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リアクション
第4章 カーネのなる木
「これが……カーネのなる木。なんで、よりによって木なの……」
アリア・セレスティはがっくりとうなだれた。
そんな彼女に反して、抱きかかえたカーネはきょとんとした顔で楽しげに尻尾をふりふりしている。
「炎で燃やす、というのは――」
「――ぜーったい、だめっ!」
アリアと樹月 刀真は、カーネが教えてくれた道のりに従って、屋上まで来ていた。
まさかこんなところに木が生えているとは思っていなかったが、そのまさかが的中するとは。まったく、いつだって運命は残酷なものである。
それはともかく、アリアはこの木をどうにかして騒ぎを落ち着けようと考えていた。しかし、木だというのが厄介なところである。園芸部員としては植物を傷付けたくないし、何よりこの子の前で親とも言える木を傷付けたくない。心優しいゆえに、アリアは自分の心と葛藤していた。
それに対して、刀真は冷徹とも言える簡潔さで木を処理しようとしている。その理由が自分のお金のため、というのもあるのだから、情けない限りだが。
「……とは言え、騒ぎは収めないと」
自分の出来る範囲で、なるべく傷つけないように処理しよう。
そう、アリアは決心した。
すると、そこに一人の少年が屋上の扉を開けて入ってきた。
「あれ? お二人とも……」
まさか先客がいるとは思っていなかったのだろう。
影野 陽太(かげの・ようた)は驚いた顔で二人に近づいてきた。
「お前は、環菜の……」
「あはは……」
陽太は環菜大好き人間であり、刀真も少なからずその姿を見たことがあった。
環菜が好きなことに関しては誰にも負けない自信を持つのが、陽太である。とはいえ、彼はその性格上、気弱でおとなしいことから、環菜に見合っていないと劣等感を感じている。普段から自分磨きに熱意を出す彼は、今回も環菜様のためならばっ! と、作戦に参加していたのだった。
「あ、あんまり戦闘は得意じゃないんで、情報を仕入れて、こそこそとこっちにやって来たんですけど」
「それはそれですごいな」
誰にも気づかれずにここまで独自でやって来るというのも、ある意味でステータスだ。刀真は感心するが、陽太は自信なさげに苦笑する。
「ところで、これ、どうしましょうか?」
陽太はカーネのなる木を見上げて、呆然と呟いた。
「本当は燃やしてしまおうかと思ったんだがな……。あまりにもひどいということで」
「私が、何とかしてみます」
自ら歩み出たアリアは、カーネのなる木に触れた。
その瞳には、決意の意志が宿っている。魔法薬と言えど、本来はこんなに大量にカーネを生み出すものではなかったはず。だとすると、もしかしたら魔法が暴走しているのかもしれない。
アリアは、聖なる力を生み出す則天去私で、己の心とカーネのなる木を覆う自然との調和を試みた。そして、武器の聖化の力によって、聖なる力を木の中に注ぎこんでいく。
まるで、それは心臓の鼓動を聞いているかのようだった。アリアはいま、カーネのなる木と同調している。彼の意識は彼女の意識であり、彼女の意識もまた、彼の意識なのだ。やがて、カーネのなる木は少しずつ落ち着きを取り戻しているかのように見えてきた。徐々に小さくなっていくカーネのなる木は、やがて一本の枝のような姿へと変化していく。
「これなら、いけそうですね」
そんなカーネのなる木のもとに、陽太が近づいていった。
彼は手先の器用な特技を使って、地面から生えているカーネのなる木を取り除こうとする。慎重に、そして、ゆっくりと、焦らずに。やがて、陽太は無事にカーネのなる木を確保することに成功した。
すると――。
「あ、カーネちゃん……」
アリアの傍にいたカーネは、光に包まれていた。
カーネは少しずつ輪郭と姿を失っていく。アリアは、そんなカーネを抱いて、撫で続けた。光とともに実体を失っていくカーネは、最後まで愛くるしい顔をしたまま、消えてしまった。
「……おやすみ。またどこかで逢えると良いね」
カーネの後に残されていた硬貨を握り締めて、彼女は、哀しそうに呟いた。それでも気丈なその姿は、きっと悲しんでいる姿を、消えたカーネがどこかで見ているような気がしたからなのかもしれない。
「これで、終わったかな」
感慨深く刀真が言った。
こうして、カーネのなる木騒動は終わった。
かに見えたのだが――。
「この泥棒ネコオオオォォッ!!」
階下から聞こえてきた叫び声に気づいたとき、バタン! と、勢いよく屋上の扉が開かれた。
そこから駆け込んできたのは頬にキズをもったカーネとエヴァルトたち、そして志方 綾乃だった。
「はははぁっ! 追い詰めたぞっ!」
「まるで悪役だな」
デーゲンハルトのツッコミは無視して、悪役上等とばかりにエヴァルトはカーネを追い詰める。
呆然とする陽太たちにはお構いなしに、彼はカーネを捕まえようと飛び掛った。
「はい、ちょっと待った」
が――首根っこを綾乃につかまれて、エヴァルトは喉を正面から圧迫される。
げほっげほっ、と咳き込むエヴァルトを後ろに放り投げて、綾乃はキズを持ったカーネにじりじりと近寄り、そして、シュバッ! と瞬時に捕獲した。
「なにしやがるっ! 俺の金えええぇっ!」
もはや、エヴァルトにはカーネというより金だった。
「残念でしたー。この子からお金を奪えば、私の儲けはがっぽがぽ。志方ないね」
綾乃は楽しそうな笑みを浮かべて、カーネからお金を奪おうとする。
しかし、カーネはジタバタと思い切り暴れ出した。
「あっ、この、何を……」
もともと、丸くて掴みにくい上に、上質すぎる毛は滑りやすい。
ついつい手を離してしまった綾乃から逃れて、カーネは駆け出した。その方向は――カーネのなる木の枝を持つ、陽太である。
「え……」
陽太は予想外の出来事に驚き、逃げる間もなかった。
飛び込んでくるカーネが陽太にぶつかるかと思われたとき、代わりに枝がカーネに運よくぶつかる。
すると――。
「な、なになになになにっ!?」
カーネと枝の間から、視界を覆うほどに眩しい光が生まれた。迸る閃光に、思わずその場にいた全員が目を瞑る。発光が少し収まってなんとか視界が開けたとき、カーネと枝の姿はなかった。代わりに、ちょうど宙に舞って庭へと落ちようとしていたのは、木の種。
舞い落ちた木の種は、学園の校庭の隅へとひゅるりひゅるり。
そうして、地面に辿り着いたとき、再び種は光を発した。だが、今度は淡く、それでいて穏やかな光だ。光に包まれたそれはむくむくと大きくなり、やがて、巨大な『カーネのなる木』へと成長した。
その間、ほんの数秒。
屋上にいる全員が呆然とする中で、カーネのなる木から実のように生まれたのは、一匹のカーネであった。
「カァ〜♪」
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