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お見舞いに行こう! せかんど。

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第十一章 だいすきなひとといっしょ。そのよん。


 恋人のローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が入院したと聞いて、セオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)は顔色を変えた。
「最近会わないと思ったら……入院……!?」
 青ざめて、白くなって、ぐらぐらと地面が揺れるような錯覚に陥りながらも。
「お見舞いに……!」
 なんとか立ち上がり、入院先である聖アトラーテ病院までの道を、ひた走る。
 何を持っていけばいいのか分からなくて、すぐ近くにあった大量の芋ケンピをひっつかみ、着の身着のまま飛び出して。
 途中花屋で花束を購入し、少しはお見舞いっぽくなったかなと思ったところで。
 プァップァー、とクラクションの音。
 まさか轢かれる!? ローザマリアの見舞いに駆け付けた自分が見舞いだなんて、笑い話にもなりません!
 再び顔色を変えた時、そのクラクションが危険を知らせるものではなくて、自分への呼びかけであったことに気付いた。
 運転席の窓が開いて、そこから全身鎧の少女が顔を出して手招いていた。見覚えは、ない。
 疑問に思いつつも車に近付くと、
「セオボルト・フィッツジェラルドに相違ありませんか?」
 問われた。
「そうですが、貴女は……」
「私はローザのパートナーのエシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)と申します。ジョーとお呼びください」
 一礼をする事もなく、慇懃無礼な言葉。
「お迎えに上がりました、乗ってください。――ローザが、待っています」
 それを聞けば、乗らないわけにもいくまいと。
 一も二もなく、助手席のドアを掴んで開き、乗り込んだ。

 ほどなくして、車は聖アトラーテ病院の駐車場に着いた。
「ローザの病室は旧棟の五階にあります。ローズマリーの名で入院している人の病室は何処かと受付で聞いて下さい」
「わかりました。ご丁寧にありがとうございます」
 と、礼を言ってから気付く。
「……あの、ジョーは行かないのですか?」
「私ですか? 何分、私はこの風体ですので」
 ジョーが自分の身体を見ながら、言う。
 ジョーの身体は、全身鎧である。確かにこの恰好では病院に入ることはできないだろう。セオボルトが神妙な顔になると、ジョーも思いを理解したらしい。
「警備員が飛んできますから。それに別の役目もありますので、此処で待機しています。お帰りの際は声をかけてくださいね」
 そう言って手を振られては、もう何も言えるまい。
 「ありがとう」と短く礼を言って、車を降りた。

 受付に案内されて、向かった病室。
「ローザ!」
 病院だということも一瞬失念し、セオボルトは声を上げて病室に飛び込んだ。
 布団にくるまって、動かないローザ。眠っているのだろうか。それでもいい。一目、顔を見たい。
 そっと傍に寄った時、
「ふふ、残念だったな」
 悪戯っぽい声が聞こえた。
 ベッドに横たわっていたのは、ローザマリアではなくて。
 彼女によく似た風貌の、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)だった。
「ローザは……?」
 心配そうに病室を見回すが、そこに彼女の姿はなくて。
「安心せ。此処に居らぬだけのこと」
 ライザがすっと指差した先。病室の外。
「突き当りにダミーの非常口がある。そこを潜れ。その先に本物の非常口があり、その間に秘密の病室が存在しておる」
「そこにローザがいるのですな?」
「ああ」
 さっそく向かおうと、一礼して病室を去ろうとした時。
「――数日前、空京郊外で爆発事故があったであろ?」
 ライザがぽつりと呟いた。
 その事故なら、朝のニュースで見た。ほんの少ししか話題にならなかったような事故だけど、覚えている。
「あの時爆破されたのは、空京に於ける我等の仮住いであった。ローザは、それに巻き込まれての」
「な――」
 言葉を失う。爆発事故? それに巻き込まれた? ではローザは?
 それに、ライザがこうしてここに居るということは、彼女も何かに巻き込まれたのではないか。
「ん? 何だ、そんな顔をして」
「いや……大丈夫なのですか? と……」
「妾か? 妾は何ともないよ。だが狙われたローザに万一ということもある故、こうして影武者をしておるのだ」
 にやり、笑んでベッドの下に手を伸ばす。そこから出てきたのは、レプリカ・ビックディッパー。挑発的な彼女の笑みを見て、少し安堵。
「というわけだ。妾のことを気にせず、其方はローザの見舞いへ行け」
 ひらひら、手を振られて。
 もう一度頭を下げて、病室を出た。

