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少年探偵と蒼空の密室 Q編

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少年探偵と蒼空の密室 Q編

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第五章 奇人たちの晩餐

 食事会には、ラウールさんも参加しました。
 それと、地球から来ているエンジニアのジョン・ドーさん。メロン・ブラック博士は、スーツにワイシャツ、ネクタイに着替え、髪は後で一つに束ね、メイクも薄めで、さっきよりも、いくらか普通の人に見えます。
 会をはじめる前に、参加者の学生のみなさんが自己紹介をしました。
「イルミンスールの須藤雷華(すとう・らいか)よ。蒼空の絆事件の謎が気になったんで、現場百回というわけで、噂の現場になったパラミタ各地のゲームセンターを行ける限り全部、回ってみたの。蒼空の絆のゲームにハマってるわけじゃなくて、人が消える事件の謎に興味があってね。それで、気がついたら、私、蒼空の絆のパラミタ最多出撃プレイヤーになってて、開発者とのお食事会にお招きいただいたってわけ」
「雷華のパートナーの北久慈啓(きたくじ・けい)だ。俺は、各地の蒼空の絆で遊ぶ雷華をずっと護衛してきたのだが、幸か不幸か、雷華のプレイ中に異常が起きたことは、一度もなかった。これまで、蒼空の絆を観察した結果、筐体に機械的な仕掛けをしたり、内部に犯人が隠れている、という形での犯行は、ムリだと思っている」
細身でかわいらしい女の子の雷華さんは、意外に根性がある人のようです。啓さんは静かに話す、頭のよさげなお兄さん。
「天御柱学院の狭霧和眞(さぎり・かずま)ッス。博士と話がしたいって、教務課に頼みこんで、この食事会に参加する許可をもらいました。オレは、現在のイコンの扱いについて疑問があるッスよ。博士、イコンの専門家としてオレの質問に答えて欲しいッス」
「和眞のパートナーのルーチェ・オブライエン(るーちぇ・おぶらいえん)です。イコンが訓練も整備も、なぜか中止になっている現状ですので、自習として、イコンのデーターを閲覧してみました。そうしましたら、奇妙な点を見つけましたので、今日は、それについて、博士にお話をききたいと思います」
相手の目をまっすぐみて話す、熱血漢の和眞さんと、はかなげなルーチェさんのコンビは、イコンについて博士と話したいらしいですね。
蒼空の絆だけでなく、天御柱学院でも、イコンをめぐって問題が起きてる様子です。
「メロンちゃん。景勝ちゃんは、蒼空の絆で、手品を使って人を消してる魔術師さんに、会いにきたんだけどさ。それって、あんただよな」
 自分の名前もまともに名乗らずに、いきなり博士をちゃんづけで呼んで、意味不明の質問をした、ぼさぼさの金髪の男の子を、彼の隣に座っている前髪ぱっつんロングの、しっかりした雰囲気の女の子がたしなめました。
「景勝さん。久しぶりに外にでたからって、博士に失礼すぎますよ」
「失礼もなにも、リンドセイちゃんが調べてくれた蒼空の絆の開発者のリストと、景勝ちゃんがネットで収集した情報を総合すると、蒼空の絆事件の黒幕は、メロンちゃんしかありえないんだよ」
「景勝さん。少しは、常識的に物事を考えてください。ぷい。ぷい。おねぇさんは怒りますよ。それが正解だとしても、物には、順序があるはずです」
「順序ねえ。俺は、桐生景勝(きりゅう・かげかつ)。こっちは、リンドセイ・ニーバー(りんどせい・にーばー)。二人とも、天御柱学院の生徒だ。俺は、働いたら負けだと思ってる。高校生をやってるのは、正直、働きたくないからだ。趣味はゲーム。FPSとPBWが好きで」
「言わなくていい余計なことまで、誰が言えといいましたか」
 景勝さんのパートナーでは、リンドセイさんも大変そうですね。
「リアルのセオリーとか決まりごととか、メンドくせーや。とにかく、景勝ちゃんは、蒼空の絆も、あの中で暮らしてもいいくらい好きなんだけど、そんな楽園を荒らしてくれてるやつがいるわけじゃん。許せねえんだよ。ネットのシャン匿(シャンバラ匿名掲示板)で探りを入れたりしてみたらさ、どう考えてもメロンちゃんがクロだって、結論がでたんだから、他に言いようがないだろ」
