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第10章 モンスター・動力中枢


「ほら、もぉ〜、みんながやんちゃするから〜っ」
 ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)のブリザードが敵の動きを鈍らせる。
「しかし――”モンスター”が居るなんて聞いてませんね」
 シェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)は、冷気を纏った刀をモンスターの身体に滑らせた。
 モンスターは少し大きめのサイズの人型だった。緑色の体毛に覆われた太い体躯のそこここは奇妙に筋張っており、特に背中の筋が盛り上がって前傾姿勢を取っている。頭部は大量の毛に覆われ、ケタケタと笑ったように見える大きな口元だけが覗いていた。
 手の先にあるのは長く鋭い爪で、素早く動き回りながら、そいつで斬りつけて来る。
「おいおい、まさかマジで亡霊の類かッ!?」
 ヴェッセル・ハーミットフィールド(う゛ぇっせる・はーみっとふぃーるど)がモンスターの爪を刀で受け、その衝撃に軽く空中に浮いた。
「馬鹿な! この科学の時代にそんなものはいない、存在しない、自分は絶対に認めない!」
 なにやら、己自身をめいっぱい励ますクロシェット・レーゲンボーゲン(くろしぇっと・れーげんぼーげん)がヴェッセルを受け止める。
 その横を、ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)がバースダッシュですり抜けた。
「んふ、なにせ面白そうなものと遭遇したものよのう」
 奈落の鉄鎖で動きを縛ろうとするも、相手はまるで意に返さない様子でファタへと自ら距離を詰めてきた。
「ジェーンさんが見つけたであります! だからジェーンさんに名前をつける権利があるのであります!」
 ジェーン・ドゥ(じぇーん・どぅ)の六連ミサイルがモンスターの動きを牽制し、立ち込めた粉塵を突っ切って、ファタが凶刃の鎖を放った。そこへ闇黒の気が迸る。
「アタシともイイコトしてくれヨォ!」
 ヒルデガルド・ゲメツェル(ひるでがるど・げめつぇる)がバーストダッシュで一気にモンスターの懐へと潜り込み、振り下ろされる爪をかわして高く跳ぶ。
 爪を掠めて頬に走った血を親指で擦り、
「いいネ、濡れちゃう……ッ」
 彼女は天井を蹴って、等活地獄をぶち込んだ。

 モンスターと戦闘を繰り広げる面々を、少し離れたところで眺めながら。
「閉ざされた大型飛空艇で5000年以上の時間、アレは生き続けてきたのでしょうか?」
 ローザ・オ・ンブラ(ろーざ・おんぶら)は、紅茶を啜りながら微笑んだ。
「何処かで眠っていたのか。事件が起こった拍子に何処からか侵入したのか。――まあ、どちらでも良いことで御座いますか」


 亡霊艇内ゴミ集積所――
「はーい、お茶だよー」
 ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が水筒に入れてきていたお茶を配っている。
 お茶を受け取ったのは要救助者である番組スタッフたち。
 彼らは、ダストシュートを抜けた先のここに身を潜めていた。
 負傷している者も居たが重傷はないし、出来うる限り早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が応急手当を施してある。

「制御装置は格納庫、か」
 ジークフリート・ベルンハルト(じーくふりーと・べるんはると)が言って、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)は頷いた。
「うん! 機晶姫や機晶ロボを止めるならそっちの方を調べた方が良いかもしれないんだ!」
「格納庫なら、多分、ここから近いと思うぜ」
 ラットが言って、多分だけど、と自信無さげに繰り返す。
「問題は――」
 クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)がスタッフたちの方を見やる。
「……彼らのことは任せてくれ」
 呼雪の言葉に鬼院 尋人(きいん・ひろと)が真剣な面持ちで頷いた。
「オレたちが外へ脱出させる。だから、あんたたちとラットは安心して早く格納庫へ」


