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リアクション
☆ ☆ ☆
「本日はお日柄もよいようですので、お弁当を作って参りました。我が父、武田晴信公が好んだ鮑(あわび)の煮貝がお勧めです。たくさんありますので、皆様遠慮などなさらず、どうぞお召し上がり下さいませ。リフル様も、お一ついかがですか?」
菊が、一緒にランチタイムを楽しむ生徒たちに料理を振る舞う。家庭的な彼女が作る料理は、皆に好評だった。リフルも、勧められるがままごちそうを口に運んでいる。
「リフルのために食べ物をもってきてよかったわ。空腹が原因で志し半ばに倒れるというのもアレだし」
朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)は、パートナーのイルマ・レスト(いるま・れすと)と協力して、リュックサックにおやつや非常食を詰め込めるだけ詰め込んできていた。
「それにしても、聞いていた以上にエネルギー効率が悪いみたいね。元とはいえ、十二星華の一人。きっとカロリー消費も半端じゃないんだわ」
リフルの食べっぷりを見て、千歳が言う。
「一度に全部渡すと全部食べてしまいそうだし、食料は小分けにして提供するとしましょう」
(動物に餌付けでもしている気分になるわね)
千歳はそう思ったが、そのことは口にしないでおく。ところが、ポアロファンで推理好きのイルマは、そんな千歳の心を見抜いて笑みを浮かべた。
「さすがは千歳、ただの超猫好きではありませんわね」
そう、千歳の方は猫と猫語で会話するほどの猫好きなのだ。
「最初は警戒している野良猫も、餌をやりつづければ靡(なび)いてきますものね。まあ、リフルさんは最初から無防備だった気もしますけれど」
ところで、とイルマは千歳のリュックサックを指さす。
「即席麺はよいですが、お湯はどうするのですか?」
千歳は、リフルがラーメン好きだと知り、即席麺を用意していた。しかし、お湯のことまでは考えていなかった。
「うっかりしてたわ。まあ、他にも食べ物はいっぱいあるし――」
千歳が諦めようとしたとき、お茶くみといえばこの人、道明寺 玲(どうみょうじ・れい)がぼそりと呟いた。
「これは、お茶ではありませんな」
玲は、マコトの水筒の中身が注がれたコップをじっと見つめる。コップの中の液体は湯気を立て、独特の香りを放っていた。一口飲んでみる。
「……ラーメンの味がしますな」
なんと、マコトは水筒の中にラーメンのスープを入れていたのだ。
「あら、ちょうどいいわ。ちょっと貸してちょうだい」
千歳は玲から水筒を受け取り、即席麺の袋を開ける。が、そこで手が止まった。麺を入れる容器がない。何か手頃なものはないものかと千歳がきょろきょろしていると、リフルがどこからかラーメンどんぶりを取り出した。そして、千歳に無言で差し出す。
「マイどんぶり?」
こくりと頷くリフル。
「ぬかりないわね」
千歳が、神竜軒とロゴの入ったどんぶりにラーメンを作ってやる。すると、決して表情豊かとは言えないリフル彼女の顔にも、はっきりと期待の色が浮かんだ。それは、千歳の悪戯心をくすぐるのに十分だった。
「お預け」
千歳は、リフルに渡しかけたどんぶりを引っ込めてみた。
「あ……」
リフルが物欲しげに千歳を見つめる。
(そんな目で見られたら)
「よし」
再度どんぶりを前に出す。
リフルの頬が緩む。
「お預け」
やっぱりひっこめる。
潤むリフルの瞳。
(か、かわいい……!)
