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リアクション
第1章 カーネはたくさん生えました 1
夢安京太郎が加賀宮 英禰と握手を交わしていたほぼ同時刻――とある依頼を終えたエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)はほくほく顔で蒼空学園の前にいた。
「ひい、ふぅ、みぃ……」
エヴァルトは、恍惚のニンマリとした笑みでお金を数えていた。
(これだけあればロートラウトの装甲を張り替えても余裕があるな)
それを傍らで見守るデーゲンハルト・スペイデル(でーげんはると・すぺいでる)は、珍しいものでも見るかのような顔をしていたが、やがて子供を見守る親のように、穏やかな息を吐いた。
その横では、まるで合体ロボのようなロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)と妹のような存在であるミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)が楽しそうにきゃっきゃ、きゃっきゃとはしゃいでいる。
元々、このロートラウトの修繕費はかなりの金額であるし、ミュリエルはこの小さな成りでかなりの大飯食らいなのだ。エヴァルトが万年金欠となるのも無理はないし、久しぶりの報酬で気色の悪い笑顔を浮かべているのもまた、理解できない話ではない。
デーゲンハルトは悠然とそんなことを思っていたが、自分もまた大飯食らいで金銭的負担を強いていることに気づいていないのは、多少残念なことである。
「ん……?」
と、デーゲンハルトの目の前を通ったのは、一匹のボールのような生物であった。一見すれば猫のようにも見えるそれは、じりじりとエヴァルトに近づいていく。
「なんだ、こいつ?」
「ふむ、迷い猫だろうか」
エヴァルトとデーゲンハルトは猫を観察していた。が、キラン――と光った目が彼の報酬を捉えたときには、時すでに遅い。
シュバッ!!
「…………ぇ」
それまで手に持っていた報酬は、いつの間にか忽然と消えていた。
代わりに、ふんふんと楽しげに去っていくボール猫の口には、なにやら見覚えのあるお金の姿。
カチ、コチ、カチ、コチ……チーン。
「……てめええぇぇ、まてやこらああああぁぁ!」
ようやく状況を把握したエヴァルトは、滅多に見せない鬼の形相で立ち上がった。
「貴様……よくも俺たちの生活費をおぉ……許さん! その高そうな毛、バリカンで根こそぎ刈り取ってやろうかァ! それで元が取れなんだら、三味線程度では済まさんッ!!」」
恫喝どころか、毛玉まで刈り取ろうと企てるエヴァルトは、ボール猫を追いかけていった。
「エヴァルト! かの猫を逃すなッ!」
それに続いて、デーゲンハルトも駆け出す。
「なんか、すごい怒ってたねー。あたしたちも行こなくっちゃっ!」
こくり、と頷いたミュリエルを掴まらせて、ロートラウトはデーゲンハルトの背中を追っていった。
「……最近、事件を解決するより、巻き込まれて被害を受ける率の方が高いような気がするー」
ぼそりと呟いたロートラウトの言葉に、ミュリエルは心の中でこくこくと頷くのだった。
学園中にわらわらと群れを作るカーネたちは、思い思いの好みでお金の匂いを嗅ぎつけ、生徒たちに襲い掛かっていた。この野郎! と怒り震える者もいれば、中にはその愛くるしさにやられて、むしろどんどん食べてしまってっ! とばかりに親バカ化する人もいるわけで。
学園のふかふかした草とベンチが点在する庭では、そんな親バカたちが、憩いの場としてカーネとともに過ごしていた。
「カァ〜」
「わぁ〜! かぁい〜♪」
ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は満面の笑みで、庭のベンチでカーネとじゃれ合っていた。彼女はアルバイトで蒼空学園にやって来ていたのだが、残念というべきか幸運というべきか、ちょうどカーネの大群と鉢合わせしたのである。
「うわぁ、すごいすごいっ。お金もぐもぐ食べるよ!」
「なるほど。お金で生きる魔法生物ですか……」
わーわーとはしゃぐミルディアに対して、和泉 真奈(いずみ・まな)は冷静に分析していた。
