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ポージィおばさんの苺畑

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ポージィおばさんの苺畑
ポージィおばさんの苺畑 ポージィおばさんの苺畑

リアクション


 つやつや苺を召し上がれ 
 
 
 果物は贅沢品だから、瀬島 壮太(せじま・そうた)の家では普段は頻繁に食卓には上らない。だから、苺狩りに来たミミ・マリー(みみ・まりー)は大喜びだった。
「うわぁ苺がいっぱいだね」
「ここなら食いすぎても文句言われねえから、好きなだけ食えよ」
「うん。思う存分食べるよ〜」
 壮太に言われ、さっそくミミは摘んだ苺をぱくりと食べた。口の中に苺の甘酸っぱい果汁がじゅわと溢れる。
「えへへ、甘くて酸っぱくて美味しいなあ……幸せ〜」
 もう1つ、もう1つ。ゆっくりだけれど手は休めず、ミミは苺を食べ続けた。
 自分は1つ2つ苺を囓っただけで、ミミが食べるのを生暖かく見守っていた壮太も、ミミの食べっぷりにだんだん心配になってくる。
「……っておいミミ、いくらなんでも食いすぎだ。腹壊すぞ。あと他の奴らもいるんだから、ちょっとは気ぃ使え!」
「これくらいならまだ平気だよ〜。それに、苺もこんなにたくさんあるんだもん」
 ミミはまた1つ苺を口にしてゆっくりと味わうと、すぐ横で苺を摘んでいる鏡氷雨に同意を求めた。
「ほんとに美味しい〜、ね?」
「うん。どれだけでも食べられそうだよー」
 もきゅもきゅと苺を食べる氷雨も、同意に力を得てまた1つ苺を口に運ぶミミも、とても幸せそうな顔をしている。
「あとで腹が痛いって言っても放っておくからな」
 普段なかなか食べさせてやれない分、今日くらいは思う存分苺を食べさせても良いかと、壮太はそれ以上ミミを止めず、自分もまた1つ苺をつまんだ。
 
 
 苺狩りができるというので、東條 カガチ(とうじょう・かがち)椎名 真(しいな・まこと)はそれぞれパートナーを連れて、苺畑へとやってきた。
 たまには摘みたての苺をめいっぱい楽しむのも良いかと、カガチはよく色づいた苺をさっそく口に入れてみる。
「お、このいちごうめえ」
 ジューシーな甘味と酸味に満足げなカガチと対照的に、カガチに連れられてやってきた柳尾 みわ(やなお・みわ)はつまらなそうに苺畑を見渡した。
「このくさについてる赤いのがいちご? なんだ、狩るって言うからねずみとかの仲間だと思ったわ」
 動かない果物を採るだけなのにがっかりするみわに、狩るのはその狩りじゃない、とカガチは説明した。
「いちごって、みーちゃんが何時もクリームだけ綺麗に舐めちゃうケーキの上にくっついてるのと同じ奴なんだけど、みーちゃんにはわからないかな。練乳をつけて食べたらみーちゃんの口にも合うんじゃねえか」
「これをつけるの?」
「そ。いちごをこうやって採って、練乳につけて……」
 気のりしない様子ながらも、みわはカガチに言われた通り、人生初の苺狩りをしてみる。
「うっわぁ、苺おいしいー!」
 真に連れられてきた彼方 蒼(かなた・そう)の方は苺狩りに大はしゃぎ。みわと反応が真逆なあたり、にゃんことわんこの違いを思わせる。
「蒼、食べ過ぎるなよー。それにしても綺麗な苺だな。そのままでもおいしいけど、これ使ってコンポートとか作ってみたいな……」
 真は蒼に注意しつつも、目の前の苺に夢中だ。
「コンポートいいねえ。このつややかな赤、瑞々しい酸味と甘味のハーモニー、いやあ苺ってのはいいよね」
「だな。すごく甘いよ、これ」
 苺好きのカガチと真は苺の良さを語りつつ、苺をもぐもぐと食べ続けた。おいしそうな苺を求めて畝を辿り、瑞々しい摘みたてを頬張る。
「ああ蒼、動けなくなるほど食べるなよー、お土産でちゃんと買って帰るから……って……あれ?」
 やっと蒼のことを思い出して声をかけた真だったが、蒼の小さな身体はどこにも見えない。
「うちの蒼知らないか?」
「え? いないのか……ってうちのみーちゃんもいねえ!」
「それってもしかして、いやもしかしなくても……蒼ーッ! どこ行ったー!」
 大あわてで探そうとする真をカガチは余裕たっぷりに宥めた。
「まあ2人一緒のようだし、苺畑内だから大丈夫だろう。のんびり苺食いながら探そうぜえ」
「……カガチ、なんで苺じゃなくてへたの方を食べてるんだ?」
「いやいやこれは……ととと、っ!」
 真に指摘されて誤魔化そうと焦ったカガチの手から、掴み損ねた苺が逃げ出した。
 
