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学生たちの休日

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4.空京の情景
 
「ルカルカ、イリーナ、日奈々、やっほーじゃー!」
 すでに集まっている三人を見つけたセシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)が、大きく手を振って叫んだ。一緒にやってきた渋井 誠治(しぶい・せいじ)が、その後から走ってくる。
「うん、これで全員集まったようですね。では、今日はオレ特選のラーメン屋巡りに御案内したいと思いますです」
 集まった女子の面々を前に、渋井誠治が普段なら使わないような口調で、緊張しながら言った。
「ずいぶん前から楽しみにしておったからのう。さあ、レッツ・ゴーじゃ」
 よほど楽しみにしていたのか、先陣を切ってセシリア・ファフレータが店の中に入っていった。
「ここは、品揃えが自慢のラーメン屋でね。正統派から変わり種まで、何でもござれなんだ。しかも、味はオレの保証つき。さあ、みんな好きな物を頼んでくれ」
 全員がテーブルに着くと、渋井誠治が自慢げに説明した。
 確かに、メニューには、ずらりといろいろなラーメンの名前がならんでいる。
「好きな物かー。ここは渋井に任せた」
 どれを頼んでいいか分からず、イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)が渋井誠治を頼った。こういうときは、経験値の高い者に任せるのが間違いがない。
「そうだなあ。ここで特においしいと言ったら、間違いなくチャーシューだな。特選の豚肉を、じっくりとタレで煮込んだ上に、出される直前で軽くあぶって焦げ目がつけられている。ジューシーで香ばしいという、もう最高だぜ」
 うっとりとした目で、渋井誠治が言った。彼の頭の中では、すばらしいチャーシューが蝶のようにひらひらと飛び回っているのだろう。
「なら、それをもらおう」
 イリーナ・セルベリアが決定する。
「じゃ、チャーシュー麺だな。オレもそれにしようと思ってたんだ」
「うーん、それじゃ私も同じ物にするのじゃ」
 セシリア・ファフレータもそれにのっかる。
「ずるーい。そんなにおいしいんなら、ルカルカもそれにするんだもん」
「では……私も……、それと同じ物を……お願いするですぅ〜」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)も、みんなとおそろいのラーメンを頼んだ。
「なんだ、せっかくいろいろなラーメンがあるのに、みんなオレと同じなのかよ」
 言葉とは裏腹に、渋井誠治はちょっと嬉しそうだった。
「あんな説明を聞かされては、別の物は頼み難いだろうが」
 イリーナ・セルベリアが苦笑する。
「じゃあ、味玉とか、ネギ油とか、辛み味噌とか、穂先メンマとか、揚げニンニクチップスとかいろいろトッピングで違いをつけてやるよ。後で、みんなで分け合って楽しんでくれよな」
 さすがにラーメン通を自称するだけあって、同じラーメンをベースとしても、しっかりと個性を出してくるところが渋井誠治らしい。
「わあい、同じラーメンなのに、なんか微妙に違ってるよね」
 運ばれてきた五つのラーメンを前にして、ルカルカ・ルーが歓声をあげた。
「ねえねえ、ひななちゃ、ちょっと味見してみる?」
「えっ? あっ、はいですぅ……」
 味玉を箸でつかんだルカルカ・ルーが如月日奈々に言った。
「あーん」
「あーん」
 子供に食べさせるようにして、如月日奈々の口に放り込む。
「おいしいですぅ〜」
 思わず、如月日奈々がほっぺたを押さえる。
「あー、ずるいのじゃ。私も、あーん」
 セシリア・ファフレータが、ルカルカ・ルーにむかって口を開けた。
「えー、なくなっちゃうだもん」
