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リアクション
第2章 Yesterday was Dramatic - Today is OK(2/4)
カシウナの広場は人でごった返していた。遠方よりやってきた商人が、ところ狭しと店を構えている。
メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は人波に飲まれながら、戦火から立ち直った町の命の息吹を感じていた。
「テレビで見た時はボロボロだったのに、すごいですねぇ……」
よく見れば戦争の痕跡はある。
崩れ落ちた壁、銃痕の残る石畳……、けれども、町にはそんな事でへこたれる空気は少しもない。
壊れた時計塔の向こうに臨む小高い丘の上には、ロスヴァイセ邸跡が見える。立派な屋敷は見る影もない。その代わり立派な古代戦艦が停まっている。ここが新たな観光スポットとなる日も近そうだ。
「燃えてしまったのはとても残念ですけど……、でもあのお船も町の人には人気みたいですねぇ」
ルミナスヴァルキリーに似せた模型を手に、子ども達が広場を走り回っている。
とその時、どんっと前から来た少年がぶつかった。
「いたたた……、ごめんよ、おねーちゃん」
「大丈夫、おねーちゃんは平気ですぅ。あなたも怪我してないですか?」
「平気だよー。あれ……、その制服、地球の学校のやつだろ?」
「そうですよぉ、どうかしたんですかぁ?」
「この町が襲われた時、地球の人に助けてもらったんだ。姉ちゃんが言ってた、どこの誰かはわかんないけど……」
そして、少年はニッコリ笑った。
「だから、地球のやつは仲間だ。へへっ……、一緒に遊ぼうぜ、姉ちゃん」
「喜んで」
メイベルも笑って、少年と子ども達の輪に入っていった。
「……あーあ、行っちゃった」
彼女のパートナーであるセシリア・ライト(せしりあ・らいと)は肩をすくめた。
「しょうがないから……、僕たちだけで食べ歩きツアーを続けよう」
「ええっ、まだ食べるんですか?」
フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)は呆れた顔で言った。
「おいおい、まだカシウナ名物を食べてないじゃないか。折角、観光に来たんだから、美味しいもの食べないと。旅の醍醐味はなんたって食べ歩きと相場が決まってるでしょ。ステラちゃんもそう思うでしょ?」
急に振られたが、ステラ・クリフトン(すてら・くりふとん)は微笑を浮かべて答えた。
「ええ……、食べ歩きの旅なんて、とても新鮮な体験になると思います」
メイベル達と出会うまで、外の世界を知らなかった彼女にとっては何もかも輝いて見えた。
「……ステラちゃんも賛成みたいだし、次の店に行こう。ほら、あそこなんて良さそうだよ」
老舗土産物店『おおばばさま』、セシリアは店に入るなり声を上げた。
「おばあちゃーん、この町の名物くださいな!」
「おやまぁ、元気だねぇ。ワシのめしいた目にも食いしん坊が来たのがわかるよ」
主人のおばあちゃんは嬉しそうに頷いた。
「と言っても、カシウナの名物なんてカシウナ饅頭ぐらいしかないんだけど……、これがまたあまりにも普通の饅頭で売れなくてねぇ。この棚にあるのも消費期限2年前に切れてるなんだが……、それでもいいかい?」
「つまり2年も熟成させてるって事よね。是非頂こうじゃない」
「い、いけません、セシリアさん。明らかに緑色のモコモコに包まれてるじゃないですか」
フィリッパに説得されて、しぶしぶヴィンテージカシウナ饅頭を諦めた。
「あ……、そうそう。今朝、むすめカンパニーの人が新商品のサンプルを置いてってくれたの忘れてたよ」
ポンと手を叩いて中に引っ込むと、おばあちゃんは奥からどんぶりを持ってきた。
どうやら『麺類』のようである。
「なんだ、それっぽいのあるじゃない。いっただきまーす」
セシリアは一口食べて、ぶふーっとそばを噴き出した。
「おげぇ! おげげぇ!!」
「宙を舞うそば……、とても新鮮です」
ステラは感動をノートに記録している。
「……って、書いてる場合じゃありませんわ! 気を確かにセシリアさん!」
「な……、なに、このそば。ものすごくパサパサしてる。それに、口に入れるとジャリジャリするんだけど」
「これはね、『風そば』じゃよ」
むすめカンパニー、夏の新製品『風そば』、空峡の風に守られたこの町の気候を活かした意欲作である。
製麺したそばを三日三晩風に当て放置したものをそのまま食すという、食と自然の一体感を楽しめる食べ物であるが、味と風に当ててると砂埃が吹き付けてジャリジャリになるという問題は、まったくスルーしていたようだ。
「名物に美味いものなしってのは……、各国共通なのね……」
