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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第3回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第3回/全3回)

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第5章 義賊と空賊



 風の谷間、中央付近。
 この場所でついに両雄相見える事となる。先にここに到着したのはヨサーク空賊団本陣であった。フリューネが第四部隊と共に進軍しているように、彼らもまた風の谷間進む部隊の後方から歩を進めていたのだった。
 まだ各谷での戦況を把握しておらず、落ち着かない様子のヨサーク。そんな彼らの後方から雷雲の谷を制圧した第二部隊が奇襲を仕掛けた。人数こそ少ないが、かといって無視するわけにもいかないだろう。そのタイミングで、正面からやってきたのは第一部隊である。空賊団の防衛線をこじ開けるべく、果敢に挑んでいく。
 前後から挟撃を受けたヨサークは、鉈を振り上げてフリューネ親衛隊を威嚇した。
「上等だこらあ! こんなみみっちい柵で農地取り締まった気になってんじゃねえぞ!!」
 そして、第一部隊と第二部隊とヨサーク本陣の攻防戦が開始された。
 それからしばらくして、フリューネ本陣も到着する。
 多勢が入り乱れる戦場を彼女はゆっくりと見渡し分析した。戦況はこちらが優勢に思えた。本陣の前方に展開されてるのは間違いなくフリューネ親衛隊の第一部隊である。そして、その後方でも火花が飛び散っているのを確認した。強襲を仕掛けているのは、第二部隊に参加した仲間たちであった。こちら側は実に理想的な布陣で戦線を展開している。
 ただ、気がかりな事もあった。
 もちち谷に向かった第三部隊が来ないのを、フリューネは案じていた。この場にいないと言う事はおそらく……そこまで考え、フリューネは頭を振った。感傷に浸っている場合ではない。今は目の前の敵に集中しなくてはならないのだ。それが散っていった仲間たちのためである。彼らはフリューネのために戦ったのだから。
「全隊突撃! 敵は混乱してる、このまま一気に押し切るのよ!」
 迷いを断ち、フリューネはハルバードを掲げて、敵陣への突撃体勢に入った。
 だがその時である。彼女の護衛を務める出雲竜牙(いずも・りょうが)が声を上げた。
「気をつけろ、フリューネさん! 後方から敵部隊接近! たぶん、西の谷を突破してきた連中だ!」
「西の谷……、第三部隊を突破してきた連中ね……!」
 フリューネは目を凝らし、後方から接近する影を警戒した。その数は十人ほど。
「ここから先は私が通さない! ロスヴァイセの名にかけ、友の背中は私が守る……っ!」
 そして、フリューネ本陣とヨサーク戦闘部隊(もちち谷)の戦闘が始まった。

「本命はあの小娘と、向こうのチェリーボーイでしょ。あなたが雑魚相手に無駄に消耗する必要は無いわ」
 竜牙の相棒のモニカ・アインハルト(もにか・あいんはると)が、敵部隊の前に立ちふさがった。
 彼女はトミーガンを構えると弾幕援護で、前面の敵を薙ぎ払う。ちょうど正面いた激やせとクレープの二人は、慌てて回避しつつ、谷から持ってきたもちち雲を放り投げた。初めて見るその物体に怪訝な表情を浮かべるモニカであったが、敵が投げてよこしたものである。まず、ロクなものではないと判断し、弾丸を叩き込んで蜂の巣にする。
「ああ、せっかく持ってましたのに……!」
 悲しむ激やせであったが、飛び散った破片は、近くを飛行していたブルーズ・アッシュワースの顔に命中していた。
「……なあ、天音。今、我の身に何が起こっているんだ。何かベトベトしたものが顔を覆った気がするんだが」
「……難しい質問だね、ブルーズ。僕の記憶が確かなら、一週間前にもこんな光景を見た気がするよ」
 黒崎天音が目を細めると、ブルーズは無言でそれを拭った。
「やっぱりロクなものじゃなかったわね」
 モニカは無表情でもちちの及ぼす影響を確認し、それと同時に、何か自分がやたら狙われている理由も察した。
 同じ理由でフリューネにも、もちち攻撃が集中している。しかし、空戦に長けた彼女はなんなく回避し、ペガサスを羽ばたかせると敵部隊を二つに裂くように突撃した。そんな彼女に好戦的な目をしたカオスが挑む。
「あーそびにきーたよ、フリューネちゃん! ほらほらいっくよーっ!」
 カオスは全身に気をみなぎらせると、等活地獄の構えを取り、遠当てでそれを繰り出した。大気を切り裂くような轟音が響き、フリューネの元に無数の拳撃が飛んでくる。しかし、フリューネはハルバードを突き出すと、飛来する衝撃波を力任せに叩き落とた。全て迎撃した頃、カオスは息が上がって、肩を上下に揺らしていた。
 その横から大和撫子が、凍ったもちち雲を上空に放り投げた。
 彼女は掌に炎の粒子を集結させ、落下してくる雲に狙いを定める。おそらくフリューネ達の頭上から、ドロドロに溶けた雲を浴びせようとしているのだろう。だが、その目論見はあえなく失敗する。彼方から飛んできた稲妻が、もちち雲を全て吹き飛ばしてしまったのだ。大和撫子が稲妻がきた方向を見ると、ボロボロの小型飛空艇がこちらに向かっていた。
「戦に間に合ったようだな……!」
 飛空艇の主はイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)だ。
 飛来する彼をフリューネが見つめていると、イーオンの相棒のアルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)が、話しかけた。
「心配ありません、フリューネさん。彼はあなたに協力するために来たんですから」
「ヨサーク陣営から来たみたいだけど、裏切ったって言う事?」
「気紛れだ。レディーファーストともいうだろう」
 フリューネの姿を上方から見下ろしながら、イーオンは自信に満ちた表情で伝えた。