「親父さん、味玉追加。それから、小皿とパーコーとか角煮とか、トッピングいろいろ持ってきて」
 渋井誠治が、すかさず追加注文を出す。おかげで好きな物を好きなだけラーメンに入れられるようになって、みんな無駄に豪華になってしまった。
「これじゃ、すでに何ラーメンか分からないよな」
 具がてんこ盛りになったラーメンを前にして、イリーナ・セルベリアが笑った。
「好きに食べていいのがラーメンさ。麺が足りなきゃ替え玉なんてのもあるんだぜ」
 渋井誠治が解説する。
 そのままたらふくラーメンを堪能した一行は、満足して店を出た。
 腹ごなしに、空京公園の付属動物園に足をむけることにする。
 今回のラーメンツアーは、午前と午後のダブルヘッダー食い倒れツアーなのだ。
 だだっぴろい空京公園にはいろいろな施設が隣接しているが、その中に、お子様用の動物ふれあい広場なんていう物もあった。おとなしい動物たちを、もふもふとこねくり回せる催し場だ。
「風が変わりましたですぅ。これは……近くにウサギさんがいますぅ?」
 如月日奈々が、やや顔をあげて言った。
「あったりー。アンゴラちゃんだよ。ひななちゃもだいてみる?」
 ルカルカ・ルーが、もふもふのアンゴラウサギをだきしめながら言った。彼女の手の中で、ウサギは必死にもがいている。
「そのままでは危ないだろ。どれ」
 イリーナ・セルベリアが、ウサギの首の後ろあたりをトンとついた。とたんに、ウサギがおとなしくなる。
「すごいなあ」
 渋井誠治は、感心して言った。
「ああ、それは知っておるぞ。バラミタビジネス新書『ヒャッハーでもできるウサギの飼い方』っていう本に載っていたのじゃ。イリーナも愛読者だったのじゃな」
「い、いや、それはだなあ……」
 セシリア・ファフレータに決めつけられて、イリーナ・セルベリアがちょっと口ごもる。
 おとなしくなったウサギを如月日奈々がだきかかえてもふもふしている間にも、ダチョウにちょっかいを出して逃げるセシリア・ファフレータのおかげで、おみやげを買っていた渋井誠治がとばっちりで襲われるとかいろいろあったが、羊やアルパカと戯れている間に、適度に時間も過ぎていった。
 そして、ちょうどまた小腹が空いてきた頃、なにやらいい香りが一同の許へと漂ってきた。
 
「えーと、言われた通りに落ち葉を集めましたけれど、いったいどうするのです?」
 リチェル・フィアレット(りちぇる・ふぃあれっと)が、ちょっと不思議そうに、大荷物をかかえた七瀬 瑠菜(ななせ・るな)に訊ねた。すぐそばには、水の入ったバケツも用意されている。さすがに日々寒くなっているのでたき火というのも悪い考えではないが、なんでわざわざ空京公園に来てまでたき火をしなくてはならないのだろうか。枯れ葉が集まらないからと言われればそれまでだが、それだったら家でぬくぬくしていた方が暖かいはずだった。
「ふふふ、これよこれ。じゃーん!」
 七瀬瑠菜は、持ってきていた大きな袋の中からアルミホイルにつつまれたサツマイモを取り出してリチェル・フィアレットに見せた。
「お芋?」
「そう、焼き芋なんだよね!」
 どう、すごいでしょうと言いたげに、七瀬瑠菜は笑った。
「せっかくの休みなんだから、たまには楽しいことしようかなって。だったら、家に閉じこもってるのはつまらないじゃない。ほら、前にハロウィンでいろいろイベントがあったときに協賛の農家さんがカボチャとかいろいろくれたんだよね。そこで、またお芋をたくさんもらってきたんだよ。だから、焼き芋にしてみんなに配ろうと思ったんだもん」
「ハロウィンみたいなものでしょうか。ものすごく間違っているような気もしますけれど、楽しければそれでいいですね」
 別にハロウィンの続きのつもりはないのだけれどと言いかけて、七瀬瑠菜はやめておいた。
「さて、お芋を入れて火をつけてと」
 大胆に芋を落ち葉の中にどさどさと入れてから、七瀬瑠菜は枯れ葉に火をつけた。