しくしくと泣きながら、セシリア達は店をあとにした。
カシウナに名物が生まれる日はまだ遠い……。
◇◇◇
メイベル達が観光を楽しむ傍、広場ではクィーン・ヴァンガードが復興作業に従事していた。
瓦礫の撤去から損壊した建物の修繕、家財を失った人への仮設住居と食料品の手配。隊の本来の任務ではないが、現在のカシウナでは……いや、空賊の襲撃を受けた都市では猫の手も借りたい状態なのである。しかし、この炎天下での作業はなかなかに過酷で、気分を悪くするものがちらほらと現れていた。
早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は日陰になっている時計塔の下で、そんな隊員たちの面倒を見ている。
「彼らには世話になったからな……」
女王復活の儀式で世話になった隊へ恩を返すため、ヒールやナーシングで治療を行っている。
「……先ほどから、そこで休んでいるが、セイニィも気分が悪いのか?」
そう言って、ソーダ水をあおっている獅子座の十二星華、セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)に目を向けた。
「気分が悪くならないように休んでんでしょうが」
ふん、と鼻を鳴らして、冷たい瓦礫の上に寝そべった。
「まったく、なんでこんなくだらない事を手伝うはめに……、ティセラもパッフェルもいないし、超つまんない」
「ヴァンガードに所属してるんだ、仕方がないだろう。それにこうして人々のために働くのは悪い事ではない」
「良いか悪いかなんてどうでもいいわ」
「……やれやれ」
小雪は肩をすくめた。
「十二星華が秘匿されて使命に縛られる時代は終わった……、生まれ変わったシャンバラでは、おまえ達も思うまま生きられればいいと思っていたが……、そう言えばおまえに関しては昔からそれを実践していたな」
「あたりまえじゃん。何言ってんのよ」
さして興味なさそうに、セイニィはあくびをした。
「……女王の件じゃ色々あったが、これからどうするんだ?」
「しばらくはクィーン・ヴァンガードに付き合ってあげるわ。ティセラ達も、たぶんそうするだろうし」
そこに高村 朗(たかむら・あきら)のくすくすと笑う声が聞こえてきた。
「なんだ、ヴァンガードに入っても、全然変わってないなぁ」
むくりと起き上がって、セイニィは朗を見つめた。
「ザコじゃん」
「ザコじゃなくて朗だってば。そんなところでサボってないで、瓦礫の撤去を手伝おうよ。俺も手を貸すからさ。なんたって十二星華のセイニィが手伝ってくれたら、みんな本当に助かるんじゃないかなー」
「そんな上手い事言っても手伝わないし」
ゴロンとまた横になった。
「大体、自分の家の瓦礫ぐらい自分で片付けろっつーの」
根は良い奴なんだけど、頑固なとこあるからなぁ……。
深追いするのを諦め、朗はひとりでヴァンガード隊に混じって作業を始めた。
「……あんたもお人好しね。ヴァンガードでもないのに、こんな手伝いなんてして」
「よく言われる」
流れ落ちる汗を拭って、朗は微笑んだ。
「この間の戦いの時みたいに、みんなで力を合わせるのって気持ちがいいじゃないか。俺は戦いより、今日みたいに何かを直すほうが好きだから尚更かな。あ、でも……、みんなで冒険するのが一番好きかもなー」
「あたしは直すのは苦手よ」
「だろうと思った」
本音を呟いた小雪を、セイニィはジロリと睨んだ。
「……ふん。でも冒険はいいわね。こんなシケた仕事より楽しそう」
「仕事してないけどな」
すかさず小雪が突っ込んで言い合いになった。
そんな様子を朗は嬉しそうに見ている。
「みんなと上手くやれてるか心配だったけど、ちゃんとやれてるみたいだな……」
パンパンと手の砂を払い、二人の元に駆け寄った。
「セイニィ。じゃあ、今度みんなで冒険行こう。海辺にオシャレな洞窟を見つけたんだ」
◇◇◇
「あれ、復興支援してるんじゃなかったの?」
不意にかけられた声に、セイニィ達は振り返った。
そこにいたのは、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)とそのパートナー達だった。
「なんだ、手伝おうかと思ったけど、セイニィがやってないなら別にいいわ」
完全にセイニィが悪い手本になりつつある。
「次から次へとあんたらヒマなのね」
「あなたも相当ヒマそうに見えるけどね、セイニィ。そんなにヒマを持て余してるなら、是非とも我が蒼空歌劇団に入りなさい。華やかな歌にきらびやかな衣装、全パンピー憧れの夢のステージがそこにあるのよ」
「えー、あたしそう言うのは、テレビで観ればいいや」
