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我らに太平の時は無し――『恋愛訓練』――

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我らに太平の時は無し――『恋愛訓練』――

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 吉永竜司はいい加減、鬱憤を募らせていた。
 女に声を掛けたはいいが、いずれもコブ付きであった上に危なっかしい刃物をちらつかせてくるのだ。
 元はと言えば他人の恋路と逢瀬にずかずかと土足で踏み入るような真似をしている彼が悪いのであるが。そこはナンパ行為自体が女に対する救済であるとすら考えている彼の意識が、至れる筈もない地点であった。
 そして苛立ちを重ねた竜司が何をしたかと言えば――その実、これまでと何ら変わりはない。ただ一層理不尽に、高圧的に、暴力的になっただけの話だ。
 そうして暴れ回る竜司を、
「……そこの貴方。貴方の振る舞いはいい加減、目に余るものがある。これ以上そのような行いを続けるようなら、退場願う事になるが構わないかな?」
 戒める声が一つ。凛然とした声色の主は、クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)だ。
 しかし、彼女の声が竜司に対する制止となったかと言えば、そうではなかった。既に二度も光り物を突き付けられてきた彼である。今更口舌の刃など、痛くも痒くもない。
 寧ろこいつは刃物を持ち出してこないのかと、図に乗りさえして彼女へ歩み寄る。
「小難しい言葉使うなあ? 姉ちゃんよ。悪いが俺は学が無くてよお。どう言う意味か分かんねえから体で教えてくれよ、グヘヘ」
 下卑た笑いを浮かべながら彼はクレアへと歩み寄り――
「……カップル粉砕! リア充の産声ある所にシャンバランあり! ナンパなんかしてんじゃねえド畜生が!」
 ――背後に現れた嫉妬刑事シャンバランのバットの一撃を受けて昏倒し、そのまま地面へと倒れ伏した。
 倒れた竜司には目もくれずクレアへとバットを突き付け、シャンバランは猛る。
「次は貴様だ! 女だからって容赦すると思うなよ! 軽々しく男の誘いを受ける尻軽女め!」
「……よかろう。ならば君にも同じように、退場願うまでだ」
 実際にクレアが竜司の誘いを受けたなどと言う事は無いが、嫉妬に思考回路が著しく侵されているシャンバランにそんな事は分からず。またクレアもその誤解を正すつもりは無かった。
 相手が向かってくるのならば、叩き伏せてしまうのが退場させるには手っ取り早いに決まっている。
 軍人であり医師の卵とも言える彼女ならば、切り捨てるべきモノの判断は相応の物を持っているに不自然はない。
 備え持ったマシンピストルを抜き、彼女はシャンバランと対峙する。
「……お待ちなさいな、二人とも」
 だが二人の間に割り込むように、一人の女性が歩み出た。
 彼女は御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)。彼女は思いやりや優しさを謳い、二人の諍いを制止する。
「……お退き下さい、御茶ノ水さん。その男は獣も同然、言葉など通じません」
 しかしクレアの口調は、冷冽にして冷徹。
 例えば足を病に侵された人間がいたとして。それを可哀相だと足を切らずにおけば、病は蔓延し、いずれその当人さえ死に至る。
 故に、彼女が銃を下ろす事はない。
「……本当に、君は彼と言葉を交わしたの? 分かり合うつもりで、心から彼と向き合った? ……初めから言葉が通じないって、決め付けてはいなかった?」
 それでも、千代は引かない。
 彼女とてシャンバラン――神代正義がこの祭りと訓練にとって癌たる存在である事は分かっている。その上で彼を諭そうとするのは、彼が学生であり彼女が大人であるからだろう。
 彼女の言葉にクレアは反駁こそしないものの、表情を曇らせる。
 しかしシャンバランは――頭を抱え身悶えに陥っていた。彼の心に眠る正義心。或いはそのような大層な物でなくともヒーロー願望なる憧れが。現状に、己の行いに苛んでいるのだ。
「俺は……! 俺は……!」
 自身の中に秘めたヒーロー像が、自分を冷ややかに睥睨している。そんな錯覚を彼は覚えた。逃れ得ぬ視線からそれでも逃げ去りたくて、彼はその場から走り去る。
「……良かったのですか。あの男はまた、暴行を繰り返しますよ」
 クレアは一歩前に出て、千代に問う。対して彼女は、
「大丈夫よ、彼なら。パラミタ刑事シャンバラン……だっけ? 彼は憧れて、憧れられる者なんだから。その憧憬の重みが、きっと彼を正しい道に導いてくれるから」
 そう言って、ただ微笑んだ。