珍しい魔法生物が大繁殖している騒ぎは聞きましたが、まさかこんなに大量とは。
「ほらほら〜、こっちのお金はあまいですよ〜」
そんな二人とともにいるヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、まるでマタタビのようにお金を揺らした。
彼女の傍でふりふりと尻尾を振っていたカーネは、シュバッ! と飛び掛り、お金にぱくりと食らいつく。
「つかまえたです〜」
もぐもぐと食べることに夢中なカーネを、ヴァーナーはぎゅっと抱きしめた。
「カーネちゃんの名前はフーモちゃんにきまりです♪ 名前のタグをつけて〜、リボンもして〜。きゃ〜、かわいいです」
「ねー、可愛いよねー」
ミルディアとヴァーナーは二人で頷きあい、すりすりとカーネにほお擦り。
「わ、私も混ぜてもらっていいですか?」
そこにやって来たのはメイド服が眩しい少女、咲夜 由宇(さくや・ゆう)であった。
彼女はとぼけたような顔をしているカーネを抱いて、恥ずかしそうにしている。まるでペットのお見合いであった。
「もちろんです〜♪ フーモちゃんも、友達がたくさんいたほうが幸せです」
「そうそう。遠慮しないで」
二人の優しい言葉に、由宇は思わず感動巨編だ。
「カーネさん、お金以外は食べないんでしょうかぁ?」
由宇は自家製の料理をカーネの前に差し出すが、どうにもキョトンとした顔をしている。仕方なく、おずおずとなけなしのお金を差し出すと、目を輝かせて飛びついてきた。
由宇の貧乏はつゆ知らず、カーネはむしゃむしゃもぐもぐ、ごっくん。幸せに満ちた顔である。
その顔を見てしまったら、由宇は感涙するしかない。こんなにカーネが懐いてくれてるのに、なんて自分は小さいことを考えていたの。
「……ごめんねです……! うちは貧乏ですけど、一生懸命可愛がるからぁ〜っ!」
「カァ〜」
「そうよ! 愛があれば大丈夫よっ!」
ついつい賛同するミルディア。
十分にお金を持っている彼女が言うと安っぽく聞こえるが、気持ちは確かなのだからツッコまないようにしておこう。とにもかくにも、カーネを愛する女の子たち、であった。
「んー、この子、飼いたいなぁ。育てるのっていくらぐらいかかるんだろう?」
「そうですねぇ。でも、よく食べるみたいですし、飼うとなるとすごくお金がかかりそうな……」
真奈は観察するようにじっとカーネを見ていた。
そこを愛くるしいつぶらな瞳で見返してくるカーネ。か、可愛い……! 実は彼女も冷静そうな顔をしているが、可愛いものには目がないのである。そこは女の子。誰もが共通する感情であった。
「あっ、こら、そこは入っちゃ駄目だってっ!」
「ああぁ、こっちにもっ! もう、なんで胸の谷間に入ってくるんですかっ!?」
狭いところが好きなのか、もぞもぞとカーネは二人の服の中を行ったりきたり。
だが、やがてカーネは真奈の胸に落ち着く。ミルディアはなんとも恨めしいような羨ましいような顔で彼女を見上げ、自分のぺったんこの胸を見て落ち込んだ。なぜか、同じくヴァーナーと由宇も。
「動物も大きな胸が好きなんですかねぇ……」
「あ、あはは……」
三人の視線に、真奈は苦しく笑うことしか出来ない。
カーネが確かに大きな胸に入り込んで狭さを楽しんでるのは間違いないわけで、それもまた真奈の胸の賜物であった。……羨ましい限り。
「あー、もふもふ幸せー」
胸に入り込んでごくらく気分のカーネたちから、ほとんど離れていない草の上――カーネが集まっている真ん中では、和原 樹(なぎはら・いつき)が寝転んで上質な毛で覆われたカーネの柔らかさを堪能していた。
身体中に貼り付けたお金に集まってきたカーネたちは、ちょうだい、もらう、くれーオーラを発しながら、樹の上へとどんどんどんどん押し寄せ……押し寄せ……押し寄せて、結果的に山を作り出していた。
「ちょ……あ、おも……あー、でも幸せー」
そんあカーネの山に埋もれる樹を、フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)が羨ましそうに見ていた。
彼はディテクトエビルを展開し、樹の邪魔をする者を警戒していた。しかし、そんな彼の神経を逆なでするように、カーネたちは愛しの樹の懐へと潜っていくではないか。
あの珍獣どもめ。もう我慢ならんっ!