「舞台は生ものなのよ。テレビで流したものなんて言ってみりゃ、劣化コピーに過ぎないわ。その瞬間、その場所でしか味わえない一体感があるんだから。楽しいのは絶対に保証するから……、ねぇどう?」
「へー……」
あからさまな無関心、しかしリカインのハートは強かった。
「舞台で輝いてるセイニィを見たら、ティセラもメロメロもかもよ……?」
それにはセイニィもピクリと反応を示した。
「……あたし演技なんて出来ないわよ」
「大丈夫よ、そんな事言い出したらほとんど誰も出来てないから」
歌劇団トークを始めた二人を、シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)はイライラしながら見ていた。
何で自分はこんなところにいるのだろうか。ロスヴァイセの新旧英雄のいるこの町になんて、来なくていいなら絶対に来ないのに。彼女のロスヴァイセコンプレックスがピリピリと刺激されていた。
そして、怒りの矛先となったのは、何故か上海、何故かセイニィだった。
「こんな事になったのも、フィスが辛い想いをしてるのも、全部この猫娘のせいなのよ!」
もはやコンプレックスを通り越して、ただの言いがかりである。
「そこの猫娘!」
彼女は指を突きつけた。何か一言嫌みを言ってやらないと気が収まらない。
「しばらく見ない間に、クィーン・ヴァンガードの飼い猫になったらしいわね。どおりでトドみたいに寝っ転がってるハズよね、爪も牙も随分丸くなっちゃったみたいだけど、お腹のほうも丸くなったんじゃない?」
その瞬間、スパァンと痛快な音がして、セイニィの胴回し蹴りがシルフィスティの顔面にクリーンヒットした。
「あんた、前に会った時も舐めた口利いてたわよね」
「うう……、血。血が出た!」
鼻血をだらだら流しながら、シルフィスティは叫んだ。
「なんであなたが怪我してんですか……」
頭がおかし過ぎる彼女の行動に、ソルファイン・アンフィニス(そるふぁいん・あんふぃにす)も思わず苦笑い。
「た、助けてソルファイン」
「どうしてあなたの面倒を見なくちゃならないんですか。僕はセイニィ様の怪我の経過を看に来たんです。勝手にケンカ売って鼻血噴いた人は知りません。ほら、ティッシュでも鼻に詰めときなさい、ティッシュを」
そこに買い物途中のフリューネが通りかかった。
通りすがりで状況はよくわからないが、ろくでもない雰囲気をなんとなく察知した。
「……みんな変な顔で見てるわよ。こんなとこで何してるの?」
「うっさい伊達乳! 放っときなさいよ!」
彼女の顔にイライラが高まったのか、シルフィスティは大声を上げた。
その瞬間、フリューネの拳底がその顔面を打ち砕き、彼女は更なる鼻血を噴いて吹き飛んだ。
「デカイ声で誤解を招く事言うんじゃないわよっ!」
「痛い……! 激しく痛い……!」
シルフィスティ涙目でセイニィを睨んだ。
「あんたもなんか言いなさいよ! フィスにばっか言わせてんじゃないわよ! おかげで殴られたじゃないの!」
「……知らないわよ。ひとりで殴られてればいいじゃん」
「なんなのよ、この町の奴ら! なんで口より先に手が出る奴ばっかなのよ! 弁護士を呼んでよ!」
きゃんきゃん喚めいていると、抗議の声は身内から上がった。
「……おい、さっきからうるせぇぞ、そこのバカ女1〜3号! やる気がねぇんなら他所行きやがれ!!」
リカインの三人めのパートナー、アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)が重い口を開いた。
相棒達がおしゃべりしている間も、クィーン・ヴァンガードの一員である彼は懸命に作業をしていたのだ。仕事を手伝わないばかりか、こうやかましく作業を妨害されるのではたまったものではない。
しかしこの世の中、正論ほど通りにくいものである。
「……って誰が、バカ女よ!」
シルフィスティの鉄拳、セイニィの飛び蹴り、フリューネの指折りが襲いかかった。
「ぎゃあ! 間違った事は言ってねぇぞ! つか、セイニィ、おまえはヴァンガードなんだから働けよっ!」
「嫌だっつってんでしょ! このクソ暑いのに働けるか!」
「ふざけんな! さっきからガブガブガブガブ豚みてぇにジュースばっか飲みやがって!!」
「はぁ!?」
ただでさえ暑い広場なのに、二人言い合いで更なる熱気が渦巻いた。
一番関係ないフリューネは巻き込まれない内に、そそくさとその場をあとにした。
「……ほどほどにしておきなさいよ」
それと同時にセイニィもその場を立つ。
「おい、話は終わってねぇぞ! どこ行くんだ!」
アストライトが文句を言うと、セイニィは石をぶつけて黙らせた。
「トイレよ!」
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