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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-3/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-3/3
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chapter.8 最終舞台、開幕 


 ザクロはその圧倒的な兵力で、狙いをつけやすく数隻ある中型飛空艇を標的に定めた。
 止むことのない集中砲火が船を襲い、早くも1隻が黒煙と共に墜落する。
「このまま攻め落としちまいな、ほら」
 ザクロが前を行く船に指示を出す。漆黒色をした「黒猫」のミッシェルの船、藁で作られた「火踊り」のププペの船、龍をかたどったように派手な「青龍刀」のチーホウの船の3隻が我先に勲功を立てんと突撃を開始した。ここまでは、完全なるザクロサイドの一方的な蹂躙であった。が、その矢先、彼女の星扇から一際高い、耳をつんざくような音が生じる。同時に扇が光を強めた。それは自身の存在を主張しているようにも、誰かの主張に応えているようにも見える。
「おや、これが共振するなんて珍しいねえ……」
 ザクロは元を辿るように、空の前方に目を向ける。姿までは見えないが、小さな影が飛空艇間を飛びまわっている様子が見て取れた。
「セイニィ……そっちについたのかい。信じられないね。まあどっちに身を置いたところで、長生きは出来ない運命さね」
 ザクロは腕にはめた白虎牙に目を落とす。セイニィの俊敏さなど、この超高速移動の前では赤子同然。ザクロは扇の高ぶりを沈めるように舌で舐め、懐にしまい直した。
「ただ、アレが相手だとするとさっきの3隻にはちょっと荷が重いかもしれないねえ……まあいいさ。そっちでドンパチやってる間、こっちは他の船でも沈めさせてもらうとするよ」
 ザクロの予見通り、その後セイニィは次々と空賊をその爪で引き裂いていった。結果、チーホウとミッシェル、ププペは揃って撃墜されることとなる。しかしその間に、ザクロ船団は対峙していた5、6隻の中型飛空艇を残らず掃討させていた。幹部に当たる3空賊が倒されたとはいえ、数の上でザクロは圧倒的優位に立つ。自陣にはまだ20隻を超す戦艦、対するツァンダ応戦陣の船で残っているのはルミナスヴァルキリーとオクヴァー号と書かれた船、周囲を飛び交う小型飛空艇の群れのみである。そしてセイニィの速さも、白虎牙を持ったザクロの前では大して意味を成さないであろうことは容易に想像出来た。ザクロは戦局を眺め、ミルザムの首が近いことを確信する。
 しかし、彼女はひとつ読み違えていた。確かにセイニィは強い。が、幹部の3空賊を倒したのは彼女ではなく応援にかけつけた生徒たちなのであった。ザクロが読み違えていたもの、それは生徒たちの実力だ。とは言えこの時点ではまだザクロが優勢なことに変わりはない。この時点では。
 数的に劣勢となったツァンダの応戦組をザクロ船団が囲み始める。ザクロはモニター越しにルミナスヴァルキリー号へと語りかけた。
「よく頑張ったねえ、よくここまで持ったもんだよ」
 ぱちぱちと手を叩き、真っ赤な唇に薄く笑いを浮かべる。
「あなたが乙女座の十二星華……なのですね」
 艦橋にいたミルザムは険しい顔で、ザクロをじっと見つめる。
「おや、初めまして、ミルザム・ツァンダ。そんなに恐い顔をして……なにか嫌なことでもあったのかい?」
「ふざけないでください! あなたは……あなたは今まで何をしてきたと思っているのですか! 罪のない人々をイタズラに殺すなんて……それが女王を目指す者のすることですか! 私はあなたを許すことは出来ません!」
