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リアクション
〜どたばた臨海学校2010〜
すっかり気候は夏。セミの大合唱の中焼け付くような太陽の日差し、雲は大空に真っ白な山を作り上げている。日中の風は温風よりも熱風といっても過言ではなく、外を歩く学生たちの表情はほとんどがけだるそうに見える。
教室の中も冷暖房が効いているとはいえ、蒼空学園の教室内もかなりけだるい空気となっていた。そんな中、臨海学校夏合宿に向け、運営委員会はこの蒼空学園の一室を借りて会議をすることとなっていた。
二回目となる今回の会議では、臨海学校の中で行われる運動会についてが議題となっている。
先の会議で臨海学校運営委員会委員長に選ばれた橘 綾音(たちばな・あやね)は、その蒼空学園の教室の中で困った様子で首をかしげていた。昨年度の臨海学校には参加していないため、何から用意していいのか、彼女自身全く見当がついていなかったのだ。ある程度人数がそろい始めていたが、どの生徒も臨海学校未体験のものたちばかりだった。
そこへ、同じく運営委員会として参加するイルミンスール魔法学校の女子生徒にしか見えない少年、緋桜 ケイ(ひおう・けい)が教室に入ってきた。赤い着物姿の悠久ノ カナタ(とわの・かなた)も一緒だ。
「遅れて悪い。会議は進んだか?」
「あ! ケイさん、カナタさん、お二人は昨年度も参加されてたんですよね? 何を準備すればいいんでしょう? 生徒達は武器と水着意外は、お弁当くらいしかもっていけないし……私たちは何をすればいいのか、悩んじゃって」
二人は橘 綾音の言葉を聞くと顔を見合わせ、少しばかり苦笑しながらも頷いた。緋桜 ケイは据え置きのパソコンを手早く立ち上げると、会議室内の大きなスクリーンに今回向かうパラミタ内海の写真をいくつか映し出した。
「この通りこの辺りには何にもないから、準備っていっても、最低限しかもっていけないことになってる。だから、あまり気負うことはないぜ」
「うむ。やることといえば、わらわたちはあくまでもイベントの進行がメインじゃ。今年は運動会が目玉じゃから、それをどう執り行うか、くらいじゃのぅ」
「運動会……現地の人は、どれくらい準備してくれるんでしょうか?」
「お待たせしましたー」
息を切らして駆け込んできたのは、臨海学校運営委員会副委員長に任命された影野 陽太(かげの・ようた)だ。その両手には何故か書類の山が抱えられている。
「だ、大丈夫か?」
「はいぃ……キージャ族の方々はまだパソコン導入されてないとかで、今、やっと、交渉とか……色々……」
ぜーぜー、と肩で息をする影野 陽太に七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が会議用に用意されたお茶を差し出す。
「ありがとうございます……」
「とりあえず、この書類見ればわかるのかな?」
「は、い……」
七瀬 歩が書類を受け取ると、その膨大な書類に手書きで運動会に使うであろう設備の説明が書かれていた。細かく絵も入れられており、それらが昨年も世話になったキージャ族や人魚たちが協力して準備をしてくれたのだというのが見て取れた。
だが生徒達が自分で作る合宿、という学校側の臨海学校に対する見解を理解してくれているようで、向こうでやってくれたのは海中玉いれで使う軽石の準備や、リレーで使うバトン代わりのほら貝といった、小物の準備と場所(安全地帯)の確保、そして設計図や必要な材料が記されていた。そしてそれらの材料がどこで手に入るのか、現地で案内役についても書かれていた。
「すごいわ、それでもここまで準備してくれてるのね」
アルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)はほぅ、とため息をつきながら書類に目を通した。橘 綾音もそれらを見て目を輝かせる。
「私たちは、陸での設営ですね。このビーチバレー用のコートとか」
「それに……救護班も必要ですぅ……」
盲目の如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)は、記された紙に指を滑らせて微笑む。どうやら筆圧で紙に書かれていることを理解しているようだった。彼女の言葉に、クロス・クロノス(くろす・くろのす)は銀色の瞳を細めてその言葉に頷いた。
「では救護班のテント立ては任せてください」
「ボクも手伝うですよ〜」
にっこりと笑って進言したのはヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)だった。その言葉に影野 陽太は頷くと、緋桜 ケイから引き継いだパソコンにすぐさま入力する。
「では、お3方は救護班、ということで。あとは食料関係は……」
「食材の確保には私も参加します」
本郷 翔(ほんごう・かける)が進み出ると、影野 陽太は同じく入力をしていくと、今度は七瀬 歩も元気よく手を上げた。
「あたしはお料理をするよー。釣りの参加希望者が多いみたいだから、きっと沢山お魚が来るよ〜!」
「俺も、食材の確保と料理を手伝おうか」
続いて如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)もそう宣言したので、同じく食料班のところに3人の名前が記された。
