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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第3回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第3回/全3回)

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第4章 月を見上げて何を思う



 【蜜楽酒家】
 雲隠れの谷で戦闘が始まってから、数時間が経過した頃だろう。夜も幾分更けてきたが、ここ蜜楽酒家は昼間と変わらず賑わっていた。自由を愛する空賊は、時の概念にも縛られる事なく、こうして昼夜問わず騒いでいるのだった。
 ウェイトレスとして働く七瀬歩(ななせ・あゆむ)は、テラスから見える満月を見つめた。
「……皆、今頃どうしてるかなぁ」
 同学の生徒達が雲隠れの谷に行ってしまっても、彼女はあくまでウェイトレスとしてここに残ったのだ。
 そんな彼女を見つけた蜜楽酒家の店主、【マダム・バタフライ】は歩み寄る。
「あ、ごめんなさい。すぐ仕事に戻りますね」
「いいんだよ、あんたにも休憩は必要だ。酔っぱらいに絡まれてばっかりじゃ疲れるだろう?」
 そう言って、マダムも月を眺めた。
 もしかしたら、マダムさんもフリューネさんを心配してるのかな……、と歩は思った。
「十二星華が相手だから、心配ですけど……。でも、マダムさんが信じてくれた皆ですから、きっと大丈夫ですよ!」
「だといいんだけど。この間みたいに、あの子の傷の手当をするのはもう勘弁して欲しいからねぇ」
 マダムはフリューネに特別優しい気がすると、歩は前々から感じていた。
 もしかすると、マダムはロスヴァイセ家と関わりのある人間なのかもしれない。もしかしたら、一人で戦う彼女のためにこの店を作ったのかもしれない。もしかしたら、マダムはユーフォリアの場所を知っていたのかもしれない。フリューネに仲間が出来るまで、ずっとその時を待っていたのではないだろうか。
 このふとした思いつきを、マダムにぶつけてみると、彼女は目を丸くして大声で笑った。
「あんた、面白いこと考えるねぇ。期待に添えなくて悪いけど、フリューネのために商売してるわけじゃないさ」
 勘違いで余計な事を言ってしまったと、歩は頬を赤く染めた。
「まあでも、あの子に仲間が出来るのは待ってたかね。あたしにとっちゃ、ここにくる連中はみんな、あたしの子供みたいなもんだ。だから、あの子に仲間が出来たのは、あたしもすごく嬉しいよ。あんた達には感謝してるのさ」
 顔を上げた歩はその言葉を聞いて、満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。それを聞いたら、みんな喜ぶと思います」
「……ただ勘違いしないでおくれよ。あたしはヨサークだって子供みたいに思ってるんだ。ただ、あんたの言うように、やんちゃ坊主たちより、女の子のほうを可愛がっちまうところはあるかもしれないけどねぇ」
 イタズラっぽく言う彼女につられて、歩もなんだか暖かい気持ちになった。
「じゃあ、二人が帰ってこれる場所を作っておかないといけませんね」
 自分も何かがしたい、そう思った歩は二階から一階のフロアを見回し、大きな声で空賊たちに呼びかけた。
「皆さんーっ! フリューネさんとヨサークさん、どっちが勝つか当てた人は一杯無料ですー!」
 赤ら顔の空賊たちは顔見合わせると歓声を上げた。こういうイベントは空賊たちは大好きである。
「その代わり、帰ってきた皆をねぎらってあげて下さいねー!」