「博士。みなさん、すいません。景勝さんは、こういう場所は、なれていないんです。お友達の榊孝明さんたちと蒼空の絆事件を調べていて、景勝さんは、インターネット上で、事件の黒幕とささやかれている通称魔術師さんに、会いたいって、メッセージをいろんなサイトに書き込んで、そうしたら、ちょうど、この会へのお誘いがあったんで、博士が魔術師さんだと思い込んでる様子なんです」
博士は、こたえませんでした。
隣の席のジョン・ドーさんが、微笑を浮かべています。色白の美青年で、メガネをかけてて、すごく頭がキレそうな感じ。
 ラウールさんは、ボトルのワインをグラスに注ぎ、一人で早くも楽しんでいます。
「博士のお返事がないようなので、僕があいさつするよ。薔薇の学舎の黒崎天音(くろさき・あまね)。よろしくね」
「天音のパートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)だ。くると、あまね、奇遇だな」
 黒崎さんとブルーズには、いままでも、いつも事件のたびにお世話になっていて、特にウチの探偵小僧が、ドラゴニュートのブルーズさんに、だっこしてもらったりして、よく懐いています。
 黒崎さんは、謎めいた雰囲気のお兄さんで、
「おや。大学以来だね。元気にしていたかい? 僕は、今日は、天御柱学院の見学にきたのだけれど、この食事会に招かれてね。仲間集めや情報収集は、まず酒場から。と言うし、お招きに応じてみたんだよ。きみらは、どちらかが強化人間に志願して、入学手続きでもしにきたのかな?」
 今日もいつものように、こんな感じです。
 どこまで本気かわからない人とでも言うのかしら。根は、純粋すぎるくらいまっすぐな人の気もするのよね。
 こういうタイプを好きになると、苦労すると思います。
「ウォーターメロン・ブラック博士……失礼、メロン・ブラック博士でしたね。お招きいただいて、感謝します。ロストテクノノジーの産物であるイコンの話を僕らに、きいてもよい範囲できかせて欲しいなあ」
「黒のイェニチェリ黒崎天音くん。きみには、自分も興味もあったのだよ。偶然とはいえ、きみがここにいてくれて本当にうれしい。自分ときみは、互いにひかれあっているようだね」
 いくら黒崎さんでも、博士のこの告白は、内心うれしくないんじゃないかな。
「ひかれあい、めぐりあったとして、博士は、果たして僕の知的好奇心を満足させてくれる存在かな? ああ、食事会のメニューですが、よければ、僕とブルーズは、天御柱学院の名物、血のしたたるレアステーキをお願いしたいな」
「焼き方は、レアでいいのかい。血の味を楽しみたいのなら、ロウかブルーをオススメする。カノン嬢の食べ方は、肉に火を通しすぎだよ。したたる血が減ってしまう」
 ジョンさんがはじめて、口を開きました。
 なんでしょうか、この感じの悪さは、きれいな顔をしていて、口調も穏やかなのに、すごく失礼な感じのする人です。
「そうだね。生に近い食べ方では、肉質が大事だからね。僕らは、ミディアムにしておくよ。レアで食べるのは、ここの肉の質をたしかめてからにするね」
 さすが、黒崎さんも負けてはいません。
「おっと、忘れるところだったよ。博士。イコンといえば、学院では面白い噂が流れているようだね。密室殺人だとか」
 黒崎さんが、くるとくんに笑いかけます。
 と、天御柱学院の制服姿を着た、気の弱そうな男の子が、急に話しだしました。
「黒崎さんの面白い噂って、訓練飛行中のイコンが墜落した事故の話ですよね。僕、知ってますよ」
榛原勇(はいばら・ゆう)くん。きみがここに呼ばれた理由は、きみがその話を人にするのが大好きらしいので、ぜひ、自分もきかせて欲しいと思ったのだ。なんでも、メロン・ブラック博士は、変人で、イコンや蒼空の絆で、秘密の実験をしているそうではないか。学院内でそんな噂を流して、楽しいのかね。さあ、本人の前で遠慮なくしてみたまえ」
 博士は、ごくごく普通の調子で、榛原さんに語りかけました。かわいそうに、ただでさえ頼りなげな榛原さんは、顔を赤くして、小刻みに震えています。
「ぼ、ぼ、僕は、博士の評判を落とす気なんかまったくなくて、これ以上、おかしな事件が起こらないように、事件を調べてるみんなに、情報を教えてあげようと思って、知ってることを話しただけです」
「だから、ここにいるみなさんと自分にも、それを話せばいいではないのか。なにをためらうのです」
「黙っていても、食事が遅れるだけだよ。なんでもいいから、言葉を並べればよいのさ」
 ジョンさんは投げやりげに言い、フフと乾いた笑いをもらしました。