「森での案内は、昨年度も協力してくださったキージャ族の二人が手伝ってくれるそうです。現地で落ち合えると思いますよ。真水はあの辺りの砂浜を掘ると、海水ではなく真水が出てくるんです。そのための浄水装置は僕らで用意しましょう」
「テントの設営などは、私に任せてください」
「私も力仕事は任せて」
妙なポージングをするルイ・フリード(るい・ふりーど)の横で、冷静な面持ちでアピス・グレイス(あぴす・ぐれいす)は呟いた。
「僕たちは運動会の設営や応援に回ることにしよう」
湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)はニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、エクス・ネフィリム(えくす・ねふぃりむ)とディミーア・ネフィリム(でぃみーあ・ねふぃりむ)両名の名前と共に運動会運営に参加するよう影野 陽太に伝えた。
「応援なら、私もちょっとご相談したいことがあるんですけど……」
火村 加夜(ひむら・かや)は青い瞳をにっこりと細めて、口を開いた。
彼女が口にする案は、一同の表情をさらに明るくさせるものだった。
そして、臨海学校当日。
大きな荷物の持込を許可されてはいないが、昨年度参加した生徒達は、これでもか!! というほどの警戒心と気合をもってそのバスに乗り込んだ。
昨年度、彼女は大きな失態をした。
親睦を深めるはずの臨海学校を、実践訓練合宿と勘違いし、バスに連なる貨物車両に爆弾を仕掛けたのだ。
そして空腹のため怒り狂った巨大くらげ(の子供)からの八つ当たりによって、バスは攻撃された。爆弾は誘発し、参加生徒達の荷物はばらばらに。
無論、彼女以外の大きな要因があったのだが、それはそれ、これはこれ。
彼女は成績を落とされ、今年も一教導団員としてこの合宿のバスガイドに任命されていた。
彼女の名は、片倉いつき。おさげがポイントのどじっこである。
「と、いうことでですね。今年はそんなことはしませんよ?」
にっこりと笑う添乗員の片倉いつきは、パートナーであり運転手のダッティーの横でにこやかな笑みを浮かべていた。今年も迷彩模様のバスガイドルックだが、軽く羽織っただけのようでその下には水着がかいまみえる。
すでに集合が完了した夏合宿参加者の面々は、一同バスに乗り込んでキャンプ地へと移動を開始していた。
片倉いつきのにこやかな声にも、昨年同様の褌にさらしを巻いたナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)は頭に被ったままのピエロ帽を一撫でし、「信用ならねぇーっ」と、体中からオーラを放ちながら顔をしかめている。
「とはいえ、新入生もいるので警戒はしないと」
神妙な面持ちでスケジュールを確認するのは、蒼空学園の水着を着こなした影野 陽太だ。彼の言葉に、片倉いつきは目に涙を浮かべる。紐同然の水着姿で妖艶な肢体を余すことなく曝け出しているロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)はすかさず彼女の肩を抱きしめ、影野 陽太を睨みつける。
「乙女を泣かすなんて、人間の風上にも置けませんわね!!」
「ええ!!? ち、違います! ただ去年みたいにくらげに襲われたりとかって意味で……」
「まぁ……去年は去年。今年は今年だからな」
泣きそうな片倉 いつきの顔を見てか、それとも動揺している影野 陽太のおかげか少し落ち着いたらしいナガン ウェルロッドは少しくつろいだ風で二人分の座席を占領してため息をつく。
サバイバルであるということ以外、今年の夏合宿にあった変化は【海の運動会】が加わったことくらいだ。一から手作りの運動会になるが、去年の経験を持った生徒達が気合十分に計画を立ててきていたのだ。
昨年度自主的に作られた地図を広げたのは、白のトライアングルビキニでその肢体を惜しげもなくさらしている黒髪の美女だった。
「っていっても、私たち去年つかった廃材の置き場くらいしか把握してないけど、運動会の運営自体は大丈夫なのかしら?」
「ま、ゆるっといこうぜ。去年も何とかなったしさ」
地図をため息交じりに眺めていた宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)に明るい声で答えたのは、昨年も参加し、テント班として活躍した曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)だった。目をらんらんと輝かせているマティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)は、窓から流れてくる潮風を胸いっぱいに吸い込んでいた。
「はぁ、なんだかこうしているととっても懐かしいですよー」
「昨年度はこうしてまったりしている間でしたね〜」
フリル付きパーカーに、学校指定の水着を着たヴァーナー・ヴォネガットはニコニコしながら、そのトラブルもいい思い出であるかのように語った。その隣に腰掛けていた緋桜 ケイは少しくらい面持ちの運営委員長に声をかけた。
「運営委員長、現地に着いたらみんなに挨拶頼むぜ?」
