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リアクション
第三章 虚信の灯り
地下の演舞場、パッフェルを前にして、イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)は膝を付いていた。膝を付いて背筋を伸ばして真っ直ぐに、彼女を見て言った。
「おまえは覚えていないかもしれないが…… 俺の女も、全身を水晶化されたままなんだ」
先の戦い、ガラクの村にて水晶化された、その水晶化はミルザムには解けないものであった。
「水晶化を解除してくれ…… 頼む」
少しばかり後退して、イーオンは頭を地に付けた。
「お前が水晶とした女は、俺にとっては命を賭して護り抜く価値のある女だと思っている。お前に当てはめればティセラと同じだ」
この男も…… この男もティセラの事を……。
「頼む! パッフェル、協力してくれ!!」
「お願いします!!」
イーオンに並んでセルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)も頭を下げた。
2人ともに覚えがある…… ガラクの村で啖呵を切った…… 自信に満ちた目をした男、それが……。
「…… 助けるにしても…… 今は出来ない……」
「……………… ! 拘束は、解いて貰うよう話をします!」
「違う…… 青龍鱗が無いと……」
「青龍鱗も用意させる! それで、それならやってくれるのか!」
「………………………… やっぱりダメ」
「どうして!!」
「……………… 罠に決まってる………」
「そんな事ありません!」
「そうだ! そんな事をしたら水晶のままだ…… もう、お前しかいないんだ!!」
「お願いします!!」
「……………… でも…………」
室内に足音が響きわたる。すぐにその数は増えてゆき、近づいているのを感じて、イーオンもセルウィーも頭を上げた。
「ちょっと待て! 何なのだ、ゾロゾロと…」
室外で見張りと警備を担当していたフィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)は足止める事すらも出来ずに通してしまったようだ。しかしながら、歩み寄り来たのがノーム教諭と、清泉 北都(いずみ・ほくと)にクナイ・アヤシ(くない・あやし)、そして青龍鱗を抱えたミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)であった。
フィーネはイーオンと視線を交わして審議を依頼した。教諭とミルザムの顔があまりにも思いつめているようだったので、イーオンは合図を送った。フィーネは自分の所定の位置へ、そして教諭はパッフェルの元へと真っ直ぐに歩んだ。
「パッフェル、お話があります」
顔を背けるパッフェルに、静かに続けた。
「先の事件で、あなたに協力した生徒たちを、解放します」
大きく瞳が見開いた。彼らが幽閉されている事は知っていた、自分と同じだけの期間、自分のように常に治療をしてくれるなんて待遇な訳がない。それを、そんな彼らを解放すると……。
「あなたには、私とマリオンさんの解毒をして貰います」
「…… 解毒? やっぱり、あなたには解毒できないんだ……ふふっ」
「そぅさ、女王候補様殿じゃあ青龍鱗を使いこなせなくてねぇ、だから、君にお願いしたいんだよ」
「すると思う? 解毒しなければ、その女、そのまま死ぬんでしょう?」
「解毒しなければ、彼らは一生、檻の中だよ?」
「………………」
「本当に女王候補様殿が死んだら、彼らも殺されちゃうかもねぇ?」
「そんな事はさせません!」
「だから、あなたが死んだ後の話ですって、その時にはあなたは死んでいるのだから、誰が怒り狂っても、止められない、くっくっくっ」
「………………」
「それでも彼らを殺すような事は!」
「……………… やるわ……」
「ですからそのような事はさせな−−− え?」
声の主がパッフェルだと気付いて、ようやくミルザムが止まった。パッフェルが悔しそうに教諭を睨んでいた。
「…… やるわ…… やるから早く…… しなさいよ」
「まぁまぁ慌てない。君は女王候補様殿とマリオン君の解毒をする、我々は幽閉中の生徒すべてを解放する、これで交渉成立だ。良いね?」
ミルザムに続いてパッフェルも頷いた。故に教諭が言葉を紡いだ。
「それじゃあ次の取り引きだ。パッフェル、君に協力した生徒の中には全身を水晶化したままの生徒も居るよねぇ。困った事に、水晶化を解く方法をこちらは持っていない、君が青龍鱗を使って解くしかないんだ」
「………………」
「ああ! 私たちは君と交渉した! 幽閉中の生徒すべてを解放すると! しかし解放したくとも水晶のままでは解放できない、無理に放り出しても君が居なければ彼らはずっと水晶のまま、ああ! 困ったねぇ!!」
「……………… それで?」
「なぁに簡単な事だ、水晶化した生徒たちを解除してほしい、もちろん、君に水晶化されて今も水晶のままである生徒の全てをね」
生徒の全て、という事は。やはりイーオンとセルウィーが目を見開いている。イーオンのパートナーや、ガラクの村で水晶化した幾人かが含まれるという事だ。
「君にとっては何のリスクもない、手間が増えるだけさ、君にとっては大した手間にもならないかもしれないけどねぇ」
手間も時間もさほどにかからない。ミルザムが青龍鱗を所持している以上、この機会を逃したなら、次に青龍鱗を手に出来るのは自分たちがミルザムに勝利した時という事に。 自分たちは負けない、それでも勝利の時が何時になるかは、分からない… だったら…。