 その頃、蒼とみわも自分たちがはぐれてしまったことに気づいていた。
「にーちゃんたち……どこ? もしかして迷子? ……まい、ご……」
 ぐすっと涙目になった蒼だったけれど、みわを見て慌てて気持ちを強く持つ。一緒に迷子になったみわは、自分がちゃんと守らなければ。
「だ、大丈夫。自分は犬だから匂いたどれば分かるもん」
 こっち、と蒼はみわの手を引いて歩き出した。けれどたちこめる濃厚な苺の香りが、蒼の鼻の邪魔をする。周囲はどこも苺が並ぶ、赤と緑の迷路のような畝。
「あれ? ここさっき来たところ?」
「え、そうなの? しっかりしてよ! カガチたちに会えなかったらあんたのせいよ!」
 不安になってあたり散らすみわの手を、蒼はそれでも離さない。
「つ、つぎは多分大丈夫だもん!」
 泣くまいと目をしっかり見開いて、蒼はみわの手を引き苺畑をまた進み始めた。そんな蒼はどこか頼もしくて、みわは手を引かれるままに歩いていった。人影、と期待し、別人なのにがっかりし。そんな繰り返しをしているうちに、また不安が膨れあがり、みわは蒼と繋いだ手にぎゅっと力を入れた。
「なに、みわちゃん?」
「な、な、なんでもないわ。た、ただ、あんたが迷子になってはぐれてしまったらいけないと思ってよ! ほら、さっさと前向いて!」
 みわはつんと顎をそびやかした。汗ばんでしまった手に気づかれませんようにと、こっそりと祈りながら。
 
「ああ何で俺は蒼に、迷子になったらその場に留まっているように教えておかなかったんだろう……」
 なかなか見つからない蒼とみわに、真は頭を抱えた。
「そんなに心配する必要はないだろう。ん?」
 悠長に構えているはずのカガチの頭から、ぴょこんと超感覚の黒猫耳が飛び出す。けれど、聞こえてきたのがみわたちの声でないと分かると、その耳はへたりと後ろに倒れた。
「蒼いチャイナ服のわんこな男の子、みなかったかな? えーっと、ほらこんな耳と尻尾の」
 真も超感覚で蒼とお揃いの犬耳と尻尾を出して見せ、苺狩りをしてる皆に聞き回った。
 そしてやっと。
「ああ、その子だったらさっき向こうに……」
 そう教えてくれた人に礼を言うと、真とカガチは指さされた方へと向かった。と、真が見つけるより先に、真を見つけた蒼が子犬のように駆け寄ってくる。
「あ! にーちゃんたち、ただいまー!」
「はぁ……良かった。2人ともおかえり」
 蒼が元気そうなのに安心し、真はふうと肩の力を抜いた。
 みわはカガチにがっしりと抱きつき、迷子になったことに対する文句を一通りぶつぶつと述べ立てる。
「カガチが苺ばっかり気にしてるもんだから、あたしが迷子になっちゃったじゃないの」
 不安を隠して文句を言うみわの頭を、カガチは撫でてやる。
「はいはいみーちゃん、おかえりおかえり」
 みわが帰ってきて安心したのを、ポーカーフェイスの下に隠そうと、カガチは苦心する。そうして苦心していることこそが、心配していたことの証明になってしまうのだけれど。
「蒼ちゃんありがとな」
 みわがひとしきり文句を言い終えるのを見計らい、カガチは手を伸ばして蒼の頭をわしゃわしゃと撫でた。それを身を捩って眺め、みわは小さな声で蒼に言う。
「……ありがと」
 ぼそりと言われた礼に、蒼の犬尻尾がぱたぱた振れた。
 
