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リアクション
音楽フロア 〜楽器コーナー〜
シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)とリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)空京百貨店でバンド演奏の融資を募集していることを知り、ステージで演奏をしようと空京百貨店に相談した。地球でロックシンガーとして活躍していた彼女だが、過激な言動が話題となっていたため今回はシリウス・リーブラにスタイリッシュなサングラスを着用してもらい子供でも楽しめる雰囲気での演奏を依頼した。
「演奏前にギターでも見ねえか、リーブラ?」
「問題ありませんわ。いい一品が見つかるといいですわね」
サングラスにレザーの上着を羽織ったシリウスはぱっと見、いかにもロックシンガーな雰囲気であった。キーボード担当のリーブラはフード付きマントで、こちらも百貨店からのお願いでサングラスを付けて見回っている。本当は社会風刺のバンドだったのだが、地球からの出資を受けているため難しかったらしい。
ギターコーナーでは仏滅 サンダー明彦(ぶつめつ・さんだーあきひこ)がアルバイトの三原 趨(みはら・すう)が売れ、売らないの押し問答をしている。サンダー明彦の格好というか顔はデスメタル路線で、バイトの趨は相当気おされている雰囲気だった。趨は高校生になったのでバイトしてプロテインを買おうと頑張っているのだが、接客業はなかなか大変なようである。
「部活の合間にバイト・・・…キチイけどやってやるさ!」
勉強の時間を削り、根性出して頑張っているのだが今回は相手が人でなく悪魔だったので苦労しているようだ。がんばれ趨! 負けるな趨! プロテインまであともうちょっと!
「ギターの弦30cmくれ!」
短すぎる。さすがにその長さで量り売りはしていない。
「あの……、ギターの弦は量り売りして無いんだよ」
「けっ、融通のきかない奴め!」
おずおずと言う趨に対して、エレキギターの弦を買いに楽器売り場にやってきたのは悪魔メイクにロンドンブーツ、ヘビメタ衣装のホームレスである明彦は『クケーッ!!!』とよくわからないシャウトをして周囲を戦慄させる。
「あ〜、こだわりのギター欲しい……」
両手をついて、よだれをダラダラと流して見ていると趨は試しいに引いてみるかと尋ねる。
「よかったら、弾きますか? 僕、ここの担当なので大丈夫」
「え、いいの!?」
サンダー明彦は喜びの余りブリッジをしてそのまま30メートルくらい走ると、手をわきわきとさせてギターを受け取った。なんとも間抜けな音がする……ギター好きとしては許せない!
「かーっ、素人が! チューニングが全くなっちゃいねぇ!」
キュッキュとペグを締める姿はとても様になって……。
ブチン!!
「……」
「……」
時計の秒針の音がクリアに聞こえるほどの静寂。
「なあ、あのギター壊れたよな」
「そ、そのようですわね」
遠目に見守っていたシリウスとリーブラはどうしたものかと立ち尽くしていた。ギターは見たいのだが、あの悪魔の化身のような男がどう出るか予測できない。
「お客様! お客さまーっ!?」
一瞬消えたかと錯覚するほどの速度で脱走するサンダー明彦! 陸上部の趨はそのあとを全力で追いかけて行った。
ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)とナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)は付き合い始めて半年くらい経つのだが、なかなか2人で遊ぶ機会に恵まれずにいた。今日は久々のデート、ルースは彼女が喜んでくれそうな場所に行きたいと思い楽器コーナーに誘った。
「やっと2人っきりのデート……くうっ、今日はとことん楽しみますよ!」
家を出る前にニヤニヤと叫んだルース。ナナに格好いいところを見せたくなり、アコースティックギターを弾いてみようと展示品の1つに手を伸ばした。恋人はいつものメイドらしい服装とは違い、黒のタートルネックに同色のスカート、それに薄手のカーディガンをふんわりと重ねている。ミルキークォーツのネコ型ペンダントが胸元で揺れていた。きょろきょろと興味深そうに楽器を眺めている姿がとても愛おしい。