でも、このまま受け入れてしまえば、この男の言う通りにさせられているようで…。
「彼ら全員を解放するには、必要な事なんだよぅ?」
「わたくしからもお願いします」
「誰だぃ? 君は」
皆の注目を浴びながらも、同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)は堂々と歩みを運んだ。
「名前は伏せさせていただきますが、パートナーを幽閉されている者ですわ。潜入捜査をしていたら捕まったと聞きましたので、迎えに来ましたの」
「パートナーを? いったい誰だぃ?」
「ですから、申し上げられません。すぐにパートナー共々、追われる事になりかねませんので」
「くっくっくっ、解放して直ぐに追うなんて無粋な真似… あぁそうだ、解放した生徒たちには尾行も追罪も追求しない事を加えよう。これでどうかねぇ?」
「わたくし達は助かりますけど、良いのですか? そのような条件まで」
「良いんだよぅ、話しを聞けば彼らは十二星華やティセラについて特別何かを知っている訳じゃあなかったからねぇ」
私の盾になって…… 私の前で倒れていった…… ティセラは助けてくれなぃ……? そんな事ない! でも、今なら彼らを助けられる……
瞳を動かした時、その視界にイーオンとセルウィーの姿が映った。ここで、肩が落ちた。
「分かったわ…… 水晶化も解除する」
「交渉、成立だねぇ」
「でも! それならまずは水晶化の解除からよ!」
「もちろんさ、そうでないと彼らを一緒に解放する事が出来ないからねぇ。早速、始めよう」
教諭が演舞場の入扉に目線を向けると、樹月 刀真(きづき・とうま)と漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)、閃崎 静麻(せんざき・しずま)の3人が次々に水晶化の像を運び入れるを始めた。
「…………ずいぶんと早いんだな……」
「時間が無いと言っただろぅ。くっくっくっ」
像が並べられてゆく。「赤い光」で撃ち抜かれたままの姿で固まっているため、その形状はそれぞれに異なっているが、水晶像が一カ所に集められている様は、まるでマネキンの保管庫のような不気味さがあった。
「リース……」
「小次郎さん!」
「リースっ……」
水晶化が解除された直後に、リース・バーロット(りーす・ばーろっと)は戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)の温もりに抱かれ包まれた。リースのおかげで作戦が成功した事を伝えたが、それよりも何よりの安堵に浸っているようだった。
「ナナぁ!!」
「ズィーベン!!」
青龍鱗の光に包まれて、ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)は生身の姿に。こちらもすぐにパートナーであるナナ・ノルデン(なな・のるでん)に跳びついた。
「やったぁ! ナナっ、ボク戻れたよ」
「うんっ、うんっ! ズィーベン、戻ったね…」
「あっ、ナナ〜、やっぱりパッフェルにキュアポイゾンとか無茶だったでしょう? ボクがやって正解だったよねっ」
「ぅん… ぅん… そうだね…… よかった…… よかったよズィーベン〜〜〜ン〜」
溢れる涙が止まらなかった。それはパートナーと再会を果たしたイーオンとセルウィーの笑顔も同じであった。
ユイード・リントワーグが目を覚ますと、水晶化の解除はパッフェルに協力した生徒へと移っていった。
「パッフェルを助けるのじゃぁぁぁ… ありゃ?」
目覚めたベルナデット・アンティーククール(べるなでっと・あんてぃーくくーる)の瞳の前には、パッフェル本人が。
「ぉ…… おぉぅ? パッフェル… お主、無事… なのか?」
逃げるように…。
「ぁ、あれ?」
「パッフェルちゃん… ? ここは?」
ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)にも、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)にも、言葉を飲み込んで。
「???」
「あれ? 俺は一体…」
霧雪 六花(きりゆき・りっか)も呂布 奉先(りょふ・ほうせん)も状況を把握出来ないでいた。これで全て、全員の解除が済んだはず…。
歩んだままに皆に背を向けて、俯き拳を奮わせていたパッフェルは、次々に何かが倒れる音を聞いて振り向いた。
パッフェルに協力した、今水晶化を解除されたばかりの生徒たちが倒れたおり、それをミルザム側の生徒が抱えようとしていた。
「なっ! ………… 何を!」
「眠らせただけさ。一度に解放する為だよぅ、ここで暴れられたら困るからねぇ」
そんな話は聞いていない! しかし…。
「安心しなよ、言っただろう? 彼らを拘束してても私たちには何の得も無い。全員かならず解放する、約束しよう」
今なら身体は自由だ、パワーランチャーも全力で使える、でも……。
「さぁ、ぉ次は解毒作業だ、それが済んだら、お待ちかねの全員解放だよ、くっくっくっ」
倒れた皆が運ばれてゆく。パートナーと再会するのだろう、そうだと信じるしかない今は!
気丈に振る舞っているのだろう。ミルザムの額には汗が滲んでは流れている。覚悟を決めた、その瞳に、パッフェルは正面から立ち向いた。
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