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リアクション
第1章 Good Day Sunshine(1/3)
カシウナの町。
大空賊団の襲撃で一時は壊滅に追い込まれたこの町も、ようやく復興作業が軌道に乗り、かつての活気を取り戻しつつあった。崩れた時計塔の下に広がる広場では、町に帰ってきた住民やクィーン・ヴァンガードの働く姿が見られた。
各学園の生徒たちが、フリューネの父である【パパゲーノ・ロスヴァイセ】氏の姑息な企みにハメられてしまったのは、ちょうどその広場に面したところにあるレストラン『クコの実』での出来事だった。
「こんな真似をするなんて、それでもロスヴァイセ家の人間なんですか!」
「きたねぇぞ、おっさん!」
「働きたくない! 絶対に働きたくないでござる!」
当然のごとく抗議が飛び交っている。
腹を立てて店を出る人もいれば、タダ食いを決め込む人もいた。中には協力を申し出る奇特な人間もいた。
「話は聞かせてもらったっ!」
パパの前に現れたのは、シオン・プロトコール(しおん・ぷろとこーる)だ。
「それはフリーメ○ソンの仕業だよ! 娘さんはフリーメイ○ンに洗脳されてるんだ!」
「……なんだい、そのフリーメ○ソンってのは?」
パパは聞き慣れない言葉について尋ねた。
「知らないの? 地球を裏から牛耳る組織だよ」
「組織と言うと、大学のサークルのようなものなのかい? コンパと称して男女でただれた青春を過ごすような……、ま、まさかフリューネが冷たくなったのは、コンパで豚のクソにも劣る最低な野郎と出来ちまった所為なのでは!?」
「きっとそうだよ、奴らはどこにでもいるから! よし、このパチンコで娘さんをにっくきフリー(略)から……」
「つか、フリー○イソンは関係ねえから!」
契約者の東條 カガチ(とうじょう・かがち)がパチンコを取り上げた。
「すいません、こいつトンデモ本の魔道書で、何かあるとすぐ某結社のせいにしやがるんすよ」
「……なんだよ、なんで止めるんだよー」
唇を尖らせるシオンを、大人しく席に座らせ、カガチは話を続けた。
「で、何の話だ……そうそう、お父さんが娘さんの為にいっぱい働いてきたのはわかった。けれどね、それだけが父親の役目と思いますかねえ。お父さん、娘さんとちゃんと話した事あります?」
「どういう意味だね?」
「娘さんの好みとか、どんな事があって、どんな事に笑って、どんな事に泣いて……とか、ちゃんと知ってんのかなって思って。娘さんにも、お父さんがどういう仕事してるのか知ってもらわないと。かーちゃんいないなら尚更、ちゃんと娘さんと向き合ってやらにゃあと思うよ」
隣りに座るシオンを見ると、美味しそうに料理を食べていた。
「カガチ、これおいしいよ。カガチのそれもおいしそう」
「ああ、バケツいっぱい食べたくならぁな。折角だから食っとけ」
親子ではないが、親子らしいやり取りだった。
少し羨ましく思いながらも、パパはコホンと咳払いをした。
「でも、互いを知るにも口もきいてくれなくて……、どうしたらいい?」
「その辺は、他の奴らが奔走してくれんじゃないすかね」
一通り料理を平らげると、二人は「ごちそうさま」と言って別のテーブルに移った。
◇◇◇
ちょうどステージでショーが始まろうとしていた。
ちぎのたくらみによって子供と化したリアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)が、真っ赤なドレスで立っている。パルマローザ・ローレンス(ぱるまろーざ・ろーれんす)がギターを持って登場すると、二人は客席に向かってお辞儀をした。
「町の復興のため頑張る皆さまに、今日は楽しいひと時をお届けいたしましょう」
「カシウナにまうあかいはな、リアトリスのショーをたのしんでいってね!」
リアトリスが目配せすると、パルマローザはギターを奏でた。ブラームス作曲のハンガリー舞曲・第5番。遅めのテンポから入った曲に合わせ、得意のフラメンコを披露する。ステージを踏み鳴す靴音が、心地よく店内に響き渡った。
店内が盛り上がる中、ステージではなくパパを見つめる人影がふたつ。
ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は料理を口に運びながら、相棒の黒崎 天音(くろさき・あまね)に言った。
「出会い頭に他人を罠に嵌めるとは、なかなかえげつないな。お前と気が合うのではないか?」
「ハメるのはともかく、ハメられるのは好みじゃないよ」
天音は微笑を携え、ナプキンで口元を拭う。
「……え? 下ネタ?」
ブルーズはまじまじと見つめるも、天音は微笑んだまま答えない。
「……ま、追求はしないでおこう。それより、焚きつけて何が起こるか、だな」
そう言ってパパに目を向けた。
「カシウナ復興には豊富な資金源が必要だし、彼がその資金源になり復興後の町の経済に重要な役割を果たす事になれば良いけれどね。……でも案外あの人、騎士としてもならした人物のような気がするよ。フリューネと身のこなしが似てる」
「ふむ、そうか? まぁカシウナ復興や振興に尽力する事で、フリューネも父親を尊敬する気持ちになれるかも知れんな」
「一石二鳥ってやつさ。ついでにほとぼりが冷めた頃、パルコにある美女の像をカシウナの綺麗な景色が見える場所に移して貰えるとありがたいけどね」
天音は店員を呼ぶと支払いを済ませ、パパの元に足を運んだ。
「お話はマダム・ロスヴァイセからたっぷり聞いているよ……、それはもう嫌って程にね」
「……なんだ君は? バーさんの手先か?」
「ご心配なく、僕は中立さ。少しいいかな、フリューネグッズについて訊きたいんだけど」
フリューネの話題は訊かれなくてもしたいパパである。
喜んでグッズについて語り始めた。
「……で、種類と売り上げについて聞きたいんだって? そうだなぁ、フリューネ衣装といったアパレル系を中心に、抱き枕や等身大シーツ、フィギュアなんかが我が社の売れ筋商品だね。他にも手広く展開してるが……」
上機嫌でパパは仕事用の資料を見せてくれた。
「……ふむ、携帯用ストラップなんかは現実的だね、パラミタでの携帯の契約数も増えているだろうし。でも、サブレや人形焼については、フリューネだけに依存したものではなく、この土地の売りや味で将来的にカシウナ土産として喜ばれるようなものにするのが、地域への還元になるんじゃないかな」
「カシウナ土産ねぇ……、大したものがない町だから敬遠してたんだけど、君のような意見は社内でも出てるんだ。みんな故郷思いだよね。ま、試してみるか……」
「客の財布の中身には限りがある。秋葉原四十八星華なんてアイドルが幅を効かせ始めているし、フリューネグッズだけじゃ先細りは目に見えてるからね。それに娘に甘えてるようじゃ、フリューネは振り向いてくれないよ」
「ほ、ほんとに?」
天音は頷いて、資料を手の甲で叩いた。
「ブームとはいえこの数字……、貴方ならフリューネグッズじゃなくてもやれるでしょ」
「なかなか興味深いお話ですね」
隣りの席で食事を取っていたウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)が話しかけた。
「初めまして、独立傭兵団『風の旅団』のウィングです。フリューネとは面識がありませんが、お噂はかねがね……」
「君はパパが誘った生徒……ではなさそうだね?」
「ええ、ここには空賊退治の依頼で来たんです。その前に腹ごしらえをしようと思って店に入ったら、聞いたことのある名前が聞こえてきたものですから……」
二人は握手を交わした。
「彼の意見のついでですが、私も意見を言わせてもらってもいいですか?」
「勿論だよ。タダで意見をくれるなんてイケメンだな、君は」
「いやまぁ……。ええと、彼の意見でも出てましたが、地域貢献、これは重要な要素だと思うんですよ。話を聞けば、フリューネは騎士道を大事にしているんでしょう。となれば、おじさんは街の人に慕われるよう努力すべきです」
「……パパが慕われたいのはフリューネなんだが、どうして街の連中が出てくるんだ?」