普段威圧的な雰囲気をまとっている千歳も、思わずにやけてしまう。
「もう、千歳ったら」
そんな千歳を見て、イルマはやきもちをやいた。
「リフル、私たちからもお土産」
ようやくラーメンにありつかせてもらっているリフルに、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)もラーメンの袋を差し出した。
「みなさん考えることは同じですね」
月夜のパートナー、樹月 刀真(きづき・とうま)が言う。
「闇市で買ってきたんですよ。確か『食いしん坊万歳ラーメン』とかいう名前で……あれ?」
月夜が手にしている袋のパッケージを見て、刀真は何かおかしいことに気がつく。そこには、『食いしん坊漫才ラーメン』と書かれていた。
「あ、怪しすぎる……。やはり、闇市で買ったものなど食べないほうがいいですね」
刀真は、「残念」と袋をしまおうとする。が、リフルの手が袋の端をがっちりと掴んだ。
「大丈夫」
「え……そ、そうですか?」
何が大丈夫なのか分からなかったが、リフルの真剣な眼差しに、刀真は大人しく袋から手を離した。
「それにしても、まさかこのようなものが埋まっているとは思いませんでしたな」
飛空艇を改めて眺め、玲が言う。教導団の情報作戦諸科に所属する彼女でも、ヒラニプラの山に巨大な飛空艇が埋もれているなんてことは知らなかった。
「謎が解けましたね、月夜」
「うん。あのとき、トレジャーセンスはこの飛空艇に反応していたのね」
刀真の言葉に、月夜が頷く。刀真と月夜も、闇市でメニエスたちと同じ体験をしていたのだ。
「私とヘイリーは、物体の仮称を『舞台(ステージ)』にしようと思っていたのだけど……正体が分かった今、もう必要ないわね」
そう口を開いたのは、リネン・エルフト(りねん・えるふと)だ。
「あの飛空艇……リフルさんに関係のあるものみたいね。名前とかは覚えていない? 『飛空艇』と呼ぶのも味気ないわ」
リフルは分からない、と答える。
「そう……それじゃあ、今つけちゃいましょうよ。リフルさんが決めて」
リネンに言われて、リフルが考え込む。しばらく後、こんな単語が飛び出した。
「とんこつらーめん号」
「おもしろいわ。リフルさんも冗談を言うようになったのね」
リネンはそう返したが、リフルはくすりとも笑わなかった。気まずい沈黙が流れる。
「……もしかして、本気だった? ごめん、私……」
リネンが弁解するより早く、リフルは次の案を出した。
「じゃあ、『替え玉サービス丸』」
その場の誰もが絶句する。どうやら、リフルさんは大変残念なネーミングセンスをおもちのようだ。
「この話はまた今度にしましょう……」
リネンは話題を変え、リフルに質問をすることにした。
「蛇遣い座のことなんだけど……他の十二星華たちは彼女のことを知らず、エリュシオンでティセラが復活した後についてきたという話よね。それから……あなたのことも洗脳していた」
そこまで言うと、リネンは一呼吸置いて自らの推測を述べた。
「思うに……蛇遣い座は、エリュシオンが十二星華や星剣を解析して作ったコピーのような存在で……ティセラを操る黒幕兼監視役なのではないかしら?」
「そこまでは分からない。私は彼女だけでなく、他の十二星華のことも覚えていないし」
「蛇遣い座の星剣を壊すことは?」
「星剣の破壊は極めて困難。私の場合は例外だった」
「そっか……ありがとう」
質問を終え、リネンはローザマリアを初めとする他の生徒たちとも、この話題について話し合い始めた。
「玲也、チャンスですわよ」
リフルがフリーになったのを確認して、ヒナ・アネラが言った。月島 玲也はそわそわした様子でリフルを見ている。
「何を躊躇っているのだ」
鈍感な暁 出雲は、玲也の気持ちに気付いていない。
と、玲也のペット、シンが彼の肩から降り、リフルの肩へと飛び乗った。
「シン」
リフルがシンを撫でる。間もなくリフルは玲也の存在に気がつき、二人は目が合った。玲也は慌ててリフルに話しかける。
「あの、リフル……その……た、体調はどう? ……まだ辛い?」
「大分楽になった」
「そっか、よかった。ずっと言いそびれてたんだけど……お帰り、リフル。またリフルとこうして話ができて……そばにいることができて……本当に嬉しい」
玲也は愛しそうに笑う。シンも嬉しそうな声で泣き、体をリフルにすりよせた。
「ありがとう。ただいま」