 機晶ロボットの脚を乱暴に切り裂いたギロチン。
「棄てられた棺で蠢く亡霊よ――」
 三道 六黒(みどう・むくろ)は片脚を失った機晶ロボの側面へと周り込みながら、腕を巡らせた。虚空に現れた新たな刃が残りの脚を切断する。
 最期の抵抗を見せた機晶ロボの銃撃が彼の肩端を掠めた。そして、装甲を撫でるように滑った六黒の腕。
「貴様らの戦いは既に終わったのだ」
 空を裂いたギロチンが機晶ロボの装甲を抉る。
 キリキリと、ゼンマイ仕掛けの終わりに似た痙攣を経て、機晶ロボの動きは、やがて途絶えた。
「だが、案ずるな。その満たされずに震える怨念、確かにわしが引き継いでやろう」
 残骸と化したそれへ紡いで、六黒は両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)の方へと振り返った。
「御苦労様です」
 二つの顔の一方が涼やかに微笑む。
「古き執念の彷徨う船。まこと、我らに相応しい牙城となるでしょうね」
「…………」
「ああ、そうだ。ここを開くついでに、この艦の面白い仕様を見つけましたよ。試せると良いのですが」
 悪路が機晶技術を用いて隔壁を開く。
「参りましょう。朽ちた玉座は骸の王を待っています」
 悪路に続き、六黒は歩き出した。
 視界の端に己が砕いた機晶ロボの一部を掠める。
(戦いを終えた者よ――貴様らは、幸いだ)


 隔壁の表面に銃撃の火花が爆ぜ――
 国頭 武尊(くにがみ・たける)は、未だ頑として在る隔壁を睨みながら、舌を打った。
「……通れそうにありませんね」
 シーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)が溜め息を落とす。
 先ほど、彼女の魔法も試したが駄目だった。
 武尊は口端を曲げて、警備システムの残骸が転がる床へとアーミーショットガンの銃口を垂れた。
 どうやら動力中枢がこの先にあるのは間違い無いようではある。しかし、どうにもこの隔壁を開くことが出来ない。周辺の壁を抜いてみようとも思ったが、今まで以上に強固に造られている。
 そばには機晶技術の用いられた操作パネルがあるにはあるが、彼らの知識では手の出しようが無かった。
「いっそ、ぶっ壊してみるか」
 武尊が銃口を操作パネルの方に向けた、その時、
「短気はよくありませんね」
 声の方に振り向くと、バルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)の後方に東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)が不敵な笑みを浮かべ立っていた。その後方には更に、緋桜 ケイ(ひおう・けい)らや
八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)にウル・ジの姿。
「チッ、ぞろぞろと」
 武尊は吐き捨てながら、銃身を己の肩へと返した。
 雄軒がゆったりとした足取りで操作パネルの方へと趣き、バルトに命じてパネル板を引っこ抜いた。機晶技術に造詣が深いらしい。
 それから、しばしの後――隔壁が重苦しく動き始め、奇妙な響きを持ちながら、ゆっくりと上がった。

 それは、とても奇妙な光景だった。
「――スクープだわ」
 祥子がデジタルカメラでそれらを捉えながら零す。
「こっちに付いてきて正解だったかも」
 隔壁の向こう一杯にあったのは、複雑に絡み合った木の枝のようなものだった。
 自然の樹木とは明らかに質が違う。
 その枝々は、動力中枢にあったと思われる装置やパイプ、壁、床、そして、人、それらと融合したように混ざり合いながら、中央に置かれた巨大な機晶石を包み込んでいた。
「人……人が、居ます」
 シーリルが武尊のツナギの裾を引きながら言う。武尊は、躊躇い無く、数発の銃撃を放って枝を払ってから、ずかずかとそちらの方へと入り込んでいった。
 そして、枝に融合しているらしい男のあちこちを調べ、独り確かめるようにごちた。
「死んでるな。というより、これはもう全く別の物になってるってとこだな。形が残ってるだけだ――あン?」
 男のそばに落ちていた古代の工具を拾い上げ、武尊は、中央の機晶石の方を見やった。
「あれを持ち出せりゃ、それなりに儲けられそうだが――そいつは、さすがに無茶か」
 軽く鼻を鳴らしてから、
「シーリル。その辺りに転がってる物を片っ端から拾って詰めておけ。こんだけ深部にあるもんだ。ジャンク屋に売れる物があるかもしれねぇ」