「後は、ゆっくりと待とうね。あれ? リチェル?」
 一通りの準備が終わって、七瀬瑠菜はリチェル・フィアレットに声をかけたが、すでに彼女は木陰ですやすや寝息をたてていた。
「焼けるまで、そっとしておこう。うーん、紅葉も綺麗だし、いい天気よねえ」
 そう言って、七瀬瑠菜は芝生の上に寝ころんだ。
 いつの間にか一緒にうたた寝してしまったのだろうか、七瀬瑠菜はガサゴソいう音で目を覚ました。見れば、誰かが、たき火の中を小枝の棒でかき回している。
「こらあ、お芋泥棒!」
「いや、そんな、泥棒じゃないです」
 七瀬瑠菜に叫ばれて、たき火をかき回していた緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が驚いて手を止めた。
「たき火なんて珍しいなと思ったんですよ。それに、なにやらいい匂いがするし……」
 緋桜遙遠と一緒だった紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)も、あわてて弁解する。七瀬瑠菜が目を離した隙に、どうやら焼き芋はできあがっていたらしい。
「それよりも、たき火をしているときは、目を離しちゃダメですよ。火事になったら大変ですからね」
「う、うん。そうだよね」
 緋桜遙遠に逆に注意されて、七瀬瑠菜は恐縮した。
「なあに、どうしたの。もうお芋配ってるの?」
 騒がしさに目を覚ましたリチェル・フィアレットが、寝ぼけ眼で言った。
「そうよね。キミたちも、お芋食べようよ」
 七瀬瑠菜にすすめられて、緋桜遙遠たちはありがたくお相伴にあずかることにした。
「ああ、ここだここだ」
 おいしそうな匂いにつられてか、渋井誠治たちもやってきた。
 とたんに、七瀬瑠菜は大忙しとなった。もっとも、それは嬉しい悲鳴でもある。
「おお、この芋、紫色をしておるぞ」
「こっちなんか、金色だぜ」
 セシリア・ファフレータとイリーナ・セルベリアが二つに割ったお互いの焼き芋を見せ合って叫んだ。どうやら、いろいろな種類の芋が混じっていたようだ。
「おいおい、これからもう一軒行くのに、大丈夫か」
 遠慮なく芋をパクつく女性陣に、渋井誠治がちょっと心配そうに訊ねた。だが、そう言う彼も、遠慮なく焼き芋をほおばっているのだが。
「女の子は、スイーツ用の格納庫は別に持っているんだぜ。知らなかったのか」
 問題ないとばかりに、イリーナ・セルベリアが答えた。
 一通り焼き芋を堪能し、七瀬瑠菜たちにお礼を言った後、渋井誠治たちの一行は二軒目のラーメン屋へと移動した。
 今度は、魚介の出汁をベースとしたスープの、あっさりとしたラーメンが売りの店だ。
「では、私は塩ラーメンを」
 メニューを見て、イリーナ・セルベリアは今度は自分でラーメンを選んで注文した。
「麺硬め、ネギ多めで。チャーシューはおまけしてね♪」
 すでにルカルカ・ルーも慣れたものだ。
 他の者は、渋井誠治のすすめで、女性にとって手頃な量のつけ麺を頼んだ。
「ふう、堪能したぜ。ラーメンというのも、たまにはいい物だな」
「だろう。これからもちょくちょくラーメンオフやろうぜ」
 頼んだラーメンをすべてたいらげて、ちょっとはしたなくおなかをポンポンと叩くイリーナ・セルベリアに、渋井誠治は嬉しそうに言った。
「ひななちゃも、堪能した?」
「ええ」
 ルカルカ・ルーに聞かれて、如月日奈々がにっこりと微笑んだ。
「そうだ、今ちょうどクリスマス用のセーター編んでるんだけど……。ちょっと早いけれど、みんなにクリスマスプレゼント」
 そう言うと、ルカルカ・ルーが、みんなに手作りクッキーの包みを配って渡した。
「わあ。ありがとう。本当に……」
 手の中で包みやリボンの形を確かめながら、如月日奈々がお礼を言った。
「おいしそうじゃのう。帰り道で、つまむとするかな」
 セシリア・ファフレータも喜ぶ。
「それじゃ、そろそろ出るとしますか」
 渋井誠治は立ちあがると、みんなを促した。