「五月蝿い小娘だねえ、女王のことであんたにはとやかく言われたくないよ」
「ど、どういう意味ですか……?」
 ミルザムの表情が強張る。
「……ふふふ。まあ、いいさ。それじゃ、あんたたち、あの世でも仲良くするんだよ」
 扇で口元を隠し、ザクロは小馬鹿にするように笑った。
 その時、ドオンと重低音が突如艦橋を震えさせた。その音は、紛れもなく前日蜜楽酒家で鳴った鐘の音だった。なぜそれがこの場所で? この艦橋だけではなく、大空賊団の飛空艇から次々に重低音が上がっている。辺りを見回すザクロはその視線の先に何やらパラボラアンテナを搭載した飛空艇を発見した。そうやらあのアンテナが答えらしい。近隣の各船にハッキングして音を出させているのだろう。
「なんだい、ありゃあ……そういや空賊たちをひとつにまとめた鐘があるって聞いたことがあるけど、これが……」
 ザクロはさらに、船の奥に目をやった。そこには、象牙色の中型飛空艇が浮かんでいた。ザクロがそれを目視したとほぼ同時に、その飛空艇から凛とした声が響く。それは、逃走や追撃という試練を乗り越え戦場へと舞い戻ったフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)の声だった。
「待たせたわね、みんな! 空賊の大号令を得て、フリューネ・ロスヴァイセ、ここに参上よ!」
「やれやれ……面倒なのも来ちまったねえ」
 耳をふさぐような仕草をして、ザクロが船団に指示を送る。包囲網の外から現れたフリューネの乗っている船を迎え撃とうと、ザクロの母船と護衛戦艦はそれに従い向きを変えた。が、4隻のうち上の1隻だけ様子がおかしい。
「どうしたんだい、方向転換するんだよ」
 ザクロが無線で問い掛けるが、返事はない。数秒後、代わりに聞こえてきたのは巨大な爆発音だった。
「……なんだい!?」
 巻き込まれぬよう、残りの護衛戦艦と降下しつつザクロは突然の爆撃に驚きを見せた。一体船内で何が起こったのか。時間は十数分前に遡る。



 護衛戦艦のひとつ。この船は、ツァンダ到着寸前に静麻によって内部に不協和音がもたらされた船だった。その船内で、5名の侵入者のうち残り2名、リアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)とパートナーのスプリングロンド・ヨシュア(すぷりんぐろんど・よしゅあ)が超感覚で警戒しつつ船の動力部に向かっていた。
「どれが母船か分からなくて護衛船に乗っちゃったのは誤算だったけど……それでも作戦は続けないと。ザクロがしようとしていることを止めなきゃ!」
 犬のような白い耳と尻尾をぴくつかせながら、リアトリスがそのファンシーな外見とは裏腹に真剣な調子で言う。スプリングロンドも同じように獣化状態で足を動かしながら呟いた。
「ザクロを止めることで泣かせた女の数が増えてしまうかもしれんが……そうも言ってられんな。より多くの女を泣かせないためだ」
 ふたりは、見回りに見つかりそうになる度わざと音を立ててその隙に反対側を通ったり、人気が高いと噂のある女学院の校長の写真で注意を逸らしたりしつつ動力部に辿り着いていた。
「なんだ……他にもいたのか」
 船内を歩いている時に発見した小型爆弾を手に、スプリングロンドは思わず声を上げた。そこには、昨晩捕らえられたはずの遙遠が立っていたのだ。遙遠は彼の手にあるものを見ると微笑を浮かべた。
「遙遠も驚きましたよ。遙遠以外にも、同じことを考えている人がいたんですね」
 スプリングロンドが何をしようとしているのか、それは彼の手にある爆弾を見れば一目瞭然である。そう、内部からの機能停止だ。
