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黒毛猪の極上カレー

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黒毛猪の極上カレー

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 次に綴が覗いた調理現場は、かなりの大人数だった。
 その中でも綴の目を引いたのは――
「んしょっ、んっしょっ……」
 一生懸命になって手挽きミルでスパイスを挽くネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)の姿だった。
「う〜ん、もう少し辛い方がいいかな?」
 彼女が作っているのは、一緒にカレーを作る仲間達に配るカレールゥのベースだった。
「よしっ、このぐらいの辛さがちょうど良いかな」
  ネージュが作ったルゥは、調理する人によって味付けの好みもあると思い、あくまでベースになるよう甘口から中辛に辛さが設定されていた。
『ルゥから作るなんて、すごい気合の入りようね』
 ネージュの姿を見て、綴は非常に関心した。
 と、しばらくその姿を見ていると――
「やぁ、カレーのルゥをわけてもらっても良いかな?」
 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)がやってきて、ネージュの作ったルゥをわけてもらい、さっそくアレンジカレーの調理入った。
「さてと、まずは下拵えだね」
 弥十郎は、慣れた手つきでジャガイモの皮をむいた後、猪の肉を大きめに切り、それを摩り下ろした玉ねぎに漬ける。
 そして更に――
「ヒレ肉は……このぐらいのサイズでちょうど良いかな」
 弥十郎は先ほど切った猪肉とは別に、ヒレ肉をとんかつサイズに切って胡椒をまぶす。
 どうやら、彼が作るのはカツカレーのようだ。
「よしっ、下拵えはこれで充分。後は、白米とバターライス、サフランライスの3種類を作って、カツを揚げてルゥをかけるだけだね」
 サクサクと調理を進めていく弥十郎。
 一方その隣では――
「きっと、物凄く辛いカレーを作る子がいそうだし、私はデザートでも作ろっかな♪ 辛いときは、乳製品の乳性分が辛味成分を和らげてくれるしねっ!」
 弥十郎のパートナーである真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)が『ヨーグルト、牛乳、蜂蜜、レモンとバニラ』の材料を使って、ウェストガーデン家秘伝のヨーグルトドリンクを作り始めた。
 ただし、そこはレシピどおりに作るのではなく――
「バニラが苦手な子もいるかもしれないし、カレーを食べた後だから、爽やかになれるようにバニラじゃなくてミントを使おっと♪」
 優しさと気遣いで、アレンジを加えるようだ。
『な、何よこいつら! カレーだけじゃなくて、デザートまであるっていうのっ!? もう! 早く食べたいっ!』
 幽霊だというのに、綴のお腹は空腹の限界値をとっくに越してしまっていた。

「おーい、百合園のナース娘からルーをもらってきたぞ。なんか、甘口ルーと中辛のルーを作ってたから、二つとももらってきたのだよ」
 林田樹がネージュからルーをもらって帰ってくると――
「あ、樹様。ありがとうございます!」
「いやぁ〜ありがとう、樹ちゃん。これで、カレー作りがはじめられるよ」
 パートナーのジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)緒方 章(おがた・あきら)が、さっそく調理へと取り掛かった。
「それじゃ、まずは……樹様がもらってきてくれた甘口のルーを溶かしてっ……と」
 樹がもらってきた甘口のカレールーを寸胴に入れて溶かしていくジーナ。
「う〜ん、どうだろう? こたちゃん、コレぐらいの味で大丈夫?」
 寸胴の中のルーをスプーンで一すくいすると、ジーナはコタローに食べさせてあげた。
 すると――
「……うー、ちょっとらけからーい!」
 コタローの口には、まだ辛かったようだ。
「それじゃあ、スープストックを足して、味を伸ばそうかな?」
 スープストックを寸胴に入れて、味を調えていくジーナ。
 一方、その隣では――
「それにしても……僕が人参の加工をするのぉ? ま、いーけどね」
 章が何だかんだ言いつつも、輪切りにしたジャガイモや人参を星形の型抜きを使って星型にしていく。ジーナが作るお子様カレーに合わせた形だ。
「だんだん、いい香りが漂ってきたな。猪狩りで疲れたから、楽しみでしかたないのだよ」
「ねーたんとこた、がんばったもんねぇ♪」
 非常に和気藹々と進んでいくカレー作り。
「なんだか、楽しそうに作ってるのをみると、余計おいしそうに見えるわね……」
 それをみて、綴は何だか暖かい気持ちになったのだった。

