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 海桐花の夏 
 
 
 砂浜には幾つものパラソルが咲き、海では歓声が上がり。
 夏の海は多くの人で賑わっていたけれど……浜茶屋『海桐花』は今年も閑散としていた。
「……のどかだな」
 客もまばらな店内で、石島源太がぱたぱたと団扇をあおぐ。
「この時期にのどかでは困るのではありませんの?」
 売り上げに貢献しようと飲み物をとってはいるけれど、白鞘 琴子(しらさや・ことこ)のコップの中は一向に減っていない。しきりに浜茶屋の中を見回しては心配そうな顔をするばかりだ。
「浜茶屋の手伝いの人も十分集まったようですし、皆で盛り立てていけば、きっとお客さんも入るようになりますよ」
 源太よりも余程うかない顔つきをしている琴子を、橘 恭司(たちばな・きょうじ)は励ます。
「そうですわね。少なくとも、昨年のあの接客と比べれば今年はずっと浜茶屋内の雰囲気もよろしいですし」
「あの接客、とは……そんなに良くなかったんですか?」
 恭司の問いに、琴子はええと苦笑した。
「アルバイトの数が集まらなくて、石島さんが手当たり次第に声をかけたものですから……かなりいろいろ問題があって。それで今年は学園に募集の貼り紙をすることにしましたの」
 今年はきちんと働いてくれそうな人が集まって一安心、と言う琴子の様子から去年の浜茶屋がしのばれ、恭司もつられて苦笑いした。
「そ、今年は良いバイトが集まったことだし、そのうち客も来るだろう。はりきっていこうぜ」
 源太はそれでもへこたれていないが、店の先行きはかなり不安なところだ。
 確かにバイトはたくさん集まった。けれど逆に、この客入りでは多すぎる。もしかしたらバイトはこんなにいらないからと、人員削減されるかも知れない。あるいは給料不払いになったりとか……。そんな厭な考えが天司 御空(あまつかさ・みそら)の脳裏をよぎる。このバイトに生活がかかっている御空にとって、それはまさに死活問題だ。
「そのうちって言うけど、このままだと客は来ないと思うよ」
 運営が好転する要素が無い、との御空の指摘に、そんなの困るよとカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)が慌てた声を出した。
「ここが儲からないとボクのバイト代が出なかったりするんじゃない? うち、財政がピンチなんだよっ。バイト代が減るとすっごく困るんだ」
「……魔道の研究のためとはいえ、生活費まで注ぎ込むからであろうに」
 ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)がぽそりと呟く。研究熱心なのはいいけれど、今月は特に実験の材料だ資料だと買い込みすぎて、すっかり金欠状態。
「どうしよう。何かここがはやる方法があるといいんだけど」
 何かできることはないかとカレンは必死に頭をひねる。
 アルバイトに来たからには力になりたい、と思う久世 沙幸(くぜ・さゆき)も、この状況では力の振るいようも無い。閑古鳥が鳴いている店内を見渡して、何が問題なのかと考えた。
「確かに、ここってなんだか他の浜茶屋に比べて花がないように思えるんだよね。メニューが少ないのも問題の1つだと思うんだけど」
「メニューか。俺はどうもそういうのは苦手なんだよなぁ。食う方なら得意なんだが」
 源太は頭をぽりりと掻いた。
「簡単にできる料理を増やしてみたらどうかな。カレーだったら作ってコンロで温めておけば、ごはんにかけるだけで提供できるし。焼きそばに使ってる鉄板があるんだから、お好み焼きも出来るよね。あれも材料を揃えておけば、混ぜて焼くのはそんなに難しくないと思うんだ」
 出来そうなものをリストアップしていく御空に、源太もふむふむと耳を傾ける。
「カレーとお好み焼きか、旨そうだな」
「後は、焼き鳥のように匂いで客を引けるものとか。カキ氷のトッピングも増やした方が良いかな。女の子はカラフルなものが好きだから」
 御空が手早く携帯で情報を検索して、レシピや必要なものを提示して見せると、それは源太にも理解できたらしい。
「これなら何とか出来そうだな。材料と道具を調達したら、料理してみてくれるか? 後このトッピングって奴も、俺にはよく分からないから誰か頼めるかな」
 揃える方はできるけれど、やはり料理には自信が無いという源太に、それなら、と赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)が申し出た。
「自分も手伝いますよ。カレーやお好み焼きぐらいなら作れますから」
 霜月もまた、家族を養う為に働かなければならない身。ここは浜茶屋に成功してもらわなければならない。幸い、一緒に来たジン・アライマル(じん・あらいまる)も料理は出来る。一緒に試作品を……と視線を送ってみたが、ジンは他人事のように浜茶屋の中を眺め渡している。
「ジン?」
「え、何かしら?」
「新メニューの試作品を作るのを手伝ってくれますか?」
「私が?」
 霜月ががんばって働けばそれでいいだろうと思っていたジンは、心外そうに霜月を見返した。が、すぐにくすりと笑う。
「そうね……試したいこともあるし……ちょっとくらいなら手伝ってもいいわ」
「アレクサンダーもお手伝いする!」
 霜月の役に立ちたいと、アレクサンダー・ブレイロック(あれくさんだー・ぶれいろっく)もはりきって名乗りをあげる。