 一方で――
 悠久ノ カナタ(とわの・かなた)は『枝』の根元の方を、じぃっと見やっていた。
「……艦底から装甲をすり抜けて生えているのか。だとすれば、この船の底に、何かが……?」
 と、優子が、スナイパーライフルを構えていることに気づく。

 狙いは機晶石。
 ゆっくりと片膝をついてライフルを安定させながら、スコープを覗く。
 折り重なる枝の隙間に見える大きな機晶石の中心に的を絞っていく。
 ――かつて大空を飛んでいた亡霊の魂を解き放つ――
 それが、彼女の選んだ、飛空艇乗りとして亡霊艇へ払う最大の敬意だった。
「もう一度、あの空へ返してやるからね」
 引き金を引く。
 放たれた弾丸は枝の隙間を縫って跳び、やがて、機晶石へと飲み込まれた。
 澄んだ硬い音が響き――しかし、機晶石に入った亀裂はすぐに生々しく泡立ち、寄り合った枝の一部のように変化してから、また元の表面へと戻った。
 そして、何事も無かったかのように有り続ける。
「……再生、したのか?」
 カナタの呟きが聞こえる。
 優子は、再生した機晶石の表面を睨みながら、薄く、奥歯を噛み鳴らした。

 バルトが枝を払って作った道の先で、雄軒は機晶エネルギーの供給管理システムに触れていた。
「なるほど興味深い。どういうわけかは分かりませんが、この枝は、この機晶石や機晶エネルギーの送力管に同化し、エネルギーを取り込んでいるらしいですね。いや、エネルギーを得るのではなく、巡らせているという形に近い。これが5000年も前から安定していたとは……」
 やや熱を帯びた口調で続ける。
「そして、わずかに変化した痕跡があります。そのせいで一部の送力管が開放されている。変化したのは、非常に近い時間でのこと。やはり、これが今回の原因でしょう――では、何故、5000年もの間、安定を保ってきたものに変化が訪れたのか」
 雄軒が振り返った先、ウルが胸元を押さえながら床に腰を落とし、呆然としていた。
 彼女は何かを感じているようだったが、何をどうして良いか分からない、といった顔をしていた。
 と――ケイが、
「機晶石を破壊するのは出来なくても、なんとか、機晶エネルギーの供給を止められないか? 機能を停止させれば、閉じ込められている皆を助けられる」
「供給を行っている送力管の先を破壊すれば止める事は出来るでしょうが――しかし、それは各部の隔壁の動作や空調システムを止めることになる。その上、既に稼働している警備システムのロボットたちは自律兵器のようですから、止まるわけではない。この船と心中するつもりなら、私たちが船を出てからにして貰えると助かりますね」
「じゃあ、せめて、警備システムに送られている分だけカットする、とか……必要最低限な分まで絞るとか」
「エネルギーもシステムも構造が変質していると言っていい。現状では弄れるものではありませんし――そもそも私には、そんなことをする義理も無い」
「……何だって?」
「私の興味は、今ここにある”知識”だけ。他の事には一切興味ありません。例え、幾つの命が消えようと私には関係の無いことです」
「ッ、あんたなぁ!」
「雄軒様の邪魔すんじゃないわよッ、オトコオンナ!」
「誰がオトコオンナだッ!」
 ミスティーア・シャルレント(みすてぃーあ・しゃるれんと)がケイの肩を引っ張ろうとして、若干もみ合いになりかける。
「そんなことより――ミスティーアも、あなたも、興味ありませんか」
「へ?」
「は?」
「5000年以上前。果たして、ここで何が起こったのか」
 
 再生された映像には、動力室の機晶石が映っていた。
 まだ”枝”は無い。しかし、機晶石からは下方に向かって妙な光が伸びていた。
 周りには技師たちが忙しなく駆け回っている。やがて、光がどんどんと太くなり――大きな衝撃が船内を襲った。
 床からはね上げられた技師たちがあちこちに叩き付けられ、工具やケーブルが跳ね回り、幾つもの火花のような物が爆ぜた。
 そして。
 機晶石から伸びていた光が一気に膨れ上がり――映像は途切れた。