 ふと、ここで綴は気づいた。
「あの人……料理人ってわけじゃなさそうだけど、さっきから片付けとか色々と手伝ってるみたいね」
 弥十郎や樹たちがカレー作りに励む中、九条 イチル(くじょう・いちる)が各班を回って色々な手伝いに専念していた。
「さてと……それじゃ、洗物は終わったから向こうの班を手伝ってくるね」
 そう言って、また別の班の手伝いに向かうイチル。
 最初、綴は彼を見たときに『なんで、そんな面倒なことをやってるんだろう?』と思った。
 だが、彼女はすぐに気づいた。
「あ、この器具ってもう使わない? だったら、俺が洗っておくから、料理に専念してて」
「本当? ありがとう。料理してると、ついつい洗物が溜まって困ってたんだよね」
 たとえば、全体の料理の進み具合を見計らいつつ料理器具の準備、使い終わった器具の洗浄、料理中に出たゴミの収集など。
 イチルがこういう細かいところを手伝うことによって、各班の作業は驚くほどスムーズに進んで行ってるし、何より全員が笑顔になれている。
『こういう人のおかげで、このカレー会は楽しく順調に進んでいるんだ……』
 綴はイチルの活躍を見て、より一層カレーの完成が楽しみになるのだった。

「綴様。わたくしは菊媛と申す幽霊に御座います。いきなりで申し訳ないが、少しお話しをうかがってもよろしいでしょうか?」
 綴がイチルを観察していると、別の班からローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)のパートナーである上杉 菊(うえすぎ・きく)がやってきた。
「実は、綴様にいくつか聞きたいことがあるのです」
「え? あ……べ、別にいいわよ? 何が聞きたいの?」
「では、さっそく……綴様は、カレーの辛さに好みなどはございますか? また、カレー以外に御好きな食べ物などございましたら、お教えください」
「好きなカレーの辛さと、カレー以外に好きな食べもの? そうね、私がカレーで一番好きな辛さは――」
 菊の質問にスラスラと答えていく綴。
 すると菊は――
「なるほど。お答えいただき、まことに有難うございます。これを生かし、最高のカレーを作り上げるので、楽しみにしていくだされ」
 深々と頭を下げると、ローザマリアのもとへと戻っていった。
「御方様! 綴様の辛さの好み等を聞いてまいりました!」
「え? 本当?」
 ローザマリアは、鍋にヘット(牛脂)を敷いて小麦粉を炒めつつ、菊の報告に耳を傾けた。
「それで、どんな辛さと料理が好きなの?」
「綴様は――中辛より僅かに辛いカレーと、ソースカツ丼が好きなようでございます!」
「か、可愛い顔の割には、随分と濃い味付けが好きなのね。でも、感謝するわ菊媛。これで、主賓の綴に喜んでもらえるよう、最終的な味付けが出来るわ」
 菊のリサーチを元に、ローザマリアはカレーの味を調えていく。
 そして、その隣では――
「う〜ん。それなら野菜は、蕩けて溶け込むように細かく切ったほうがいいかなぁ?」
 ネージュ・グラソン・クリスタリア(ねーじゅぐらそん・くりすたりあ)が菊の話しを聞いて野菜を細かく刻み始める。
「ジャガイモは芽があると危ないから慎重に……」
 次々と細かく刻まれていく野菜たち。
 と、そこへ――
「はわ……ネーネ。エリー、カレーは大好き、なの! だから、エリーもお手伝いするの!」
 エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)がやって来て、自分も手伝うのだと包丁を持って張り切る。
「はわ……それじゃあ、エリーは玉葱を小さく切るの」
 エリーは早速、周囲の見よう見まねで玉葱を細かく切っていくのだが―― 
「うゅっ、うゅっ……おめめが、痛い、の……うゅゅっ〜」
 すぐに玉葱にやられてしまったようだ。慌ててローザマリアが涙を拭きにやって来る。
 そして、そんな様子を見てた綴は――
『う〜ん……カレーの方は期待できそうだけど、怪我とかしないかしら?』
 ついついカレー意外のことが不安になってしまうのだった。