「え、あ……でも私でよかったんでしょうか……影野さんにばっかりやっていただいたような気が……」
「まだまだ夏合宿は始まったばっかりですからね! そんなくらい顔せず愉しんでいきましょー!」
橘 綾音の横でカメラを構えて、早速反対側の席へインタビューを開始したのはスクール水着姿の桐生 ひな(きりゅう・ひな)だった。赤い瞳には怪しげな光が宿っていたが、レンズの向こうにいる生徒達には見えないようだった。
「この夏合宿で何がしたいですか?」
「はい! みなさんと、楽しい思い出をつくりたいです!」
「私も、同じ」
おそろいのパーカーの下に百合園女学院の水着を纏っているのは、機晶姫の姉妹ニーフェ・アレエ(にーふぇ・あれえ)とルーノ・アレエ(るーの・あれえ)だった。二人の表情は明るく、特にニーフェ・アレエはその緑色の瞳を眩しいばかりに輝かせている。
「絶対楽しい夏合宿にしようね! ニーたん、ルーたん!」
真っ白なワンピースの水着を着ている小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は満面の笑みを浮かべながら、組んでいた足を組みなおす。一見すると超ミニスカートのごく普通のワンピースのようにも見え、そのきわどい角度は思わず視線を釘付けにしてしまう魅力があった。パートナーであるベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は打って変わってショールを羽織り、さらに長いパレオを巻きつけている。パレオがめくれないように必死にしているが、その恥らう姿もさりげなく視線を集めていることに彼女はまだ気がついていないようだった。
「よいではないか、よいではないかぁ〜!」
「ヨクナイヨクナイー!!! ボクが何でそんなものつけなきゃいけないんだよー!!」
バス後方に備え付けられているトイレ兼更衣室で、シリル・クレイド(しりる・くれいど)とネヴィル・パワーズ(ねう゛ぃる・ぱわーず)の声が響いていた。しばらくして中から出てきたのは、百合園女学院の水着を着た二人だった。
パートナーのアピス・グレイスはため息をついて出てきた二人に声をかける。
「いくらなんでも騒ぎすぎよ。はしゃぐのもいいけど、バスの中ではおとなしくしてなさい」
「「はーい」」
両極端な表情を浮かべている二人については深く追求しないんだ、と周りからの視線は気にせず、アピス・グレイスもルーノ・アレエたちの席のそばに戻っていく。弾む会話ではなさそうだが、その和やかな空気が彼女たちの中のよさを表しているようだった。
「ほら! すっごくにあってるじゃん!」
「ううぅ……恥ずかしいよぉ……」
「あらあら、とっても素敵ですわよ?」
ロザリィヌ・フォン・メルローゼはにっこりと笑って二人の肩に触れようとする。そこをすかさず、宇都宮 祥子が阻む。一瞬、双方の間にはすさまじい殺気が生まれるが、すぐさまお互いに微笑む。
「うふふ、嫌ですわ祥子さん。わたくしはお二人のかわいらしい姿を褒め称えていただけですわ」
「そうよね。私もとってもかわいいと思うわよ」
(く、あくまでもわたくしの邪魔をするというのね!!)
(昨年度のこともあるし、今のうちから警戒しておかないとね……)
「「ふふふふふふふふふ」」
一見すると仲がよさそうに微笑む二人の間に挟まれて、それでも平和そうに「ほらぁ、にあうっていわれたよー」「ええ、でもぉ……」と会話を続けるシリル・クレイドとネヴィル・パワーズだった。
そんな和やかな空気の中、真城 桜紀(ましろ・さき)は幾度目になるかわからないため息をついた。近くに座っていたミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)は、同じ競技に参加する仲間として声をかけた。
「よ、私はミューレリア・ラングウェイってんだ。同じビーチバレーやることになるけど、よろしくな」
「あ……私は、真城 桜紀よ」
元気よく差し出された手をおずおずとしながら受ける。反対に座っていたニーフェ・アレエもご挨拶がてらハグを交わす。
「どうぞよろしくお願いしますね! 私もビーチバレーに出るんです」
「そうなんだ」
「どうかした? 元気が、なさそう」
ルーノ・アレエが握手がてらそう問いかけると、真城 桜紀は少しうつむいてしまう。
「うん。一緒に来るはずのパートナーのアンドリューが、今朝になって具合が悪くなったの。だから、今日来られなくなっちゃって……」
「そうでしたか。心配?」
「ううん。そんなにひどく悪いわけじゃないから、そっちの心配はしてないの。ただ」
その後の言葉を飲み込んだ儚げな仕草が、彼女の哀しさをより一層現していた。ニーフェ・アレエはその手をとってにっこりと微笑んだ。
「一緒に来られなくって、残念です。でも、その分思いっきり楽しんでください。お土産話をその人にしてあげたら、きっと喜ぶと思います。だから、目いっぱい楽しい思い出作りましょうね」
「そうだぜ。私たちだけでも思いっきり楽しんで、来られなかったそいつを悔しがらせるくらいにな」
ミューレリア・ラングウェイもニーフェ・アレエに続いて励ましの言葉をかける。3人の言葉に、真城 桜紀はようやく微笑を浮かべた。
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