 なかなかしゃべりだせない榛原さんをいたぶっているような、イヤな空気が漂いだしました。
「ああー。しまったあ。神よ。血の一滴が」
 ラウールさんの大げさな嘆きと同時に、テーブルのあちこちの席で、悲鳴や叫びがあがりました。
 酔って手元がふらついたのか、ラウールさんは、勝手に注文していた数本のワインのボトルをすべてなぎ倒し、中身をテーブルにぶちまけてしまったのです。
 赤、白、ロゼ、純白のテーブルクロスがまたたく間にワイン色に染まり、あたりには葡萄とアルコールの芳醇な香りが満ち溢れました。
「人殺しの機械の乗り方を教えているとはいえ、一応ここは、婦女子の通う学校なのだから、酒蔵が崩壊したようなこの有様は、困るのではないかな」
 とか言いながら、ジョンさんは楽しそう。博士は、表情を変えずにラウールさんをみつめ、
「ラウールくん。きみは最近、自分の下僕たる己の立場をわきまえていない気がするのだが。自分への忠誠は、消えてしまったのですか」
「イコンの研究者にして、マジェスティックの支配者たる、我が君主、メロン・ブラック様。めっそうもございません。私めは、貴君の忠実なる僕でございます」
 博士とラウールさんの関係は、普通の上司と部下の間柄とは、かなり違うようです。
「しかし、僭越ながら、最近は連続殺人事件、それに、ノーマン・ゲインとかいういかがわしい犯罪者が、巷で跋扈しておりまして、マジェステックを預かる私としましては、心労が絶えません。ノーマン・ゲイン。犯罪王を名乗るとは、まったく、大した御仁だ」
「ラウール殿。ノーマンをお笑いになるとは、あなたは、彼以上の犯罪者をお知りなのかな?」
 ジョンさんの問いかけに、ラウールさんは即答しました。
「名探偵の代名詞がホームズなら、犯罪王は、かの怪盗紳士に決まっている。ご存知ありませんか」
「怪盗紳士? ふふ。絵空事の登場人物など、闇の眷族ゲイン家とくらべるべくもない」
「ゲイン家様は、たかが犯罪狂の一族だろ。民もいないのに、自ら王を名乗るバカ者どもさ」
 ノーマンの話題に過敏に反応するジョンさんも、ノーマンを犯罪王と認めていないらしい態度をはっきり示すラウールさんも、どちらも変わった方です。
「残念だが、きみとは気が合いそうにないな。博士。私は、ラウール殿と同席するのは、これ以上、耐えられない気分だよ」
「パラミタでは知らないが、フランスでは、みんな私と同じ考えだと思いますよ。彼は、民と義のためにあえて法を犯すから、紳士であり、王なのです」
「ラウールくん。きみがフランス出身なのは、知っていたが、こんなに愛国心に富んでいるとは気づかなかったよ。きみが自国の英雄を信奉するのは、自分は、別にかまわぬが、我が友ジョンくんには不愉快らしい。きみは、退席したまえ。今後、ジョンくんときみはあわせないように配慮するとしよう」
「我が主がそう言うのなら、しかたありますまい。くるとくん。あまねさん。この棟の一階のロビーで待っています。食事が終わったら、そちらへお越しください。それでは、失礼」
 まったく悪びれたふうになく、ラウールさんは、食堂をでていきました。
「以前は、使える男だったのだが。どうしたものか」
「どんなによい道具でも壊れもするし、古くなりもするものですよ。博士。あの無知なフランス人のせいで、みなさんに、不愉快な思いをさせてしまった償いに、私があるゲームを紹介したいのですが、よろしいですか」
「なんなりと好きにすればいいと思うよ」
 博士の許可を得て、ジョンさんは、会の出席者全員をぐるりと見回しました。
「私の名前はジョン・ドー。ロボット技術のエンジニアです。趣味といってはなんですが、私は、犯罪に非常に興味がありましてね。みなさんのお話をうかがっていると、蒼空の絆の行方不明、負傷事件の黒幕やイコンの事故の原因を知りたがっているようですね。私がそれを手助けしましょう。
 これからは、私がお教えするのは、悪人を、それも巨悪な犯罪を行うサイコパスを見分けるテストです。
 いいですか。

 一 彼は、傲慢で思いやりがない。
 二 彼は、人を操るのが上手だ。
 三 彼は、他人の気持ちには、無関心だ。
 四 彼は、魅力的な外面の下で、いつも怒りをたぎらせている。
 五 彼は、突然、癇癪を爆発させることがある。
 六 彼は、サディスティックな遊びを好む。
 七 彼は、自分の行為が他人にどんな苦しみを与えても気にかけない。
 八 彼は、同情心や自責の念を持たない。