 
「はぁー、お腹いっぱいだよー」
 普通の人の2倍ほどの量を食べ終え、氷雨は満足そうに息を吐いた。そろそろ帰ろうか、と苺畑をふらふら歩いていくと、受付の処にいるクロスが目に入った。
「クロスちゃんー帰るよー」
 探すまでもなくて良かった、と思いつつ近づけば、
「……わぁ……苺いっぱい買ったんだね」
 クロスは抱えきれないほど摘んだ苺を、お土産用に購入していた。
「これ……」
 クロスが返してきた財布はいやに軽くてぺしゃんこで、一体いくら使ったのだろうと氷雨は不安になった。この大量の苺……もしかして、全財産をはたいてるのではないだろうか。
(帰ったら怒られるかなぁ……)
 無駄遣いしないようにといつも言い聞かされているのに……。けれど、
「喜んでくれるといいな……」
 苺を抱えるクロスは、表情こそいつものように無表情だったけれど、どこか嬉しそうな雰囲気で。だったら、怒られるのを覚悟で帰ってもいいかな、と氷雨は苦笑しながらも思う。
 そんな風に大量の土産を許している氷雨の隣では、ミミと瀬島壮太が土産をどうするかで揉めていた。
「ねえ壮太。この苺、お持ち帰りもしようよ〜。だって凄く美味しかったんだもん」
「あんだけ食っといて、まだ持ち帰るつもりか? 完全に腹壊すからやめておけ」
「違うよ。下宿のおばあちゃんに食べてもらいたいんだよぉ」
 いつもお世話になっているおばあちゃんに、美味しい苺を食べて貰いたい、とミミは言うけれど、持ち帰り分は別料金。
「苺狩りだけでも随分な出費なんだぞ。この上土産の分まで出せるか。ほら、帰るぞ」
「そうなんだろうけど、でも……」
 壮太は歩き始めたが、ミミは後ろ髪を引かれる思いで苺を振り返る。その様子を見かねて、恋人に贈る苺の宅配を手配していた水神樹が、口を添えた。
「世話になっている相手へ、苺を贈りたいと思う気持ちは良いものだと思います」
 何だ? と振り返った壮太に、差し出口をすみません、と前置きしてから樹は自分が贈ろうとしている苺を目で指した。
「色々と事情もあるでしょうけれど、美味しいものを誰かに食べて欲しいと思う気持ち、どうか大切にしてあげて下さい」
 味方を得て、ミミはそっと上目遣いに壮太を見やる。
「ほんのちょっとだけ……だったらいい?」
「……しゃーねえな。ばあちゃんには世話になってるし。少しだけだぞ」
「わぁい、ありがと」
 壮太と樹の両方に礼を言い、ミミは持ち帰る苺を選び始めた。
 そこに、
「あらあら、盛況ねぇ」
 苺畑の様子が気になったのか、ポージィがよっこらと腰を押さえながらやってきた。
「おばさんがポージィさん? おいしい苺をありがとう。大切に育てたんだね。宝石みたいにきらきらしてて、すっごく綺麗で、甘くておいしかったよ」
 ミミの手放しの賛辞に、ポージィはくしゃくしゃと相好を崩した。
「ありがとう。苺もおいしく食べてもらえて、喜んでると思うわ」
「あ、苺のおばちゃんだー♪」
 お腹いっぱい苺を食べ、取り皿を返却していた千尋は、ポージィに気づくとぺこりと頭を下げる。
「今日はとっても美味しい苺をありがとうございました! また来たいです♪」
「まあまあ、ご丁寧に。ええ、来年もぜひまた来てちょうだいね」
 ポージィは千尋の頭を帽子ごしに撫でた。そんな様子に、日下部社が目尻を下げる。
「ちー、ちゃんと挨拶できたんやな、えらいでー」
「えへへー♪」
「本当にとっても美味しいです、ありがとう」
 ヴィアスもポージィに礼を述べて会釈をした。身体の調子が悪いときは、それに引きずられて心までしゅんとしてしまうもの。腰が痛くて苺が収穫できない、と心配していただろうポージィに、苺狩りでもらった元気を分けてあげられたらいい。
「うちの苺を気に入ってくれたなら嬉しいわ。苺が無駄になってしまわないように、たくさん食べていってね」
 そう言ってポージィは目を細めて苺畑を見やった。苺狩りをしても、まだまだ採りきれないほど苺はたくさん実っている。
「そういえば、出荷がどうとか聞いたけど……摘み取るのに人手がいるようなら、少しなら手伝えるけど」
 はじめての苺狩りは結構新鮮な体験で、赤く熟れた苺を選んで摘むのも楽しくなってきた。苺を摘んで手伝いになるのなら、と珂慧が申し出ると、ポージィはにこにこと答える。
「出荷の方は今年は断ってしまったんだけど、もし手伝ってくれるというならお願いしたいことがあるの。明日の朝早くで悪いんだけど、スイーツフェスタのお菓子に使う苺を摘むのを手伝ってもらえると助かるわ」
「俺も手伝うで。スイーツ組にうまいスイーツ作ってもらう為にも、とびきりの苺を摘んでやらんとな」
「ありがとう。じゃあ明日の朝、この受付の場所に来てもらえるかしら。摘んでくれたお礼も、苺のお土産になっちゃうんだけど、それでよければ」
 珂慧と社の申し出に、ポージィは嬉しそうに礼を言った。
 そこに、
「あ、ポージィさん」
 苺畑の様子を見て回っていた鷹野 栗(たかの・まろん)が、ポージィの姿を見つけて駆け寄ってくる。
 栗はスイーツフェスタで客の呼び込みをしようと考えていたのだけれど、苺のスイーツを売るには、まずそのメインとなる苺を知らなければ、と思い立ち。栗自身、パラミタで育った野菜に興味がある、ということもあって、苺畑にやってきて苺を観察したり、味を確かめたりしていたのだった。
 苺を知るには、それを育てている人に聞くのが一番、とばかりにポージィに質問する。
「苺のこと、色々教えてもらえませんか? スイーツフェスタのお客さんに、この苺のこと、知って貰いたいんです」
「ええもちろん。この苺はね、もともと小粒でとても甘い苺を他の苺と掛け合わせて、少しずつ、粒の大きい苺ができるようにしてきたものなのよ。もし良かったら、うちの方に原種の苺の苗があるから見てみる?」
「はい、行きます!」
 乗り気で返事をした栗を連れ、
「じゃあ明日の朝、よろしくね」
 スイーツフェスタ用の苺の収穫を珂慧と社に頼むと、ポージィは自宅へと戻っていった。
 
