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リアクション
■プロローグ
……カタカタ……カタカタ……
学生たちであふれ返った昼とは打って変わり、人気が全く感じられない蒼空学園の一室で、かすかな音がしていた。
それは、通常であれば気にもとめない、本当に小さな音だったのだが、無音の室内ではまるで歌声のように響いている。
パソコンルームの一角で生み出されていた、リズムに乗ったキー音が止まったとき。
「これでよし、っと」
キーボードから離した指で、長い髪を漉き上げながらひと息つく。
光を発する画面では、3行の簡素な文章があった。
「これは幸せのメールです…」
打ち間違いはないか、確認の読み上げをする間も、紅が引かれたその唇は笑いに口角が歪んでいる。
「……それはこのメールのせいです」
くすくす、くすくす。
この文章が引き起こす出来事を思い浮かべながら、送信ボタンを押す。
一瞬後、文字が消えて『送信完了』の画面が現れても、その笑いは収まらなかった。むしろ強くなって、肩を震わせている。
廊下に続く扉越しに、室内を覗くような暗い影があることも気づかずに…。
第1章 早朝
「ルミーナさん、こちらです」
朝6時前。
ルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)は数名の生徒たちとともに蒼空学園校舎3階の廊下を走っていた。
通常、廊下は走ってはいけないとされているが、緊急事態にはやむを得ず、そして今はその緊急時だった。
人気のない廊下を、行き当たりまで走る。
そこには2人の生徒がいて、力を合わせて窓の向こうに吊るされた何かを引き上げていた。
紐の先に吊るされた、重い「何か」が窓口にたどり着き、廊下に引き込まれる。それは、ゴザでスマキにされた若者だった。
「ありがとう…」
長く外に吊るされていたことで消耗してか、ぐったりとしたまま、蚊の鳴くような声で自分を気遣って見下ろす2人に礼を言う。
スマキの下は全裸だ。そのことを知るルミーナは、拘束を解いてもらっている彼の気持ちをおもんばかって、少し手前で立ち止まって窓の方を向いた。
「今日はこの生徒だけですか?」
「西校舎にも2人ほど。そちらは救出済みで、現在事情聴取を行っています」
脇についた青年の報告を受けながら、ルミーナは窓の外を見続ける。正門が夜間管理人によって開かれて、部活動の早朝練習に来た生徒たちが次々と入ってきていた。
「おはよう、管理人さん」
「おはよう」
毎日の部活ですっかり顔なじみになっていてか、親しげにあいさつをかわし、ときには数分話し込んだりもしながら、生徒たちは元気に校門をくぐってくる。
「今までは向こうの校舎のみでした。こちらは今日が初めてで、そのため気づくのが遅く、救出が遅れました」
失態だ、との響きを聞いて、ルミーナの目がそちらを向く。
「夜間管理人は何か言っていましたか」
質問に、これもまた残念そうに青年は首を振った。
「そうですか…」
管理人を置いているとはいえ、校舎は広い。侵入者がその目を盗んで事に及ぶのは簡単だ。
不思議なことに、見張りを立てると絶対にこの犯人は現れなかった。もう出ないと思って見張りをやめると、現れる。
窓枠を掴むルミーナの指に力がこもる。
そのとき、校舎から1人の若者が出てきた。何かを決意した歩き方でまっすぐ進む彼の手には、携帯が握り締められている。まだ人の少ない朝を選んだ彼がこれから何をするか、ルミーナは知っていた。
彼が自発的に叫ぶとはいえ、それが彼の本意でないことを知っている。その秘め事を知る権利は自分にはないと、ルミーナは窓を閉め、離れた。
「もはやわたしたちで秘密裏に対処する時期は過ぎました。事件は拡大し、犠牲者は増えるばかりです。このままというわけにはいかないでしょう」
事の最初から、この事件に対処してきた者たちを順に見ながら言う。
決意を胸に校長室へ向かうルミーナ。数時間後、会長承認印の入った犯人捜索についての掲示が貼り出された。
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