「いろいろな楽器があって面白いですね、ルースさん」
「え、ええ。……1曲、弾いていいかな。その、ナナのために……な、な〜んてっ!」
ああぁあぁっ、こういうのって古いのかな。口に出したら無性に恥ずかしくなってしまい、持ち上げたギターを元の場所に戻そうとした。
「?」
「……ピアノやブルースハープは、少々やったことがありますが……歌うのも、気持ちいいのです」
ナナはそっとルースに自身の白い手を重ねると、ぽつぽつと、慣れないおねだりをするように演奏をせがんだ。普段は人に仕える立場の彼女が、恋人とはいえ誰かに何かをしてもらうのは『らしくないこと』だと思っているのかもしれない。
「じゃあ、喜んで1曲」
ルースは彼女への気持ちをこめて、ゆったりとそれでいて少し悲しげなところもあるメロディを紡いだ。彼女への愛情や至らないところもある自分の情けなさも込めながら、言葉にならないものを音に乗せて伝えたいと丁寧にコードを押さえる。
〜〜〜♪
変化のない モノクロの風景
そんな日常を 吹き抜ける風
聞こえた気がした 感じた気がした
世界は こんなにも 色鮮やかなのだと
差し伸べてくれた その手を
隣に並んで 歩くために 握った
いつか 一緒に 笑える様にと
〜〜〜♪
メロディが終わりルースが感想を聞こうとしたとき、先ほどのメロディに合わせてナナが美しい歌声を彼の耳に贈った。表情は淡々としているが、のびやかな歌声は先ほどの憂いを帯びたメロディを受け入れるかのように穏やかなものになっている。呆けていたルースは慌てて彼女の歌に合わせて伴奏を付けた。遠慮したような伴奏にナナのほうが調子を合わせ、歌が終わると彼女はふぅ、と息を吐いた。
「こうしてお出かけするのも、久しぶりなので嬉しいですね。……メイド服以外はこの服しかないものでして……おかしくないでしょうか?」
ナナはまだ、皆ほどうまく笑顔を作ることができない。どんなに好きでも、1歩ひいた表現になってしまうのかもしれない。できてしまった微妙な距離感も、彼女の歌声が届く範囲ならば……。
「人目が多いのは解っているんですけど……」
「え?」
ルースはギターを立て掛けるとナナの細い腰に手をまわし、顎を持ち上げ唇を重ねた。
「あ、えーとその……ギターいいか?」
同じくギターを借りにきた姫宮 和希(ひめみや・かずき)とミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)に気づくと、ルースはあちゃーという顔をして右手で口元を隠し、左手でナナをひいて別のフロアに移動していった。
「……」
「……」
残された和希とミューレリアは何となく気まずい空気を感じたのだが、無理やりにでも明るい展開に持っていこうとしてお互いはしゃいだ声を出す。
「ひ、姫やん! ギター教えてほしいぜっ」
「お、おう! バンドやってたしな、まかしとけ!」
め、目が合わせられない……なんか妙な空気。和希が目線を下に落とすと、大事な人の首におそろいのチョーカーが見えた。へ、変に意識しちゃだめだ。えーと、えーとー。
ぎくしゃくと油の切れたロボットのような動きでミューレリアにあったサイズのギターを探してやる。
「音楽は好きだけど、ギターは触ったことが無いんだ」
「ミュウは筋がいいから、すぐにギターも上達するに違いないぜ」
「そうか?」
「いつか一緒にバンドをやれるといいな。あ、ギターはここを抑えると音が……」
難しいコードは口で伝えるより自分が見せたほうが早いと、ミュウの手と自分の手を重ねて見せようとするが……。
「にょ、にょわっ!?」
「あっ、ご、ごめん!!!」
突然手を握られてびっくりしたミューレリアが素っ頓狂な声を出して、超感覚で出た猫耳としっぽをピピーンッと立てた。そんなつもりはなかったのだが和希はミューレリアの反応に驚いて反射的に手を引っ込め、別のギターを持ってきて隣に座って教えることにしたようだ。
……ミュウの手、ちっちゃくてかわいいなぁ。
などと考えていても、男としては顔に出せないのがつらいところである。
「なぁ、3時になったら甘い物でも食べに行かないか?」
「甘いものあるのか!?」
「今回は俺が奢るぜ」
「わーい!!!