 
 ポージィの自宅では、賑やかな音が響いていた。
 栗に説明を終えたポージィが家に入っていくと、待ちかねたようにヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)が顔を出す。
「手すりの位置を確認してもらえるか。言われた位置につけたつもりだが、不都合があってはいかんだろうからな」
 人は国家の礎であり、高齢者は英知の宝である、というのがヴァルの持論だ。帝王の道を目指す者としてこれをおろそかには出来ない、とばかりに、ヴァルはポージィの自宅のリフォームを行っていた。
 それにあたりヴァルは、まずはポージィと相談し家に対する想いをしっかりと聞き、リフォームの計画を立てた。その計画に従って、ポージィの腰にかかる負担を軽減出来るよう、手すりを設置し、休憩用の椅子を設ける。出来たものを再びポージィにチェックしてもらい、彼女の意に添わぬものになっていないかどうかを確かめるのも大切だ。
「ちょうどいいわ。ありがとう。手すりとかをつけたいと思ってたんだけど、誰かに頼むのもおっくうだし、どんな風にすればいいのかも分からないもんだから、ついついそのままになってしまって」
 農作業にいそしむポージィにとって腰痛は困るけれど仕方がないもの、という認識だったけれど、家のそこここを工夫すれば、随分と楽に過ごせるようになるものだ。
「腰痛にはストレッチがいいそうです」
 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は調べてきた腰痛対策ストレッチを、自分でもやりながらポージィに教えた。
「いいですか? まずイスに座って、ひざに手を置くです」
「ええっと、こう?」
「そうです! そしたらひざに手をおいたまま、腰を前に曲げるです。イタくないぐらいまで、のんびりと腰をのばす感じです」
 ヴァーナーの見本を見ながら、ポージィは同じように腰を前に倒した。
「ああ確かにのびてる感じがするわ」
「それが腰にいいです。でもむりはダメですよ」
 無理すると余計に腰を痛めてしまうから、とヴァーナーは注意した。
「痛くない程度、ね。分かったわ」
「これを毎日3分がんばると、きっとこれからもわるくならないです」
 にこにこしながらヴァーナーは言うと、ストレッチを終えたポージィにお茶を淹れて出した。湯気と共に、ふわりと漂う香りは生姜。
「この甘味ははちみつ? 美味しいわね」
「はい、はちみつで甘くしたです。ジンジャーティはぽかぽかするステキなこうちゃなんです!」
 ジンジャーは身体の血行を促進する。身体を内から温めたら、腰の痛みも軽減されるだろう。
 ポージィが育てられるようにと、ヴァーナーはジンジャーの球根と栽培方法のメモを持ってきていた。土いじりが好きなポージィのことだから、楽しくジンジャーを育ててくれるに違いない。
「ヴァルおにいちゃんがお風呂にも手すりをつけてくれましたから、ゆっくり入ってあたためるです。そしたらきっと、来年の苺は元気に収穫できるです」
「そうね、楽しみだわ」
 ポージィは孫を見るような眼差しをヴァーナーに向けると、来年の今頃が楽しみでならない様子で微笑んだ。