「試作してメニューが決まったら、写真に撮ってメニューを作ろうぜ。濡れた手で触っても大丈夫なように、クリアファイルに入れて各テーブルに置いておけば良いだろう」
 ウォーレン・アルベルタ(うぉーれん・あるべるた)の提案に、羽入 勇(はにゅう・いさみ)が、写真なら任せておいてとカメラを示す。
「メニューだけじゃなくて、新生浜茶屋の宣伝チラシも作りたいな。そっちにも美味しそうな料理の写真は必須だし」
「それなんだけど、チラシは配るのではなくて、見せるとかどこかに貼らせてもらうのが良いと思うわ。見終わったチラシを浜辺に捨てていく人がいると、ゴミになってしまうから」
 人が多く集まる浜辺ではゴミも増える。せっかくのチラシが浜を汚すことにならないようにとアルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)が言えば、
「だったらボクは、その出来たチラシを見せて回るよ。拡声器も使って、浜辺にいる人たちにばっちりアピールするからね」
 カレンが張り切ってチラシの告知を引き受けた。
「うん、よろしくね。だったらそんなに枚数はいらないだろうから、プリントする方も楽になるし。他にチラシに載せるなら……うん、可愛いアルバイト! これもポイントだよねっ」
 これで男性の集客率アップを図ろうという勇に、今度は沙幸が身を乗り出す。
「やっぱりそうだよね。外からもよく見える場所で女の子が給仕さんしてたら、男性もそうだけど、女の子もお店に入りやすいんじゃないかな、って思うんだ。でもそれだけだと、ちょっとインパクトに欠けるかな? うーん……浜茶屋だし、制服みたいなものはないよね……」
「あら沙幸ちゃん、海と言えばやっぱり水着姿の可愛い子よ♪」
 アルメリアのつっこみに、沙幸は心得た様子で肯いた。
「あ、そっか。水着で給仕すればきっと、物珍しさにお客さんがたくさん来るんじゃないかな? 給仕をやってくれる男性にも水着になってもらえば、今年の浜茶屋は繁盛間違いなし、だよ。もちろん浜茶屋のエプロンは忘れず着用で」
 力説するも、源太はどうかなと首を傾げた。
「うーん……来るお客さんのほとんどが水着姿だから、物珍しくはない気がするな」
 街中で給仕が水着姿だったら目を惹くだろうけれど、ここは海。周りは水着姿ばかり、という場所では店員が水着を着ているからと、それを目当てにやってくる客はあまりいないだろう、と源太は訝った。。
「確かに水着の人はいっぱいだけど、水着エプロンはまた特別なんだよっ」
「特別?」
 それでもぴんと来ないらしい源太に、
「そう、いろいろあるのよ」
 とアルメリアも意味ありげな笑みを投げた。
「そうなのか? 良く分からんが、そう言われるとそんな気がしてくるな。ま、そうだと言うならやってみるか」
 細かいことを気にしないタイプらしき源太は、あっさり提案を受け入れる。
「じゃあチラシにも水着エプロンの写真を載せるね。モデルはよろしく。あと、店内……は今ひとつかなぁ。あんまりこれっていうところが無さそう」
 チラシに入れられるような構図を求めて勇は店内を見回したが、取り立ててこれという箇所はない。
「店内か。飾り立てるよりも、心地良い、と思ってもらえる場所にしたいな」
 ウォーレンは浜茶屋の天井を見上げる。
「天井の梁にそって木を打ちつけて、その上にベニヤでも1枚置いてみたらどうだ? 間仕切りすれば上からの熱を天井裏の空間に切り分けて、ぐっと室温が下げられる」
「へぇ、そんな方法があるんだなぁ」
 源太は感心した様子で天井を眺める。
「浜茶屋の小片に、人工芝のグリーンマットを敷くのも良いな。太陽の照り返しも和らぐし、入ってくる客の足についた砂落としにもなる。たまに打ち水でもしておけば、長い間蒸発して熱をとってくれるぜ。他には……風上に扇風機でも置ければ、浜茶屋の中の空気も動くだろ」
「それならうちでも出来そうだなぁ。それで涼しくなりゃあ、働くこっちも楽になるし。やってみるか」
「分かった。必要なものの買出しに行って来よう。誰か一緒に来てくれ」
 そうと決まれば行動あるのみ。ウォーレンは必要なものをメモすると、買出し班を募ってさっそく出かけていった。
 ぶつぶつと呟きながらチラシの構図を考えていた勇もぱっと顔を上げる。
「……緑の人工芝の中に立つ浜茶屋、カラフルなカキ氷を持ってにっこりするバイトさん、美味しそうなメニューの数々……うん、イメージ湧いてきたっ」
 動き出した新生『海桐花』。これならばもう大丈夫そうだからと、琴子はパララビ パラビー(ぱららび・ぱらびぃ)に微笑みかけた。
「良かったですわね、パラビー。ここは任せて一旦石島さんの家に戻りましょうか」
 暑いのがダメだからとぐんにゃりと壁に寄りかかっているパラビーを琴子は促し、立ち上がらせた。
 では、と退出しようとする琴子をアルメリアが呼び止める。
「琴ちゃん先生はどの水着にするのかしら?」
「いえ、わたくしは給仕は致しませんから」
「まさか貼り紙をしておいて、自分は手伝わないなんて言わないわよね?」
「それは……あの、水着も持って来ていませんので、わたくしは……そうですわね、皆さんが泊まる源太さんの家のお掃除でもして参りますわ」
 ここは逃げるが勝ち、と琴子は出口を目指す。と……。
「え……?」
 ぽん、とパラビーに肩を押され、琴子は逃走できずにアルメリアの方に倒れた。
「大丈夫よ。そうだと思って琴ちゃん先生の分の水着も持ってきたんだから。さ、水着を選びましょ」
「パラビー、あなたは……っ」
 アルメリアに連れ去られながら抗議の目を向けてくる琴子を、パラビーはふかふかの手をちょっと上げて見送った。