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リアクション
第一章 真実の探しかた
「しっかし……まーた派手にやったね、こりゃ」
ビュービューとすっかり風通しの良くなってしまった美術商の店内。
アスクレピオス・ケイロン(あすくれぴおす・けいろん)は粉々に砕け散ったショーウィンドをしげしげと眺めて、
「寒くて仕方がないな」
ブルルっと震えた。
「まったく、商売あがったりだよ」
アスクレピオスの背後のカウンターでは、店主が不機嫌そうな顔で頬杖をついている。
「客だと思ったらいきなりガシャーンだぜ、ガシャーン。なーんの迷いもなくだ。信じられるか? あのな、自分で言うのもなんだけどこれだけ立派なガラスだぞ? 同じ壊すにしたってもう少しためらいってもんがあってもいいだろ? なあ、そう思わないかあんた?」
すっかり愚痴っぽくなっている店主は少し酔っているのかもしれなかった。
アスクレピオスはパートナーの島村 幸(しまむら・さち)に向かって肩をすくめてみせた。
幸はそれを確認して携帯電話のボタンを叩く。
電話は、すぐにリネン・エルフト(りねん・えるふと)に繋がった。
『どう?』
「ええ、一件目は『お手上げ』です。もし光条兵器の高熱跡でも発見できればと思ったのですが……ここにはありませんね」
『そう……結局、わからないことが……多すぎるわね』
リネンの声に曇りが滲んだ。
「まあ、情報は積み重ねてはじめて意味を為しますから、気を落とす必要はないと思いますが。とりあえず他の現場をあたります。そちらはどうですか? その意味では――」
『どうもこうもないわよっ! えらそーにいばりくさっちゃってさっ!』
キーッと怒りを含んだヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)の声が幸の言葉の尻尾をぶった切った。
その後ろで、『ちょっ……ヘイリー!?』とリネンの慌てる声が聞こえる。
どうやら携帯電話をもぎ取られたらしい。
『いい? 仰々しくもクイーン・ヴァンガードなんて名乗るなら、それに相応しい態度ってものを取ってもらわなくっちゃ! ここはイルミンスール! 他校なんだからもっと慎重になれって話よっ。クイーン・ヴァンガードが権力を笠に着た嫌な連中だなんて思われたら、あとからすっごい困るはずなんだからねっ!』
まるで決壊したダムのように、ヘイリーはしゃべり続ける。
『だからあたし、「あんたらが権力を振り回して暴走するなら、あたしと義賊『【シャーウッドの森】空賊団』はいつでも敵に回るわよ?」ってね? こうやってビシッと! ビシッとね、言ってあげようと思ってたのにリネンが――』
ヘイリーの言葉はそこで途切れ、後には小さな騒動の声が続いた。
『……』
さらにしばらくの沈黙。
『…………ごめんなさい』
リネンの申し訳なさそうな声が返った。
「いえ」
幸は思わずこみ上げてくる笑いをかみ殺す。
『とにかくこっちはまだ……ピリピリしてる。交渉するにしても説き伏せるにしても、材料がいるわ』
「なるほど。ではその意味ではやはり、リネンさんのBBSは今後重要になりますね。もう準備は、出来ていますね?」
『大丈夫よ。近くで協力してくれそうな人にも伝えてる』
言って、リネンはURLを口にした。
「わかりました。私も協力してくれそうな人に広めておきます」
『あ、なら。「感情だけの意見や推理」、「論拠のない憶測」――この辺は情報から削ぎ落とすように、一緒に伝えてくれるとありがたいわ。後々、混乱の元になりそうだから』
「了解です」
通話は切れた。
「厳しそうか?」
それを待っていたかのようにアスクレピオスが幸の顔をのぞき込んだ。
幸はニヤリと笑みを返した。
「ええ、ピオス先生。でも、向こうにも頼りになるパートナーがついているようです」
「な、なんだよ変な笑い方しやがって、気持ち悪いやつだな」
一瞬後退ったアスクレピオスは、しかし気を取り直して一組のパートナーの方を向いた。
「さーて、どうする? あんたらの大将は、ずいぶん嫌われちまってるなぁ?」
「だーから、俺は別にクイーン・ヴァンガードじゃ無いって言ってるぜ? パートナーが隊員ってだけ。言うなら善意の協力者ってやつだ」
緋山 政敏(ひやま・まさとし)はポリポリと頭をかきながら、かったるそうに答える。
「そうよ、こんな『ぐーたら』したクイーン・ヴァンガードなんて聞いたことないでしょ?」
カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)は堂々と政敏を指差した。
政敏が「おい」と抗議の声をあげるも気にしない。
「ああ、でもずっと『ぐーたら』してるわけじゃないの。まだ、真価? 本領? を発揮するときが来てないだけ。それまでは私がこの剣で政敏の前に立ちふさがるものを切り開くわっ!」
「……あー、ちょっと静かにしてような、カチュア。ややこしい」
政敏は若干面倒くさそうに自分の前に立ったパートナーをどかした。
「どっちかってと、俺は事件の裏を取りたいだけだぜ。だからこうやって事件現場まで出てきてみたし、聞き込みでもしてみようって思ってる。像が壊された手口に興味があるって点じゃ、えーと、そう、ピオス先生。一緒だぜ?」
「そうですか……では、いっそ情報を共有するのも良さそうですね」
その言葉は、少し挑むような口ぶりの幸が引き取った。
「特に、今回クイーン・ヴァンガードがどう動いているかなんて……興味のあるところです」
幸は、カチュアが手にしている銃型のコンピューターに視線を這わせる。
「だ、ダメだよ! そんなの無理に決まってるわっ!」
「……だとさ。ま、そりゃそーだ。とりあえず俺は他をあたりに行くぜ。ま、状況が変わったら……情報交換も出来るかもな。あー……」
政敏はそこでまたポリポリと頭をかき、カチュアに携帯電話を準備するように伝えた。
カチュアは言われたとおり、テティス・レジャの携帯電話を選択する。
二言三言のやり取りの後、すぐに政敏に代わる。
「ああ、カチュアのパートナーです。カチュアから聞いたと思いますが、こちらは事件の裏を取りますので、そちらも頑張って下さい……それから、大変でしょうけれど、くれぐれも熱くなりすぎないように皇をフォローしてあげて下さい……え? はい。 え? もしもし、もしもし? は? 『なぁーっ!』?」
通話はそれきり切れて、
政敏はすごく怪訝そうな顔で携帯電話を見つめた。
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