蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−3/3

リアクション公開中!

【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−3/3
【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−3/3 【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−3/3

リアクション


第2章 香り立つ戦争の匂い・前編



 乙女座(ヴァルゴ)の十二星華ザクロ・ヴァルゴ(ざくろ・う゛ぁるご)の宣戦布告から、明けて翌日。
 ツァンダの街は喧噪に包まれていた。大通りには避難を急ぐ市民が列を連ね、掻き集められた中型飛空艇ではクィーンヴァンガードを始め都市警備隊が戦闘準備を行っている。船はどれも商船として利用された非武装のもののため、武装を取り付けるのに難航しているようだ。
 混乱の続く空港に、一隻の大型飛空艇が停泊している。
 永き眠りから目覚めた古代戦艦、その名は【ルミナスヴァルキリー】と言う。
 空賊の大号令をかけるためフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)は別行動中。セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)に留守を任せ、【ユーフォリア・ロスヴァイセ】は決戦の鍵となるだろう【魔性のカルナヴァル】を求め、ツァンダ家を訪ねている。
「魔性のカルナヴァルはこの地に古来よりある舞踊ですが、そのような力があるとは存じませんでした」
 話を聞いたミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)は驚いた様子だった。
 ユーフォリアと舞踊の取得に同行した生徒たちは、ツァンダ家の中庭に面したテラスにいる。鮮やかな色彩の花々が咲いているが、あいにくの曇天の空が全ての色をくすませていた。空はまるでツァンダ圏に暮らす人々の心を映す鏡のようだ。灰色の空が人々の肩に重くのしかかっているように思えた。
「元は鏖殺寺院の用いた禁術の一種ですから、本来の使い方は秘匿されていたのかもしれません。そのうちに、長い年月が本来の目的を形骸化させてしまったのでしょう」
 そう言って、ユーフォリアは穏やかながら真剣な眼差しを向ける。
【白虎牙】を止める事が出来るのはおそらくこの方法だけ……、もう一刻の猶予もありません。ミルザムさん、どうかわたくし達にお力を貸して貰えませんか?」
「はわわ、僕からもお願いするです、ミルザムさん」
 列から一歩前に出て、クィーンヴァンガード特別隊員の土方 伊織(ひじかた・いおり)は言った。
「はうー、こんな形でお二人を引き合わせるのは不本意ですけど、今はそんな事言ってられない状態なのです。ここは力を合わせないと、ツァンダを……、シャンバラを守れないと思うのですよー」
 必死に呼びかける伊織に頷き、ミルザムは返す言葉を紡いだ。
「伊織さん……、あなたの気持ちは伝わりました。私も及ばずながら力を貸させてください」
「それでは……」
 ユーフォリアと伊織は思わず顔を見合わせる。
「ええ、人々を危機を前に逃げ出して、どうして女王候補を名乗る事が出来ましょうか。ユーフォリアさん、伊織さん……、そして、皆さん、こんな私を頼ってきてくださってありがとうございます。このミルザム・ツァンダ、大空賊団を止めるため、力となりましょう」
 共に戦う意志を見せる彼女だったが、伊織はそこにただならぬ危険を感じ取った。
「……まさかとは思いますけど、ミルザムさんも前線に行くつもりじゃないですよね?」
「行くつもりです。私だけ安全なところにいるわけにはいきません」
「踊りを教えてくるだけでいいのですよー。戦場には危険がいっぱいあるのです」
 説得をしていると、パートナーのサー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)が肩に手を置いた。
「止めて聞くような方ではありませんわ、お嬢様」
「でも……、ミルザムさんを前線に出すなんて、ヴァンガード的にNGだと思うのです」
「ミルザム様の身の安全を確保するのはヴァンガード隊の仕事ですが、その所為でミルザム様の行動を制限してしまっては意味がありませんわ。女王の為す事を支えるのも、私たちの仕事です」
「わかりましたのです。危険が及ばないよう僕がしっかりお守りします」
 伊織がすこし困った顔で了承すると、ベディヴィエールはニッコリ微笑んだ。
「素敵ですわ、お嬢様。ささ、シャンバラの平和のために、お嬢様も踊りの練習をいたしましょう」
「……え? はわわ、僕もですかー!?」
「ご覧下さい」と、彼女は舞踊取得に志願した生徒を見回した。「思いのほか多くの方が集まってくださいましたが、十二星華相手ではいささか心持たないでしょう。もしもの場合に備え、お嬢様も……」
「だ、だって踊り子って女の人が……」
「お嬢様は男の娘ですし……、見た目的にも大丈夫です。不肖このベディヴィエールが保障しますわ」
「男の娘って……、いやいや、全然大丈夫じゃないですぅ」
 とかく世間では個人の主張など、聞いてはもらえないものだ。伊織の必死の抵抗もむなしく、ベディヴィエールにまんまと言いくるめられ、彼女の趣味の生け贄となるのだった。
「うぅ、いちおー、いちおー覚えるだけですからねー」
「一緒に覚えましょうね、お嬢様」