 ◇◇◇


 フロアが歓声で湧く中、隅にあるテーブルで推理を進める二つの影があった。
「何でこんなややこしい状況になったのよ? 十二星華までユーフォリア狙ってるなんて」
 セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は、頬杖をついて困惑の表情を浮かべた。
「……彼女の目的がユーフォリアであるなら、全ての発端はユーフォリアが見つかったと言う噂ですね」
 テーブルに並ぶ手つかずの料理を見つめながら、契約者である御凪真人(みなぎ・まこと)は思索を巡らせる。
 タシガン空峡に集結した空賊たち、フリューネとヨサークの対立、突如襲来した十二星華、これらの騒動は全て一点で交わる。すなわち、ユーフォリアだ。ユーフォリアの噂は近年になって流れ始めたと聞く。誰かが意図的に流したと考えてもおかしくはない。それに前回、ここで噂の伝播経路を辿った結果、一周してしまうという事態に陥った。
「噂を辿って一周するなんて、どう考えてもおかしいよね?」
「ええ、本来はどこかに必ず始まりがあるのですよ。さもなくばどこかで途切れてしまう。この間、ヨサークへの情報提供者を調べた時のように。どこかで誤摩化されたのか、それならば、何か意図があるはずですね……。」
 セルファは髪の毛をくしゃくしゃと掻きむしった。
「うーん、なんでそんな噂を広めたんだろう? 宝物の噂なんて秘密にしたほうがいいのに……」
「そうですね。となると、出所が空賊という線は消えます。彼らがユーフォリアの情報を握ったなら、情報を隠蔽し自分達が手に入れようと動くでしょう。そして、あの十二星華が噂を流したというのも考えづらいですね。彼女が流したのなら、ユーフォリアが発見されるまで表に出てこないでしょう。ならば……、渦中にいるにも関わらず自ら動かない人物が気になりますね。情報を広め、探させ、漁夫の利を得ようと企んでいるのでは……」
 そこで彼は口をつぐむと、付近のテーブルで空賊の相手をしている芸者を見つめた。
 そうなると、マダムか芸者が怪しい。だが、裏で糸を引こうという人物が、フリューネに肩入れするのも不自然だ。だから、マダムは除外出来る。消去法で考えれば、数年前からこの店にいるという芸者が怪しい。数年前にここに来たのは、噂を流すためではないのか、と真人は考える。まあ、見た目一番怪しいのはインド人なのだが。
「しかし、判らないのはユーフォリアの情報がある戦艦島の情報を2つの勢力に流したことですね。どちらか片方だけで充分なはずです。いや、もしかしたら一方にだけ流したのでしょうか……? もう一方が情報を得たのは偶然……?」
 考え込んでしまった真人に、うーんと唸りながらセルファが言った。
「わかんないけど、わざと空賊同士を争わせてるとか……?」
「わざと……? その人物がユーフォリアを狙ってるのなら、不合理な行為だと思いますが。しかし、仮にあえて空賊同士を争わせるような人物なら……、危険な人物ですね。何が目的なのかは理解しがたいですが……」
 真人は冷えた紅茶に口をつけ、壁にかかった大時計に目を向けた。
「……何にせよ。今夜、ユーフォリアの行方は決定するはず。その人物が舞台に上がるのはそれからでしょうね」


 ◇◇◇


 【戦艦島】
 騒動から一週間が経過し、絶海の孤島は再び静寂を取り戻していた。
 しんしんと月の灯りが降り注ぐ夜、屹立する廃墟の一角に、オレンジ色のランタンの光が見えた。そこは地面の石畳が崩れてしまい、ぽっかりとクレーターのように地下道が剥き出しになった場所だった。地下道には湯気が充満している。どうやらこの空間に、温泉が沸き出しているようだった。月を見上げながら、入れる温泉とは粋なものだ。
「……随分、指も動くようになった。しばらく留守にしちまったけど、のぞき部のみんな元気かな」
 独り温泉につかる彼は、弥涼総司(いすず・そうじ)だ。
 前回、全開でフリューネの乳を拝みにいって、両手の指を全壊にされた男だ。あのあと、どうやって助かったのかは彼も覚えていないが、ともかくこの温泉でずっと療養をしていた。この湯のは骨折によく効くようで、彼の指はすっかり復元していた。おそらく昔から、ロスヴァイセの者に指を折られた輩がよく湯治に来ていたのだろう、と勝手な想像を巡らせた。
 彼は携帯を取り出し、浮き世のニュースをチェックし始めた。蒼空学園のネットフォーラムでは、戦艦島の戦いの顛末とその後の展開が生徒達の手で書き込まれていた。そこには、フリューネが十二星華に手傷を負わされたとある。
「腹部に傷か……、危ねぇーなー。あの胸が傷ついたら100万回。ぶっ飛ばしても足りねーぞ」
 憤る総司が夜空を見上げたその時、流れ星が流れた。
 おっぱいを……はだけさせて……どこかで……見守って……部長……部長……。
 決意のこもった声が彼の頭に流れ込んできた。驚愕した彼は湯から飛び出し、キョロキョロと周囲を見回した。
「椿さん、なのか……? 思い詰めた様子だった……、どうにも嫌な予感がするぜ……!」
 この空間を越えて卑猥な想いを送受信する超感覚を学会ではエロパシーと呼ぶ。どうやったら身に付くのか、発動条件はなんなのか、一切不明である。諸説あるが、マスターなる存在が気が向いたら発動するという説が、今のところ有力だ。
 彼は携帯に目をやり、フリューネが雲隠れの谷なる場所に向かった事を知る。
「俺が行くまで、無茶するんじゃねぇーぞ、椿さん!」


