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第一章 山から突き出たおかしな物体
リフル・シルヴェリア(りふる・しるう゛ぇりあ)たち一行が現場に到着する少し前――
物体周辺を動き回る二つの影があった。二人とも光学迷彩を使用しており、一人はブラックコートまで羽織っている。
「この辺りが脆そうですね。それっ」
ブラックコートを羽織った女性は、ドラゴンアーツで山肌に亀裂を入れ、次々にそれを仕掛けていく。
「ふぅ、人様のために汗水流すのは気持ちが良いですね!」
笑顔で言う女性に、作業の手伝いをさせられている相棒はため息をついた。
「人様のためって……他人を巻きこむ、の間違いじゃねぇか」
「ほら、大規模な土木工事に人柱は付きものですから!」
女性は、更に大きな笑顔を浮かべるのだった。
☆ ☆ ☆
「のぉ、聞きたい事があるのじゃが……」
ヒラニプラの丘で開かれた闇市にやってきていたウォーデン・オーディルーロキ(うぉーでん・おーでぃるーろき)
は、リフルたちと合流しにいったパートナーの月詠 司(つくよみ・つかさ)と別れ、周辺で聞き込みを行っていた。
「んー、なんだい」
「少し前、近くの山岳地帯に謎の物体が出現したのは知っておるか」
「ああ、そういやみんな騒いでたねえ」
「その現場や周りについて、何か伝承や昔話のようなものが残っていれば教えてほしい」
ウォーデンの問に、食料品店の女主人は額にしわを寄せる。
「伝承? そんなロマンチックなものに心当たりはないね」
「ふむ、そうか」
ウォーデンが早々に店を立ち去ろうとすると、入り口の方から声がきこえてきた。
「そのポテトフライおいしそうですね、くださいな」
声の主はカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)だった。女主人は愛想よくカチェアを出迎える。
「いらっしゃい。そうだろう、これはうちの自慢の一品さ。こっちのポテトサラダもどうだい、おいしいよ」
「いただきます。ところで――」
代金を支払いながら、カチェアが切り出した。
「私もこの辺りの伝承には興味があるんです。そういうのに詳しそうな人っていませんか」
「あたしゃあまり人付き合いのいいほうじゃないから」
女主人は首を振る。
「そうですか。では最後にもう一つだけ聞かせてください」
カチェアは、十二星華プロファイルの蛇遣い座のページを女主人に見せて言った。
「この子を見ませんでしたか。はぐれちゃって」
「はあ、こりゃまたすごい乳をした子だね。見なかったよ」
「ありがとうございました。お料理、後でおいしくいただきますね」
「役に立てなくて悪いね」
カチェアは女主人に礼を述べて、その場を後にする。ウォーデンも店を出ると、外でカチェアが待っていた。
「あなたも伝承について調べているんですか」
「うむ、パートナーに頼まれてな」
「あら、私と同じですね。どうです、協力しません?」
カチェアの申し出に、ウォーデンはしばらく考えた後頷いた。
「よかろう。その方が効率もいいじゃろうしな」
「決まりですね」
こうして、カチェアとウォーデンは手分けをして聞き込みを続けることにした。
☆ ☆ ☆
「私は教導団のクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)という者だ」
現地では、まずクレアがスタナードに接触していた。
「近くの闇市を取り締まっていたのだが、不可解な物が発見されたと聞いてな。トラブルの元になっては困るので確認しにきた」
「そいつぁご苦労。闇市っつーとあれだろ? ご指名隊とかいうのが騒ぎを起こしたらしいな」
「……ゴチメイ隊だ」
このおじさんが言うとなんか下品に聞こえるなと思いながら、クレアはスタナードとの会話を続ける。
「まあそれはいいだろう。この物体が何か、また、この物体が現れることによる問題点など、あなたには分かるだろうか」
「いや、俺も噂には聞いてたんだが仕事の方が忙しくてよ。今山を登ってきたばっかなんだ。さすがにまだなんとも分からんな」