「面白いので観客としてこの舞台を見ていましたが、さすがにここまで攻め入られると迷惑ですからね。少しだけ上がらせてもらいますよ……この面白そうな舞台にね」
 遙遠は言うや否や、その手から炎を生み出す。そしてそのままそれを動力部に被せると、たちまち火は広がっていく。スプリングロンドも誘爆を避けるため少し火の手から離れた箇所に爆弾を設置すると、そのまま部屋を後にした。その後各々の乗り物で素早く船を離脱した3人だったが、その間際、リアトリスは携帯を取り出し誰かに着信を届けていた。

「おい、なんか変な音がしねぇか?」
「なんだ、不審者情報の次は不審音かよ?」
 動力部が燃えていることなど知る由もない船内の空賊たちは、次々と訪れる不測の事態にすっかり規律を取り乱しつつあった。船の責任者に近いポジションにあると思われる数人の空賊が管制室に集まり緊急会議を開いていた。
「おい、今入った情報だと動力部が燃えてるってよ!」
「何!? 馬鹿、早く消火しろよ! そもそも誰だよ火つけたのは! まさかお前が裏切り者じゃねえだろうな!?」
「なんだと……そういうお前はどうなんだよ、え?」
 しかし、静麻によって張られた疑惑の糸が彼らをがんじがらめにし、この期に及んで彼らは疑心暗鬼となっていた。そこに、とどめとばかりにひとりの生徒が「その身を蝕む妄執」で彼らを襲った。不意打ちでスキルを発動させたその生徒は、遙遠と共に捕まっていたはずの垂だった。どうやら彼女も遙遠も、船員に成りすましていた静麻とそのパートナーたちによって他空賊の預り知らないところで解放されていたようだった。リアトリスが今しがた携帯で連絡を入れた相手も、この垂のようである。彼女が空賊たちに見せた幻覚、それはこの船の有様を見て「役立たず」とザクロに切り刻まれるという恐ろしい幻だ。
「ひっ、ひいい、すいません、すいません姐さん、命はどうか……!」
「やめっ、やめてくれよ、頼む……!」
 ひとり、またひとりと恐怖に顔が染まっていく空賊を見て、垂はこの船の終わりを確信する。
「こんなとこだろ。さて、爆発に巻き込まれたら洒落にならないからな。とっとと脱出するか」
 垂が空賊たちを置き去りにして飛空艇から飛び去る。この直後、爆弾に炎が引火し巨大な爆発が起きたのだった。



 思わぬ爆撃を受けたザクロ陣営は、やや陣形を乱してしまった。そこを突くように、フリューネたちが向かってくる。
「……やれやれ、どうやら直接あたしが出てった方が、早く片付きそうだねえ」
 ザクロは先ほどしまったばかりの扇を再び取り出すと、船の甲板へと向かっていった。

 船内から出てきたザクロは眩しい朝日に照らされ、扇でそれを遮るように片方の腕を上げつつ甲板に出てくる。空のあちこちでは爆破音や飛空艇の旋回音が聞こえ、怒声や悲鳴がそこに重なっている。ザクロは心地良さそうに少しの間目を閉じ耳を傾けた。
「ふふ、酒場よりも賑やかじゃないか」
 風が運んでくる阿鼻叫喚の音色を堪能すると、ザクロはゆっくり目を開く。すると、何機かの小型飛空艇や箒が近付いてくるのが視界に入った。
「おや、よく会うねえ、お嬢ちゃん」
 ザクロは見知った顔を見かけ、話しかける。その相手は箒に乗ったオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)、そして貸し出された小型飛空艇で現れたのはミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)、そして彼女らの契約者桐生 円(きりゅう・まどか)だった。円はザクロの星扇の能力を知ってか知らずか、意味深な口ぶりで挨拶を返す。
「なにかに操られて、ここに来たのかもしれないね」