 ◇◇◇


 再び、風の谷。
 第一部隊が激戦を終えた谷間を、フリューネと第四部隊の面々が進んでいた。
 部隊の一員である黒崎天音(くろさき・あまね)は、携帯に納めた戦艦島の遺跡の写真を見ていた。発見された壁画を見つめながら思案する。黒翼のヴァルキリーと女王、女王の騎士と女王器、ユーフォリアの封印と十二星華の目的、さまざまな謎が浮上していた。本格的な戦闘になる前に、聞けることは聞いておかねばなるまい。
 飛空艇を加速させ、フリューネの横を陣取ると、質問を始めた。
「戦艦島で少し話は聞いたけれど、ユーフォリアに関する他の伝承はないのかい。例えば彼女がシャンバラ女王から何かを託されたとか、女王を守護する騎士の一人であったとか……、ユーフォリアについて詳しく聞かせて欲しいんだ」
「そう言えば、あの時はユーフォリアのことをあまり話せなかったわね」
 彼女は大きな満月を見上げ、祖母と過ごした遠き日の思い出を辿る。
「一族の伝承では、ユーフォリアはアムリアナ女王の親衛隊の一人だったと言われてる。彼女の任務は女王の影武者を務めること、そのため、彼女の存在は親衛隊の中でも極秘にされていたらしいわ。公式にも記録は残ってないと思う」
「ふむ……、君のご先祖様は随分と重要な地位にいたみたいだね」
 天音はふと気が付いた。携帯に映った壁画に目を落とす。
「ここに描かれた二人の女性と言うのはもしかすると……、アムリアナ女王とユーフォリア?」
「たぶん。戦艦島にあった壁画は、ユーフォリアが鏖殺寺院に封印される顛末を描いたものだと思う。ある時、ユーフォリアは鏖殺寺院の襲撃を受けて追いつめられてしまうの。絶対絶命の危機を救ったのは、女王から賜った女王器……」
 そのキーワードに、天音は目を細めた。それこそ、彼がもっとも知りたい部分であった。
「たしか【白虎牙(びゃっこが)】という名前だったと思う。ロスヴァイセ家の伝承によれば、所有者に何者よりも速く空を駆ける力を授けたと言われてるわ。でもね、白虎牙にはもう一つ力があった。それは所有者を鋼鉄よりも強固なものに変えてしまう力。追いつめられたユーフォリアは、その力でどんな武器も魔法も跳ね返したわ。けれど、業を煮やした鏖殺寺院は、逆に白虎牙の効果が永遠に解けなくなる封印を施し、そして、彼女をこの場所に隠した」
「白虎牙か……、五獣の名を冠する女王器。十二星華とユーフォリアが線で繋がったね」
 天音は口元に手を当て、ユーフォリアの物語に想いを馳せた。
 記録には残らなくとも、女王に仕えた英雄の存在は口頭で語り継がれていったのだろう。五千年の歳月が、伝説を少しづつ歪めていった。素晴らしい秘宝、早く空を駆ける力、硬化した存在……、象徴的なモチーフだけが遊離して、ユーフォリアの名を持つ秘宝の伝説が広まっていったに違いない。民間伝承とはそうして作られるものである。
「さて、どうする。敵は十二星華にヨサーク空賊団、一筋縄でいかない連中ばかりだぞ?」
 天音の護衛にあたる相棒のブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が、今後の行動を問う。
「まずは十二星華の目的を明らかにしておきたいね。安易に攻撃を仕掛けるのは主義じゃない。まがりなりにも女王候補の可能性がある訳だし……、しばらく様子を見よう。誰かが事情を聞き出してくれるかもしれないしね」
 天音の慎重な行動に納得し、ブルーズは「ふむ」と頷いた。
「それと、ヨサークのほうは放っておけばいいさ。ユーフォリアの封印が解ければ、生身の女性になる可能性が高い。そうなれば、彼は欲しがらないんじゃないかな。彼の女嫌いは蜜楽酒家でも有名なようだからね」


 ◇◇◇


 フリューネ達が前進するその上方に、人影があった。
 雲の切れ間に隠れ、佐野亮司(さの・りょうじ)は一団の様子を窺っていた。フリューネの義賊行為に不信を持つ彼は、彼女を捕まえるため、二度ほど勝負を挑んでいる。結果は敗北一、引き分け一、と言った所だろうか。今日こそはフリューネに引導を渡そうと駆けつけたものの、多くの生徒に囲まれた彼女に仕掛けるのは無謀というものであった。
「参ったな、こりゃ。迂闊に手を出したら返り討ちだぜ」
「亮司さんでも、さすがにあの人数は無理ですよね……」
 パートナーの向山綾乃(むこうやま・あやの)も、複雑な表情を浮かべていた。
 思案する彼は、ふと、ここに来る前、ヨサーク陣営の乳遅れから、ユーフォリアの話を聞いた事を思いだした。
「そう言えば、フリューネはユーフォリアとか言うお宝を狙ってるらしいな……。とすれば、狙うのはお宝を手に入れた瞬間ってとこか。その頃には、ヨサーク空賊団との戦闘で、護衛の数も減ってるだろうし……」
「亮司さん、一団の後方に単機で移動する機影がありますよ」
「はあ? なんだそりゃ?」
 目を凝らして見てみると、確かに、一団が離れて飛行する機影があった。
 そして、その顔に見覚えもあった。飛空艇を駆るその男は、忘れもしないレン・オズワルド。戦艦島でのフリューネとの決闘に、横から割って入った人間だ。思えば、彼が登場しなければ、亮司の計画は前回で完了していたかもしれない。
「あの人が話してたレンさんですか。なかなか強そうな人ですね」
 前回接触していない綾乃は、得心したように頷いた。
「……で、どうするんですか? レンさんも空賊を名乗っていたみたいですけれど?」
 しばし考えたが、亮司は首を振る。
「……余計な戦闘して消耗するわけにはいかねぇ。俺たちの狙いはあくまでフリューネだ」