 ダミーの非常口を潜ると。
「はわ、いらっしゃいませ、なの!」
 ナースの恰好をしたエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)が、可愛らしい笑顔で挨拶。
「エリーさん。何をしてるんです?」
「うゅっ、エリーは、ローザの付き添い、だよっ」
 こっち、こっち。病室を指差して、にこにこ笑う。
「ローザ、一人で待ってる、のっ。早く、行ってあげるの」
 くいくいとセオボルトの服を引いて、エリシュカが病室に案内していく。
 ノックをして、「うゅ、ローザ、お見舞い、だよっ」声をかけて、かちゃり、ドアを開く。
「エリー。お見舞いって誰が……え、セ、セオ……!?」
 ベッドの上、上半身を起こしたローザはセオボルトを見て慌てふためき、ベッドに横たわり布団を引っ張った。
 そんなローザにエリシュカが近付いて、耳打ち。
「はわ、ローザ、頑張って、ね!」
「が、頑張るって……!」
「うゅっ♪ ごゆっくり、なの!」
 セオボルトには、頑張るの意味もごゆっくりの意味も把握しかねたが。
 ローザマリアが、妙に赤い顔をしているから、心配になった。

 エリシュカが出て行った病室で。
「……心配しました」
 セオボルトの言葉に、
「同業者の仕事上の拗れって厄介なようね」
 困ったようにローザマリアは笑う。
「同業者……ですと?」
「ええ。……スパイって、普段は陰険な癖して、一度怨みを買うと、やんや煩いからね」
「大丈夫だったのですか? 爆発物を仕掛けられたとか……」
 そういう話だったけれど、目の前のローザには目立った傷はなくて。
 安心すると同時に、何か変な治療でも受けたのではないかと心配になったのだ。
「私? 私は平気よ。爆発物が仕掛けられていたのはアパートの二階にある、私の部屋のドアだったの。
 咄嗟に通路側から飛び降りたから、大事には至らなくて。下に車があって、天井部分がクッションの役目を果たしたのも幸運だったわね」
「それは本当に幸運ですな……」
 よかったよかったと頷いて、手に巻いてある包帯を、そっと撫でる。
「お蔭様で縫合の必要も無いくらいの小さな掠り傷だけで済んだわ」
「本当に、良かったです。何か必要なものはありませんか? して欲しいことは?」
 優しく問いかけると、ふるふると首を横に振られた。
「いいの、大丈夫。
 だけど、聞いてほしいことはある、かな」
 沈んだような、憂いているような、そんな声と顔で。
 セオボルトの手を握り返し、不安の混じった瞳を向ける。
 その瞳を真っ直ぐに見て、頷くことしかできまい。
 ローザマリアの手は、震えていた。
「私、実は自分にかかる負荷に身体が軋み始めているみたいなの」
 その言葉に、握っていた手に力がこもる。
 え、と彼女を見ると、困ったように微笑んでいた。
「定期的に入院しての療養が必要、って言われたわ。
 そもそも、私みたいな年端も行かない、体力的にも未成熟な筈の少女が、特殊部隊の訓練を修了した、なんておかしな話だと思わない?
 私が服用させられていたのは、成長促進と筋力増強の効果がある未認可の新薬よ。一般的なステロイドとかよりも遥かに強力なやつ。ステロイドと違い安定性もあって継続的に服用しないで済む代わりに身体にかかる負荷と常に向き合わなければならない」
「つまり、その負荷が――」
「もう、限界なのかもね?」
 儚げに笑う彼女を見て。
 ただ、抱きしめる。
「――外に行きましょう」
 それから、言葉を紡いだ。
「散歩をして、綺麗なものを一緒に見て。
 歩くのが辛くなったら、お姫様抱っこですな。周囲の目なんて気にしません。見せつけてやりましょう。
 もしも寝たきりになるような事態になったとしても、自分はずっと、ローザと一緒に居ます」
「で、も。私、セオの負担になりたくな――」
「負担? 愛する人と、一緒に過ごすことの何が負担なのですか」
 ローザと一緒なら。
 大切な人と一緒なら。
 なんだって――とまでは、まだ言えないけれど。
「乗り越えて行けるでしょう?」
 ローザが、きゅ、とセオボルトの背にしがみつく。
 その手の震えは、収まっていた。
「本当の事言うとね――私、セオが来てくれるまで心細くて、夜も眠れなかったの。心配かけかけてごめんなさい。来てくれてありがとう。……嬉しい言葉も……」
 そんなの、当然のことなのだから、お礼なんて言わなくても。
 そうは思えども、自分の言葉が受け入れられたようで嬉しくて。
 ただただ、抱きしめる。


*...***...*


 ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)――通称ノルンが倒れてしまった。
 ノルンは、季節の変わり目に油断して、風邪を引いてしまっただけだと言うけれど。
「倒れるほどの風邪なんて……心配ですぅ」
「大丈夫だよ?」
「ちゃんと、お医者様に診てもらうべきですぅ。ノルンちゃんに何かあったら、私……」
 想像するだけで鼻がツンとして、目が熱くなって。
「うぅ~……」
 泣きそうになってしまう。
 さすがにそんな明日香を見ても駄々をこねるようなノルンではないので。
 入院することに、至った。