「ふむ、しかしこのまま放っておくわけにもいかないな。大勢の人間がここで何をしているのかはあのリフルという少女にでも聞くとして、状況把握後は警戒もしつつあの物体の調査を……」
そう呟くクレアの頭上で、元気な声がした。
「さあ、あの物体を調べるじゃん! 目指せ一番乗りじゃん!」
自称『美少女トレジャーハンター』のイーディ・エタニティ(いーでぃ・えたにてぃ)だ。
「ヒラニプラまで来たのはいいが、何だありゃ。どう見ても怪しい……」
小型飛空艇で物体に急接近するイーディに、パートナーの葛葉 翔(くずのは・しょう)がついていく。
「待て、何があるか分からないのだぞ。もっと慎重に行動しなくては」
上空の二人には、クレアの声も届かない。彼女はすぐに二人の後を追いかけたが、空を飛ぶ手段がないのでどうしようもない。
「頼むからおかしなことはしないでくれよ」
物体の上に降り立つ二人を見て、クレアは切に願った。
走っていくクレアとすれ違って、レン・オズワルド(れん・おずわるど)はゆっくりとスタナードに近づいた。
「この物体がいつ現れたのかを知りたいんだが」
「正確な日付は覚えちゃいないが、先週末辺りだったと思うぜ」
「先週末……」
(となると、リフルが羅針盤を手に入れたのと同じ日である確率が高い。恐らく、この物体は俺たちを受け入れるために現れたのだろう。入り口はほどなくして見つかるはずだ。俺には他にやるべきことがあるな)
「ありがとう」
レンはそう言うと、物体の側、見晴らしのいいところに陣取り、じっと何かを待ち始めた。
「お前さん、人気だなあ。ここに来たやつらが正体突き止めてくれるのを期待するぜ」
スタナードが物体を見上げる。その近くで、緋山 政敏(ひやま・まさとし)の携帯が鳴った。
『もしもし、政敏ですか?』
「ああ。カチェア、何か分かったか」
『何人かの人に話を聞いたのですが、伝承についての情報はこれといってありませんでした。ただ、この辺りではスタナードさんが一番長生きで物知りだろうということです』
それを聞いて、政敏はスタナードをちらりと見やった。額に流れる汗が実によく似合っている。
「そりゃちょうどいい。今目の前にいるよ。少し話を聞いてみる」
『私もこれからそちらに向かいますね。一緒に聞き込みをすることになった人が箒に乗せてくれるそうですので』
「分かった。じゃあまた後で」
政敏は携帯を切る。そしてスタナードに歩み寄り、飲料水を差し出した。
「お疲れさまっス」
「おう、こりゃ悪いな」
スタナードは水を受け取ると、一気に飲み干していく。
「あれ、形状だけを見ると飛空挺の船首に見えなくもないですよね」
「……ぷはあっ。ん、飛空艇? 確かにそれっぽいっちゃぽいな」
「技師として何か違和感ってか気になる点って無いっスか」
「違和感、ねえ」
スタナードは改めて物体を見つめる。
「ぱっと見だから確かなことは言えねえが、現代のものとは違う気がするな。まあ、こんなとこに埋まってたんだから当たり前か」
「古代の遺産であると?」
「かもな」
「仮にそうだとすれば、何か昔話や伝承が残っていてもおかしくないと思うんですが、そういうのは」
頃合いと見て、政敏は本題に入った。スタナードは腕組みをして答える。
「……伝承ってほどじゃねえが、5000年前にこの辺りで大規模な戦いがあったらしい。後は、火山の噴火も度々あったな。最近じゃ静かなもんだが」
「なるほど、ありがとうございました。手間を取らせてすんません。もし何か引っかかる点とか気づいた点があれば、ここに連絡してくれると助かります」
政敏は携帯電話の番号が書かれた紙をスタナードに渡す。
「携帯か。俺は持ってないしよく使い方も分からんが、何かあったら知り合いの力を借りて連絡する」
「お願いします」
本当は、自分たち以外に物体を調査している人物がいなかったかも聞こうと思っていたのだが、政敏はその話題に触れなかった。それは、クレアとの会話を聞いて、スタナードもここにやって来たばかりだと分かったから。そして何より、自分の後ろに目を輝かせて順番待ちをしている人がいたからだ。
「お前さんたちも俺に用か? 今日はモテモテだな。長いこと生きてるが、これほどモテたことがあったかね。うん、結構あったな」