 そして円は、すっと日本酒を取り出し甲板へと置いた。
「これ、約束してた日本酒だよ。白虎牙おめでとう、ザクロくん」
「ふふ、あんな細かい口約束を守るなんて、律儀だねえ」
 ザクロが酒瓶を手に取り微笑むと、頭の片隅にあった記憶を引っ張り出した。
 女王について聞いてみたいことがあったのさ。いいかい? 後で日本酒でも奢るからさ。
 それは、カシウナ襲撃時に円が強引に取り交わした約束だった。円は甲板に飛空艇を寄せたまま話を続けた。
「なんだろう。自分なりにさ、考えてきたんだけど。そんな能力があると人を本気で信じられなくなるような気がするんだよねぇ。まぁ、ボクも簡単には信じないタイプだけどさ」
 そんな能力。円のその言葉はザクロの持つ星扇の力をどこかで聞き及んだことを示していた。ザクロは、人の感情を増幅させることが出来るのではというその情報を。
「ザクロくんさ、信じてる人っている?」
「相変わらず面白いことを聞くお嬢ちゃんだねえ。でもね、ここは記者会見の席じゃないんだ、地上に落とされたくなかったらこれ以上お喋りはよすんだね」
 円の問いにザクロは答えなかった。が、その口ぶりにどこか今までと違う刺々しさを感じた円は、それを答えとして受け取った。同時に彼女は、その雰囲気から「どこか淋しそうな人だな」とも感じていた。少し尖った空気が円とザクロの間に漂い出したが、それをミネルバが底抜けに明るい声で破る。
「ねぇねぇ、遊ぼ! 遊ぼ! ミネルバちゃんもザクロちゃんとしゃべるー!」
 あまりに無邪気なミネルバの振る舞いに、棘が若干柔らかくなった。そのタイミングを見計らったように、オリヴィアが話しかけた。
「ザクロさん、こないだ自分のこと、役立たずの十二星華って言ってたわよねぇ。でも、役立たずって何なのかしらね。自分ではそう思ってても、他人はそう思ってないことは多々あるのかもしれませんよぉー」
 今にも甲板に飛び降りそうなミネルバを手で制止しながら言ったオリヴィアの言葉に、円が続く。
「ボクは、ザクロくんが役立たずなのかどうかは分からない。ただ、言えることは前のザクロくんより今のザクロくんの方が好きってことだね。本当のザクロくんが見えそうな感じもするし」
「ミネルバちゃんも好きー! ザクロちゃんのうなじとか、太ももとか! ザクロちゃんかわいいよー!」
 自分に敵意を向けていないことが彼女たちの言動から見て取れたザクロだったが、さすがに付き合いきれない、といった様子でひとつ息を吐いた。オリヴィアが敏感にそれを察し、別れの言葉を告げる。
「そろそろお暇しましょうか、必要以上いても迷惑なだけですし」
 甲板から離れ、その場から去ろうとする円たちだったがミネルバだけがひとり飛空艇を動かさずにいた。
「やだやだ! ミネルバちゃんもっとここにいるもん! ザクロちゃんと一緒にいるもん!」
「だめよぉ、ミネルバ。邪魔になっちゃうからぁ。それにこないだもそうやって怪我してたでしょー?」
 オリヴィアにあやされ、渋々ミネルバも甲板から離れる。去っていった3人と入れ替わるように小型飛空艇を甲板に寄せたのは瀬島 壮太(せじま・そうた)だった。壮太はザクロの手に収まっている酒瓶に目をやると、少し残念そうに口を開いた。
「なんだ、戦いの前に酒は勧めねえ方がいいかと思ったけどやっぱそっちの方がよかったか。ったく、変に気回して変り種持ってきちまったぜ」
 そう言った壮太の手には、酒瓶の形にコーティングされたチョコレートがあった。自らチョコを溶かし、瓶の形に固め直したものだった。
「まあせっかく持ってきたんだ。食ってくれよ。あ、もしなんか疑ってんだとしたら、オレも食うからそこらへんは気にすることねえぜ」