 ◇◇◇


「ちょっと待ってくださぁーい!!」
 本格的な練習をするため一同が移動を始めると、庭先に空飛ぶ箒が勢いよく滑り込んだ。
 箒に股がるのは志方 綾乃(しかた・あやの)。箒から降りようとして、彼女はこてんと地面に転がる。
「だ……、大丈夫ですか?」
 ユーフォリアが駆け寄ると、幽鬼のごとき青白い顔で力なく微笑む。
「す、すみません。高所恐怖症なもので……、すこし気分が……」
 じゃあ、空飛ぶ箒なんか乗るなよっつー話だが、彼女が箒で飛び回れねばならぬほどの非常時だと考えてもらえれば幸いだ。ツァンダ圏は今や『戦時下』に置かれているのだ。
「舞踊に関する調査が不十分かと思ったので、沿岸都市で情報を集めてきたんです……」
 銃型HCで白壁を指向し、画像を投射する。十数枚に及ぶ魔性のカルナヴァルの振り付けを撮影したものが映し出された。幾つかの都市で撮影されたもので、踊り手も異なれば、振り付けもすこし違う。
「本当は映像で撮りたかったんですけど、このポンコツにその機能がなかったので志方ありません」
 ほわほわした口調で、銃型HCを蔑んだ。
 それから、誤字だと思われると筆者が可哀想なので自己弁護しておくが、志方ない、は誤字ではないのであしからず。彼女の口癖なのである。譲れないスタンダードなのである。
「私の知っている振り付けと多少違うようですね……?」
 不思議そうにミルザムは呟いた。
 綾乃は手帳を取り出し、分析した事を話し始めた。
「お気づきの通り、幾つかの相違点があります。ここで重要なのは共通する振り付けの部分ですね。おそらくここが、術の核となる儀礼的動作なのではないかと思うんです。ここを抜き出して行けば、簡単で覚えやすいかたちに出来ないでしょうか。時間がありませんから、簡略化は必須だと思います」
「あの……、私からも捕捉して良いですか?」
 おずおずと手を挙げたのはヒメナ・コルネット(ひめな・こるねっと)だった。
「ここに来る前に、踊りについて調べようと思って、蒼空学園の図書館で本を借りてきたんです」
 そう言う彼女はいっぱいの本を抱えている。『ツァンダ舞踊大全』やら『とあるダンスの黙示録』なる
踊りに関する本から、『まんがで学ぶ呪術の歴史』や『一週間で殺せる呪い講座』などの呪術に関する本まで、必要になりそうな本は大体借りてきた。
「ミルザムさんの振り付けはソロ用で、デュオやトリオ用の振り付けもあるのじゃないかって、私は思ったんです。元々は大人数で踊っていたものだと聞いたので、人数で振り付けが変わるのかもって」
「なるほど、それは盲点でした。それで、何か発見があったのですか?」
 綾乃の言葉に、ヒメナはこくりと頷く。
「人数で変化するという事は書いてありませんでした。たぶんですけど、綾乃さんの見つけた各沿岸都市で独自に足されてる振り付けが、一人用にアレンジされた結果だと思うんです。ですから、共通部分を抜き出していけば、元々のかたち……5000年前のかたちに戻す事は出来ると思います」
「ねえねえ、ヒメナ。魔性のカルナヴァルの曲の事は調べてくれた?」
 ふと、ヒメナの契約者、蒼空寺 路々奈(そうくうじ・ろろな)は尋ねた。
 本の間に挟んであった紙を取り出し、ヒメナは彼女に手渡す。それは譜面のコピーだった。
「なんでも伝統的にこの曲が使われてるみたいです」
「……なんだか民族音楽って感じの曲ね」
 そう言って、ギターを取り出しボロローンとつま弾く。
「あたしは演奏で参加させてもらうね。よろしく」路々奈はてへっとお茶目に笑ってユーフォリアやミルザムと握手を交わす。「てか、振り付けが短縮されるって事は、それに合わせて曲もアレンジしないと踊りづらくなっちゃうよね。うーん、今日中に調整できるかなぁ……」
「あの、それは難しいお仕事なのですか……?」
 ユーフォリアの不安気な顔を、どんと胸を叩いて路々奈は消し飛ばす。
「ま、誰にでも出来る簡単なお仕事とは言えないけど、この路々奈さんの手にかかれば、朝飯前のちょちょいのちょいってね。大丈夫、あたしにどんと任せなさいって」
「ありがとうございます、路々奈さん。皆さんも何から何まで……」
「お礼なんていいですよ、ユーフォリアさん」綾乃は小さく笑う。「あ、路々奈さん。編曲した曲なんですが、できましたらコピーを頂けませんか。事態は流動的ですし、白虎牙に対する抑止力として、魔性のカルナヴァルを母校の明倫館で研究してみようと思いますの」
 ハッキリとは言わなかったが、つまり『白虎牙がティセラ側に渡った場合』に備えて、芦原明倫館の持つ抑止力にしようと考えているのだ。彼女は人よりすこし先を見据えていた。