「無理のしすぎ……ですかぁ」
 ノルンの病状は、それほど悪い方向にはいかなかった。
 ただの風邪。そこに無理をしてしまったせいで、倒れただけ。
 ちょっとほっとしたのと同時に、言ってもらえなかった自分への不甲斐なさも感じた。
 小児科病棟へと神代 明日香(かみしろ・あすか)は足を運び、ノルンが入院している病室へ向かう。
 ベッドに横たわるノインへと、笑顔を向けて。
「ノルンちゃん、元気そうでよかったですぅ」
 サイドテーブルに花を活け、林檎を置いて。
「ノルンちゃんの大好きなお酒とアイスは、病院だからお預けですけど……この二つくらいならって」
 林檎、剥くですか? と視線を投げかけたのだけど、
「明日香さん、……ごめんなさい」
 なぜか、謝られた。
「? なんで、謝るの~?」
「だって、私……倒れて、しまって」
 俯くノルンの手を握り。
「うん」
 優しく、相槌を打つ。
「言えば、いいのに。無理しちゃって……」
「うん」
「大丈夫だ、って高をくくって、倒れてしまって。明日香さんに迷惑かけて……」
「う~ん? 心配はしたけど、迷惑なんて、ないよぉ。それに、倒れちゃったことって、ノルンちゃんが悪いの~?」
 無理は、してもらいたくなかったけど。
 教えてもらいたかったけど。
 でもそれは、ノルンが悪いんじゃなくて頼り切ってもらえない自分が力不足なんだと思う。
「私もっと、強くなりますからね~」
 頭を撫でて。
 ふえ? と疑問符を浮かべるノルンに微笑みかける。
「ノルンちゃんが、気兼ねなく頼ってくれるようなパートナーに、なってみせますぅ」
「明日香さん……」
「元気になったら、一緒に帰りましょ~。仲良く、お手手繋いで帰りましょ~?」
「……、はいっ」
 病室に入った当初より、明るい顔でそう言われ。
 明日香もにっこり、微笑んだ。


*...***...*


 忙しかったのだ。
 ベッドの上に横たわり、姫宮 和希(ひめみや・かずき)はぼんやりと、思う。
 けれど、疲労で倒れて入院だなんて、面目ない。
「姫やんが気にすることないんだぜ。実際、かなりのオーバーワークだったんだしよ」
 パイプ椅子に座って足をぶらぶらとさせながら、ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)が庇うようにそう言った。
「だってさ。イリヤ分校生徒会長だろ? パラ実生徒会だろ? あと、ロイヤルガードに任命。パラ実の生徒会長ってだけでもすごい重圧だってのに、色々ありすぎなんだよ……」
 塞ぎこむことはないぞ、とミューレリアは言ってくれるけど。
「面目ないぜ……」
 イリヤ分校や、パラ実本校の復興。パラ実再編の活動。
 思うようにいかなくて、焦って。
 環菜も死んでしまって。
 戦いが続く毎日。
 悲しみや憎しみの連鎖。
 正直、疲れた。
 自信がなくなるようなことばかり。
 だけど、そんなことで落ち込む自分をカッコ悪いと思うから。
 それに、ミューレリアがお見舞いに来てくれたから。
 暗い顔をして心配はかけさせられない。
「姫やん、そんなに気負わなくていいんだよ。もっと気楽に行こうぜ?」
「大丈夫」
 努めて明るい笑顔でそう言って。
 ミューレリアの頭を、撫でる。
「ちょっと疲れただけだ。少し休めばすぐ元気になるから心配しなくていいぜ」
 大切な仲間のためなら。
 彼女のためなら。
 俺は、頑張れるだろ?
「姫やん、困ったことが起きたら、私も手伝うからさ。姫やん一人で、抱え込まないでくれよ」
 少し悲しげにミューレリアが言って、俯いた。
 いつも元気なのに、自分のためにこんな顔をしてくれる恋人。
 ああ。
 彼女になら、言えるのではないか。
 手を差し伸べると、ミューレリアが手を握ってくれた。きゅ、と伝わる温もり。彼女も感じてくれているだろうか。
「……俺は大事な仲間やミュウを守ると誓った」
「……うん」
「学校を復興させて、正常な授業が出来るようにする。そのためにロイヤルガードとして働いて、シャンバラの平穏を手に入れる。それが俺の目標だ。
 ミュウと一緒にいて遊んだりするのはとても楽しいし、癒される。
 でも……それだけじゃなくて、辛いことや苦しいことも分かち合いたい。
 二人で一緒に一つの夢を追いかけたいんだ」
 真摯な瞳と瞳が、真っ直ぐにぶつかった。
 あまり、真面目なことを言ったら嫌われちゃうかな?
 そんな心配もあって、不安そうな顔をしていたかもしれない。
 けれど、ミューレリアは微笑んだ、そして和希の手を両手で握り締めて。
「私、姫やんを手伝うって言ったろ?
 姫やんの苦しみも、悲しみも、わけてよ。嬉しいことは、共有してさ。
 なぁ、恋人って、そんなもんだろ? 確認しないでくれよ。私にだって、覚悟、あるんだ」
 ……ああ。
 俺はこの恋人を、甘く見ていたかもしれない。
 どちらともなく、顔を近付けて。
 そっと、その唇にキスをした。
 誓いのキスで、俺たちの契約を。