姫やん、さっきはびっくりして悪かったぜー。ギターもっと教えて欲しいんだ」
ミューレリアは八重歯を見せて、椅子の上で足をぶんぶんとゆらした。2人で演奏できる日も、案外遠くないかもしれない。
オープニングスタッフとして音楽フロアの楽器コーナーに配属された緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)は、ちぎのたくらみで幼児化し女の子の服を着て接客をしていた。紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)に『接客するなら可愛くないと駄目ですっ』と言われたそうで、まあ喜んでもらえるならとその格好で働いている。
「本日は空京百貨店にご来店頂き有難う御座います♪ こちらは音楽フロアとなっております〜」
「遙遠……。いえ、今はハルカちゃんでしたね……可愛いです……☆ もう抱きしめちゃいたい位ですね♪」
「ってわわ! 遥遠さん、仕事中なんですから抱きつかないで下さい」
ここで働くときは”ハルカちゃん”として頑張っている。おや、知り合いの小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)がコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)と何やら押し問答をしているようだ。美羽はコハクのことが好きでアタックしているのに、鈍感な彼はなかなか気持ちに気付いてくれないみたい。なもんで、今日こそは! 大好きなコハクの心を射止めたいのだ!
「ねえ、美羽。やっぱりステージだけ借りるのは無理なんじゃない?」
「そんなことないもん! 今日はコハクに聞いてもらいたくていっぱい練習し……じゃなくって、んもー!」
「み、美羽。あの、しゃがむ時は気をつけて」
今日はデートのために超ミニのスカートで気合を入れてるのに〜っ。もう、ここは歌の力を借りて頑張るしかないよね!!
「っと、ついつい我を忘れてしまいそうでした。お仕事の為にここに居るんですからね、頑張らないとですね。
お客様、ステージご用意しますよ。音楽は何をご用意しますか?」
「いいの!? じゃあ、これでお願い」
「はい、少々お待ちください」
遥遠は一礼するとステージに指定された音楽をかけにいった。美羽はひらりとステージに上がりワイヤレスマイクを片手に流行のアイドルソングをコハクのために歌いだす。
〜〜〜♪
ちょっとかわいい、同い年の彼
あなたといると、とっても幸せ
でも私の気持ち、なかなか気づいてくれない
こんなに大好きなのに
〜〜〜♪
短いスカートをひるがえしておどる美羽。目のやり場に困っていた様子のコハクだが、曲が終ったあとはパチパチと拍手を送っていた。
「ど、どうだった!?」
「うん、すごく上手だったよ」
「他には!?」
「え?」
さわやかな笑顔で言われると二の句が継げなくなってしまい、美羽はがっくりと肩を落とした。
遙遠は裏方やガイドを担当、遥遠はお客に楽器の紹介をして売り上げアップを目指していた。橘 舞(たちばな・まい)、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)、金 仙姫(きむ・そに)は彼女の営業に引っ掛かり楽器コーナーに遊びに来たようだ。特に仙姫はこのコーナーに興味津々で、情熱にバラツキがあるためかめいめいが自由にフロアを散策している。
「カヤグムはさすがになかろうが、弦楽器があれば試してみたいのぉ。わらわの雅で華麗な歌声と調べを皆に聴かせてやるとしよう。和筝ぐらいはあるだろうしな」
「へぇー、仙姫は脇に置いとくとして、舞も楽器弾けるんだねぇ」
「生田流の琴も少しの間習っていた時期があるので、少しぐらいなら……まぁ、とても人様に聴かせられるレベルじゃないですけどね」
舞は以前習い事をしていたためピアノとヴァイオリンの演奏が可能である。しかし、今日の主役は仙姫だろうと苦笑してその腕前を褒めた。カヤグムという朝鮮の琴を探しているがさすがに珍しいもので遙遠も在庫を探すのに時間がかかりそうだった。