「あ、そうだそれから……これ」
玲也は何かを取り出し、リフルにプレゼントする。
「遅くなっちゃったけど、バレンタインのお返し。リフルからチョコレートもらえて……本当に嬉しかった」
リフルは早速プレゼントを開けてみる。中身は、玲也の出身地である福岡の名産物、明太子だった。
「ちょっと玲也!? もっと気の利いたものはなかったんですの!?」
咄嗟にヒナが突っ込む。
「いや、木箱入りだぞ? 高級品に違いない!」
「そういう問題じゃありませんわ!」
ヒナは出雲の鳩尾(みぞおち)にエルボーをかますと、リフルの前にしゃがみ込んだ。
「生物ですのよ」
「ごめん、ヒナ。……美味しいものってことしか考えてなかった」
「いいですわよ。リフルさんのことになると、いつもこうですもの。失礼しますわね」
ヒナは明太子に氷術をかけようとする。しかし、リフルはこれを断った。
「いい。今食べるから」
「え、ここで食べるの? 炊きたてご飯と一緒に食べるとおいしいよ」
それを聞いて、リフルは標的を中原 一徒(なかはら・かずと)に定めた。
「本当にヒラニプラは天国だぜ!」
美しい景色を眺めながらの昼食に、一徒はご機嫌だ。彼は爆炎波の炎と近くの川で汲んできた天然水を利用し、飯ごう炊さんを行っていた。
好物の白米をおかずに白米を味わっていると、誰かの視線を感じる。一徒が振り返ると、リフルが白米をじっと見つめていた。
「……なんだ、あんたもほしいのか? しょうがねえな」
一徒はリフルに白米を分けてやる。
「ありがとう。お礼に……」
「いや、それはいらねえ」
古王国の生キャラメルは断っておいた。
一徒の厚意で、リフルは白米と一緒に明太子を味わうことができた。その隣で、出雲はまだぴくぴくしていた。
「ふぅ。前回に引き続き、リフルさんのためにここまでやって来たわ。お湯なしカップ麺で意気投合した私とリフルさんはもう、親友といっても差し支えないわね!!」
友達ができない運命の下に生まれた一ノ瀬 月実(いちのせ・つぐみ)は、ついに自分も友情というものを手にしたと感情に打ち震えていた。しかし、リズリット・モルゲンシュタイン(りずりっと・もるげんしゅたいん)
は容赦なく彼女に突っ込む。
「つぐみー、勝手に友達だと思ったら失礼だよ。多分、向こうは顔も覚えてないと思うよ。一瞬だったし、なにより、名前も教えてないでしょあなた。友達になってるわけないじゃん!」
「……え、ほんとに? それはまずいわね……じゃあ、こうしましょう。今回の目的は、私の名前をリフルさんに覚えてもらうことよ!」
「……めげないね。誰かと友達になるためには、あくまで貪欲ね。でも、月実が頑張ろうとするときって、大体失敗するんだよね」
そんなリズリットの心配をよそに、月実は早速リフルを見つけて話しかけた。
「リフルさん、遺跡ではどうも! 自己紹介がまだだったわね!」
「新境地の人……」
月実の顔を見るなり、リフルはそう口にした。お湯なしカップ麺のインパクトのおかげで、月実のことを覚えていたようだ。
「リズ! 覚えててくれた! 覚えててくれたよ!」
「意外ね。でもあなた、それでいいの?」
「そ、そうよね。落ち着け、私。まだ慌てるような時間じゃないわ。今日は名前も覚えてもらうんだから!」
月実は用意していた秘密兵器を取り出す。
「じゃーん、ウナギの缶詰! そのご飯とよく合うわよ」
リフルが俄然興味を示してきた。ここが押しどころとみた月実は、リズリットのうさぎのぬいぐるみ型光条兵器を取り出すと、刃になっている耳の部分で素早く缶詰のフタを開けた。
だが、このとき月実は気付いていなかった。メイドのコレット・パームラズが、ルンルンスキップをしながら皆に紅茶を振る舞って回っていたことに。
「あたしのおいしい紅茶をどうぞ〜♪」
コレットはどんどん月実に近づいてくる。
「さあ、リフルさんどうぞ! ちなみに私の名前は一ノ瀬つ――」
いよいよ月実が名乗りかけたとき、コレットが彼女にぶつかった。
「ぶげッ!?」
そのはずみでウナギの缶詰は月実の手を離れ、リフルに直撃した。
※ウナギは後ほど、スタッフがおいしくいただきました。
「わー、ごめん! わざとじゃない! わざとじゃないわよ!?」
「つぶげ」
「へ?」
「一ノ瀬つぶげ」
どうやら、リフルは月実の名前をそう記憶したらしい。
「違―う! 私の名前は『つぶげ』じゃなーーーい!」