 祭りが始まってからまだ間も無い頃。宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は金 鋭峰に寄り添っていた。
 彼女は妖艶な微笑みを、対して鋭峰は硬質な視線で彼女を見据える。
 彼の視線が硬質である所以は、つい先程の彼女の言葉。
「……今、何と?」
「ですから、私は教導団に潜り込んだスパイ。団長に接近し機密情報を得ようと画策中です。団長は私に篭絡されないか、逆に私を誘惑して教導団に転向させれば勝ちです」
 思わず聞き返した鋭峰に、微笑みを崩さないまま祥子は答える。
 項垂れた頭を右手で抱え、鋭峰は溜息を零す。
「……言いだしっぺなんですから。まさか自分は参加しないなんて言いませんよね?」
 挑発的な笑みを前に引き下がる事も出来ず、困惑の色が滲む顰め面と唸り声を零して、鋭峰は仰々しく頷いた。
「さて……それでは参りましょうか」
 笑顔はそのままに、祥子は言う。だがこの時点で、鋭峰には一つ最善たる選択肢があった。それは『宇都宮 祥子を断固として無視する事』である。
 無論、彼女がスパイであると名乗った事は度外視した上での話だ。訓練の想定を告げる為の言葉を訓練に持ち込んでは、本末転倒なのだから。
 しかしそれを踏まえた上でも怪しい者、姦計に関わりそうな者は押し並べて徹底して拒絶する。そうすればハニートラップに陥る事は無くなる。どれだけ恋愛が不得手な人間であろうと、確実にだ。
 だが敢えて、鋭峰はその手を取らなかった。
 不得手を不得手として捨て置くのは容易いが、それでは人は成長しない。そう考えるが故に。
「うふふ、折角なんですからお喋りしましょう? 私、もっと団長の事が知りたいですし」
 けれども早速、祥子は鋭峰の腕に抱き着き、その豊満な胸を彼に押し付ける。初っ端から盛大に咽返る羽目となった鋭峰に笑みの喜色を一層濃くして、彼女は彼に寄り添い歩く。
「団長さん? 団長さんが考える教導団の理想の姿って、どんなのかしら?」
 祥子の問いに、鋭峰は沈黙と共に一考。そして、口を開いた。
「……教導団の人間は、総じて軍人である。ならば私は、そして勿論生徒達も常に高みを目指し、より良い国の礎に足る人物であるべきだろう」
 まず一息にそう述べて、更に鋭峰は続ける。
「組織のあるべき姿とは、国のあるべき姿とは、即ち元を辿れば人に行き着く。故に教導団の理想の姿とは、諸君各々の理想の姿である。……これで良いか?」
 鋭峰の答えは本心ではありながら、しかし当たり障りの無い、どうとでも取れるような言い回しだった。
 相手がスパイでなければ普通の答えとして、スパイならば灰色の――更に踏み込ませる為の餌となる言葉。
 口舌の応酬であれば、鋭峰は他に引けを取るような事は、まずない。
「……それでは、建国された後の新しいシャンバラは……どのような姿にあるのか。ご展望はあるのですか?」
 鋭峰の腕を強く抱き足を止めて、祥子は彼と向き合う。そうして体を密着させて彼を見上げ、小首を傾げて尋ねた。
 弁舌では鋭峰に及ばぬとしても、彼女には『女』と言う武器がある。鋭峰が痛く不得手とする武器が。
 事実忽ち鋭峰は顔を強張らせて、若干仰け反り引いた姿勢を見せる。
「……その新たな世界の中で、私は何処に居ますか? 礎の内の一人……ですか?」
 ここぞとばかりに祥子は彼へと追い縋った。
「私は……団長の隣に居たいです。そこに居られるのなら……本当は新たな国だなんて、どうでもいいんです」
 そして彼の首筋に指先を伝わせ、吐息が触れんばかりの距離で更に囁く。
「私……本当はただ、団長の傍にいたいんです。それが叶うのなら、新シャンバラだって、どうでもいい。……それとも、日本人の女はお嫌いですか?」
 ここで祥子は、罠を仕掛ける。一つは新シャンバラの事などどうでもいいと、情報に対して執着していない態を見せる事。これによりスパイであるか否かの心証が揺らぐ。
 だがその実、祥子の真の目的は元より鋭峰の篭絡であり――情報などは後から付いてくるものに過ぎないと言う寸法だ。
 そしてもう一つは声色や仕草で、自分が実は本気であるかのように見せつけた事だ。
 この訓練には『禁句』があるが、こと鋭峰と祥子の訓練に関しては、鋭峰の篭絡――即ち彼が誠実に愛を語ればその時点で勝敗が決まる。
 完全に言葉に詰まった様子で、鋭峰は暫し硬直していた。
「わ、私は……」
 何を言っていいのかすら分からぬまま、彼は掻き乱された心のまま言葉を紡ぎ――しかし不意に、壁へと強く頭を打ち付けた。
 轟音が響き、更には彼の頭から血が滴る。
 冷静さを取り戻す為だと言うには、余りにも野蛮で非効率なその行為は、けれども彼の表情に普段の凛然さを呼び戻していた。
「……私は、君に限らず……全ての者に期待と言う物を抱いている。このパラミタの地を訪れたのならば必ず相応の理由があり、目指すべき所がある筈だからだ」
 ならば、と彼は言葉を繋ぎ、
「君の目指す所が私の隣だと言うのならば、私はそれを応援しよう。……これでいいかね」
 彼は、誠実に語った。
 だがそれは愛ではなく、あくまでも自分の信念をだ。
 一時こそ揺らいだもののこれでは祥子の勝利とは言えず――ならば祥子の敗北は、どうだろうか。
 もしも鋭峰の言葉が彼女の心を揺らがせたのならば。スパイであると言う任務を忘れ彼に靡かせる事が出来たのならば。 
 それは祥子の敗北であり、鋭峰の勝利と成長を意味するが――それは祥子本人にしか、分からない。