 しばらく綴がローザマリアたちの調理を見ていると――
「あ、綴ちゃんじゃない! どう、こっち来て一緒にカレー作らない? ね?」
 綴は、調理の下拵えをしていたルカルカ・ルー(るかるか・るー)によって、何故か調理場まで連れてこられてしまった。
「ほらほら、綴ちゃん! 見ててね!」
 ルカルカはそう言って、野菜を手に持つと――
「イッツ・ア・ショータイム♪」
 いきなり、真上に向かって野菜を投げた。
 そして、それと同時に包丁を両手に持つルカルカ。
 すると――
 シュタ、ズバババ、とととん。
 野菜は、見事空中で裁断され、ルカルカが事前に用意しておいたトレーの上に綺麗に乗ったのだった。
「どう? すごくない? 綴ちゃんも、やってみr――」
 ルカルカが綴に包丁を渡そうとした瞬間――
「食材で遊ぶな、まったく」
 パートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に怒られてしまった。
「それじゃあ……仕方ないから、普通に作ろうか?」
「う、うん」
 渋々といった様子で普通の調理を始めるルカルカ。綴は、そんなルカルカの見よう見まねで調理を手伝う。
 だが、この調理の手伝い――綴にとっては、とても楽しかった。
『カレーの思い出ってある? どんな時に誰と食べたとか、食べた時の気持ちでも何でもいいんだけど』
 こんな風にルカルカが終始話しかけてきてくれて嬉しかったし、ダリルとは特に話さなかったが、彼の作るカレーの香りがとても印象に残る香りで幸せな気分になれた。
 生徒達とだんだん仲良くなっていく感じが、綴はとても嬉しかったのだった。
「それじゃ、完成したら一緒に食べようね!」
 ルカルカたちと作ったカレーは、あとは仕上げだけとなった。
 なので、綴は次の調理場を見に行くことにした。
「またね、二人とも!」
 そう言ってルカルカたちと別れた綴は、次の調理場を見に出かけた。

 次に綴が見た調理場は、少し彼女を驚かせた。
「とりあえず、皮剥いた野菜と黒毛猪の肉をわけてもらってきたぜ」
「ありがとう。野菜は切ったらザルに入れておいて」
 一見、普通に見えるトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)と、パートナーのジョウ・パプリチェンコ(じょう・ぱぷりちぇんこ)によるカレーの調理現場。
 野菜、黒毛猪の肉、カレールー。材料を見ても、全然普通だ。
 しかし、綴の目を引いたものは――
「ん……? ジョウ。これってもしかして、めんつゆ? それに、うどん?」
 トライブが驚いたとおり、ご飯ではなくウドンが用意されていたという事に、綴は驚いていた。
「あぁ、なるほど。ジョウはカレーうどんを作るつもりなのか」
 ご飯ではなく、ウドン。なるほど、良く考えたものね――っと、何故か上から目線で綴は納得する。
「しっかしお前、手際良いね。自分じゃ料理は得意じゃないって言ってるけど十分上手いって。これなら何時でも嫁に行けr……って、痛っ!? え、何で殴る?」
「ト、トライブは余計なこと言うなぁ! 嫁になんか行くつもりはありません。ただでさえ、ロックスター商会は生活無能力者が多いのに……まったく!」
 二人の仲は心配だが、カレーうどんの完成は綴を楽しみにさせるのだった。

