リアクション
◇ ◇ ◇ 早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、街に着陸する際に気を失って倒れた、飛空艇操縦士のヨハンセンを介抱する為に、船に残った。 「携帯は、やはり駄目か……」 勿論、こんな所に電波は届かない。 無論パートナー同士のやりとりであれば問題はないのだが。 解っていたことだが一応確認して、呼雪は携帯を閉じる。 飛空艇の居住スペースは、お世辞にも居心地がいいとは言えない場所だったが、 「慣れてるから大丈夫っすよ」 と彼の助手のアウインは言った。 ヨハンセンが倒れたと知った時は、酷く狼狽していた彼も、随分落ち着いてきたようだったが、そう言いながらも、不安そうに彼を見ていた。 そんな彼等の状況を知って、街の人が 「うちにお連れくださいな」 と申し出てくれたので、好意に甘えて運び込むことにした。 光臣翔一朗が背負い上げ、彼を住人の家に運び込むと、 「俺はちょっくら、街を見回ってくるけえ。何も無いとは思うんじゃがな」 と言って出て行った。 「ヨハンセンさんをよろしくお願いいたしますわ」 オリガ・カラーシュニコフ(おりが・からーしゅにこふ)は彼等を見送って、 「一応、残って見張る係も必要でしょうから」 と、飛空艇の見張りと点検を兼ねて残ることにした。 あてがわれた部屋にヨハンセンを寝かせた後、呼雪はナーシングや回復魔法などをヨハンセンに試してみた。 ヨハンセンは、特に苦しそうな表情をしていなかったが、叩いても揺すっても、魔法にも反応せず、効果が現れているようにも見えなかった。 「……眠ってるみたいだね?」 パートナーのファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)が言う。 「そうだな」 オリガの話では、倒れる前は、苦痛に抗うような様子だったそうだが。 楽な姿勢で寝かせながら、表情には表れなくとも、その眠りの中で、少しでも気分を和らげられればいいと思う。 ふと、呼雪は窓から外を見た。 白い石畳の街並みが、ずっと続いている。 「大きいよね〜。 ボクびっくりしたよ。鯨さんの背中とは思えないね! 一周するのにきっと、何時間もかかっちゃうね」 それを見て、ファルも言う。 「そうだな」 「鯨さんて何を食べてるのかな〜。 おっきいから、きっとたくさん食べないといけないね!」 そういえば、ここの人達は何を食べているのだろうか、と呼雪も思った。 外には地面があり、土が敷かれている場所も珍しくなかった。 本格的な畑があっても不思議ではない。 窓から見える外を、シキが歩いてくる。 呼雪に気付いているのか、まっすぐこちらに向かっていた。 「船長さんの様子はどうだ?」 「変わらない。そっちは?」 「ああ……」 シキは曖昧に笑う。 「どうした?」 「うーん、まあ大体の事情は解ったかな」 「何?」 「匂いがな」 「どゆこと?」 ファルの問いに、シキは肩を竦める。 「ここは俺が見てるから、自分で確かめてくるといい」 シキは自分では語らず、ただそう言うだけだった。 人々は、あまり濃くない色の、ゆったりとした服を着、街は家も道も白い石造りで、古めかしい印象を受けたが、一見、特に変だと感じるところはなかった。――いや。 「空飛ぶ鯨の上に存在する街、か……」 呟きながら、何となく違和感を覚える。 何だろう、街の風景を、何か、薄いフィルターごしに見ているような、そんな気がする。 「匂いって言ってたよね?」 ふんふんと鼻を鳴らしながら、ファルは首を傾げる。 「変な匂いはしないけどなー」 きょろきょろと周囲を見渡してみて、飛空艇で見覚えのある人物を見付けて、あれっと指差す。 同じ場所からスタートして、歩き回れる範囲など限られているからだろうか、呼雪も藤堂裄人の姿を見付けた。 向こうも此方に気付き、ヒョイと小型飛空艇の後部座席から降りたパートナーのサイファスが近づいて来て、裄人もそれに続いて来る。 「何か、情報は得られましたか?」 「いや、俺達は出て来たばかりだ。 これから話を訊いて回ろうと思っていた」 「こちらも、あまりですね」 苦笑したサイファスに、呼雪は近くの人を呼び止めてみた。 「訊きたいんだが……この鯨と街は、どれ程の年月、存在しているんだ?」 彼等が外の世界から来たと知っている街の住人は、好意的な笑みを呼雪達に向けた。 「さあ……ずうっと昔から、としか知らないな。 世界創世の、更にその昔から」 「えっ、そんな昔なの!?」 その老齢の男の言葉に、ファルが驚く。 「だって、パラミタの世界は、オリハルコンによって創られ、巨神アトラスに預けられた、って、そう言い伝えられているのだからね」 「そうなの!?」 ファルは目を丸くした。 勿論、呼雪も驚く。成程、と思った。 世界の根源たる力。 それを護るというこの巨大な鯨が”神”と称されるのも納得できた。 確かに、そうなのかもしれない。 「鯨さんて、何を食べてるの?」 ファルが訊ねて、男は苦笑した。 「さあな……ここから、白鯨が口を開けて何かを食べてるところは見えないし……オリハルコンの加護があれば、食べなくても生きていけるんじゃないのかな?」 「えー、そんなのつまんないよー」 つまるつまらないの話ではないのだが、「食べる」ことをいつも楽しむファルにとって、食べなくてもいいということは、便利というよりもつまらなかった。 「……そうだなあ……」 ファルの言葉に、男も、苦笑に似た笑みを浮かべる。 その表情に、先に感じた違和感に似た引っかかりを感じた呼雪だったが、それを口にするより先に、別の異変に気がついた。 |
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