水確保などは、これでも可能じゃろう。だが、水が弱点の敵に対して、大量の水を確実に浴びせかけるには、火術と氷術の同時発現が必須となる」
「それが分かってるからやってるんだけどな……」
 さんざんたる失敗の有様を思い返して、緋桜ケイは言った。
 氷の発現はほとんど問題はないが、火術のコントロールはとてもデリケートだ。火力が弱ければ、すぐに火が消えてしまってたいした水は作れない。かといって、火力を強くしてしまえば、水どころか水蒸気になってしまう。まあ、それを応用すれば、霧や突風にすることも可能なのだろうが、それこそ思い通りの結果になるとは限らない。さらに火力を強くして爆発性の火球にしてしまえば、今度は溶ける前に粉々になって飛び散ってしまう。これは逆に、氷術で氷の槍が指向性をもってしか飛ばせないところを、逆に散弾として使うこともできそうだが。
 いずれにしても、氷塊と炎の位置関係や距離など、また、双方が移動する場合はその移動ベクトルなども計算しなければそれぞれが素通りするという恥ずかしい結果もあり得る。
 また一人の術者が、まったく同時に二つの術を放つというのは不可能に近い。どうしてもタイムラグが生じる。そのため、複合魔法は合わせる魔法の数だけ術者が必要なのが通常だ。一人で、タイミングを合わせるのは、時間と位置を正確に計算するセンスが必要とされ、かなり高度な技術が要求される。
 これらを明確にイメージして、他人に説明できるほどでなければ、高度な複合技は実現しないだろう。口先だけで火球を雷術で超加速するなど言うのは簡単だが、なぜそうなるのか把握していなければただの妄想であって、ちゃんとした術にはならない。
「――などという波羅蜜多ビジネス新書の解説を信じるかどうかは別としても、考察すること自体はいいことじゃな」
「せめて、波羅蜜多魔法文庫なんて名前だったら、もう少し信憑性がありそうなんだがなあ」
 教師然とした悠久ノカナタに言い返すと、緋桜ケイは再び修行に専念していった。
 
「あちらもがんばってるよねえ。こちらも負けちゃいられないわよね」
 同じく修練場で修行をしていた九弓・フゥ・リュィソー(くゅみ・ )は、緋桜ケイたちのほうをちらりと見てつぶやいた。
 広い修験場は魔法的にいくつかのエリアに分けられているため、よほどのことがない限りは別エリアの魔法効果が互いに影響を及ぼすことはない。もっとも、そうでなければ、火球の爆発や、酸の霧などで修験場その物が崩壊しかねないだろう。
「続けるわよ、マネット、九鳥」
 パートナーたちに声をかけると、九弓・フゥ・リュィソーはハーフムーンロッドを両手で握りしめた。身体の内から漏れ出るような輝きが、マジックローブの裾をはためかせる。黒いレギンスが露わになるほどにジャンパースカートも踊り、上半身をつつむカットソーも光圧にふくらんでいった。
 まだ力の加減が分からず、光の力を制御しきれていない。光術として、光を放射するのは比較的たやすいことだが、光その物を定着させるのはまだまだ至難の業だ。
「ええっとぉ、綺麗な、ますたぁが見たいですの」
 純白のレースに飾られたドレスに身をつつんだマネット・エェル( ・ )が、節をつけて口ずさみながら、ステップを踏んで魔法陣の外周を歩き回っている。
「何よ、それは、もう」
 九弓・フゥ・リュィソーは、瞬間呆れて崩れかけた集中力を、あわてて取り戻して言った。危なく術が崩壊するところだった。だが、マネット・エェルの方は、まったく悪気なくわくわくしながら魔法陣の中を見つめている。
 光術と連動して、魔法陣が輝きを増した。魔法陣自体は範囲内に光術による光子を定着するための補助的な物だが、すでに何回もパターンを変えてはいろいろと試している段階だ。
「今度こそ、何か見えそうですよ」
 珍しく執事服でなく女の子らしいスカートとセーターの上から黒いロングコートを着た九鳥・メモワール(ことり・めもわぁる)が、軽く眼鏡の位置を直しながら言った。
 魔法陣の中に、うっすらと人影が現れ始める。
「ううううううっ……」
 汗ばむ手でロッドを握りしめながら、九弓・フゥ・リュィソーが唸った。光子を集めてイメージを具現化するのは、思っていたよりも大変だ。一瞬でも気を抜いてしまえば、光はあっという間に拡散してしまう。
「わあ、綺麗なますたぁですわ」
 おぼろに結実した立体映像に、マネット・エェルが歓声をあげた。
 魔法陣の上にゆらりと浮かぶようにして、深紅の和服を着た九弓・フゥ・リュィソーの姿が現れた。輪郭がまだはっきりと形成できていないため、なんだかゆらめき踊るような仕草にも見える。偶然にも、幽玄な雰囲気を醸し出してしまったというところだ。
 離れたところにいた悠久ノカナタがそれ気づき、一瞬自分の分身かと錯覚してきょとんとした。だが、即座に緋桜ケイに何かを言われて否定されたらしく、怒って両手を振りあげていた。
「うんうん、今度は今までで一番いいね。じゃあ、振り袖に金糸で牡丹のテクスチャを貼りつけてみようか」
「そんなの無理よ」
 九鳥・メモワールの言葉に、九弓・フゥ・リュィソーの集中力が途切れた。
「はあ、もうだめ。限界」
 ぺたんとその場に座り込んで荒い息を吐く。光術を幻術として使うのは不可能ではなさそうだが、これからも研究を重ねなければ実用には耐えられないだろう。確実性や、費用対効果という面においては、まだまだ未完成である。
「ますたぁ、少し休みます?」
 マネット・エェルが、九弓・フゥ・リュィソーの許へ戻ってきて言った。後ろから、九鳥・メモワールもついてくる。
「では、お茶にしましょうか」
 そう言うと、九鳥・メモワールがティーセットを取り出した。
「そうね。マネット、お隣さんにも声をかけてあげてね。一緒に、お茶にしましょうって」
「はあい」
 九弓・フゥ・リュィソーに言われて、マネット・エェルが緋桜ケイたちの方にむかって走り出していった。