「あはは! おめでとう! つぶげおめでとう!」
リズリットは、実におかしそうに笑っている。
「だから違――」
「はいはい、つぶげは静かにしててね。ごめんね、リフルさん。つぶげが服を汚しちゃって」
リズリットはリフルの頭に刷り込むため、あえて『つぶげ』という単語を連発する。
「着替え、これしかないんだけどいい?」
リズリットはそう言ってメイド服を差し出した。
白砂 司(しらすな・つかさ)とサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)は、リフルたちからやや離れたところで、リフル及び羅針盤の警護に当たっていた。近くにはリネンのパートナー、ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)や、リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)、レイス・アズライト(れいす・あずらいと)といった生徒
の姿も見える。
「まったく、大事な羅針盤を簡単に人に渡してしまうとは、警戒心というものが足りん」
リフルの方を見ながら、司がそう苦言を呈する。隣で今日起こったことをメモしていたサクラコは、顔を上げて言った。
「またまたー、素直じゃないんですから。リフルさんのこと気に入ってるくせに」
「何を言う」
「あなたたちは、リフルさんのことが好きなんですね」
二人のやりとりを聞いて、リースがそう漏らした。司は再び否定の言葉を口にしようとしたが、リースが拳を震わせているのに気がつく。
「どうした? 何か様子がおかしいぞ」
司がリースに近づこうとすると、レイスが間に入った。
「ご心配なく。こんなとこまで来て、ちょっと疲れてるだけだから。ね? リース」
「そうか。ならいいが――どわっ!?」
突然、司が素っ頓狂な声を上げる。
つぶげのぶっかけたウナギで制服が汚れてしまったリフルが、人目も気にせずリズリットの提供したメイド服に着替えようとしていたのだ。遺跡で似たようなことがあった際女性陣に注意されたのだが、リフルはまだよく分かっていないらしい。
司は急いでリフルの元に駆け寄った。
「おい、何をしている!」
【ディフェンスに定評のある】司は、リフルにブラックコートをかけ、彼女が周りから見られないよう気を配る。サクラコは、コートの隙間からリフルの体を覗き込んでいた。
「とても親近感のもてるボディですね。特に胸の辺り。でも、リフルさんはまだ成長期を終えていませんから、油断はできません」
「よかったら、これも使ってください」
レオポルディナ・フラウィウス(れおぽるでぃな・ふらうぃうす)は、自分のホーリーローブをリフルに差し出した。これでリフルの体を完全に覆うことができる。
コートやローブで体を隠しながらの、メイド服という着づらいものへの着替えである。リフルが再び人前に姿を出せるようになるまでには、まだまだ時間がかかりそうだった。
そこで、レオポルディナが提案する。
「あの、みなさん、よかったら私の歌を聴いてもらえませんか? 歌にはちょっと自信があるですよ!」
レオポルディナは、歌のヘタな玲に歌を教えたりもしているのだ。みんなの拍手で彼女が歌い出すと、その美しい歌声にスタナードも気がついた。
「ほう、楽しそうにやってるじゃねえか。どれ、俺も混ぜてもらうかね」
スタナードが、昼食に加わろうと歩き出す。そのとき、どこからか彼を呼ぶ声が聞こえた。
「スタナードさん、スタナードさんはいませんか?」
「なんだ、今日はホントにモテるな。スタナードなら俺だぜ!」
スタナードは、声を上げて手を振る。彼を探していたのは、闇市からこちらに到着したばかりのカチェア・ニムロッドだった。
「あなたがスタナードさんですね。いきなりですけど、この女性に見覚えはありませんか」
カチェアは蛇遣い座のイラストを見せる。
「知らねえなあ。乳のお化けかなんかか?」
「そうですか」
スタナードのギャグをスルーして、カチェアは十二星華プロファイルをしまおうとする。と、スタナードがどこかを指さして言った。
「ん……? おい、嬢ちゃん、あそこにいるの、今の女じゃねえか?」
「え?」
カチェアが驚いて振り返る。
遠くに見える岩の上。そこにヤツはいた。
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