 ◇◇◇


「なんだか知らないが、良い感じにチャンス到来でござる……!」
 混戦模様の戦場で椿薫は頭を……いや、目を光らせた。
 絶賛女装中の彼は、何食わぬ顔で戦闘中のフリューネに近付くと、裏声を使って話しかけた。
「フリューネ殿、フリューネ殿。お忙しいところ申し訳ありませんけど、ちょっとお時間頂けませんかしら?」
「申し訳ないけど、そんな余裕はないわね……!」
 大立ち回りを繰り広げる彼女にそんな余裕はないのだろう、薫のほうを見向きもしなかった。
「いえいえ、そんな事おっしゃらずに。すぐに済むでござるよ」
 フリューネが「ござる」というフレーズに怪訝な顔をした瞬間、薫はおもむろにペガサスに飛び移った。そして、ペガサスの腹をベシベシ蹴り上げると、フリューネの護衛についた生徒たちから、ペガサスは遠ざかっていった。
「何するの、やめなさい!」
 暴挙に出た少女の頭を引っ掴むと、バサリと頭がとれた。
「こ……、このわずかな月明かりすら、まばゆく照り返す坊主頭は……、薫くん!?」
「無礼千万な覚え方でござるが、覚えていてくれて光栄でござるよ。ただ拙者、今日は仇討ちに参ったでござる」
 その時、眼前にナンパ野郎が現れた。ナンパ成功率が限りなくゼロに近そうなので、ゼロとでも呼んでおこう。
 彼はドサクサに紛れてヨサーク陣営から来たのだ。薫とゼロは顔見知りであり、今回の件も結託して起こしたようだ。
「フリューネてめぇ、胸にバカでかいドテカボチャ2つもぶら下げやがって、養分の無駄遣いじゃねぇか!」
 フリューネの姿を確かめると、ゼロはいきなり罵倒し始めた。
「畑の肥料にでもしといた方が、ちったぁ世間様の役に立つんじゃねぇか!?」
 それも何故だか自信満々である。これで何もかも上手くいく、そんな想いを表情から読み取る事が出来た。喜々とした彼とは対照的に、フリューネは無言で肩を震わせている。それは嵐の前の静けさを思い起こさせた。
「なるほど、いつもより積極的に行く作戦でござるな!」
 強気な攻めを見せるゼロに、薫もまた習うことにした。
 ペガサスの後ろに乗っている薫は、フリューネの胸にその魔の手を伸ばす。彼の目的はフリューネの胸をはだけさせる事であった。のぞき部として、行方不明の部長を供養するためには、この偉業を達成させなくてはならないのだ。
 だが、柔らかな小山に辿り着く事は出来なかった。何故なら、ゼロが言ってはならぬ一言を放ったからだ。
「おいフリューネ、俺がてめぇの体を隅々まで耕してやるよ! どうせまだ未墾なんだろ? え?」
 その瞬間、フリューネはハルバードの尖端をゼロの胸に突き刺した。
「……どうもキミは口べたみたいね。死にたいなら死にたいって、ハッキリ言えばいいのに」
 薫が目を白黒させていると、ゼンマイの切れた人形のように、フリューネは首を回した。
「……で、薫くん。キミはさっき何をしようとしたのかな?」
「あわわわ……、南無三っ!」
 もはや後には退けない。追いつめられた薫は、玉砕覚悟でその手を伸ばした。どっちを向いても地獄なら、せめてその前に甘露を味わいたい。しかし、彼の手が幸せを掴む前に、フリューネの手が彼の頭を鷲掴みにした。そのまま万力のように力を込めると、熟したトマトのように薫の頭は潰れた。いや、厳密に言えば潰れていないのだが、メキィと言う何か聞こえたらマズイ音が骨伝導で聞こえたので、薫は自分の頭がおしゃかになったと思い込んだのだ。
『へへ、俺だって、おっ……ぱい……大好きに……決まってんじゃねぇか……』
 薄れゆく意識の中、ゼロのエロパシーが聞こえてきた。
『拙者も……おっぱ……い……好きで、ござ、る、よ……』
 そうエロパシーを返すと、今度は部長の声が聞こえてきた。
「俺も好きだぜ……、椿さん」
 ペガサスの背から落ちた薫をひっしと抱きしめ、弥涼総司がそこに颯爽と駆けつけた。
 気を失った薫を抱えたまま、フリューネのハルバードの先で、モズの早贄状態になったゼロに目を向けた。二人とも彼とともに視線を越えてきたのぞき部の仲間たちである。総司は薫を飛空艇の後ろに寝かせると、静かに語りかけた。
「……椿さんアンタやっぱ漢だよ。後はオレにまかせてくれ、二人の分も揉んできてやるぜ」
 総司は全てを理解していた。エロパシーを使う者は、言葉を交えるよりも互いを知る事が出来るのだ。
「この間の変態……っ!」
 フリューネが来襲した総司を睨みつけると、総司も負けじと睨み返した。
「わかるまい、男心を弄ぶフリューネにはわかるまい! この俺の身体を通してでる力がっ!」
 総司の周囲に桃色のオーラが見える。気絶した薫やゼロの身体からも、オーラが沸き上がった。他の誰にも見えなかったが、少なくとも総司の目には見えた。少なくともと言うか、見えてるのは彼だけであった。付近にエロパシストが三人も集まった所為で、エロパシーが共鳴しているのだと、彼は理解した。
「のぞき部部長、弥涼総司! 戦友(とも)の想いに応えるため、お前の乳、必ず揉んでやるぜ! うおぉーっ!」
 オーラを振り乱して迫る総司を、フリューネは「うるさいっ!」とフルスイングでなぎ払った。
 ザクッと胸をかっ捌かれた彼は「あれ?」と呟き、薫やゼロと一緒に吹き飛ばされ、千の風になった。