「樹ー! 我も混ぜろー!」
フォルクスは無我夢中でカーネの山に飛び込んでいった。
「混ざるな、変態」
が、樹に軽く一蹴さて、げしげしと足蹴にされて弾き出される。
「くそっ、我がもふもふでないばかりに……!」
「いや、もふもふでも関係ないと思いますけど……」
悔しがるフォルクスを見て、苦笑したセーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)が呟く。
彼は飛び出したフォルクスに代わって周囲を警戒していたが、さりげなくその腕にはカーネが抱かれている。いや、だって可愛いので。というのが、フォルクスの裏切り者とでも言いたげな目に対する視線の回答だった。
「まん丸で可愛いわ。このまま、時間が止まればいいのに」
その横では、はかなげな少女、ショコラッテ・ブラウニー(しょこらって・ぶらうにー)が、子守唄で眠らせたカーネを膝の上に乗せて撫でていた。ふわふわの毛が手のひらに触れるたびに、ショコラッテは癒される。こんなに可愛いのに、この子達は魔法で生まれた存在。きっと、魔法が解けたら消えてしまう。そう思うと、ショコラッテは哀しく、それでいて寂しい気持ちになってしまうのだ。
――そんな、庭で穏やかに過ごすカーネ愛好家たちのもとに、遠くから、一人の男の声が聞こえてくる。それは怒りと憤慨に満ち溢れ、猪の突撃のごとき土煙を上げる者。され、これいかに。
「俺の金かえせええええぇぇぇっ!!」
「な、なになになにっ!?」
猛進してくる男――エヴァルト・マルトリッツを見て、ミルディアたちは仰天し、立ち尽くす。
「俺の金を奪ったのはどいつだあぁぁっ!」
「きゃああぁぁっ! なんなのこいつぅっ!?」
急に現れたエヴァルトは、庭中にいるカーネを一人残らず捻り潰すかの勢いで蹴散らしていた。もちろん――女の子の抱くカーネも例外ではなく……。
「こいつかあぁぁっ!」
エヴァルトはヴァーナーたちの前に立ちふさがり、彼女達の持つカーネを奪い取ろうとする。
「いやです〜! フーモちゃん、逃げるです〜!」
「だめええぇぇ、あたしたちのカーネを苛めないでっ!」
「だめです、だめです!」
逃げ出すカーネ愛好家。追いかけるエヴァルト。
もはやここまでくれば変質者である。
遅れてやってきたデーゲンハルトたちは、エヴァルトが幼い少女たちを追い掛け回しているのを見て、呆れ返っていた。本来、エヴァルトは女の子には優しいはずなのだ。お金はここまで人を変えるのか、と、改めて恐ろしくもなる。うーむ。
追いかけるエヴァルト。逃げるカーネと女の子。追いかけるエヴァルト。逃げる――以下略。
「どこだあぁ、俺の金はああぁぁっ!!」
無我夢中とはこのことか。まるで周りのことなど目に見えていないエヴァルトの頭には、お金を奪ったボール猫のことだけ。カーネたちはそんなエヴァルトに恐れをなして逃げ出していく。
すると、暴れまくるエヴァルトの目の前に、ふいに影が飛び込んできた。
「それ」
「――へぶしっ! ぐはああぁ……」
エヴァルトのせいでカーネの山がなくなったことに腹を立てたのか、樹が拳を突き出したのであった。
怒涛の勢いで走っていたエヴァルトは、そのまま顔面にパンチングジャストミート。虹のように鼻血が舞い、エヴァルトは倒れ込む。その後、むくりと起き上がるが、そのときには……その場にいたヴァーナー、ミルディア、真奈、由宇、樹とその仲間たちというメンバーが般若のような表情で彼を見下ろしていた。
「え、あ、えーと……ぎゃああああぁぁ!!」
エヴァルトの悲鳴をBGMに、デーゲンハルトたちはご愁傷様と手を合わせるのだった。
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