 言葉通り壮太はもうひとつ、まったく同じチョコを後ろから取り出し無害をアピールするため先にチョコを頬張った。
「あんた、カシウナであたしを守ろうとしてた坊やだろ? そんな子の好意を無下には出来ないねえ」
 壮太のアピールの結果か、仮に何かが仕掛けられていたとしても自分には効かないという自信からか、あるいはただの気まぐれか。ザクロはそのチョコを受け取ると包みを開け、一口大にしてから胃に納めた。
「どうだ? 味は」
「ふふ、悪くないけどやっぱりあたしはお酒の方が好きかねえ」
「あんたならそう言うと思ったぜ。酒はまた次の機会に持ってきてやるよ」
 壮太の言葉の後、短い沈黙が訪れる。ザクロはチョコを包み直すと床に置き、まだ目の前から去ろうとしない壮太を見る。
「なんだい? まだ何かあるのかい?」
 不思議に思ったザクロが尋ねると、壮太は意を決したように口を開いた。
「馬鹿な坊やだって笑いたきゃ笑ってくれて構わねえ。それでもオレは決めた。もう今からオレはあんたに、本音しか言わねえ。どうせ駆け引きなんざやったとこで敵わねえしな。だから……もしあんたに少しでも情があるなら、これからオレが言うことに一言でいい、返事をくれ。頷くか、首を振るかだけでもいい」
 壮太は初めてザクロと話した時からずっとあることを悔しがっていた。それは、今まで一度も彼女の本音を聞いていないような気がしたこと。その無念さは、彼に執着心のようなものすら抱かせた。心を通わせ合うまでは望まない。ただ一言、彼女が本当は何を思っているのかが聞きたい。壮太はその決意を言葉に宿し、ザクロへと放った。
「あんたは……支配さえされなきゃ、女王になんて興味ないんじゃないのか? ただ、自由でいたいだけなのか?」
 そのあまりに愚直でシンプルな、熱量のある問いかけにザクロの視線が僅かに揺らいだ。目に飛び込んでくる太陽の光から、反射的に目を背けるように。
「自由なんて曖昧なものに、答えは出せないねえ。ただ、女王に興味がないのは誓って本当さ。女王候補なんて誰も名乗りを上げなきゃ、それに越したことはない。けどいつだって、どうせ誰かが上に立とうとするだろう? あたしは何度もそれを見てきた。もう、こりごりなのさ」
 心なしか、ザクロの語調にまた棘が混じったような気がした。しかしその棘は、壮太にとって忌むべき対象ではなかった。触れることで痛むとしてもその棘は、心根から生えたものだからだ。壮太は左手を軽く振り、指をこすり合わせる。
「……出番ね?」
 それは、彼が左手人差し指にはめていたアーマーリングタイプの機晶姫、フリーダ・フォーゲルクロウ(ふりーだ・ふぉーげるくろう)の沈黙を破る合図だった。フリーダはその全身から魔力を滲ませ、キュアポイズンを壮太に向け放つ。
「あなたにも、はい」
 同じように、ザクロにも解毒作用を促進させるフリーダ。
「……悪かったな、さっきのチョコ、毒入りだったんだ。最初は本音を聞けようが聞けまいが自分だけ解毒しようかとも思ったんだけどよ」
 ポリポリと頭を掻き、壮太がほんの少し照れたように早口気味に言った。
「女子供は、傷つけない信条なんだ。ま、本音が聞けてよかったぜ」
 そのまま壮太は、ザクロの返事も聞かずに飛空艇を走らせた。
「……」
 後に残されたザクロは、円たちや壮太とのやり取りをぼんやりと思い返す。自分のことを好きだと言ったり、人の内面に入り込もうとしてきたり、本音を聞きたいとせがんできたり。どれも鬱陶しく、遠ざけてしかるべきものだ。そう思ってはいても、会話を続けていた自分がいたこともまた事実。その会話の中に、自身の生々しい感情が入っていたことも。
「まったく、子供と話してるとどうもいけないねえ。変なものがうつっちまいそうだよ。さて、そろそろ船のひとつやふたつ、沈めないとねえ」