「李少尉! この度訓練のお付き合いよろしくお願いします!」
 李梅琳を前に敬礼をして、橘 カオル(たちばな・かおる)は威勢よ宣言する。
 自他共に知る梅琳大好きの彼はやはり、彼女とのデートを所望した。流石に訓練に反し『禁句』を口にするような事はしない――と言うより、してしまえば結果的に梅琳とのデートに支障を来たす――が、訓練と言う事で、彼は盛大に彼女とイチャつく腹積もりでいた。
 多少嫌がられても訓練で通すつもりでさえいると言うのは若干問題があるようにも思えるが――そこは元より、彼女に対して盲愛である彼だ。多少の誠実さに欠けるのは、お約束か。
「それじゃあ、行こうか。……梅琳」
 訓練であると言う事でここぞとばかりに、カオルは彼女を名で呼ぶ。
「……あぁ、そうしよう。橘訓練生」
「梅琳、橘じゃなくてカオルって呼んでくれよ。……イヤか?」
 彼の頼みに梅琳は一瞬口篭り、逡巡を見せる。 
「……分かった。行こうか……カオル」
 だが訓練であると言う名目に対しては敵わなかったようで、彼の要求通りに名を呼んだ。
 カオルは満足気に頷いて、そのまま梅琳の手を取り肩を抱き、彼女を抱き寄せる。
「お、おい……」
「訓練だって、訓練」
 戸惑いの音律を含む梅琳の声を、勢い任せにカオルは切り捨てる。
 そうして意気揚々と歩き出す。が、押しが強い事が悪徳であるとは言わぬまでも、果たして彼は、本当に彼女を見ているのだろうか。
 嫌がられても訓練の名目を盾に押し通すと言う考えからも滲み見える通り、彼は梅琳の意思を尊重するつもりは、完全には無い。
 一体彼は、彼女の何処に対して恋心を抱いているのだろうか。容姿か、胸か、人格か。
 いまいちそれが見えて来ず、ただカオルは『格好のいい男』を演じているばかりにしか見えぬ為に。梅琳はどうにも、彼に対して同校の徒以上の心証を抱く事が出来なかった。
 例えば彼が今、出店でかんざしを買い、バトラーの技術によって何処からともなく櫛を取り出して、彼女をかんざしで飾る。
 その行いが本当に好意からなのか、それとも自分をよく見せる為なのか。或いは隣にいる自分を見栄え良く手を加える程度の算段でしかないのか。
 梅琳には分からず、故に彼女は手放しに喜ぶ事が出来なかった。
「……そろそろ、花火が上がる時間だなー。実はさ、いい場所知ってるんだ」
 博識のスキルと捜索の特技で予め調べておいた、花火を眺めるにはお誂え向きの、人気のない小高い所。
 そこへ移動し、二人は並んで夜空を見上げる。
「綺麗だな……」
 何とはなしに、梅琳は感慨を零す。
 一方でカオルは、兼ねてより画策していた事を、実行に移す。
「梅琳」
 彼女の名を呼ぶ。花火に気を取られていた梅琳は、花火に対する高揚に朧気となった意識で、カオルを振り返る。
 ――そして彼の唇が、梅琳の唇に触れた。
「……花火よりも、梅琳の方が綺麗だよ」
 微笑みと共に、カオルは言う。
 けれども梅琳は、困惑した表情を浮かべていた。
「……仕方ないな。訓練だからな」
 彼女の表情を、カオルは恥じらいと受け取るだろうか。彼女の呟きに、彼は何を思うだろうか。


担当マスターより

▼担当マスター

三浦啓介

▼マスターコメント

 こんにちはこんばんは、おはようございます。或いは初めまして。三浦啓介と申します。
 まず初めに、遅れてすいませんでした! 実はパソコン様がエラーをお吐きになりまして、一度書いた分が丸ごと消し飛ぶ事故が起こりまして。
 無論お仕事ですしバックアップを取っていなかった自分が悪いんですけどね! 笑えない笑い話と言う事で聞き流して下さいなのです。
 そう言えば、このリアクションの執筆中に、駅前でお祭りがやってました。浴衣の可愛い子がいっぱい居ました。その隣に立つリア充もいっぱいいました。
 リア充爆発しろ。それでは。

※ 8月21日 一部修正を加え、リアクションを再提出しました。

▼マスター個別コメント