 九 彼は、捕まるのはおそれるが、法や良識を犯すような自分の行為におそれは抱いていない。
 十 彼は、自分の知性を誇りに思っている。彼には、自分以外に人間がすべてバカにみえる。

 以上の十の項目をあなたのよく知る人についてチェックしてみてください。彼は、彼女でも、もちろんかまいません。
 自己診断はいけません。自分について知りたい時には、親しい者に判定してもらうといいでしょう。
 これは、地球で過去に大量殺人や要人暗殺などの大犯罪を引き起こしたサイコパスたちに、彼らの周囲にいたものが抱いていた、特徴的な印象を並べたものです。
 これらすべてに当てはまる人間は、いまは犯罪を犯していないとしても、サイコパスだと考えてよいでしょう」
「つまり、調査の仮定で浮かんだ容疑者をこのテストにかけて、サイコパスか判断しろと、ジョンは、言っているのだな。一見、役に立ちそうだが、実際は、猜疑心を強める、人を疑う心を育てる道具だな」
 啓さんが、辛口の評価をくだします。
「招待された人間が言うべき言葉ではないのでしょうけど、ここまでの話をきいていて、博士も、ジョンさんも、ラウールさんもみんな怪しいわ。私は、そう思うの。みんなはどう?」
「景勝ちゃんもそれに賛成。ただ、怪しいだけで証拠がないんだよね」
「いまさらですけど、みなさん、疑っている相手に手の内をみせすぎではありませんか」
 景勝さんは、雷華さんにすぐに同意を示しました。リンドセイさんは、そんな景勝さんに、顔をしかめています。
「一部のイコンの出撃回数が、実際に行われた作戦、訓練回数よりも一回多くカウントされているのは、データーから抹消された訓練が、存在しているからなのですね。その訓練中に事故があった、と」
「博士。わかりやすく、その時、イコンになにがあったのか、教えて欲しいッス」
 ルーチェさんは、みんなの会話から、自分の疑問のこたえをみつけたようです。和眞さんは、熱く、単刀直入に博士に切りこんでいます。
「僕は、訓練中に、イコンの中でパイロットとパートナーが、バラバラにされて、殺されたってきいています」
 ラウールさんがワインをこぼした後、すっかり、話題から外れていた榛原さんが、ようやく、話しました。
「食事するどころでは、なくなってきた感じですね。自分は、そのイコンの事故について、情報を外にもらさぬよう学院に依頼しました。自分も解明ができていなかったのでね。だが、噂はひろまり、みなが謎のこたえを知りたがっている。自分も含めてだ。そこで、提案なのだが、諸君、自分がいま開発中の蒼空の絆の新バージョンに、乗ってもらえないだろうか。自分は、そこでいくつか実験をして、この問題の最終的なこたえを得ようと思っているよ。実験は、これからすぐにでも行おう。早くこたえが知りたいのだろ」
 あたしとくるとくん、黒崎さんと竜さん以外の人たちは、全員、博士の実験に参加するのをその場で、了承しました。
 あたしたちは、この後、ラウールさんと新聞社へ行く予定があるので、参加を見送ったのです。
 会はお開きとなり、博士、ジョンさんと、実験参加者のみなさんは行ってしまいました。
「授業も見学したいし、巨大エレベーターもね。結果は気になるけど、今回の実験はパスするよ。それにしても、危険な実験そうだね。僕らは、ステーキは結局、食べ損なってしまったのかな」
「ここで普通に注文して、食べていけばいいのではないのか。くると、おまえも食事がすんでおらぬのだろう。我らと食べていったらどうだ」
 黒崎さんたちは、やっぱりマイペースです。竜さんがまたくるとくんを気にかけてくれています。
「くるとくんは、好き嫌いが激しいんで、食事は、食べさせるのが、大変なんですよ」
「ふむ。好き嫌いをしていては、大きくなれぬぞ。嫌いなものも、好きなものと一緒に少しずつ口に入れるのだ」
「噛むと嫌いな味がするから、イヤ」
「だったら、オレンジジュースで流し込んでしまえばいい」
 くるとくんがそれをしたら、一食につきどれだけのオレンジを飲まねばならなくなることか。
「あまねちゃんと、黒崎の天音ちゃん。ジョン・ドーさんの名前って、「セブン」で連続殺人犯が使ってた偽名と同じだよね。元は、大昔のフランク・キャプラ監督の映画で使われていたんだけど。ジョン・ドーは、アメリカでは、誰でもない、どこにもいない人、って意味の名前で、ノーマンと似てる」
「興味深いね。名探偵は、なぜ、そういうことをいつも後になって言うのかな」
黒崎さんは、それ以上は追及しませんでした。