「騎士は民を守ることが務め、ですが、それは民からの信頼があって成り立つものです。ゆえに住民から慕われることができたなら、騎士の一員と認められ、娘さんとも仲直りができるんじゃないでしょうか。ヴァンガード隊に街の復興を任せるでなはなく、街の人間であるおじさんが先頭に立つべきでしょう?」
「ふむ、なるほど。遠回しにパパの頑張りをアッピールするわけだね」
「そう言う事です。時には搦め手で攻めるのも大切ですよ」
ウィングはにっこり微笑んだ。
パパは立ち上がり、もっそもそ食事を取っている生徒たちに呼びかけた。
「君達も穀潰しと言われるのは心外だろう、食べた分は働いてもらうよ。なかなかいい案が出たんだ、君達には汗水垂らして復興作業に従事してもらう」
食事の手を休め、生徒はまじまじとパパを見つめた。
「……それ、パパもやるんだよな?」
「パパは管理職だからやらないよ。やるのは君達だけだよ」
何言ってんの? と首を振るパパ。
不満が噴き上がったのは言うまでもない。
「あの……、人にやらせるんじゃなくて、おじさんが汗をかかないと……」
ウィングが苦笑いすると、パパはきょとんと目を丸くした。
「え? そうなの?」
「……甘ぇぜ、おっちゃん!」
一際大きい声で、鈴木 周(すずき・しゅう)は叫んだ。
吸引力の変わらないただひとつの掃除機のように、ステーキや太いエビをかき込み、立ち上がった。
「メシは美味かったけど、俺がフリューネから受けた損害はこんなもんじゃないんだぜ?」
むむむ、とパパは眉を寄せた。
「過ぎたことだしいーかなーと思ってたけど、おっちゃんがそう来るなら話は別だ。こんなメシぐらいで働かねーし、損害も賠償されねぇぞ。俺はハルバードで刺されてるんだぜ。それもちょっとした挨拶に来ただけなのに。ギャグ補正がなかったら死んでたかもしれないんだぜ!?」
「……どうせろくでもない事をしたんだろう」
「胸がおっきいって言うからとりあえずナンパがてら揉みに行っただけだぜ? 普通だろ?」
当然のように言う周だったが、パパの顔は永久凍土のごとく凍り付いていた。
「という訳で、フリューネのおっぱいを揉む権利を賠償に要求するんだぜ! 尻でもいい!」
テーブルの上に片足を乗せ、熱弁振るう。
その瞬間、パンと乾いた音がして、銃弾が頬をかすめた。
「……って、危ねぇ!」
道ばたの汚物を見るような目で、パパはハンドガンを構えていた。
周りの生徒はギョッとして立ち上がった。
ただならぬ気配に気が付いていないのは踊り狂ってるリアトリスだけである。ちょうど踊りも佳境に入り、パルマローザが前を通った瞬間、術を解除し元の19歳の姿へ戻った。加速していくテンポの情熱的な律動に合わせ、リアトリスは激しく床を踏み鳴らしている。
「おっちゃん、どういうつもりだよ……」
ジャンジャカジャンジャカ、ズンドコズンドコ。
「初めてだよ、パパをここまでコケにしたおばかさんは……」
ジャンジャカジャカジャン! ズンドコドコドン! ジャカジャカジャン!
「……って、うるさいっ!」
パパは普通にリアトリスに発砲した。
ギターのネックが吹っ飛ばされたのに驚き、二人は慌てて舞台袖に逃げ込んだ。
そして、パパは鋭い目で周を睨みつける。
「さて、スケベボーイ。君のスケベスティックを刻んでエネフのエサにしてやろう」
「へっ、俺を抹殺しようってのか。面白ぇ、来いよ!」
容赦なく撃ち込まれる弾丸をレプリカ・ビックディッパーの腹で受け、周は一直線に突っ込んだ。パパはテーブルを蹴り上げひっくり返す。がしゃんがしゃんと皿の割れる音が、悲鳴のように店内に響き渡った。飛び交う皿を剣でいなし、周は回転蹴りをパパの胸に叩き込む。
「ぬう……!」
体勢を崩した所に、一刀両断の斬撃を振り下ろした。
しかし、咄嗟に背中から取り出した血煙爪で、パパは必殺の一撃を受け止めた。
「やるじゃないか、スケベボーイ。フリューネの仲間を名乗るだけはあるね」
「空峡の決戦も、マ・メール・ロアの決戦も、生還した俺だ。甘く見てもらっちゃ困るぜ!」
経歴だけ見ると名だたる戦場に足跡を残している、鈴木周。
しかし、彼のまともな戦闘シーンを書いたのは初めてのような気がするのは気のせいだろうか……。
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