イルミンスール魔法学校

リアクション

　
　　　　★　　　　★　　　　★
　
「久しぶりに二人だけのお買い物ですわ。ささ、たーんと試着を堪能いたしましょう」
　うきうきしながら、藍玉　美海（あいだま・みうみ）が久世　沙幸（くぜ・さゆき）の手を引いてツァンダに新しくできた服屋に入っていった。
「ようきなさった。店内は自由に見ていいですからのう」
　店主らしい人物が二人を出迎える。ミニの着物ドレスを着たかわいらしい女の子だ。歩く度に、ふわふわとした帯の大きなリボンと、ゆったりとしたつけ袖がゆれる。黒を基調として赤と金の刺繍の入ったドレスの裾はパニエでミニスカート状に広がっていた。
「わあ、いろんなデザインの服があるんだもん」
　久世沙幸が、目を輝かせて店内を見回した。
　どちらかというと、洋服よりも和服を今風にアレンジした物が多い。ちょっと古風で、それでいて新しいといったところだろうか。
「店員さんの着ているようなゴスロリ着物もいいなあ。あそこにあるサイズの物なら、私にも着られるかなあ」
　身体だけのマネキンに着せて飾られている着物ドレスを見つめて久世沙幸が言った。
「うん、なかなかに……沙幸さんには似合いそうですわね」
　あえて、色っぽいとかいやらしいという言葉を使わないようにして、藍玉美海も同意する。
「よければ、試着してみるかの？」
「いいんですか？」
　少女に言われて、久世沙幸が喜んだ。
「とりあえずは、着られるかどうか採寸じゃな。なに、店にある服のサイズはすべて把握しておるから、おぬしのスリーサイズさえ分かればぴったりの服を選んでさしあげられるぞ」
　そう言うと、少女はメジャーを手に、小さい身体で久世沙幸のサイズをあれこれ測り始めた。他に客もいなかったので、試着室に行くこともしないでその場で測り放題である。
「ひゃう、くすぐったいんだもん♪」（Ｖ）
　べたべたと全身の寸法を測られていき、ちょっと久世沙幸が声をあげる。
「むっ、あの店員さん、ただ者ではありませんわね。お子様だというのに、あの手の動き。真面目に採寸するふりをしてべたべたと私の沙幸の全身を……。ちょっと許せませんわ。そのたっゆんは、私の物ですのよ」
　最初はおとなしくその様子を見ていた藍玉美海だったが、ついに我慢できなくなって口を挟んできた。
「たっゆんはすべての物に対して平等じゃ。騒ぐこともあるまい。ふむ、それにしても、反応もかわいいし、それにわし好みの美少女じゃ……。決めた、おぬしと契約じゃ。その服ではなく、このわしを着させてやろう」
「どういうことなんだもん？」
　突然の店主の言葉に、久世沙幸が戸惑う。
「着させるって、まさか、あなたは……」
「さよう、わしの名はウィンディ・ウィンディ（うぃんでぃ・うぃんでぃ）。魔鎧じゃ。今回限りのサービスじゃ、本来一瞬で完了する装着をゆっくりと見せてやるとしよう」
　藍玉美海の言葉にそう答えると、ウィンディ・ウィンディが下にむけた手を大きく開いた。着ていた着物の帯の結び目がするすると解けていく。同時に、彼女の身体が光につつまれつつ、幾本もの色とりどりの帯に変化していった。幾筋もの布の流れと化したウィンディ・ウィンディが、波のように久世沙幸に覆い被さっていく。その勢いで、久世沙幸の着ていた物が一瞬で剥ぎ取られた。
「まあ♪」
　傍観していた藍玉美海が歓声をあげる。
　その間にも、ウィンディ・ウィンディはするすると久世沙幸の全身に巻きついていった。その姿がまた変化し、ゆっくりと風にたゆたうように広がっていった。
「これって……」
　少しだけ着心地をなおすかのように、久世沙幸が軽く両手を挙げてクルリとターンした。あげた両手を振り下ろしてポーズをとるとともに、二人をつつんでいた光が周囲に弾け飛び、完成した魔鎧の袖や裾がふわりと翻った。
　その姿は、ふんだんにフリルのついた襟が大きく開いて胸の谷間がはっきりと見えるミニ着物で、つけ袖は編み紐で本体と繋がっていて、大きく肩と脇が露出している。パニエで広がった裾はミニスカート状になっていて、大きく垂れ下がった帯の後ろの結び目のリボンがおしりから膝裏までをガードする形になっていた。
「なんだかスースーします……。な、なんで、何も穿いてないんだもん！？」
「和服に下着は邪道じゃ」
　あわてて服の裾を押さえる久世沙幸に、ウィンディ・ウィンディが答えた。うんうんと、藍玉美海も納得するようにうなずく。
「それに、どうせ装着するのであれば、ぴったりと肌をくっつけあうのが本道であろう。ならば、他の衣服など不要。この素肌を重ねる感覚、悦楽じゃ〜」
　思わず本音を漏らしながら、ウィンディ・ウィンディが言った。
「ちょっと、それはあまりにもずっこいですわよ」
「何を言うのじゃ。もはやわしらは一心同体じゃ」
「きーっ。こんなの、認めませんわ」（Ｖ）