 距離を縮めてくるフリューネたちに目を向けたザクロ。が、その間に五月葉 終夏(さつきば・おりが)が箒を滑らせて割り込んだ。彼女の両隣には、ふたりのパートナー、ルクリア・フィレンツァ(るくりあ・ふぃれんつぁ)ブランカ・エレミール(ぶらんか・えれみーる)もいる。
「ザクロさん、また随分思い切った行動に出たじゃないか」
 終夏は、しっかりとザクロと向かい合って堂々とした口調で言う。
「ぜひ理由を教えてほしいもんだね。いくら大勢の空賊が仲間とはいえ、信頼って間柄じゃないだろう?」
「ふふ、理由も何も、出来ることが増えたからやってるだけさね」
 ザクロが不敵に笑う。もうすっかりいつものザクロに戻っていた。
「噂で聞いたけど、思えば一番最初の誘拐事件だってツァンダで起きているじゃないか。アレももしかして、ザクロさんが裏で糸を引いてたりしたんじゃ……?」
「誘拐事件? ちょっと知らないねえ。それはあっちで跳ね回ってるヤツがやったことじゃないのかい?」
 顔の向きを変えないまま言ったザクロだったが、それは間違いなく少し離れたところで空賊と戦い続けているセイニィのことを指していた。終夏は白を切られたと判断したのか、ふうんと挑発的な返事を返すとすっと武器を身構えた。
「あんたのせいでこっちは色々酷いこと言われたりしたんですよ。可哀想だと思ってくれるなら、ちょーっと遊んでもらえません?」
 終夏が思い出していたのは、蜜楽酒家の船着き場でナンパをしていた少年がザクロと自分の体を比べた時のことだった。隣にいるルクリアとブランカも、それぞれの光条兵器とリュートを手にとる。
「ご、ごごごごごめんなさい! で、ででも、こんな火種を撒くようなことっ……してはい、いけないわ!」
「はっはっは、この音色に酔いしれちゃいなよ!」
 3人の戦法はシンプルだった。それは、待つこと。白虎牙の能力を使った攻撃はリーチの短さがつけ目だと判断した彼女らは、下手に動くよりも適度に距離を取りつつ向かってきた時だけ迎撃する方法を選んだ。
「で、でででもっ、怪我はさせたくないわっ……!」
 ルクリアが大きな竪琴のような弓を構え、ザクロの扇目がけ矢を放とうとする。しかしその狙いを定めるための数秒という時間は、ザクロ相手ではあまりに長い時間だった。
 ザクロは次の瞬間、元いた甲板右部分から左端へとその身を移していた。が、ルクリアの視界にはそれがあたかも姿を消したかのように映る。彼女が目線をずらそうとするよりも早く、辺りに銃声が響いた。ザクロはいつの間にか懐から拳銃を取り出し、ルクリアの肩を撃ち抜いていた。そのまま彼女は、力なく落下していく。
「ルクリアさんっ!!」
 優雅なリズムでリュートを奏でることで注意を引こうとしていたブランカは、血相を変えて落ちていった彼女を見下ろす。その無防備な様は、ザクロの格好の餌食だった。二度目の銃声で、ブランカの右腕から赤い飛沫が飛び散った。ふたりのパートナーを撃墜された終夏は、我を忘れてファイアストームやサンダーブラストを甲板目がけ続けざまに放った。襲い来る炎と雷の群れはしかし、すべて白虎牙の超高速移動でかわされる。
「怖いお嬢ちゃんだねえ」
 止まない攻撃にザクロは溜め息を吐くと、扇を開き肩から下方に向かい振り下ろした。高速で裂かれた空気はカマイタチとなって終夏の魔法を軽々と貫通し、彼女の四肢を切りつけていった。
「うあっ……」
 あっという間に3人を沈めたザクロは、目前まで迫ってきたフリューネに目を向けた。
「ふふ……上がっておいでよ、この舞台に。そしたら下に突き落としてあげるから」
 ザクロが誘うように数歩引く。それは、これから最高の舞いを見せようと甲板の感触を確かめているかにも見えた。