 ◇◇◇


「ちょっと待ってくださいっ!」
 はっきりとした声が、喧噪を破った。
 生徒達は何事かと戦いの手を休め、声の主に目を向けた。リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)とルイ・フリード、椎名真(しいな・まこと)の三人だ。顔を見合わせると、真は中央に残り、ルイはヨサークの元へ移動した。
「戦うつもりはありません、オレの話を聞いてください」
 そして、リュースはフリューネの元に参上した。
 彼はパートナーのグロリア・リヒト(ぐろりあ・りひと)に、武器を預けると、手を挙げて接近した。竜牙やイーオンは、その前に立ちはだかろうとするが、フリューネはそれを制する。彼女はリュースの目をじっと見つめた。
「十二星華という驚異が襲ってくる以上、こんな戦いは無意味です。むしろ、マイナスにしかなりません。今はヨサーク空賊団と同盟を結ぶ事が先決です。直ちにみんなに剣を引かせてください……!」
「ヨサークが戦いを止めない以上、私たちも武器を捨てる事はないわ」
「あなたは何のために戦っているんです? ユーフォリアは、己が原因で空が荒れることを喜ぶ程度のものですか?」
 フリューネは口を閉ざした。
「確かに『島村組』は馬鹿騒ぎが好きですが、何故第三勢力になったのか……、少し考えてほしいですね。今すべきは、空の安寧を保つ為に同盟を結ぶこと、それが望まれていることだと思います。相容れられないと言うのなら、自分の感情でどうにかなるような誇りなら、犬にでも食べさせておきなさい。まずは打倒、十二星華です!」
 リュースは真剣な眼差しを向ける。彼も『島村組』に所属する一員なのだ。
 島村組に果たしてそんな深い意図があったのかとフリューネは疑問に思ったが、彼の言う事にも一理ある。この消耗戦はなんの利益にならない。言わばこれは、利益を得るための戦いではなく、不利益を排除するための戦いなのである。
 フリューネが思案していると、グロリアに戦慄が走った。
「リュース、まずいわ。月の中に……、何かいる……!」
 青く光る満月を背に、何かの機影がこちらに接近してくる。リュースは直感的にその正体を見破った。このタイミングで現れるものなど、十二星華をおいて他にないだろう。言うべき事は言った、あとは成り行きに任せるしかない。
「……オレは十二星華の足止めに行く! あとは任せるぞ!」
 同じく『島村組』の真に場を預けると、リュースはグロリアと共に満月を目指した。