　藍玉美海が、ウィンディ・ウィンディにつかみかかって言った。とはいえ、今は久世沙幸がウィンディ・ウィンディを装着しているので、勢い、藍玉美海が久世沙幸の襟元をつかんで思いっきり胸をのぞき込んでいる体勢になる。
「あーん、二人とも勘弁して〜」
　間に挟まれて、久世沙幸はそう叫ぶしかなかった。
　
　　　　★　　　　★　　　　★
　
「よきかな、よきかな。めでたい！」
　手を取り合って披露宴会場に入ってきたルナティエール・玲姫・セレティ（るなてぃえーるれき・せれてぃ）とセディ・クロス・ユグドラド（せでぃくろす・ゆぐどらど）を見て、夕月　燿夜（ゆづき・かぐや）は手が痛くなるほどに拍手を送った。
「ルナ、そなたは綾夜の魂の双子、わらわには綾夜と同じく子孫も同然。いつでも、このわらわたちがついておるぞ！　しかし、セディはいつ見てもほんにいい男じゃのう。わらわもあのような殿方を見つけて再婚するかの……」
　ちょっと頬を上気させながら、夕月燿夜が言った。
　純白のウェディングドレスを着たルナティエール・玲姫・セレティは、長いヴェールを優雅に引いて披露宴会場の中央を進んで行く。その腕をとって隣を進む新郎のセディ・クロス・ユグドラドは、騎士然とした白い礼服に身をつつみ、薄い絹のマントを軽く靡かせていた。
　長手袋をつけた腕を新郎に預けた新婦は、なぜかブーケを持っていなかった。
「大丈夫か、我が姫？」
　ちょっと人気（ひとけ）にあてられたようなルナティエール・玲姫・セレティを支えながら、セディ・クロス・ユグドラドが小声で訊ねた。
「大丈夫。それにもう姫じゃないわ」
「奧とでも呼ぶか？　ルナ。何があっても、私がお前を守る。誰にも文句は言わせない……。お前はお前らしく、思うがまま舞っていればいい」
「もちろんですわ、旦那様」
　ちょっぴり元気をもらって、ルナティエール・玲姫・セレティがセディ・クロス・ユグドラドに答えた。
　セディ・クロス・ユグドラドに恥じぬ気品を纏いながら、ルナティエール・玲姫・セレティは列席の人々に優雅な微笑みを投げかけながら、自分たちの道を進んでいった。
「私は大丈夫……。でも、芹たちはどうしているかしら……」
　ルナティエール・玲姫・セレティは、自分のことよりも七姫　芹伽（ななき・せりか）たちの心配をする余裕を取り戻して、チラリと会場を見回した。
　
「いたいた。芹、隣いいかな？」
　広い会場で、夕月　綾夜（ゆづき・あや）はやっと七姫芹伽の姿を見つけて隣にやってきた。身体にあった動きやすい羽織袴風の服に、ストール風のマントを肩に留めている。ちょっとエキゾチックで、凜とした衣装だ。
「あっ、よかった、綾夜くん。このまま会えないかと思っちゃった……」
　赤い振り袖姿の七姫芹伽が、ちょっとはにかみながら言った。金髪を結い上げているので、いつもとはまるで雰囲気が違う。そして、その手には、ルナティエール・玲姫・セレティから渡された花嫁のブーケがしっかりと握られていた。
「そんなことはないさ。その着物、よく似合っているよ。それなら、どこにいたって僕は見つけだせるさ」
「ありがとう。綾夜もすごく綺麗で凛々しいわ」
　頬を染めながら、七姫芹伽は消え入るような声で答えた。
「そうそう、こんな所でなんだけど、忘れないうちに……」
　隠しから千代紙でつつまれたプレゼントを取り出すと、夕月綾夜はそれを七姫芹伽に手渡そうとした。受け取ろうとした七姫芹伽の手がブーケでふさがっているのに気づくと、微かに苦笑しながら自分の手でつつみを開け始める。
「この前誕生日だったよね。きっと似合うと思って作ってきたんだけれど……」
　そう言うと、夕月綾夜はつつみから取り出したかんざしをそっと七姫芹伽の髪に挿した。ピアスにもなる下げ飾りのついたかんざしは、細かい象眼が七姫芹伽の髪の輝きを照り返してキラキラと輝いた。
「これを私のために、わざわざ？　ありがとう。一生の宝物にするわ」
　本当に嬉しそうに、七姫芹伽はお礼を述べた。
「それはルナから？　芹ならすごく綺麗な花嫁さんになるだろうね。見てみたいなぁ」
　今さらながらに、ブーケに気づいた夕月綾夜が言った。
「えっと、あの、その、私……」
　いきなり核心の所を突かれて、ちょっと七姫芹伽があわてた。まだ心の整理がついていない。それでも、時は今だった。
「ねぇ、綾夜。私を、どう思う？　たとえば、傍にいても……嫌じゃ、ない？」
「どう思うって……。そうだね、綺麗だけどかわいい……かな。時々少女のように見えるときがある。素敵な女性だよ。もちろん嫌なわけないよ」
「その……それだけ？」
「それだけって……」
　問い返す七姫芹伽に、夕月綾夜がちょっと戸惑った。
　そのとき、会場から歓声があがる。
　見れば、ルナティエール・玲姫・セレティとセディ・クロス・ユグドラドがキスを披露しているところだった。
「えっと……」
　花嫁のブーケを間にして、七姫芹伽と夕月綾夜は近くにありすぎる互いの顔を見つめあった。