「日本の筝はカヤグムより弦が一本多い13弦じゃが、弾けぬことはない。余談じゃが、舞が言っておる琴は厳密にはカヤグムと同じ筝の一種じゃな」
仙姫は楽器うんちくをしゃべりたくて仕方がないようだが、ブリジットはその辺を適当にスルーして試聴コーナーで新作探しを始めている。
「私は……音楽は聴く派だから。『太鼓名人』とかリズムゲームなら結構得意だけど……何か置いてないかなぁ。やっぱりこういうのは楽しんだ者勝ちでしょ」
「歌も踊りも上手いし、楽器も得意みたい。カラオケ一緒にいったら、仙姫の後に歌うのは凄く勇気がいりますよ。歌い難くてしょうがないです。ふふ。でも、仙姫の踊りも歌も大好きです」
「ぺらぺらぺら〜〜〜筝が琴柱を使って弦の音程を調整するのに対して、琴は、弦を押さえる場所で音程を調整しておる〜〜〜〜ぺらぺらぺら」
音楽ゲームはこのフロアにはないようだが、おそらく他のフロアに行けば見つかるだろう。舞はのんびりと楽器を眺めて、ブリジットと仙姫の中間あたりにいた。好みのアーティストの新曲も気になるようだが、3人でのんびりできる時間を楽しみたいようだ。
「しかし、仙姫、音楽の話になると、うんちく長いなぁ……そうでも、こうでも、もう、どっちでもいいわよ。どうせ騒がしいのなら、歌って踊ってくれてた方がまだいいわね、これなら」
「ぺらぺらぺら〜〜〜琴と筝は本来別の楽器じゃ。筝は中国発祥の弦楽器で、作成技術の進歩と共に弦の数を増やしながら朝鮮半島や日本に伝わっていったのじゃ。日本には奈良時代に〜〜〜ぺらぺらぺら」
美羽のステージを遠目に見ながらため息をつくブリジットであった。いつもはみんなを引っ張る彼女でも、仙姫の楽器に対する情熱には放っておくモードを採用したらしい。
佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は彼女とのデートを考えて下見に来たのだが、1人ではつまらないので仁科 響(にしな・ひびき)にを誘って音楽フロアに遊びに来たようだ。弥十郎はシャツにジーンズというラフな格好で、響はチェックのワンピにハーフジーンズをはいている。
「たまの休日なんだから、スカートでいいんじゃない?」
「ずっと男装していると、こっちの方が楽でね」
弥十郎はこの付近に書籍フロアはないかと探したが、そのフロアはここから少し離れているが存在はするようだった。響も書籍フロアが気になるようだったが、こちらは趣味の本を探しにきた弥十郎と違いもっと実用的な……いや、可愛らしい気持ちになる本が欲しかったようだ。
「ちょっと歌ってみようか」
ニヤニヤとステージに視線を送る弥十郎。響が歌を練習しているのを思い出し、練習の成果をここで披露するのもいいのではと考えたのだ。楽器は持ってきていないが幸いここでは試しに楽器を演奏することも可能だし、和希たちがギターを練習するのを見たので自分も借りられるだろう。普段はベースだが、まあなんとかね。
「……」
響は一瞬、意地悪なのか? と勘繰ったが、そういう度胸のようなものは今の自分に必要なのかもしれないと思いなおす。照れているのか、それとも緊張のせいか、無言でこくりとうなずくとツカツカとマイクの前に立ち大きく深呼吸をした。弥十郎のギターが始まると、比較的すんなりと歌うことができた。
〜〜〜♪
視線の先に君がいて
笑いながら歩いてる
「手を繋いでもいいかな」という一言がいえない
勇気を出して
手を繋ごうと
「ねぇ」と君に声をかける
「ん?どうしたの」と君が聞き返し
「え、あのね」と慌てる私
頭の中は大混乱状態
ついに
分からなくなって、君の手を握るけれど
気持ちが強すぎて、力が入ってた
驚いた君の顔はちょっと痛そうで
だけど次の瞬間
一言
「君のては柔らかいね」
そう言って、握り返してくれた
あぁ、神様
今日もありがとう
ホントにありがとう
だけど、この顔の火照りだけとめて
〜〜〜♪
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