「前回の罰は後で受ける、だから今は言葉を聞いて欲しい…」
 リュースの言葉に頷いた真は、フリューネとヨサークの顔を交互に見た。
 彼には伝えたい想いがあった。戦艦島の件で、おそらく自分の信用は失われているだろうが、それでも伝えなければならない事がある。ここに来れなかった魂の片割れの想いを、どうしてもヨサークに伝えなければならなかったのだ。
「……君が友の想いに応えたいように、俺も片割れの想いを伝えにきた」
 怪訝な顔のフリューネを見据え、真は言葉を噛み締めるように言った。
「ヨサークさんに伝えたい言葉だけど……、できれば君にも聞いて欲しい」
 そして、彼が託されたものを、ヨサークに伝える。
『あんたの考える【皆が楽しい空】、まずは与作が実践してみたらどうよ?』
『折角立派なモン持ってんだ、それに見合う男にならなきゃ』
『立派な男んとこには勝手に人も金も権力も転がりくるもんだよ、それこそユーフォリアなんぞなくったって』
『畑と一緒で権力とかそういうのだってアイテムとったー! でインスタントで出来るもんじゃなかろ』
 ここにはいない人物の言葉だったため、その人物とまるで面識のないフリューネは、何か仲間はずれにされたような気分だった。そして、またヨサークも誰の言葉なのかわからなかったため、腕組みしたまま首を傾げていた。
「おめえらまったく、揃いも揃って説教好きの集まりだな。まあ片割れってのが誰かはよく分かんねえけどよ」
「それだけ君が好かれてるって事だろ。ああ、あともう一つ、彼が伝えてくれって言ってたよ」
 真はそう言って『今度またしっぽり呑もうぜ……』と、最後に付け加えた。
「あ? ああ、分かった、誰だか分かんねえが、男なら一杯くらい付き合ってやるよ」

 話が終わった時、フリューネは意外そうな顔をしていた。一つは、かなり慕われているという事について。もう一つは、皆が楽しい空とか言う(どんなものかはわからないが)前向きな言葉をヨサークが考えている事について、である。
 フリューネがじっと見ている事に気付いたのか、ヨサークは顔をしかめ吐き捨てた。
「何だクソメス! じろじろ見てんじゃねえぞ!」
「……まあ、何にせよ、気に食わないのは変わらないけどね」
 結局、ヨサークと和解する事はないだろうと確信した瞬間、真の飛空艇の上に何かが落下した。
 ガクンと激しく飛空艇は揺れたが耐え、真は落ちてきたものを見て、怒りと悲しみの入り交じった表情になった。
「な……、なんてことだ。しっかりしろ、リュース!」
 それはリュースだった。その胸には五本の爪痕が深々と刻まれていた。とめどなく溢れる鮮血が、彼の白い肌を深紅に染め上げている。意識を失う寸前であったが、真が抱き起こすと最後の気力を振り絞って想いを伝えた。
「……だから、言ってるでしょう。力を合わせなきゃ、奴を止める事は出来ないって」
 未だ共闘に否定的な様子のフリューネとヨサークに向けて、彼は言葉を紡ぎ出したのだ。
 その時、真とリュースの上方、巨大な満月を背景に一人の女性が現れた。
「誰かと思えば、この間の連中じゃない。まだこりずにユーフォリアを狙ってるんだ?」
 黄金のツインテールを夜風になびかせ、両手に紺碧に光る爪を携えた女性は、リュースの飛空艇の上に佇んでいた。
 野獣を思わせる目が、その場にいた者を戦慄させる。十二星華の一角【獅子座(アルギエバ)のセイニィ】だ。