 そして――次に綴が見た調理場は、少しどころか、彼女をかつてないほど驚かせた。
「さぁ、材料をもらって来たですよー♪」
「あ……えっと……ちょ、オルフェ? そんなもの、どこでもらって来た!?」
 ルンルン気分で帰ってきたオルフェリア・クインレイナーの荷籠には、先ほどマリィからもらって来た大量の――致死量のゲテモノ素材がたっぷり詰まっていた。
 とうぜん、それを見たパートナーの『ブラックボックス』 アンノーン(ぶらっくぼっくす・あんのーん)は戸惑いの色を隠せなかったのだが――
「おかえりなさいませ、オルフェリア様。ささ、家庭科が壊滅的と言っている人たちに目にモノを見せてやりましょうっ!」
 もう一人のパートナーであるミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)は、神と崇めるオルフェリアの素材チョイスには微塵も迷いを覚えないようだ。それどころか、すぐさま一緒に調理へと移った。
 そして、その調理の様子も……綴の不安を、素材以上に大きく煽る調理となっていく。
「オルフェはあまりお料理得意じゃないですが、ここは来栖さんの為、全力で頑張っちゃうですよー……痛っ! 野菜を切るのって、難しいですね」
「あぁっ! オルフェリア様、大丈夫ですか? 包丁に慣れていないと、怪我をしてしまいますよ? こちら、絆創膏でございます。どうか、お使いください」
「野菜は俺が切るから、包丁は俺に貸せぇえ!」
 まず、調理開始二十秒でこの状態。
 更に――
「それなら、次はお米を洗いましょう! 洗剤、洗剤っと♪」
「こ、米を洗剤で洗うなぁあ!?」
 調理一分後で、すでに料理から遠ざかり始める。
 この後は更に、加速して料理から遠ざかっていく。
「えっと……カレーって生クリームを入れるとまろやかになるんですよね? エイッ☆」
「あぁ、オルフェリア様。カレーにオレンジジュースを入れると甘みと酸味が出ておいしいらしいですよ?」
「や、やめろっ! 生クリームとオレンジジュースなんて、生クリームが分離して――」
「「エイッ☆」」
 もはや、ただの錬金術だった。

 オルフェリアたちの調理場から思わず逃げ出した綴。
 次に彼女が覗いた調理現場は――カレーの調理現場ではなかったのだが、充分に目を引く調理現場だった。
「このボス黒毛猪さんも、たいせつな命をいただいたんだから、美味しく食べられるようにきちんと解体しなきゃ」
「おう、トマス! 解体用の足場組、できたぜ。いやぁ、デカすぎで時間かかっちまった!」
 次の調理現場では、どうやらトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)とパートナーのテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)が、ボス猪を解体して何かを作るようだった。
 だが、カレー用の肉はすでに間に合っている。いったい、ボス猪は何に使われるのだろう?
 綴がそう、疑問に思っていると――
「よし。それじゃ、いくぞ! まずは、血抜きをして――」
「でっけぇな……牛刀でも間に合いそうにないから、チェーンソーで切っていくせ。まぁ、細かい解体は、他の奴に任せよう」
 ボス猪は、二人の手によって解体されたじめた。
 そして、解体された肉はその場で――
「私が、まだ呉に仕えていたときなんかは……大切なお客さんが来た時に、豚や鶏を潰して、よくおもてなしをしたものです」
 ざくっ。という軽快な音共に、もう一人のパートナーである魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)が細かく調理しやすいサイズに切っていく。
「そういえば、この肉で酒のアテにトンポーローなんか作ったら美味しいでしょうね」
 ざく、ざく。ジュー……ジュー。
「肉以外の部位は、ホルモンのバーベキューでもいいかもしれませんねぇ」
 ざくっ、ざくっ。トントントン。
「レバーは栄養がありますよ。胃の部分はね――」
 解体と同時に、なにやら違った音が聞こえる調理現場。
 そして、解体が終わった頃には――
「ん? 解体した肉は……どこだ? それにこの、トンポーローにミミガーは一体……」
「って、おいおい! 魯粛先生……もしかして俺たちが解体したボス猪の肉、全部豚肉料理にしちまったのか!?」
「も、申し訳ない……」
 狩る時には、かなりの生徒達が苦戦して時間もかかったというボス猪だったが――今ではすっかり色々な豚肉料理へと姿を変えてしまったのだった。