スタナードはそんなことを言いながら、政敏の後ろに並んでいたエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)に目を向けた。
「ああ。俺もおとぎ話なんかがないか聞こうと思ってたんだが、考えることはみんな同じだな。あの物体についても、やっぱり船だと思う。もしくはどでかい羅針盤とか逆さになった巨大天球儀とか」
「ほう、面白い発想だな」
「しかし、本当に聞きたいことは他にある。ずばり、機晶姫についてだ」
エヴァルトが言うと、彼の隣でロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)が決めポーズをとった。
「機晶石エンジン、フルドライブ! 焼き付くほどフルパワー!」
その時々によって微妙に変わる彼女の決め台詞。ロートラウトファンは要チェックである。
スタナードがロートラウトの全身を素早く確認する。
「なかなかイカしたボディしてるじゃねえか。個人的には、重装甲アーマーと加速用ブースターの組み合わせが中途半端な性能を生んでないか、若干気になるが。固定具付き脚部装甲はこの辺りの足場を考えて、ってとこか」
スタナードの確かな観察眼に、エヴァルトは彼が一流であることを確信した。
「さすがだ。このロートラウトは俺のパートナーなんだ。自分も機工士として多少は学んだ身。友として、パートナーを自分の手でもしっかりと直せる……いや、治せるようになりたい。そこで名の知れた機晶技師であるあなたに話を聞きたいというわけだ」
スタナードは「ほう」と感心したような声を上げると、ロートラウトに言った。
「いい相棒に出会ったな」
「うん。まあエヴァルトは私の修理費……治療費だっけ? に困ってるってのもあるんだけどね!」
ロートラウトの言葉に苦笑いするエヴァルトを見て、スタナードは愉快そうに笑った。
「はは、機晶姫の修理代やパーツ代は馬鹿にならんからな。自分でメンテナンスできりゃ、安上がりなのは確かだ」
「そうだ、エヴァルト。本とか持ってきたんでしょ?」
「そういえば」
ロートラウトに言われて思い出す。エヴァルトは理学部の教科書に工学部の教科書、そして機晶技術のマニュアルを取り出してスタナードに手渡した。
「何かの役に立つかと思って一応持ってきたんだが」
「ちょっと見せてもらうぜ」
スタナードは教科書やマニュアルをぱらぱらめくると、エヴァルトに返した。
「俺たちのころは経験から学ぶしかなかったが……最近は便利なもんがあるんだな。しかし、実際手を動かさないと分からないことも多いだろう?」
「ああ、今の俺では部分的な治療が限界だ。そこで今回はロートラウトのオーバーホールも頼みたいと思っている。金は……この際大放出だっ」
「ふうむ」
スタナードはしばらく考え込んだ後、静かに口を開いた。
「機晶姫を一から作り出すことはできない。そこで、俺も遺跡なんかに行ってパーツを探してくるんだが……今度一緒に来るか? いい経験になるし、手伝ってくれればその嬢ちゃんのメンテナンスもしよう。割安でな」
願ってもないスタナードの申し出に、エヴァルトは珍しく興奮する。
「いいのか!」
「ああ。俺ももう歳だし、手を貸してくれるような弟子もいねえのよ。お前さんみたいに若くて熱意のあるやつがいればこっちも助かる」
「メンテだけと言わずに是非合体も!」
二人の会話に、居ても立ってもいられなくなったロートラウトが割って入った。
「合体い?」
「見て見て、ジョイントがあるでしょ? ボクって合体型の機晶姫みたいなんだよね! パーツの制作とかできないかな」
「適当なパーツをくっつけるだけでいいなら、できるかもしれねえけどよ……」
スタナードはロートラウトのジョイント部を確かめながら言う。
「デザインはシャープなのがいいな!」
「おいおい、気が早えな。やってみなきゃ分かんねえし、あんま期待すんなよ」
「てへへ、そうだよねー」
ロートラウトの甘えるような笑顔に、スタナードも思わず頬が緩むのだった。
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